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“ワンカット”が話題の映画「1917 命をかけた伝令」はどのように撮影されたのか?

“ワンカット撮影”が大きな話題となっている映画「1917 命をかけた伝令」。いよいよ2月14日より全国公開されるが、いったいどのような機材で撮影し、編集されたのか、気になるその舞台裏情報をお届けする。

映画「1917 命をかけた伝令」
(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

「1917 命をかけた伝令」とはどんな映画なのか?

監督はサム・メンデス。この映画は、メンデスの祖父である故アルフレッド・H・メンデスが上等兵として従軍した第一次世界大戦での自身の体験や、戦場で出会った人々のエピソードを基にしている。

1917年、アルフレッドは19歳でイギリス軍に入隊。小柄だった彼は、西部戦線で伝令兵の任務に就く。「ノーマンズ・ランド」と呼ばれる、敵と味方の両軍が対峙し膠着状態にある塹壕間の無人地帯では、約5.5フィート(約167.5cm)の高さに霧がかかっていたため、小柄なアルフレッドは敵に姿を見られることなく塹壕に沿って進み、伝令することができた。それは命懸けの任務だった。

戦時中、アルフレッドは毒ガス攻撃を受けたり負傷したりしつつも生き延び、その勇敢な行為によってメダルを授与された。晩年、彼は生まれ故郷である西インド諸島のトリニダード島に戻り、回顧録を執筆した。

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「この映画はフィクションだが、祖父の体験談や、祖父が仲間の兵士から聞いた話にヒントを得ているシーンや要素が含まれている。1人の兵士が次々に指令を伝達するというシンプルな発想が私の記憶の中にずっと残っていて、やがてこの作品を作るきっかけとなった」と語るメンデス監督。

彼は当事者の証言を集めることに時間を費やし、その多くはロンドンの帝国戦争博物館で発見された。メモを取る中でメンデスは恐怖に立ち向かったさまざまな武勇伝を蓄積していき、やがてそれらを1つの物語へとまとめていった。さらに、歴史に精通しているクリスティ・ウィルソン=ケアンズに脚本の共同執筆を打診。死と隣り合せの極限状態に置かれた2人の兵士の物語が誕生した。

『1917 命をかけた伝令』予告

なぜワンカット撮影にこだわったのか?

この作品では、ストーリーがほぼリアルタイムで展開し、全編がワンカットのような演出のため、観客は主人公の2人と一緒に壮絶な旅を経験することになる。ただ、“映画の全編がワンカットで撮影された”わけではない。各シーンがすべてワンカットで撮影されているため、全体が継ぎ目なくつながり、まるで1つの長回しのシーンのように見えるわけだ。

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メンデスは過去に「007 スペクター」(2015)のオープニング・シーンをワンカットで撮影したことがあるが、今回のように全編をワンカットのように撮影するのは全く新しいレベルの経験。「月曜日に撮影を始めて、その時撮ったテイクがそのまま本編に採用されるような撮影スタイルは初めてだった」と振り返る。

このような撮影方法を採用した理由は、「この物語がリアルタイムで語られるべきだと感じたからだ」とメンデスは説明する。「2人の旅路の距離感も重要だが、何よりも大事なのは、観客が彼らの感情的な決断に共感を抱くことだった。観客にはこの2人と共に前進し、共に呼吸してほしいと思っている。この作品では後で編集を加えたりせず、スタイル、フォーム、内容、すべてが同じタイミングで完結すべきだと考えた。ストーリーを構築し始めた段階で、すべての瞬間が途切れることのない1本の糸として紡がれているんだ」。

中央がサム・メンデス監督(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

撮影監督は、アカデミー賞受賞し、ノミネート歴は14回を数えるロジャー・ディーキンス。「ジャーヘッド」、「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」、「007 スカイフォール」など、多くの作品でメンデスとの仕事を共にしてきた人物で、「ワンカットのアイデアをサムと話した瞬間から素晴らしい没入体験映画になると確信したし、この物語には必要不可欠だと感じた」という。

右の男性が撮影監督のロジャー・ディーキンス(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

ワンカット撮影のためには、4カ月のリハーサルの間にシーンの区割りやセットのレイアウトについて詳細まで決める必要がある。その後、各シーンの俳優の動きが決まると、カメラの場所も正確に決定できたという。

「俳優の顔に迫ったクローズアップも必要だし、キャラクターが風景の中にいる様子を引きで撮影する必要もある」とディーキンスは説明する。「その2つの手法のバランスを決める作業だった。頭の中でシーンを区切った後にサムがリハーサルを行ない、基本的な構想を図に描いてストーリーボード・アーティストに見せ、フィードバックをもらう。そうやって徐々にシーンが進化していった。しかも、実際に本番が始まると、さらにいいものへと進化した」。

『1917 命をかけた伝令』特別映像 "驚異のワンショット撮影"

