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■ Snow Leopardを待たずに新バージョン登場
パナソニックが提唱するP2フォーマットのAVC-Intra記録は、'07年に登場した。これはH.264ながら時間軸圧縮を行なわず、すべてIntraフレームのみで記録するというフォーマットで、4:2:2/50Mbps、100Mbpsから選べるようになっている。
なぜIntraフレームかというと、プロの収録は編集することが前提となるため、MPEG-2のLong GOPでは部分的とはいえ、再圧縮がかかる。しかしIntraフレームであれば、編集時にGOPをいじらないから画質的に有利、というロジックである。しかしながら、このAVC-Intraをネイティブで編集できるノンリニアシステムがなかなか現われなかった。
そんな中、'08年11月にトムソン・カノープスが、HDWSシリーズとREXCEEDシリーズでAVC-Intraをネイティブ対応した。そして今年7月にリリースされたAppleの新「Final Cut Studio」でも、AVC-Intraをネイティブ対応した。 Adobe Premiereは、8月にリリースされたサードパーティ製プラグインでサポートする。
Final Cut Studio全体では、実に100以上の新機能が追加されており、見所の多いソフトウェア・パックである。とても全部は紹介しきれないので、今回はその中でも編集ソフト「Final Cut Pro 7」(以下FCP7)、そして各フォーマット出力に欠かせないエンコーダ「Compressor 3.5」のうち、実際のワークフローに関係する部分を中心に新機能を探ってみよう。
なおApple周りでは今、新OSの「Snow Leopard」の話題で持ちきりである。だが新Final Cut StudioはSnow Leopard以前にリリースされており、新OSに特化した機能は特にないという。今回は前OS「Leopard」上で動作確認を行なっている。
■ AVC-Intra対応の実際
新Final Cut Studioは、6つのソフトウェアをまとめたスイートである。'07年のNABショーで「Final Cut Studio 2」が華々しく紹介された。今回はてっきり「Final Cut Studio 3」になるのかと思ったら、パッケージには単に「Final Cut Studio」と書いてあるのみだ。
【ソフトウェアと機能】
ソフトウェア | 機能 |
Final Cut Pro 7 | 編集ソフト |
Motion 4 | 2D、3Dのモーショングラフィックス合成ソフト |
Soundtrack Pro 3 | サウンドの設計、編集、ミキシングソフト |
Color 1.5 | カラーコレクションツール |
Compresssor 3.5 | 多機能エンコーダ |
DVD Studio Pro 4 | DVDオーサリングソフト |
パッケージも小さくなり、マニュアルも簡素化された |
パッケージも、以前は全部のマニュアルが入っていたので巨大な紙の塊といった風情だったが、今回はOSなどと同じDVDパッケージサイズとなっている。マニュアルはインストール用と、FCP7の初歩的なチュートリアルのみで、詳細マニュアルはファイルとしてインストールされる。以前はこれに加えて紙のマニュアルも付属していたわけだが、それがなくなったということである。
また今回のパッケージからなくなったものとしては、「Live Type」がある。これはいわゆるテロップを作成するためのソフトウェアだが、FCP7のプラグインでもある程度のテロップ作成が可能になったこと、Motion 4ではより高度な作業が可能であることから、なくなったものと推測される。
ではFCP7のAVC-Intra対応から見ていこう。今回はパナソニックのご協力により、テスト用にAVC-Intra 100と50で記録したファイルをお借りしている。使用しているマシンはMacBook Pro Intel Core 2 Duo 2.4GHz、搭載メモリ2GBのモデルである。あいにくP2カードが直接繋がるインターフェイスがなかったので、Windowsマシンからファイル転送したのち、使用してみた。
AVC-Intraの映像は、P2カード内ではMXFファイルになっている。素材ファイルをそのままBINに登録するのではなく、いったん「切り出しと転送」でFCP7に取り込む必要がある。これにより、映像と音声のMXFファイルが、QuickTime MOVにリパッケージされる。デフォルトの保存先は、「ユーザー名」-書類-Final Cut Pro Documents-Capture Scratchの中だ。
取り込んだ映像は、そのままタイムラインに配置して、通常通りの編集ができる。P2カードダイレクトでの編集ができると思っていたので、そういう意味では多少がっかりだが、以前のようにProRes 422に再エンコードするよりはずっと早い。AVC-Intra100、50ともに再生がひっかかるようなことはないが、平行して重い処理でメモリ食いのソフトウェア、例えばWEBブラウザなどは起動しておかないほうがいいだろう。なおカット編集ならばどんどん行けるが、トランジションなど軽い効果でも、レンダリングが必要となる。
