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最上位ヘッドフォンはどうやって作る? 伝説を継ぐデノン「AH-D7200」が生まれるまで

 据え置きであれポータブルであれ、オーディオの“ハイエンド”機には特別な意味がある。“高価な製品”というだけでなく、持てる技術やこだわりを最大限に詰め込む事で、メーカーの思想がそのまま具現化したものと言えるからだ。“メーカーからのメッセージ”と、とらえてもいいかもしれない。

中央がデノン「AH-D7200」

 デノンから2008年に発売され、天然木のマホガニーを贅沢に使った「AH-D7000」も、そんな“ハイエンド”の1つだ。響きの豊かさや開放的な中高域が持ち味で、生産は終了しているが中古市場でも未だ人気がある。2012年には、同じくマホガニーを使いながら、デザインがより現代的に変化した「AH-D7100EM」(発売当初実売12万円前後)が登場。

左から「AH-D7000」、「AH-D7100EM」

 そして“7000シリーズ”を受け継ぐ最新モデルが、2017年1月中旬に発売される「AH-D7200」だ。価格はオープンで、実売10万円前後。昨今、各メーカーで20万円、30万円、50万円とハイエンドヘッドフォンの価格が高騰する中、「頑張れば買える価格のフラッグシップ」を維持し続けているのは消費者としては嬉しいところだ。

2017年1月中旬に発売される「AH-D7200」

 そんな「AH-D7200」について、国内営業本部 マーケティンググループの宮原利温氏、GPDエンジニアリングの成沢真弥技師、そしてドイツにいるGlobal Business Team Leaderの福島欣尚氏に話を聞いた。D7200の音質だけでなく、技術やアイデアがどのように製品としてカタチになっていくのか、“ヘッドフォンの作り方”も聞いた。その流れからは、トラディショナルな外観に詰め込まれた最新技術と、老舗メーカーらしいおどろきのこだわりが見えてきた。

GPDエンジニアリングの成沢真弥技師

原点回帰と進化

 歴代のフラッグシップ、D7000、D7100、D7200を並べてみると、ある事に気づく。D7000はトラディショナルな雰囲気で、D7100はちょっと近未来っぽい。そして新製品D7200は、またトラディショナルっぽいデザインに戻っている。

トラディショナルな雰囲気のD7000
ちょっと近未来っぽいデザインのD7100

 D7100が登場した2012年は、米国を中心にBeatsのヘッドフォンが人気を集めはじめた頃。カラーやデザインが派手で、インパクトのある製品が市場に続々と登場。デノンもそうした市場動向の中で、ライフスタイルに合わせたヘッドフォンやイヤフォンの新製品を一気に投入。D7100もその1機種として発売された。

 音質面では非常にクオリティが高く、まさにハイエンドサウンド。個人的に外観も嫌いではないが、試聴した時に「凄いハイエンドらしい音がするのに、外観がちょっと近未来っぽくて意外性があるな」と感じた記憶がある。当時の印象を宮原氏に伝えると、「そういった声は当時多かったです」と頷く。

国内営業本部 マーケティンググループの宮原利温氏

宮原氏(以下敬称略):D7000は非常に沢山の方にご愛顧いただき、長年愛用していただいている方も多数いらっしゃいます。その後継であるD7100も、音質面で高い評価をいただきました。しかし、イベントなどに出展すると、「音は良いんだけど、デザインがちょっとD7000の雰囲気と違うよね」という声を多くいただきました。外観的な面で、D7000からD7100に乗り換えたくても躊躇してしまっている方が一定数いる……というのが我々の認識です。

 2012年に一気に投入されたヘッドフォン群は、グローバルに展開するディーアンドエムホールディングスの中でも、主に米国が主導で企画されたものだという。要するに“米国テイスト”な製品が一気に登場し、Bluetoothイヤフォンなどは高い人気を集めたが、ハイエンド市場までを含めると、全ての製品が上手くいったというわけではなかったようだ。