通常の映画撮影では、ポスプロの段階で編集を行なうことができるが、本作では不可能。「いつもは『この辺りは短くしよう』とか『あのシーンはカットしよう』とか考えながら撮影を行なっている。だが本作ではそうはいかない。カメラやその他のすべての要素を俳優の演技にぴったり合わせる必要があった。完璧にキマッた時は爽快な気分だったよ。だがそれには緻密な計画とスタッフの高いスキルが必要とされる」とメンデスは説明する。

ディーキンスは撮影助手とDIT(デジタル・イメージング・テクニシャン)と共に白い小型バンに乗り、カメラをスタッフが担いでいる時でさえ遠隔操作を実施。時には遠く離れた位置から操作を行なったため、非常に困難な作業だったそうだ。

「オペレーターが担いでいるカメラをワイヤにつなぐ場合もあった。ワイヤがあればカメラをより広域に運ぶことができるからだ。カメラをワイヤから外し、オペレーターはカメラを持って走ってジープに飛び乗る。そうして400ヤード進んだら、車から降りてまたカメラを持って走る」など、大変な撮影の連続だ。

入念な事前準備と本番当日のリハーサルにより、各シーンにおけるポジショニングなどは明確に決まっていたが、必ずしも予定通りに進んだわけではない。例えば、本作では大部分が屋外で撮影されたが、ディーキンスは自然光を使うことにこだわったため、撮影の行方を天候に任せざるを得ないケースも多々。晴天下では影が発生し、継続的なシーンとして撮影するのが不可能なため、製作チームは一日中曇り空となるよう天に祈ったという。

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また、本作では同じロケ地が2度登場することはなく、カメラは常に戦場の中を移動している。「今回のように舞台が屋外の作品では、天候と自然光の状態が鍵となる」とディーキンス。「この映画では塹壕の中を走り抜け、360度方向転換することもあるから、照明を使用できない。また、物語の進行順に撮影するから、シーンとシーンを自然につなぎ合わせるためには曇り空の中での撮影が必須だった。朝の時点で晴天だと撮影ができないから、その場合はリハーサルを行なったよ」。

メンデス監督は、「今回の撮影は全スタッフの献身的な働きによって可能になった。観客には2人の兵士がいかに困難な状況に置かれていたかを理解してほしいし、そのためにはこの撮影方法が不可欠だった」という。

ディーキンスも、「実際にスクリーンで見るまで、この作品がいかにリアルか、そしてそれを可能にした撮影技法の見事さには気づかないだろう」と語っている。

撮影には完成直後の最新カメラ「アレクサ・ミニLF」を使用

長年、ディーキンスは撮影カメラとしてアリフレックス(ARRIFLEX)を使用している。昨年夏、彼は妻でデジタル・ワークフロー・コンサルタントのジェームズ・エリス・ディーキンスと共にミュンヘンのアリ社を訪問、メンデスが本作に求めるスピード感と密接感を表現すべく、アレクサLF(ALEXA LF)というカメラの“小型バージョン”について相談を持ち掛けた。

幸運なことに同社はちょうど小型版を開発中だったため、ディーキンスは2019年4月の撮影開始に間に合わせてほしいと打診した。

アレクサ・ミニLFの試作品が完成すると、ディーキンスと彼のチームは2019年2月にカメラテストを開始し、トリニティ、ステディカム、スタビライズ、ドラゴンフライ、ワイヤカムなど、撮影で使用する可能性のあるさまざまなリグ(カメラ本体とレンズやマイク等の機材をつなぐ装置)を試した。

こうして、完成したばかりのアレクサ・ミニLFに、シグネチャープライムレンズとトリニティのリグを装着して本作の撮影がスタート。ボディは小型なカメラだが、アレクサLFの大型フォーマットセンサーを搭載しているのが特徴だ。

本作の撮影のため、アリ社は3台のカメラを用意。大型スクリーンフォーマットを搭載しつつも小型なアレクサ・ミニLFは、本作のような戦争大作映画にとってまさに理想的なカメラだったようだ。なお、アレクサ・ミニLFは2019年半ばに正式にローンチされ、アリ社の大型フォーマットカメラのラインナップに加わった。

アレクサ・ミニLF

アリの関係者は「アリ社の大型フォーマットカメラのシステムはアレクサのセンサーの4.5Kバージョンをベースとしており、35mmフォーマットのアレクサカメラの2倍の解像度と2倍のサイズを提供できる。そのため、映画製作者は、自然な測色とスキントーン、低ノイズ、HDRとWCG(広色域)への適合性で知られるアレクサのセンサーをさらに改良した大型フォーマットで撮影できるようになる」と特徴を語っている。

驚異の編集技術

2つのカットを自然につなぎ合わせるためには、すべてのシーンをわずかな誤差も生じないよう正確に撮影する必要がある。本編全体に継続性をもたらすため、スピードや天候、キャストやセットなど、全ての要素の詳細にまでこだわり完璧に合わせるのは骨の折れる作業だったという。

