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「シン・ウルトラマン」の立体音響はどう作った? Atmosミックス現場に潜入した

映画「シン・ウルトラマン」
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ

観客動員260万人・興収40億円を突破し、現在も大ヒット公開中の映画「シン・ウルトラマン」。本作では、通常バージョンほか、IMAX、MX4D、4DX、Dolby Cinemaといったラージフォーマットバージョンが限定上映された。

ラージフォーマットバージョンでは、上映方式を生かした仕掛けがそれぞれに用意されていて、IMAXであれば、視界を覆う巨大なスクリーンと特殊スピーカーによる迫力の映像と音響、4D系であれば、映像や音に合わせて振動や水、風、照明、煙などの演出が追加された“ライド・アトラクション”さながらの「シン・ウルトラマン」が楽しめるようになっている。

その中でも、本誌読者が気になるバージョンと言えば、Dolby Cinema(ドルビーシネマ)ではないだろうか。Dolby Cinemaの醍醐味は、鮮やかな色彩とハイコントラストな映像、そして縦横無尽に動く立体音響だ。ウルトラマンの勇姿とアクションを、禍威獣たちや最終兵器のビジュアルを、そしてメフィラスの名言をDolby Cinemaで楽しんだ方も多いだろう。

IMAX版「シン・ウルトラマン」のポスター
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ
MX4D、4DX、Dolby Cinema版「シン・ウルトラマン」のポスター
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ

今回、都内で行なわれたDolby Atmos音声のミックス現場に潜入。樋口真嗣監督やプロデューサーらが立ち会った最終チェックを見学するとともに、本作のミックス作業を担当した東映株式会社 デジタルセンター エンジニア・畠山氏に制作の裏側を聞いた。

国内初のDolby Atmos対応ダビングステージでミックス

本作のAtmosミックスが行なわれたのは、東京・練馬の東映東京撮影所内にある東映デジタルセンターのダビングステージ「Dub1」。ここDub1は、次世代のシネマ音響制作を見据え、2013年に国内で初めて、Dolby Atmosのシステムをダビングステージに導入した施設となっている。

東映デジタルセンターのダビングステージ「Dub1」
樋口真嗣監督

最終チェックでは、冒頭のウルトラQメインテーマからネロンガ戦までのシークエンスやガボラ戦、ザラブ星人戦との市街戦、コンビナートでのメフィラス戦、宇宙空間でのゼットン戦、エンディングなど、主要なパートを順番に試写。

監督ら制作陣は、エンジニアが仕上げたミックスを再生し、Atmosの効果を確認。ときにハイトチャンネルだけの音声を流すなど、その効果やレベルを熱く議論。台詞や音楽を含めた全体のバランスを考慮しながら、細かい調整を何度も繰り返し、最終的なサウンドにまとめていた。

Dolby Cinema上映用として特別にミックスされたサウンドは、音場の広さやサラウンドの厚みが格別で、さらに劇中に登場する様々なエフェクト……例えば、ウルトラマンのアクションや禍威獣の咆哮、破壊音などの響きや移動感が、よりリッチにパワーアップしていた。特にアクションシーンは、Atmosの効果と燃える宮内・鷺巣サウンドの相乗効果でテンションは最高潮。ここにVisionならではのビビッドな映像表現が加わるのだから、最高品位の「シン・ウルトラマン」が味わえるプレミアムな劇場体験になるのは必至。劇場上映が一段落し、4K Ultra HD Blu-ray化される暁には、是非ともDolby Vision/Atmosでも収録をお願いしたいところだ。

5.1chからのアップミックスを実施。環境音やエフェクトを天井に追加

Atmosミックスを担当したサウンドエンジニアの畠山氏に話を聞くことができた。畠山氏は今年春に公開されたDolby Cinema版「銀河鉄道999」「さよなら銀河鉄道999」など、これまで数々の劇場作品でAtmosミックスを手掛けてきた人物だ。

東映 デジタルセンター ポスプロ事業部 スタジオ運営室 サウンドエンジニア 畠山宗之氏

実はシン・ウルトラマン。オリジナルは5.1ch音声で制作されており、ネイティブのAtmos作品というわけでは無い。このためDolby Cinemaでの上映用に、5.1chデータをコンバートする事で“Atmos化”が行なわれた。具体的には、オリジナルから効果音などの成分を抽出し、ハイトチャンネルにそれらを割り振ることで立体音響を作り出すわけだ。