AVC-Intraは、「切り出しと転送」でMOVにリパッケージする | 通常のカット編集なら十分なパフォーマンス |
ProRes 422も、今回から大幅にバリエーションが増えている。各映像はFinal Cut Studioを持っていないとデコードできないので、サンプルは掲載しないが、ハイエンド用としては、アルファチャンネルにも対応したProRes 4444が登場したことは、他社の編集用中間コーデックにはない大きなアドバンテージになるだろう。
またProxyは従来低解像度でビットレートを落とすというのが定番だったが、ProRes 422 Proxyはフル解像度で45Mbpsというビットレートである。このあたりは、Appleがハードウェア環境まで自社でサポートしており、極端に低速なマシンで使用する可能性を排除できるからであろう。
ProRes 422コーデックの種類 | ||
名称 | ビットレート | 特徴 |
ProRes 4444 | 330Mbps | ハイエンドな合成を伴う映像処理向け |
ProRes 422 HQ | 220Mbps | 高度なポストプロダクション処理向け |
ProRes 422 | 145Mbps | 非圧縮HD映像ワークフロー向け |
ProRes 422 LT | 100Mbps | 放送レベルの映像処理向け |
ProRes 422 Proxy | 45Mbps | オフライン編集向け |
■ 細かい点で編集機能がアップしたFCP7
直接数値入力することで、トリミングが可能に |
今回のFCP7では、マーカー機能も強化された。従来マーカーは、オーディオのタイミングをメモしたり、DVDオーサリング時にチャプターマーカーとして利用するといった方法が、Adobe Premiere Proなどで提唱されてきた。FCP7でもDVDのチャプターとして利用する方法は提供されてきたが、今回はマーカーに関しても機能強化されている。
8色のマーカー。コメントも画面上に表示される |
タイムラインの再生中にmキーを押すことでリアルタイムにマーカーを打てる機能は以前と同じだが、今回は8色の色分けができるようになった。これにより、マーカーの意味が8倍に拡張されたことになる。例えば特定の色を誰か宛のコメントというルールを作っておけば、カラーコレクション担当の人にメモを残すといった、分業にも役に立つようになるわけだ。
分業と言えば、Mac OSの標準機能として搭載されているチャット機能、iChatを使って、作業中の画面を共有できるようになった。FCP7で「iChatシアタープレビュー」で共有開始を行なったのち、iChatで画面共有したい相手に対して自分の画面を共有すると、FCP7の画面がそのまま共有相手のMac上にフルスクリーンで表示される。
「iChatシアタープレビュー」で共有開始を行なう | iChat経由で共有された画面。リモートでのマウス操作も可能 |
さらにこの状態で、共有相手はマウス操作でFCP7をコントロールすることもできる。コラボレーションしている相手にプレビューの主導権を渡すこともできるほか、ネットに繋がっていれば、高機能のMac Proを出先のMacBookでコントロールして、編集の修正を行なうこともできる。
Final Cut Studioの登場は、あらゆる映像制作の作業を一人でやるということを可能にしたわけだが、今回のアップデートでは、分業として複数人が手がけるという方法ではなく、同スキルの人、あるいは自分よりもスキルの高い人にアドバイスを仰ぐといった、同じ立場の人同士で作業を共有するという方向に舵を取ったようにも思える。これは映像制作のワークフローにとっては、新しい流れだ。
エフェクト関係で強化された点の一つに、アルファトランジションがある。ある種のワイプなのだが、2画面の間に別の映像を挟んでワイプするものである。よく野球の中継でリプレイに入るときにロゴや光が横切って画面が変わるようなものがあるが、あれがアルファトランジションだ。
アルファトランジションの設定と効果。3パターンのファイルを設定する必要がある |
アルファトランジションは、フロントの映像、そのマスク、そしてワイプ用パターンの3種類のソースを用意する必要がある。自分でオリジナルを作成することも可能だが、汎用のパターンが米Appleのダウンロードコーナーからダウンロードできるようになっている。そのほかにも、作業に使えるサードパーティプラグインのデモ版なども揃っているので、ここは覗いておいて損はないだろう。
■ 生まれ変わったCompressor3.5