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脚本監修、視覚効果、編集の責任者は各テイクに集中し続け、常に用心。ポスプロ段階での編集はできないため、メンデスとディーキンス、そして編集のリー・スミスは、今撮影しているショットがどのショットにつながるのか、常に明確に理解していたとのこと。

登場人物を次のカットへと自然につなぐべく、メンデスはあらゆる細かい点にまでこだわって継続性を実現。2人の兵士たちが戸口からカーテンまで移動する様子や、防空壕に入る様子、シルエットやわずかな動作、前線の要素や小道具、360度撮影のカットに至るまで、細心の注意が払われた。

「全編がワンカットに見えるようにシーンをつなぐのは非常に複雑な編集作業だったし、サムにすぐに見せる必要があるから、早急に完成させることが必須だった」と製作のカラム・マクドゥガルは語る。「『007 スペクター』のメキシコシティーでのオープニング・シーンは長尺のワンカットで撮影し、あの時もリーが編集を担当したが、今回の作品の困難さとは比べ物にならない」とスミスは語る。

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ミスが許されない現場

メンデスが用意した綿密なプランを遂行するには、映像と音をメンデスが使用するモニターに届けるため、一定の周波数範囲を確保することが必須だったという。

前述のとおり、ディーキンスは撮影助手とDITと共に白い小型バンに乗り、オペレーターがカメラを担いでいる場合でもカメラを遠隔操作している。時には非常に離れた場所からカメラを操作することも余儀なくされた。

撮影中、メンデスは共同製作・監督助手のマイケル・ラーマンと脚本監修のニコレッタ・マニと共に、カスタム仕様の馬運車の中に。また、製作のハリスとテングレン、脚本のウィルソン=ケアンズ、ビデオオペレーターのジョン・ボウマンは、すぐそばのトレーラーの中で待機していた。

360度撮影という性質上、通常カメラの後ろにいるスタッフたちはセットの横に立つことができない。少人数の主要スタッフはカメラに映らない死角に立ち、その他のスタッフはかなり離れた場所で待機したわけだ。それでもフレーム内にスタッフが入ってしまった場合は、ポスプロの段階でVFXを使って消去した。

メンデスの馬運車のすぐ外には、映像再生のための巨大なリハーサル用黒テントを設置。ここでメンデスは俳優やディーキンス、各部門の責任者と一緒に撮影した映像を確認する作業を行なった。

また、本作では通常の撮影時のような、衣装やヘアメイクの担当者などがモニターを確認するスペースを設けられない。そのため、巨大テントがもう1つ用意され、その中に設置されたモニターで確認作業を行なうことになった。

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カメラの複雑な動きと俳優の演技を同期させるためには、ミスが許されない。そのため、準備段階だけでなく日々の撮影前にもリハーサルを実施。メンデス、俳優陣、ディーキンスと撮影チーム、その他のスタッフたちは、撮影に望ましい天候になり全員の準備が完璧に整うまで、1日の大半をリハーサルに費やしたという。

過酷な現場のように思えるが、メンデスにとっては“事前の入念な計画にかかわらず、本番で予定外のことが起こること”も重要だったという。「すべてを計画どおりに撮影していたら、ある意味失望しただろう」とメンデスは明かす。

「私にとってエキサイティングなのは、計画どおりに撮影を進めている間に予想もしないことが起こることだ。映画製作においてはどの現場でもそうだが、監督はハッピーなアクシデントが起こることを期待している。俳優の表情や光の当たり方、アドリブによるセリフなど、そういったものが本編に採用されることはよくある。どんなに想像力を働かせても、実際にやってみて自分の目で見ることに勝ることはない。だからある程度はインスピレーションやアクシデント、計画外の変更に身を任せることも私の仕事だ。自分が思い描いたとおりのシーンが撮れた時、『思ったとおりに撮れたが、これで十分ではないのでは? 他にもっとできることがあるのではないか?』と自問するが、ほとんどの場合において答えは『イエス』なんだ」。

また、長年一緒に仕事をしてきた経験を持つメンバーでなければ、このような大胆な方法での撮影は難しかっただろう。大勢のスタッフが一丸となって事前に準備する事で、現場では強い仲間意識とあうんの呼吸が生まれたという。

「全員が一致団結した現場だった。各部門の責任者と主要なコラボレーターの間では毎日意思の疎通があったし、今までの作品よりもかなり早い段階で準備が始まった。ロケ地の内外で7~8週間にわたってリハーサルを行なったよ。撮影を通して、全員がこの作品に終始関わっていた。素晴らしいアーティストたちが一堂に会し、互いに敬意を表し、上下関係がほとんどない平等な環境で仕事をしているのを見るのはすごく感動的だった」(メンデス監督)。

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山崎健太郎