小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第844回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

X CINEMA始動! フィルムメーカーの底力、富士フイルム「X-H1」で動画を撮る

フィルムメーカーの底力

 先日開催された、カメラと写真の祭典CP+2018。今年も数多くの新製品が登場したわけだが、個人的に興味を持ったのが、富士フイルムの「X-H1」である。

富士フイルムの「X-H1」

 これまでも富士フイルムでは、ミラーレス機としてXシリーズを展開してきたが、キヤノンやソニー、パナソニックらと比較すると、“動画撮影”という点では一歩引いた姿勢だったように思う。もちろん、FUJINONは放送用レンズとしてはキヤノンと双璧を成すポジションであり、光学系は十分に戦える実力があることはわかっている。実際に昨年2月には、シネマカメラ用として、ソニーEマウント用のレンズをリリースするなど意欲を見せていたのだが、富士フイルム自体にはシネマカメラはないという状態が続いてきた。

 そこで満を持して登場したのが、同社初のシネマカメラと言っていい「X-H1」である。CP+では「X CINEMA」と銘打った特別コーナーを設けて、Xマウント用シネレンズと合わせて訴求していたのも記憶に新しいところである。今回はまず、X-H1のボディをお借りすることができた。

 写真性能にももちろん注目が集まるところだが、同社初となる「映画が撮れるカメラ」は、どんな絵を出してくるのだろうか。早速チェックしてみよう。

ミラーレスを超えた重厚なボディ

 これまでXシリーズでは、一眼レフタイプのデジタルカメラを出しておらず、レンズ交換式はすべてミラーレスでまとめている。ミラーレスと言えばボディの小型化に焦点が集まるところであるが、X-H1はフルサイズ一眼に匹敵する重厚さだ。グリップの厚みも十分で、Xシリーズ最高峰も納得の貫禄である。

ミラーレスとは思えないデカさ

 センサーはAPS-CサイズのX-Trans CMOS IIIセンサーで、有効画素数は約2,430万画素。静止画の最高記録画素数は、6,000×4,000ピクセルとなる。

前面にはAF補助光ほか、Fn2ボタン、フォーカスモード切り換えスイッチがある

 記録可能な動画フォーマットは以下の通り

モード解像度フレームレートビットレート連続記録時間
4K4096×216024p/23.98p200/100/50Mbps約15分まで
4K3840×216029.97p/24p/23.98p200/100/50Mbps約15分まで
Full HD2048×108024p/23.98p100/50Mbps約20分まで
Full HD1920×108059.94p/29.97p/
24p/23.98p
100/50Mbps約20分まで
HiSpeed1920×1080120p/100p200Mbps約6分まで
HD1280×72059.94p/29.97p/
24p/23.98p
50Mbps約30分まで

 軍艦部にはサブ液晶モニターを備えており、撮影可能時間や露出補正値、バッテリー残量などを表示する。電源OFFでも表示できていることから、反射型ディスプレイを採用したようだ。軍艦部にはシャッタースピードとISO感度の大きなダイヤルがあり、そのリング部にAFモード、撮影モードの切り換えダイヤルがある。

サブ液晶は電源OFFでも見える
大型のダイヤルもメカ心をくすぐる

 ビューファインダと背面液晶モニタの切り換えは、ビューファインダの脇にボタンがある。他社のカメラと全然違って、知らないとなかなか自分では探せない位置だ。マニュアル用の設定ダイヤルは前後に2つある。

 背面の作りでポイントになるのは、フォーカス位置を動かすための小型のジョイスティックだ。ボディの割にはかなり小さいが、大きく出っ張っていてクリック感もあるので、使いづらくはない。親指がかりの先端にクイックメニューボタンがある。

ジョイスティックは小型だが、使いづらくはない

 ビューファインダは0.5型有機ELで、約369万ドット、視野率は100%。液晶モニターは3型TFTカラー液晶モニターで、約104万ドット。チルト方式は若干変わっていて、上は約90度、下は45度。加えて右方向にのみ約45度チルトする。完全バリアングルではない。