宮原:そうした反省も含め、ヨーロッパが主導し、日本市場の意見も多く取り入れたモデルとして2014年に天然木ハウジングを使った「AH-MM400」や「AH-MM300」を作り、良い反響をいただきました。市場のニーズを取り入れながらも、今まで培ってきた“デノンらしさ”を持ち味とした製品へと舵を切った形です。

天然のアメリカン・ウォールナット材をハウジングに使った「AH-MM400」

 今年は、1966年にデノン初のヘッドフォンを発表してから50周年でもあり、それに向けて、もう一度デノンらしいヘッドフォンの方を皆様に提案したいと、原点回帰という気持ちで作ったのが今回の「D7200」です。しかし、焼き直しというわけではありません。進化を遂げたヘッドフォンとして、ネジ一本に至るまで、すべてのパーツを新たに設計し直しています。

GPDエンジニアリングの成沢真弥技師

成沢:量産モデルを設計したのは昨年末頃ですが、採用するドライバやパーツ、素材などの研究・吟味は、D7100を投入してすぐ、2013年頃からスタートしていました。

 ユーザーとして気になるのは、「D7100の後継機としてD7200を作ろう」と決まった際に、“どのようなヘッドフォンにするか”を、どのように決めるかという点だ。改良を加えて順当進化する道もあれば、いきなりガラッと変わる可能性もあるだろう。例えば、オープンエアヘッドフォンにしようなんてアイデアはあったのだろうか?

宮原:D7200に関して言えば、D7000シリーズの延長線上にあるので、やはりD7000やD7100をスタート地点としています。先程申し上げたのような理由で、スタイルとしてはD7100ではなく、D7000の系統にしようと決まりました。

 D7000シリーズの持ち味は、ハウジングの素材として“木”を活用している事です。木製ハウジングを使いながら、デノンらしいサウンドを追求する事がテーマです。オープンエアにしようという話は出ませんでしたね。皆さん、デノンのヘッドフォンに対して「密閉型でダイナミック」というイメージをお持ちだと思いますが、我々社内の人間もそれは同じです。そうした“デノンらしさ”を、どう活かしていくかを議論しました。

 価格の面で、もっと高価なモデルにする事も検討はしました。しかし、例えば20万円、30万円という製品になったとして、その製品をどれだけのお客様に届けられるか? を考えると、難しい部分もあると判断しました。やはり多くの人に使っていただきたいですからね。

成沢:初代のD7000は12万円でしたので、そのファンで、D7100に乗り換えなかった方々に、安心して乗り換えていただけるモノを作りたかったというのもありますね。

福島:デザインで難しいのは、我々は企画時 “未来の”トレンドを理解して設計を始めなければいけないところですね。ものづくりの性質上、どうしてもそれは1年以上前になるからです。そういう意味で、未来のトレンド、世界的なトレンド、デノンとしてあるべきデザインは? という理解を進めるために、デザイン事務所のあるサンディエゴに設計部が出向いたり、逆にデザイナーが日本に来て、理解を深め、デザインを詰めていきました。

 結果、デノンのベーシックとしての形を踏襲しつつ、やわらかな形状のメタルハンガー、木目が豊かで触った感じもしっとりくるハウジングなど、今、そして末永く楽しんでいただける製品になったかと思います。“神は細部に宿る”と言われる通り、極限まで減らしたネジや、木を彫り込んだロゴなど、ディテールまでこだわりました。所有する喜びを感じていただけると思います。

Global Business Team Leaderの福島欣尚氏

素材が変わったハウジングと、進化したドライバ

 ヘッドフォンの命とも言えるドライバ。サイズは50mm径で、「フリーエッジ・ナノファイバードライバー」と名付けられている。

50mm径のフリーエッジ・ナノファイバードライバー

 名前の通り、振動板の素材はナノファイバーだ。ナノファイバー自体は新しいものだが、細かな繊維で振動板を作るという技術自体はD7000の時から使われている。当時は“マイクロファイバー”で、つまりD7200の“ナノファイバー”は、繊維の細かさが、より細かくなったわけだ。