「我々のスタジオで行なったのは、5.1chからAtmosフォーマットへのアップミックスという作業になります。5.1chのミックスは東宝スタジオさんで行なわれたため、どのようなやりとり、または演出意図を経て、5.1chミックスが仕上がったのか? という詳細は把握していません。ですから、Atmos化において第一命題として掲げたのが“極力オリジナルのバランスを崩さないこと”でした」と畠山氏。

その一方で「オリジナルのバランスを尊重しつつも、おそらく、2度目、3度目の『シン・ウルトラマン』を劇場まで楽しみにやってくるであろうコアなファンの方々へ向けて、Atmosとしてのサウンド的な付加価値も考慮しなければなりません。映像は4K/HDRになるわけですから、サウンド面は映像に合わせてどこまでチャレンジするべきか? が悩ましい部分でもありました」と振り返る。

「シン・ウルトラマン」
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ

では実際、どのようなことを行なったのだろう。

「Atmosフォーマットは2つの要素で構成されています。1つはチャンネルベース(ベッツ)のトラック。もう1つはオブジェクトと呼ばれる位置情報を持った音声トラックです。これらを効果的に組み合わせることで、観客を包み込むようなサウンドを作り上げるわけです。では、5.1chからAtmosをどのように生成するかと言うことなのですが、我々の場合、まず最初に行なうのが下地作りです。Atmosの基となるチャンネルベース信号……つまり、7.1chを生成するために、オリジナルのSLチャンネルからSBLチャンネル、SRチャンネルからSBRチャンネルを作ります。ただ、チャンネルを増やしてしまうと音量が上がってしまいますから、サラウンドのレベルをすべて3dB下げます。またAtmosの場合、サラウンドの各レベルが3dB高い85dBで上映される事を考慮し、さらに3dB下げます。こうすることで、システムや小屋は違いますが、数字上はオリジナルと同じ環境を再現することができます」

「次に取りかかるのが、天井成分を作ることです。ステムと呼ばれる音楽・効果・台詞のそれぞれ5.1chのデータの中から、天井に回してもよさそうなものを取捨選択して成分を振っていきます。よくあるのが環境音を回す手法です。環境音は特に動くことなく常に鳴りっぱなしの状態で記録されている事が多いので、これを天井にも振って高さ方向の情報を加えることで、より立体的な空間を生み出せるかトライするわけです。レベルの小さいシーンはほとんど分からないと思いますが、基本的には環境音は常に天井からも鳴っているようにしています」

ミックスに使用したDAW「Pro Tools」とAtmos用のレンダラー

また、立体的なサウンドを作る上で肝となるのがオブジェクトの使い方だという。

「オブジェクトは、5.1chまたは7.1chよりも音像を明確に提示できるものです。例えば1つの効果音を前から右後方へ移動させたとします。5.1chの劇場だと右後方に移動しても、右側にあるサラウンドスピーカーがすべて同じように鳴るだけですから、移動感、音像の定位がかなりぼやけます。ただ、Atmosのオブジェクトであれば、指定した場所のスピーカー1台だけを鳴らすという指定が可能です。本編をチェックしながら、5.1chでは表現できないような音像の定位を生み出せないか、チャレンジできる部分を探していきました」と振り返る。

「シン・ウルトラマン」
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ

「ご覧になった方ならお気付きかもしれませんが、本作では、何かの物体……例えば破片などが手前に向かって飛んでくるようなカットが散見されます。序盤で言えば、禍威獣ネロンガが電力設備などを破壊するシーンなどですね。こうした効果音をオブジェクトとして扱うことで、5.1chの感覚とは違う、Atmosならではの移動感を付加しています。ほかにもいろいろあるのですが、分かりやすいところだと、変電設備でビリビリと鳴る効果音を上に持ち上げたり、平行宇宙でのゾーフィとの対話シーンで映像に合わせて音を回したりしています」

ネロンガ
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ
ガボラ
(C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (C)円谷プロ

