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2chを“自然な3Dオーディオ”にする秘訣とは。ボブ・ジェームス「ピアノの椅子から聴いてる感覚」

最新アルバム「Jazz Hands」を手にしたボブ・ジェームス氏

2022年2月に発売された、ボブ・ジェームス・トリオの「Feel Like Making Live!」がオーディオファンの間で話題だ。UHD Blu-ray版にはイマーシブ・オーディオを収録しており、96kHz/24bitのステレオ以外に、Dolby Atmos、Auro-3Dが選べ、極めて自然なサラウンドが楽しめるというのだ。

ボブ・ジェームス・トリオの「Feel Like Making Live!」

ボブ・ジェームスと言えば、人気ユニット“フォープレイ”でもお馴染み、数々のグラミー賞に輝くコンテンポラリー・ジャズ、フュージョン界の巨匠だが、実は「Feel Like Making Live!」の3Dオーディオは、国内におけるイマーシブサラウンドの第一人者で、WOWOW技術センターのエグゼクティブ・クリエイターである入交英雄氏が手掛けたという。

自然なサラウンドはどのように生み出されたのか、そして、ボブ・ジェームス本人はそのサラウンドを聴いてどのような感想を持ったのか?

ライブのために来日したボブ・ジェームス氏が、入交氏のいるWOWOW辰巳放送センターのオムニクロス・スタジオで、この3Dオーディオサウンドを体験するというので、両氏を取材した。

ボブ・ジェームス氏とWOWOW技術センターのエグゼクティブ・クリエイターである入交英雄氏
司会は麻倉怜士の大閻魔帳でお馴染み、麻倉怜士氏

スピーカーで再生した残響音を3Dオーディオ化に活用

「Feel Like Making Live!」の3Dオーディオがユニークなのは、この作品がもともとステレオ版としてリリースするために録音されたものだという事。

レーベルであるEvolution Musicが3Dオーディオに興味を持ち、「3Dオーディオにするとどのように聴こえるのか試してみたいので、テストミックスしてもられないか?」と、入交氏に依頼したところから、全てがスタートした。

「私の元にマスターファイルが届きまして、それを3Dオーディオにしたものをお送りしたところ、気に入られて、ボブ・ジェームスさんの映像作品に3Dオーディオを入れる事が決まりました」(入交氏)。

こうして生まれたのが「Feel Like Making Live!」のUHD BD版なのだが、最大のポイントは前述の通り、「もともとステレオ用の作品を、いかに3Dオーディオにしたのか?」という事だ。

もちろん、ソフトウェア上の信号処理だけで3Dオーディオ化できる。しかし、それでは「追加した残響部分だけが目立ってしまったり、なかなか自然な3Dオーディオにはならない」と入交氏は語る。

そこで入交氏は、マスターデータを3Dオーディオ用にミックスしつつ、ベルギーのギャラクシー・スタジオに飛び、そこで残響部分を新たに“収録”。それを活用して3Dオーディオを仕上げ、マスタリングしたという。

ユニークなのはその“収録方法”だ。「元々の録音は2ch用ですので、3Dオーディオの空間情報が含まれていません。そこで、ギャラクシー・スタジオにモニタースピーカー(ジェネレック)を設置。そこに13本のマイクを設置し、スピーカーから音楽を再生し、その響きをマイクで録音しました」(入交氏)。

「収録したスタジオの残響時間は約2.2秒、紗幕を使ってそれを1.5秒くらいまで減らして収録しました。レストレーションというピアノソロの楽曲では、響きをより活かすために2.2秒のままにしています」(入交氏)。

つまり、スピーカーを演奏者に見立てて、スタジオで再生。その音がどのように響くかを、実際にマイクで収録。そのデータを3Dオーディオ化したというわけだ。

スピーカーで再生した音楽データにも工夫がある。既に響きが含まれている2chデータを再生すると、その響きと、ギャラクシー・スタジオでの響きが一緒に収録されてしまう。そこで、再生する2chデータはオフマイクの音は含まず、タイトな、楽器だけの音だけを再生するようにしたとのこと。

マイクセッティングも重要だ。当然ながら、マイクには残響だけでなく、スピーカーからの直接音も入るため、それが大きすぎてもいけない。直接音はあまり入らないようにしつつ、残響音はしっかり収録できる距離や向きなどを探りながら収録したそうだ。

そうして収録した残響音は、ソフトウェアだけで作った残響音とはまったく違うという。「やはり、マイクで録音した残響音には空気のゆらぎなども含まれていますので、ソフトウェアで作ったものより、とてもナチュラルです。ですので、それを使って3Dオーディオ化する時にも、残響部分だけが浮いてしまうような事もなく、非常に“馴染み”が良かったです」(入交氏)。