福島:繊維がより細かくなる事で、振動板としてはより軽く・硬くなります。これによって曲がりにくくなるため、ピストンモーションの領域が増えます。

 ただ、ナノファイバーだけを使うのが良いのかというと、そうではありません。ナノファイバー100%のものから、パルプだけのものまで、いくつも試作をしたのですが、実はナノファイバー100%は音が良くありませんでした。音が硬く、ある周波数でピークがあるような音だったのです。

 これでは、ファイバーを使って、PETやメタル振動板と比べてピーキーな音を減らす(内部損失を高める)事にはなりません。そこで、比率は言えませんが、ナノファイバーに数十パーセントパルプを混ぜてます。こうすることで、硬さ・音質ともバランスのとれた振動板になります。

 また、振動板を作る時の“作り方”にもこだわりがあります。通常のユニットはプレスして作るのですが、フリーエッジ・ナノファイバードライバーは和紙のように“すいて”作っています。

 これは振動板全体で均一な厚さにするためで、適度な紙としての内部損失を保つことができます。ただ、ナノファイバーを“すく”のは、フィルタが詰まってしまい、パルプと比べて作るのが困難で量産には向きません。しかし、音質的に有利であるため、時間をかけて作っています。

 こうして作られたユニットは、再生周波数帯域5Hz~55kHzとハイレゾ再生に対応。感度は105dB/mW、最大入力は1,800mW、インピーダンスは25Ωだ。

 また、振動板を支えるエッジも興味深い。「フリーエッジ」と名付けられており、振動板外周のエッジを柔らかい素材にする事で、振動板全体を平行に動かせるというものだそうだ。

 百聞は一見にしかず、成沢氏がその効果がわかるデモをしてくれた。フリーエッジ・ナノファイバードライバーと、ヘッドフォンでよく使われるPETフィルムのドライバを用意。PETフィルムドライバのエッジは、振動板と同じPETフィルムで出来ている。

ヘッドフォンで良く使われる、PETフィルムのドライバ

 この2つのドライバに100Hzの音を流して振動させた状態で、周波数をズラして発光するストロボを当てる。すると、高速過ぎて肉眼ではよくわからないドライバの動きが、光で間引かれたようになり、人間の眼でも確認しやすくなるのだ。動画も掲載するので実際に動きを見て欲しい。

フリーエッジ・ナノファイバードライバーと、PETフィルムドライバの比較
100Hzの音を出して振動させ、周波数をズラシて発光するストロボを当てると、振動板の動きがよくわかる

 実際に見てみると、PETフィルムはエッジ部分に波形のような形を作り、中央の振動板部分が上下に動きやすいよう工夫しているが、動きがあまりスムーズでなく、中央の動きを、周辺部分が引っ張って邪魔しているように見える。こうした状態が、歪を生むわけだ。

 対して、フリーエッジ・ナノファイバードライバーの動きは超スムーズ。あまりにスムーズなので、エッジ部分が水でできていて、そこ振動板がプカプカ浮いて上下しているように見えて面白い。どちらが入力信号に対して正確、かつ歪の少ないサウンドを再生できるか、言うまでもないだろう。

もちろん実際の開発時には、眼で動きを確認するわけではない。写真のようなレーザーで高精度に振動板の動きを計測する装置を使い、振動板各部の動きを細かくチェックする

 このドライバと組み合わせるのが、木製のハウジング。D7000とD7100はマホガニーを使っていたが、D7200はアメリカンウォールナットに変更された。

左がD7200、右がD7000。マホガニーからアメリカンウォールナットに変更された

成沢:従来がマホガニーだからそのままマホガニー……ではなく、改めて木材を吟味するところからはじめました。黒檀、けやき、白樺、カリンなど、様々なものを検討しました。その中から幾つかに絞り込み、実際にハウジングを試作し、ヘッドフォンにして試聴します。

検討された木材

 選ぶポイントは木の特性ですね。マホガニーは“鳴き”の多い素材で、響きが豊かです。今回採用したアメリカンウォールナットは鳴きが少なめで、締まった音になります。今の時代のフラッグシップには、そのような傾向の音が適しているのではないかと考えて採用しました。

