小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第932回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

次世代真空管「Nutube」を持ち歩く! KORGの“自作ポタアン”「Nu:tekt HA-S」

次世代真空管を搭載したポタアンを作る!

ポータブルヘッドフォンアンプの略称である「ポタアン」は、高級ヘッドフォン・イヤフォンブームの波に乗って、いつの間にか市民権を得た単語である。フジヤエービック主催で春秋2回行なわれる「ヘッドフォン祭り」などのイベントでは、ヘッドフォン・イヤフォンだけでなく、多くの新作ポタアンも披露される。こうしたイベントの成功もまた、ポタアンの知名度アップに繋がったわけだろう。

KORG「Nu:tekt HA-S」

ポタアンをご存じない方のために解説しておくと、ヘッドフォンアンプとは、有線のヘッドフォンを鳴らすための、専用アンプである。“スピーカー端子を搭載せず、ヘッドフォン端子しかないアンプ”と考えればいいだろう。

ポータブルヘッドフォンアンプは、それをモバイルで利用できるように工夫した製品で、主にスマートフォンからの再生をサポートするために使用される。

リスニングの主力がスピーカーからヘッドフォン・イヤフォンへと移行した日本においては、ポタアンはオーディオベンチャーらがしのぎを削る戦場となっており、充電池・乾電池駆動のものや、スマホやPCから電源を取るものなど色々なパターンがある。また音声入力も、アナログ対応からDAC兼用のものまで、これまた色々なパターンがある。

そんな中、楽器メーカーで知られるKORGが、ポタアン市場に参戦した。今回ご紹介する「Nu:tekt HA-S」がそれである。しかも次世代真空管「Nutube」を搭載しての組み立てキットということで、自作派もアナログ派も要注目の製品だ。

どんな音がするのか、早速試してみよう。

平たい真空管

早速組み立て、といきたいところだが、その前に次世代真空管「Nutube」の概要をおさらいしておこう。

そもそも現在流通している真空管は、すでに製造されてかなりの年数が経った流通在庫であったり、中国・東欧あたりが昔の製造機器を修理しながら細々と作り続けているようなものが大半を占める。新設計の真空管、というのもあるのかもしれないが、過去製品と互換性がないと使いどころがないので、抜本的な新開発というのは、あまりニーズがないというところもあるだろう。

一方KORGのNutubeは、ノリタケ電子との共同開発によって誕生した、近年には珍しい新タイプの真空管である。一般的な真空管は円筒形のガラス状の内部に回路があり、下の方から足が出ているものだが、Nutubeは蛍光表示管(VFD)の技術を応用しているため、薄型のソケットタイプとなっている。そもそもVFD自体が真空管の原理を応用している表示管なので、応用を応用して先祖返りしたような素性を持つ真空管だ。

蛍光表示管(VFD)の技術を応用したNutube

初めて試作品が発表されたのが2015年頃だったと記憶しているが、楽器メーカーのKORGが作ったということで、オーバードライブ系のエフェクターやギターアンプへの応用が期待されていた。しかしそれだけでなく、KORGはNutubeを外販しており、ピュアオーディオ製品も登場してきたのは、うれしい誤算だった。

すでにNutube搭載ポータブルプレーヤーをはじめ、KORGからもDAC+プリアンプも登場しているが、数十万コースの高級品である。そこに突如として現れたのが、本家KORGから実売25,000円前後に抑えた、シンプルなポタアンキットの本機である。

キットの全容

前置きが長くなったが、まずはキットの中身を確認していこう。メイン基盤は手のひらサイズで、中央部に単三電池2本のソケットがある。前面にはボリューム、電源スイッチ、ステレオミニのアナログ入出力端子がある。電池寿命は、アルカリ電池使用で約9時間だ。

手のひらサイズのメイン基板

肝心のNutubeは、すでに基盤に実装された形で同梱されており、マルチケーブルでメイン基板と接続する。Nutubeは最新の真空管とはいえ衝撃に弱いので、周囲にクッション材を貼り付け、メイン基板にもクッション材を挟んで両面テープで固定する。宙に浮いた、とまでは言えないが、ある程度の振動には耐えられる構造となっている。

周囲をクッション材でカバー
マルチケーブルでメイン基板と接続する

基板部を収納するシャーシは、サンマの蒲焼きの缶詰ぐらいのサイズ。前面のボリューム部と、基盤後方の2本のネジでシャーシに固定する。上部のカバーは半透明のアクリル製で、中のNutubeの輝きがほんのり見えるようになっている。