聞けば、5.1chのオリジナルを受け取ってからおよそ3日ほどで、監督らにチェックしてもらうためのミックスを完成させたという。一般的な感覚で3日と聞くと、非常にタイトな印象を受けるが、「5.1chからのコンバートとしては、特段短いというわけではありません。野口さんが仕上げた音響効果も5.1chで十分立体的な表現が完成されていたので、あとはこちらで、どこにどの程度までAtmos的な要素をアクセント的に添えるか、という事に注力できました。例えばこれが非常に古い作品であったり、モノラル/ステレオだったり、Atmosネイティブであったりするともう少し時間はかかったと思います」と話す。

理想的な環境を備えたダビングステージ

ところで、Atmosミックスに使われたDub1とは、どのようなスタジオなのだろう。

畠山氏は「Dub1は、次世代のシネマ音響を見据え、2011年の夏頃から構想・設計を着手したスタジオです。当時はDolby Atmosという名前もまだ世に出ていなかったと思いますが、かなり早くからドルビーさんと情報交換を行ない、2012年にはAtmosの導入を決定し、2013年10月に日本初のAtmos対応ダビングステージとしてサービスを開始しました」と説明。

東映デジタルセンターの「Dub1」。シートの手前にあるのは、床反射用のキャンセルパネル

さらに「正確な音響再現をコンセプトに、システムや部屋の音響設計など、細部までこだわったスタジオになっていまして、中でも特徴的なのが天井や壁に埋め込まれた32本のカスタムスピーカーと思います。フロントもリアもハイトもすべて同じユニットが使われており、40~50Hzの低域までフラットに出るモニター性能と、ベースマネージメントなしで音が揃う理想的な再生環境を構築しています。このレベルのシネマ音響施設はなかなかないと思います」と、Dub1の魅力を話す。

実際、Dub1のサウンドは筆者がよく利用するAtmos劇場よりも音場が豊かで、台詞の聞きやすさやサウンドの透明感、解像感が明らかに勝っている印象。本音を言えば、ここの特等席でもう一度「シン・ウルトラマン」を通しで鑑賞したかったくらいだ。これは勝手な想像だが、特撮技術だけでなく、映像や音のクオリティにもこだわりを持つ樋口監督のチームがDub1をAtmosミックスの場に選んだのも納得の気がした。

天井には、2列のAtmos用スピーカーを配置
前後左右の壁面、天井には、東映オリジナルのカスタムスピーカーが埋め込まれている。開口処理の異なるQRS型&MLS型ハイブリッドディフューザーパネルで吸音と拡散を調整するという
日本で初めて導入したというスクリーンエクセレンス社のファブリック製シネマスクリーン。音の反射や抵抗が少ないとのこと

畠山氏は「5.1chとはひと味違う、Dolby Atmosならではの音の立体感や移動感、臨場感を目指しました。国内ではまだAtmosの作品が限られていますが『シン・ウルトラマン』に続けと、アップミックスであったり、Atmosネイティブに興味を抱くクリエイターが今後増えたら、本作のミックスに携わったサウンドエンジニアとしてこの上ない喜びです。さらに、国内ではまだAtmosネイティブの作品が少なく、5.1ch/7.1chからのアップミックスが多いです。比べると圧倒的にAtmosネイティブの方が表現力は大きいです。弊社ではアップミックスの際に必ずクリエイターの方に確認をお願いしていますので、その作業を通じてDolby Atmosというフォーマットを知っていただき、『次回はAtmosネイティブでやろう』と言っていただけるように、さらなる努力を続けて参ります」と話す。

いち映画ファンとしても、世界に負けない、日本発のAtmos作品が数多く登場することを期待したいところだ。

なお、現在一部劇場では、本作の大ヒットを記念して、劇中に活躍するメフィラス、ゼットンのテレビシリーズ「ウルトラマン」(1966年)登場回をスクリーンに上映するイベントが開催されている。

7月21日までは、メフィラス星人の登場回である第33話「禁じられた遊び」、そして7月22日から8月4日まではゼットンの登場回である第39話(最終回)「さらばウルトラマン」が、「シン・ウルトラマン」の本編終了後に上映されるという。上映劇場の詳細はHPを参照されたい。

第33話「禁じられた言葉」で登場する、メフィラス星人
(C)TSUBURAYA PRODUCTIONS Co., Ltd.
第39話(最終回)「さらばウルトラマン」で登場する、ゼットン
(C)TSUBURAYA PRODUCTIONS Co., Ltd.
阿部邦弘