 ハウジングは木のブロックから削り出して作りますが、非常に時間がかかります。木によって削りやすいもの、削りにくいものもあります。

アメリカンウォールナットのハウジング

宮原:木のハウジングですので、デザイン面では“木目を出す”事にもこだわりました。その点、ウォールナットはマホガニーより木目が出しやすいです。従来は艶のある塗装を施していましたが、D7200は、あえて木の質感を残した塗装にしています。

成沢:天然木ですので、当然木目も1つ1つ異なります。“その人だけの木目”なのも、ハイエンドモデルらしいポイントですね。

天然木なので、同じウォールナットでも木目が異なる

ヘッドフォンの音は、どのように作り上げていくのか

 ドライバとハウジングが決まり、組み合わせたら完成……というほど簡単なものではない。スピーカーと違い、ヘッドフォンには“人間が頭に装着して利用する”という大きな特徴がある。「装着感の良し悪しの話か」と、簡単に片付けてしまいそうになるが、成沢氏は首を横に振る。

成沢:ヘッドフォンにおいて、装着感は非常に大切です。どうしても“音質の追求”に注目が集まりがちですが、それに負けないくらい重要な部分だと個人的には考えています。

 例えば、ちょっと頭を動かしただけでズレてしまったり、逆に側圧がキツすぎて聴いていたらすぐ痛くなるようなヘッドフォンは、どんなに音が良くても使っていただけません。ある意味、音質以前の問題です。装着感の追求は、ヘッドフォンにとってそれくらい大切なものなのです、

特に重要なのは頭の後ろ側の、下の方だ。イヤーパッドがしっかりと体にフィットし、浮かない構造にする必要がある

 装着感の追求とはすなわち、どんな人も、安定して、快適に装着し続けられるヘッドフォンを作るという事だ。言葉では簡単だが、実際は難しい。人間の頭のカタチは様々だからだ。成沢氏は、サイズの異なる3つの頭の模型を見せてくれた。

サイズの異なる3つの頭の模型

成沢:我々には長年の研究開発で培った人間工学的なデータの蓄積があります。それを基に作ったのがこの模型です。サイズはS、M、Lの3つ。この模型は、人間の頭部の大きさや形状などの特徴を集約したようなもので、この3つにしっかりと装着できれば、そのヘッドフォンは“世界の95%の人が快適に装着できる”ようになっています。

 開発時は、頭部模型の耳の周囲に圧力センサーを取り付け、試作機のイヤーパッドが耳の周囲にまんべんなく密着し、力が均等にかかっているかをチェックします。頭頂部も同様です。一部分だけに力が強くかかると、そこが痛くなってしまいます。逆に、どのような側圧であれば快適に使えるのか、そして、どのような機構にすれば均等に力がかかるのか、などもノウハウの蓄積によるものです。

日本におけるヘッドフォンの開発ルーム

 イヤーパッド形状は、D7000のものをスタート地点としていますが、素材の低反発ウレタンや、それを覆う合皮もD7200では刷新しました。どちらも日本のメーカーが手がけているものです。

左がD7200、右がD7000のイヤーパッド

 装着感だけでなく、耐久性にもこだわっています。長年使うとパッドが加水分解によってボロボロになりますが、その耐久性も今回の合皮は従来の2倍に高めました。イヤーパッドに使っているものとは異なりますが、頭部に触れるヘッドパッド部分にも合皮を使っています。スティッチを入れているのはデザイン的な面もありますが、そうする事で、頭頂部により均等に接するようになります。ヘッドパッドの外側は、革の質感をより楽しんでいただけるよに本皮のシープスキンを使いました。

ヘッドバンドの内側は合皮、スティッチにも意味がある
外側は本皮のシープスキン

 装着感の追求は快適に使っていただくためですが、パッドの素材や、耳への当たり方によって音も変化します。

D7200で採用された低反発ウレタン
耐久性を高めた合皮のカバー

 成沢氏の言うとおり、装着感は音にも影響する。例えば、ヘッドフォンで音を出しながら、イヤーパッドの一部を持ち上げてみると、そこから低音が抜けて音のバランスが変わってしまう。