格納用アルミシャーシ
やることはほぼネジ留めだけで完成

自分で作るキットとはいえ、組み立てはこの程度だ。ゆっくりやっても30分、電子工作に慣れた人なら15分ぐらいで作れるだろう。

フタを閉じて完成。電源を入れるとNutubeがうっすら光る

色々いじれる設計

本機Nu:tekt HA-Sは、天板が簡単に開けられるようになっている。乾電池駆動なので、電池交換用に外しやすくなっているとも言えるが、実は内部のスイッチや半固定抵抗を調整することで、音質が変えられるようになっている。

一番簡単に変更できるのが、無帰還と負帰還の切り換えだ。負帰還というのは多くの増幅回路で使われる仕組みで、出力の逆位相信号を減衰させて入力側に返してやるという、フィードバック構造だ。これによって歪みなどが打ち消され、安定した増幅ができる。ただし出力が若干下がるのと、真空管の持ち味が打ち消される傾向がある。

一方無帰還はフィードバックせずにそのまま出力する方式で、回路のクセや特徴がそのまま出る。真空管の場合は、管の特性がそのまま出る事になる。

真空管の音を表して、「温かみのある音」などというが、その場合は大抵負帰還の音を聞いていると考えていいのではないだろうか。無帰還の真空管の音は、高音が硬く、倍音豊かなザラリとした手応えのある音になる。Nu:tekt HA-Sの場合、デフォルトは無帰還に設定してあるようだ。

今回は、iPhone XRに純正のアナログ変換ケーブルを使用し、ステレオミニケーブルでNu:tekt HA-Sと接続した。ヘッドフォンは以前から聞き慣れているSHUREの「SRH940」である。音源はAmazon Music HDから、ピンク・フロイドの近年のアルバムを通しで再生した。ピンク・フロイドはハイレゾ配信に積極的で、1994年の「The Division Bell」以降のアルバムはハイレゾのようである。

まず無帰還と負帰還の切り換えだが、元々Nutubeは効率がいいので、負帰還に切り換えたところで極端にS/Nが良くなるという感じでもない。個人的には、Nutubeの味を楽しめる無帰還のほうが、音を聞く楽しさがあるように思う。

Nutubeのサウンドは、特性としてどこかに大きなクセがあるわけではなく、中高域の表現の厚みにより、音のリアリティがより強調される仕上がりとなっている。ピンク・フロイドは曲中でSEを多用するが、足音などは本当に誰かその辺を歩いてきたのかと振り返るほどの生々しさだ。

ハイハットワークの細かいニュアンスも綺麗に表現されており、iPhoneと標準変換ケーブルでもこんな音が出るのかと驚かされる。Nu:tekt HA-Sとイヤフォン直結では、価格分以上の大きな差がある。

そのほか半固定抵抗で、左右のバイアス電圧とアノード負荷抵抗値が変更できる。基本的には調整後に出荷されているのでいじる必要はないが、左右の音量ば違うといった場合は自分で調整するといいだろう。音質も多少変わるが、大きな変化ではない。

ボリュームの後ろには、オペアンプのソケットがある。ソケットということは交換可能という事で、本機には標準としてJRCの「NJM4580」が搭載されている。加えて交換用として、同社「MUSES01」も付属している。

交換用オペアンプも付属

「NJM4580」で耳が慣れたあたりで「MUSES01」に交換してみたところ、MUSES01は音の華やかさは若干後退するが、妙に艶っぽいというか、女性コーラスなどは色っぽいトーンになる。なんとも曖昧な表現だが、音の滑らかさ、聴きやすさは一聴に値する。

個人的にはNJM4580の横綱相撲で満足なのだが、いろんなタイプのオペアンプを試してみたいところである。付属品以外のものに交換する際は、定格に注意しつつ、自己責任でお願いしたい。

総論

新規設計の真空管としてデビューしたNutubeは、真空管の弱点であった、「デカい」「電気食う」「熱い」「割れやすい」を克服する製品として、大きな注目を集めた。最初は個体特性にバラツキがないところがメリットのように思われていたが、音質で、次に可搬性で真空管の新しい可能性を切り開きつつある。

難点は採用製品が高価なところであったが、本家とも言えるKORGがキット製品ということで破格の低価格で製品化したのは、いろんな意味で衝撃である。アナログ入力しかないのが残念ではあるが、この価格でこの音、加えて真空管ポタアンを安心して持ち歩けるというメリットが加わった。Nutubeは振動に弱く、ポータブルにはどうかと懸念する声もあるが、筆者の試用環境では今のところマイクロフォニックノイズもなく、安定して再生できている。

そのまま聴いてもよし、いじるのが好きな人には手応えありのNu:tekt HA-S。説明書には回路図も掲載されているので、今後色々な改造にトライする人も出てくるだろう。まだ玉数があるうちに、サクッと押さえておくべき逸品だ。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。