0.5型有機ELビューファインダ
上下だけでなく右側にも倒れる液晶モニタ

 メディアのSDスロットは右側に2スロットあり、左側は外部マイク、USB、HDMI、リモート端子がある。バッテリーは底部から差し込むタイプ。

記録はデュアルスロット

 なお今回は、縦撮り用のパワーブースターグリップもお借りしている。グリップ内にバッテリーを2つ格納できるグリップで、これを装着すると動画の連続記録時間が最大30分までに延長される。加えてイヤフォン端子があるので、動画撮影ではグリップがあったほうが便利だ。

縦撮り用パワーグリップ
底面に接点がある
グリップにバッテリーが2つ入る
グリップを装着したところ

フィルムシミュレーションが基本

 では早速撮影してみよう。今回お借りしたレンズは、「XF16-55mmF2.8 R LM WR」と「XF50-140mmF2.8 R LM OIS WR」の2本だ。6月にはシネレンズの「フジノンレンズ MKX18-55mmT2.9」(549,500円)、「フジノンレンズ MKX50-135mmT2.9」(599,500円)が発売予定だが、残念ながら今回間に合わなかった。

今回使用したレンズ。左がXF16-55mmF2.8 R LM WR、右がXF50-140mmF2.8 R LM OIS WR

 写真用レンズとシネレンズの何が違うのか、という疑問も持たれるだろう。基本的には設計思想が全然違う、という事になるのだが、シネレンズは焦点距離が違っても、同シリーズなら全長が同じである。またズームレンズでズームしても、全長が変わらない。これは一般に映画撮影では、レンズの前にリグでマットボックスを付けて、フィルターなどを挿入する必要があるからだ。

 加えて絞り、フォーカス、ズームリングにギアが刻まれており、外部コントローラから制御ができるようになっている。これらリングの位置やレンズの太さも、同シリーズのレンズなら同じになっている。レンズ交換のたびにいちいちフォローフォーカスのかみ合わせ位置まで調整していたら、時間がかかってしょうがないからだ。

 加えて絞りが無音・無段階で調整できるなど、細かい違いがある。もちろん描画特性も違うのだが、これはメーカーそれぞれの哲学があるので、一概に静止画レンズと比べてどうとは言いづらい部分だ。

6月発売予定のシネレンズ「MKX18-55mmT2.9」

 今回はシネマカメラということで、4,096×2,160/24pで撮影を行なった。液晶モニターのアングルが限られているが、特に不便はなかった。シネマスタイルであれば、HDMI出力から外部モニターに接続するのが普通だが、スタンバイ時の出力をHDと4Kで選べたり、HDMI側からのレックコントロールを受けたりと、収録とモニターどちらにも使えるようになっている。

DCI-4Kで収録可能
4K出力はカード記録とHDMI出力で分けられる

 富士フイルムのカメラの特徴は、各種フィルムシミュレーションを搭載しているところだ。今回のX-H1最大のポイントは、従来のモードに加え、映画用フィルム「ETERNA」を再現したモードが追加されたことにある。

ETERNAモード搭載がポイント

 ETERNAの特徴は、色味を強く出さず、暗部明部ともに階調を残して滑らかに推移するカーブを持っているところである。このため長時間コンテンツを視聴しても、目が疲れない。

 今回は「スタンダード」と「ETERNA」を同じ被写体で比較撮影してみた。スタンダードとは言っても、実際にはフィルムモード「PROVIA」をスタンダードとしている。

PROVIAとETERNAを比較
STD_ETERNA.mov(138.21MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 パリッとした印象が頭に残るのはPROVIAだが、ETERNAのほうがモノの立体感がうまく表現できる。しっとりした絵柄、というのが特徴だ。

PROVIAがスタンダードモード

 他にも多くのフィルムシミュレーションモードがあるので、比べてみよう。

フィルムシミュレーションモードの比較
Mode.mov(105.20MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 一方で、自分でグレーディングしたいというニーズもあるだろう。このため本機でも、F-Logでの撮影が可能になっている。上記の動画の途中で、F-Logと、これにLUTを当てたETERNAトーン、カメラ内部でのETERNAトーンが比較できる。現在公開されているF-Log用のLUT Ver.1.1には、F-LogからBT.709のETERNAトーンを再現するLUTも含まれている。手軽にフィルムトーンを得体ならETERNAモードで撮影すればいいし、専門のカラリストが付く場合はETERNA LUTをベースにグレーディングすることができる。