成沢:装着感のテストは模型だけでなく、実際に人間が装着して評価します。開発メンバーだけでなく、海外の社員にも送り、装着してもらい、フィードバックして改良を重ねます。装着部分が変わると、音にも影響しますので、音と装着感を交互に高めていくイメージですね。

 音質は、開発の方で試作したものを、サウンドマネージャーの山内(編集部注:デノンサウンドマネージャーの山内慎一氏)に評価してもらいます。そこである程度のOKが出たものを、福島がいるドイツに送り、そこからヨーロッパ各国や、アメリカでも試聴してもらい、意見を集めます。

ダミーヘッドで音のチェックはもちろん行なわれるが、最終的には人間の耳でチェックしていく

福島:ヨーロッパと日本は比較的音質に求めるものは似ています。違いがあるとすれば、比較的ヨーロッパがモニター寄りな音……ということでしょうか。 アメリカは、少し低域のパワー感や、高域の抜け感をより求められます。ただ、デノンとして規定している音がありますし、それらを理解した社員たちと音質調整を行なうので、大きく意見が衝突することはありませんでした。

 また、山内を要に“デノンとしての音”がブレないようにもしています。私は、各リージョンに送り出したサンプルに対するフィードバックを聞きつつ、日本の山内・および設計チームへフィードバックし、さらに音響エンジニアとして具体的な調整方法について、例えば特性カーブや制動布の選び方、イヤーパッドの素材などですね、それらを指示します。

 これを繰り返し行ない、今回は17回以上サンプルの行き来がありました。私は以前日本にいたのですが、その時と比べると手間はかかってしまうのが悩みですが、やることは変わっていません。

Global Business Team Leaderの福島氏がサウンドをチェックしつつ、海外の意見も取り入れ、日本へとフィードバック。完成度を上げていく

ヘッドフォンの音はどうすれば変化するのか

 多くの人の意見も踏まえ、音の完成度を上げていくのはわかった。しかし、気になるのは「どうやって音をチューニングするのか?」という点だ。アンプなどのコンポであれば、コンデンサなどのパーツを取り替える部分は多そうだが、ヘッドフォンでそんなに手を入れる部分はあるのかという疑問だ。

 しかし成沢氏は「挙げきれないほどチューニングできる場所は大量にあります」と笑う。

成沢:例えばドライバも作ったら終わりではなく、背面に空気が動くための穴が開いているのですが、穴の数や位置、さらに穴を塞ぐシールの厚さによっても音は大きく変化します。つまり、空気の流れ方をそうした工夫で調整するわけです。内部配線の素材や、吸音材の量・素材の変更もチューニングの1つですね。

ユニットの背面。中央の紙のシールや、左上の穴の大きさ、数などによっても音は変化する

 先程、“イヤーパッドでも音が変わる”と申し上げましたが、実はD7200ではここにも工夫があります。内側を少しめくると、合皮に小さな穴が開いているのが見えますよね。これもチューニングの1つなのです。

 穴をあけると、内部のウレタンへと音が流れ込むので、イヤーパッドの吸音効果が高まります。また、穴が開いている事で、バッフルと耳との間にある空間の容積が、イヤーパッドの空間と繋がって増える事になり、低音が変化します。

イヤーパッドをめくると小さな穴が。これもチューニングの1つだ

 バッフルの前に来るネットも音に影響します。スピーカーでは、サランネットの有無で音が変わりますよね、あれと同じです。ヘッドフォンの場合はユニットと耳の距離が近いので、スピーカーよりもネットの音への影響は大きくなりますね。

 木のハウジングの裏側の形状もチューニングのポイントです。D7200はフラットですが、ここに模様のように凹凸を作るだけで音は変化します。

アメリカンウォールナットハウジングの裏側

 ノウハウの蓄積により、チューニングの際は「あそこをこうすれば、こうなるだろうな」というアイデアがとっさに浮かぶようになります。電解コンデンサを変更する事はありませんが(笑)、こうしたアコースティックな工夫で音がどんどん変化するのは面白い点です。スピーカーよりも、チューニングの結果は現れやすいかもしれませんね。