「ピアノの椅子から聴いているような感覚」

オムニクロス・スタジオ内には、33台(水平位置に11台、天井に17台、床レベルに3台、サブウーファー2台)のスピーカーが設置されており、これらを使い分けながら、Dolby Atmosや22.2chサラウンド、Auro-3Dといった3Dオーディオを、最適に再生できるのが特徴だ。

オムニクロス・スタジオ

このスタジオで、2chとAuro-3Dバージョンを比較試聴したボブ・ジェームス氏は「アメージング!」と歓声をあげた。

2chとAuro-3Dバージョンを比較試聴したボブ・ジェームス氏

さらに「2chと3Dオーディオの違いというのはもちろんあるんだけど、最も驚いたのは“ナチュラル”である事。CTI時代に、4chで収録した経験がありますが、当時のものは、確かに聴いていて楽しいものでしたが、どこかギミック重視で、ナチュラルではありませんでした」。

「しかし、今聴いたものは、とても自然。まさに私が演奏していた、その空間にいるようでした。これを聴いたリスナーは、僕の座っている、ピアノの椅子にいるような感覚になかもしれません。すごく良いですね、素晴らしい」と興奮ぎみ。

入交氏も、「ライブハウスで、最前列の特等席で、かぶりつきで演奏を聴いているような体験ができるようにミックスしました」と頷く。

筆者もボブ・ジェームス氏の後ろで試聴していたが、確かに、響きが非常にナチュラルで「これが3Dオーディオだ! 音が広がるでしょう!!」というような強調感が無く、自然に音楽の中に入れた。そして、アコースティックベースやドラムの動きが2chよりもさらに立体的に描写されるので、非常にわかりやすく、まるで最前席からステージに身を乗り出して聴いているような臨場感が味わえた。

ボブ・ジェームス氏も「3Dオーディオの方が、音楽的なエモーションが伝わりやすいと思います」と効果を絶賛。「このFeel Like Making Live! のレコーディングは3日間で、どちらかというとカジュアルな気持ちで録音したのですが、3Dオーディオで聴くと演奏が克明に見えて……いくつか演奏し直したいところまで見えてしまいますね。こんなに素晴らしい音になるなら、さらに頑張って弾けばよかった」と苦笑いする一幕もあった。

最新アルバム「Jazz Hands」は「“日記”のようなもの」

そして、同じくEvolution Musicから、ボブ・ジェームス氏の最新アルバム「Jazz Hands」が10月6日にリリースされた。サックス奏者のデイヴ・コーズから、ヒップ・ホップのDJ JAZZY JEFF、R&Bのシーロー・グリーンらも参加するなど、実に多彩なアルバムに仕上がっている。

ボブ・ジェームス氏は、「前のアルバムには明確なコンセプトがありましたが、Jazz Handsにはありません。3年前、パンデミックの影響でライブができなくなり、その間に作曲や新しいアルバムのアイデアを練っていました。また、若い人を中心に、ストリーミングで音楽を楽しむようになり、アルバムの作り方も、今までとは変わってきています」。

「今回のアルバムは、私の“日記”のようなもので、ヒップ・ホップやR&Bなど、様々なスタイルをコレクションしたような作品です。今までのアルバムですと、タイトルトラックがあって、1曲目が……という話になりますが、ストリーミングではどれが聴かれるかわからない。そこで、私の色々なスタイルが入っているアルバムが良いと考えたのです」。

例えば、9曲目の「ザ・シークレットドロワー」という楽曲は、Facebookを通じて知り合ったというカルロス・カミロ・ペレス氏がシンセベースを担当、そして作曲・編曲は韓国の音楽学校の教授でもあるレイチェル・クァグ氏が担当した。

「クールなベースラインは彼女によるものだが、韓国の音楽文化的な背景があって生み出されたものだと思う。カルロスさんのベースも、頭に少しディレイを設ける事で、とてもパワフルなベースラインになった。このように、様々な新しい才能とコラボして生まれたアルバムです」。

中には、録音したのが7年前の曲で、マルチトラックを聴き返したらとても品質が高かったので収録した曲もあります。曲ごとにミュージシャンもリズム・セクションもまったく違う。様々なミュージシャン達から刺激を受け、そして、彼らの思いが詰め込まれたアルバムになっています」。

最後に、今後の作品での3Dオーディオ活用の可能性について聞いてみると、「このアルバムも3Dオーディオにしたいですし、3Dオーディオの作品も作りたいですね。あと、ここ(オムニクロス・スタジオ)と同じ設備が家にも欲しいです」と笑顔で語っていた。

山崎健太郎