次に出力に関してみていこう。FCP7で大きく変わったポイントは、ファイルメニューの「共有」で定形フォーマットへの出力ができるようになったことである。従来FCPからの出力はQuickTime変換を使うか、Compressorに送るかぐらいしかなかったわけだが、「共有」を使ってApple TV、Blu-ray、DVD、iPhone、iPod、MobileMe、YouTubeへの出力が可能になった。
特にBlu-rayは、従来Appleの取り組みが消極的なので困っていたわけだが、ここで簡単なオーサリングまでできるまでになったのは大きな変化だ。これは商品レベルのものを作るというより、プレビュー用のBlu-rayを作るといった用途を想定しているため、「共有」メニューに入っているのだろう。
多彩な出力をサポートする「共有」 | Blu-rayの簡易オーサリングまで可能 |
個人的にはFCPでの出力には、バッチ処理ができるCompressorを多用してきた。ただこれまでは、FCPの「書き出し」からCompressorを呼び出した場合、Compressorでの圧縮中にはFCPがロックされて、操作ができなかった。
今回のFCP7からは前出の「共有」からCompressorを呼び出すようになった。さらにCompressorでの圧縮中にもFCP7で作業ができる。完全に圧縮作業を分離できる設計になったようだ。
MOVファイルをドラッグ&ドロップするだけで、エンコード設定を読み取る |
新しいCompressorは、見た目はまったく変わらないが、ユニークな機能を多数搭載した。例えば以前作ったファイルと同じ設定でエンコードしたいという場合には、そのエンコード設定をCompressor内に保存しておかなければならなかった。だが今回は、出力済みのQuickTime MOVファイルをCompressorの「設定」タブ内にドラッグ&ドロップするだけで、完成ファイルからエンコード設定を読み出し、新しいプリセットパターンとして登録する機能が付いた。
例えばWEBサイトからダウンロードした映画のトレーラーも、QuickTimeで提供されているファイルがあれば、そこからもエンコード設定のプロの技を読み取ることができる。あいにくQuickTime以外のファイルからは読み取れないが、今後は完パケのマスターをQuickTimeファイルで保管しておく意味が出てきた。
ドロップレットは設定を右クリックして作成することもできる |
もう一つの便利な機能は、「ドロップレット」である。Compressor内のエンコード設定を選択し、ファイルメニューから「ドロップレットを作成」を選択すると、このエンコード設定専用のドロップレットを作成できる。
このドロップレットをデスクトップなどに置いておき、エンコードしたいファイルをドラッグ&ドロップすると、ミニ版のCompressorが起動して、エンコードしてくれる。エンコーダの設定をプリセット化して切り出すわけである。例えば毎回同じ設定でファイルを作成するようなルーチンワークは、専用のドロップレットを作っておけば、間違いがないわけだ。
デスクトップにドロップレットを作成しておく | ドロップレットにファイルをドラッグ&ドロップすると、ミニ版Compressorが立ち上がる |
■ 総論
映像のプロの世界というのは、技術的な革新がもっとも早く投入される場所ではあるのだが、変化のスピードはかなり遅い世界であった。ハードウェアは小さなものでも数百万円、大物な数億円の世界なので、一度導入したら10年はそのまま稼働してもらわなければ、減価償却できない。
しかし映像のプロの世界にITが入り込むようになって、変化のスピードがだいぶ速くなった。10年単位が、今はだいたい2~3年単位ぐらいの変化にまで縮まっている。純粋にITの世界の人からすれば、2~3年は遅すぎると感じるかもしれない。しかし基本はクリエイティブな世界なので、新技術をヒイヒイいいながら追いかけるよりも、コンテンツを作るほうに労力を回すほうがベターと考える業界なので、これぐらいのバランスで当分は走っていくのではないかと思われる。
AppleのFinal Cut Studioが起こした革命は、アクセラレータやI/Oボードのようなハードウェアに依存せず、純粋にソフトウェアのイノベーションだけで最先端の作業を可能にしたことである。これはMac本体設計とがっちり自社で組んでいるからこそできる技で、Windows系列とは違う文化圏を形成した。
本来このようなイノベーションは、ワークフローの改革があってこそ、十分なメリットが得られる。しかし日本の映像制作の現場は、従来のワークフローを変えることを嫌う。特に人手がいらなくなるという点においては、抵抗が大きい。
しかしながら現実問題として、これまでは分業化されてきた仕事を一人でやれるようになれば、才能ある一人が十分なギャランティを得ることができる環境に転換できるはずだ。問題は、従来のギャランティのままでやることだけが増えるという、1人頭単価の考え方であろう。
米国で始まったこの「お一人様完パケ」のムーブメントは、新Final Cut Studioの登場でもはや否応も無しに日本に押し寄せてきた。いよいよワークフローとマネーフローを変えるタイミングが来たのだと思う。