福島:D7200では、デノン独特の中低域の充実感と抜けの良さ、また音場の広がり感、そして長く聴いていても疲れない音作りをD7000から引き継ぎつつ、進化した音を目指しました。具体的には、ハイレゾも意識し、より解像度の高い音になっています。先程のナノファイバー振動板とフリーエッジに加え、ショートボイスコイルの磁気回路設計が、音源からの信号をリニアに振動板に伝えます。その際、少なくなりがちな磁束を強力なネオジウムマグネットを使う事で補っています。

 30kHz以上の帯域での再生能力は、振動板形状の見直しなどからD7000を超えており、ハイレゾにもしっかりと対応しています。

 また、ウッドハウジングが“鳴りやすい”設計だったD7000と比べ、D7200はウッドを使うメリットを活かしつつ、より情報量の多い再生を目指し、不要な鳴きは抑える設計になっています。メタルやプラスチックのハウジングと比べ、特定の周波数での鳴きが少ないのですが、それでも一部の周波数では微妙に発生してしまいます。それらはドイツにあるレーザードップラー測定装置で可視化しながら、調整を行ないました。

バランス駆動も想定。別売ケーブルも

 昨今、ヘッドフォンのケーブルにも注目が集まっている。使われている素材や、バランス駆動への対応などだ。D7200は、左右両出しタイプで着脱が可能。プラグは3.5mmのモノラルミニで、別途ケーブルを用意すればバランス駆動にも対応できるという。

付属のケーブルはかなりコストがかかったゴージャスなものだ

成沢:付属ケーブルの導体は7N OFC(99.99999% 無酸素銅)です。線材だけでなく、プラグも削り出しのアルミスリーブ製の、非常に高価なパーツを使っています。このケーブルだけでもかなりのコストがかかっているので、リケーブルでこれを超えるのはかなり大変じゃないかと思います。

 ヘッドフォン側の端子はモノラルミニで、触っていただくとわかりますがフローティング構造になっています。ケーブルのタッチノイズをヘッドフォンに伝えない工夫です。外を歩きながら使うヘッドフォンではありませんが、家の中でも快適に使っていただきたいので。ケーブルの布巻きも、タッチノイズを低減する役割があります。

フローティング構造で振動をケーブルのヘッドフォンに伝えない
ヘッドフォン側の端子はモノラルミニで着脱できる

 モノラルミニの端子を採用したのは、確実に接続できて構造的に優れている点と、容易に手に入る端子なので、リケーブルを楽しんでいただきやすいと考えて選びました。

 付属のケーブルはアンバランスだけですが、もちろんバランス駆動も考慮し、開発時はバランス駆動のサウンドもテストしてします。

宮原:キンバーケーブルと協力して、D7200向けの交換ケーブルも今後発売する予定です。銅素材に銀コートを施したものと、銅のままのものの2種類用意します。入力端子は選択できるオーダー制にする計画で、バランス接続向けにはXLR端子を採用する予定です。

 かなりこだわったケーブルですので、価格は銅のもので10万円程度、銀コートのものはさらに高価になると思います。しかし、木目のヘッドフォンに合わせ、木目を配したプラグにするなど、クオリティの高いものにしたいと思っていますのでご期待下さい。

キンバーケーブル製の交換ケーブルも発売予定

音を聴いてみる

 取材の合間に、D7200のサウンドをチェックした。ベースとなったD7000は、マホガニーの響きが美しい、深みと量感のある中低域が最大の特徴。これだけ豊かな低音だと、中高域にも覆いかぶさって明瞭度が下がりそうなものだが、D7000の高域は非常にクリアで、ヌケが良く、むしろ爽やかさすら感じさせる。

 こってりとした、旨味たっぷりの中低域と、抜けが良くて爽やかな高音が、密閉型とは思えない広い音場に展開する。今聴いても、まったく古さを感じさせない、良い音だ。

 D7200に交換すると、音が出た瞬間に思わずニヤニヤしてしまう。中低域の豊かさ、高音の爽やかさといった部分は、D7000のそれから進化しているが、まず耳を奪われるのは中域だ。D7000は、低音と高音がとても印象深いので、相対的に中音がおとなしく、下と上だけ盛り上がったような音に感じられるのだが、D7200では中域もキチッと主張しており、全体のバランスがとても良好になった。