F-Logの選択もメニュー内で完結

 撮影していてちょっと困ったのは、本機はシャッターの半押しから全押しまで、明確なクリック感がないことである。その方が良いという人も多いかもしれないが、筆者はAFを動作させるために、シャッターを半押しする事が多い。その際に、意図せず録画がスタートしてしまうことが多々あった。

 動画撮影の場合でも、ドキュメンタリーなどの場合では、チャンスを狙ってシャッターに指をかけて待っているというケースは少なくない。このとき深くおしすぎて録画スタートしてしまい、大事なところで停止するという、いわゆる「逆スイッチ」になるというのは、動画カメラとしては一番避けたい動作だ。このシャッターボタンの動作については、事前にトレーニングが必要だろう。

手ブレ補正とハイスピード撮影

 本機のもう一つのポイントは、Xシリーズとしては初となる5軸ボディ内手ブレ補正を備えたところである。手ブレ補正のついていないレンズの場合は、ボディ内手ブレ補正により5段以上の効果が保証される。また、手ブレ補正のついているレンズの場合は、レンズの手ブレ補正段数に依存する。

 今回は「XF16-55mmF2.8 R LM WR」のワイド端16mmと「XF50-140mmF2.8 R LM OIS WR」のワイド端50mmでテストしてみた。双方とも、手持ちFIX撮影ではかなりブレが抑えられているのがわかる。しかし動き出すと、ピタリと止めようとする動作が強すぎるあまり、動きに対して不自然な補正となる様子が見て取れる。

2つのレンズで手ブレ補正をテスト
stab.mov(53.29MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 シネマカメラを本当に手で持っただけで撮影するというケースは、プロの現場ではあんまりないだろう。大抵はMoVIやRONIN、もしくはSteadiCamといったスタビライザーを使うはずである。それを踏まえて、止まり続けるべきなのか、それともショックが出ないように柔らかく補正すべきなのか、悩ましいところである。このあたりは、スタビライザーの特性に合わせて動作が選択できると、さらにいいだろう。

 続いてハイスピード撮影も確認しておこう。本機でのハイスピード撮影は、HD解像度に限定されている。基本的には100pか120pを選ぶだけで、あとは再生時のフレームレートの違いで2倍、4倍、5倍スローという事になる。今回は24pをターゲットに120p撮影したので、5倍スローという事になる。

5倍スローで撮影
Slow.mov(24.40MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 光量が十分にあったので、SN比もよく撮影できた。設定方法が簡単なので、動画撮影に慣れていない人でも使いやすいはずだ。

設定は単純でわかりやすい

総論

 これまで動画撮影を行なう人の間では、富士フイルムのカメラはあまり馴染みがないはずだ。もちろんカメラとして好きという人はいるだろうが、動画で撮ってメリットのあるカメラというわけでもなかった。

 それが一気に飛び越えて、シネマカメラを標榜するフラッグシップを出してきたというのは、業界地図を考えてもなかなか面白い動きだ。そもそも放送用カメラの世界では、キヤノンとフジノンのレンズは双璧であったわけだが、キヤノンは長い間レンズビジネスに影響が出るのを懸念して、放送用カムコーダに参入しなかった。そんな中、2008年のEOS 5D Mark IIの大ヒットにより、放送用を避ける格好でシネマカメラへ舵を切った。

 こうした背景を考えれば、富士フイルムが放送用ではなくシネマの方へ振るというのは、自然な流れである。加えて、フィルムで培った絵作りとしてのフィルムシミュレーション技術を持ち合わせており、むしろこれまでシネマカメラへ向かわなかったのが不思議なほどである。

 とりあえずX-H1は、シネマ参入の狼煙のような存在だろう。今後、動画専用機は出るのか、レンズラインナップはどこまで拡充させるのか。そう考えると、結構先は長い。

 色彩とトーンの専門家集団である富士フイルムが、今回Logで撮れるだけのカメラにしなかったところに、意気を感じる次第である。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。