 そのため、聴き始めた瞬間は低音がどうのとか、高音がどうのと、分解して聴こえず、まとまりの良い音全体が、スッと意識に入ってくる。これは大きな進化と言える。

 注意深く聴いていくと、さらに面白い。ドライバの改良やハウジングの木材変更などにより、低域は響きがやや抑えられ、シャープで、ドライバのトランジェントの良さが良くわかるようになった。「藤田恵美/Best OF My Love」のアコースティック・ベース、弦のが震える様子がよくわかる。低音の中の細かな情報が、D7200になって確実に明瞭になり、ハイレゾの情報量の多さが聴き取りやすい。

 中高域にも磨きがかかり、単に爽やかでクリアというだけでなく、ヴォーカルの口の中の湿り気まで感じ取れるような、音の表情がとても生々しく、グラデーションが豊かだ。

 そして、SN比が良くなったためか、音場もさらに広大に感じられる。「坂本真綾/Million Clouds」を聴き続けていると、密閉型であることを忘れてしまうほど広い。面白いのは、音場が広くても音像が遠く、薄くなったり、低域が弱々しくならず、力強い音はキチンと前に出て、リスナーに迫ってきてくれるところだ。

 要するに「迫力がありつつ、音場も広く」、「パワフルでありながら繊細さもある」。文字にするとまるで正反対の特徴を併せ持っている。素材やアコースティクな工夫を積み重ねて、これらの要素をクリアし、完成度を高めたサウンドというのがよくわかる。

福島:何かの音だけが良くなるように設計をしているわけではありません。音楽のプレーヤー、製作者の意図を余すことなく伝えるのが使命です。例えば、アナログレコードの直流に近い低域が含まれる音源も、フリーエッジドライバであれば駆動できますし、スラップベースのようなアタックの強い低域も、遅れることなく素早く反応できます。同時に、ハイレゾ音源の30kHz以上の特性も再生可能です。

 オーケストラの広い奥行きのある音源も、音場感たっぷりに鳴らせます。モニターヘッドフォンとして、音のディテールを確認できる性能を持ちながら、頭の外に広がる音場感も目指しました。

 これらは技術だけをベースにしているのではなく、我々の体験から生まれてくる部分でもあります。例えばレコーディングセッションに立ち会ったり、ミキシングの場でエンジニアと話しながら、製作者側が何を表現したいのか、生の音楽がどうなっているのかを理解することが重要で、今もそれを続けています。AHD7000がヨーロッパのレコーディングスタジオで使用されているというのも、それらが受け入れられているからだと思います。

「手の届きやすいハイエンド」を

 ハイレゾ時代になって、市場にはモニターライクで情報量の多い、よく言うと“優等生的”、悪くいうと“大人しい”音のヘッドフォンが増えている。

 D7200は、現代的な分解能の高さ、トランジェントの良さ、音像のシャープさなどを進化させつつ、それだけでなく、“デノンらしいダイナミックさ”や“躍動感”も感じさせてくれるところが魅力だ。やはり「これが我々が理想とするヘッドフォンだ」と、突きつけてくれるようなサウンドがハイエンドにはふさわしい。そして、それが“なんとか手が出る価格”に抑えられているところも見逃せない。

福島:伝説のようになっているD7000は12万円からスタートしましたが、その後継となるD7200は、実売では10万円を切る価格帯で、手の届きやすく、かつ性能を高めたモデルとして開発しました。もちろん、安いモデルではありませんが、我々はその価値がある製品だと自信を持っています。

 デザインはデノンのベーシックなスタイルになりました。それは音と快適性を考えた場合、必然でした。ですが、お話したようにドライバからネジ一つまで新規設計です。グレードアップした音と、長年使えるウッドハウジングとメタルハンガーの質感もハイエンドとしてこだわりました。持つ人に喜びを感じていただけるようなヘッドフォンになったと思っています。

(協力:デノン)

山崎健太郎