第2回:“ジッタ”の実体に迫る

~「デジタル接続で音が変わるなんて信じられない」方へ ~


DVK-UDA01はRCA端子のS/PDIF出力も装備する。これに代表されるデジタルまわりの設計にもかなりのこだわりがあるという

 中田潤氏が設計したUSB DACキット「DVK-UDA01」には、アナログ音声出力に加えて、同軸のデジタル音声出力も装備されている。氏によれば、デジタル出力による音の違いも楽しんでもらえるよう、この部分の設計にもこだわったとのこと。

 本連載(全3回)の第2回は、デジタルオーディオを語る上で避けては通れない「ジッタ」をキーワードに、デジタル音声出力の音の違いについて解説する。(TEXT:中田 潤 & DOS/V POWER REPORT編集部)

 

第1回:USB DACを作るにいたったワケ第2回:“ジッタ”の実体に迫る第3回:RMAAで音質比較大会

 



■ 同じデータでも再生音は異なる?

 デジタルオーディオに興味がある方なら、“ジッタ”という言葉を聞いたことがあるかもしれない。たとえば、異なる構成のPCが2台あり、いずれも同じDACにS/P DIFでデジタル接続されている環境があるとする。2台のPCで同じデータを改変なく出力した場合、“デジタル接続なんだから、DACで再生されるアナログ音声は同じなんじゃない? ”と思われるかもしれないが、実際に出てくる音は異なる。これは、PCオーディオだけでなく、CDトランスポート + DACという比較的古い環境でも指摘されてきたことで、オーディオファンの中には実感されている方も多いと思う。デジタル音声ケーブルでも製品ごとに音が異なるという説があるが、その根拠の一つとされているのがジッタだ。

 さて、このジッタ、言葉が独り歩きしている気がする。一般的に“ジッタが多いと音が悪い”とされているのだが、ユーザーレベルでは、そのジッタが何なのかをしっかり理解している方はまだまだ少ないと思う。にもかかわらず、オーディオ業者は“ほにゃらら回路により低ジッタを実現。高音質化を図りました”、“低ジッタの高精度クロックを採用”などと、とにかくジッタが少ないので高音質ですよというイメージを演出している場面が目に付く。

 これまでのオーディオ業界の場合は最終的にユーザー聴感で判断するためか、製品選びの際の参考知識にでもなればよかったのかもしれないが、PCマニア(でデジタルオーディオ初心者の方)からすると、「デジタル接続で音が変わるなんて信じられない」、「ジッタが重要と言われても、データ自体が変わるわけじゃないんだから、そんなに大切なわけがない。おおげさに吹聴しているだけじゃないの? 」などと、いぶかしがる意見すらよく聞かれる。前置きが長くなってしまったが、今回は、このジッタについて解説しつつ、私が設計したUSB DACキット「DVK-UDA01」におけるジッタ対策についてお話ししたい。



■ ジッタって何?

変換間隔が一定でなくなることを「ジッタが発生する」と呼ぶ

 デジタルオーディオでは“音の大きさ”を“一定間隔”で“数字”に変えて記録し、その数字を一定間隔で音の大きさに変換して再生する。ごく簡単な理屈だが、この変換の間隔はどれくらい“一定”なのか? が問題になってくる。再生するデータの数字は同じでも間隔が一定でなければ再生音が変わってくるのだ。

 一定であるはずの変換間隔が一定でなくなることを「ジッタが発生する」と呼び、これが音質を劣化させる原因の一つとされている。

 同軸や光などのデジタルオーディオインターフェースにおいては、まったく同じデータを再生しても、使用する機器やケーブルによって音が変わる場合があるのだが、それはジッタの影響が大きいと言える。



■ ジッタを測定する

 まずは今回設計したDVK-UDA01と同じDACチップ(PCM2704)を使った手作り試作品のデジタル出力のジッタを測定してみよう。測定には、AudioPrecison製の測定器を使用している。

DVK-UDA01のジッタ測定結果PCM2704を使った試作品

 画面左上にある“Total Jitter”の数値が全体の結果で、少ないほうがジッタが少ない。DVK-UDA01が668.4ps(1ps= 0.000000000001秒)、試作品が796.0ps と製品版にいたるまでのブラッシュアップでジッタを少なくすることができた。

他の機器とジッタを比較

 しかし、単独の数値を見せられてもピンと来ないとは思うので、手元にある機器のデジタルオーディオ出力のジッタを計測してみた。

 筆者の手元には、すでにオーディオ専用プレーヤーはあまり残っていないので測定例が少ないのだが、多くのPCオーディオデバイスはデジタル出力に関してはオーディオ専用機にひけをとらないジッタ量であるのが分かる。オンボードサウンドなどでなければ十分トランスポートとして使用できる範囲だ。

 また、S/PDIFの出力方式の違いによるジッタへの影響に関しては、同軸方式のほうが光方式よりジッタが少ないと言われているが、光の場合は使用する発光ダイオードの性能差がはっきり出るので、この部分の部品選択の差で性能が決まる場合がほとんどではないかと考えている。

 USB DACではデータ転送の方式によって差が出るかと思ったが、それほどでもないようだ。もっとも今回はCDと同じサンプルレートの44.1kHz/16bitのデータを使っての測定であったため、もっと高いサンプルレートにおいては違いが出る可能性はある。

オプションで光出力モジュールを搭載することができる。光出力はモジュール自体の性能が音質に直接影響しやすいようだ

 今回の測定はそれぞれの機器のデジタル出力をオンキヨーのSE-U55SX2(DACとして利用)に入力し、その出力をAudioPrecisionのAPX525という測定器に接続して測定している。再生PCにはエプソンダイレクトのEndeavor MR6000(OSはWindows 7)を使用しFoobar2000でwasapiで再生、オーディオ専用機ではCD-Rにテストデータを書き込んで再生した。

 接続の構成上DACとの相性が多分に含まれているため、結果は絶対的な優劣ではなく、特定条件下での相対的な傾向としてとらえていただきたい。ジッタの測定方法についても、まだまだ始まったばかりでこれが決定版というものは確立されておらず、これからも変わっていくと思われる。



■ ジッタの悪影響とは

 このような結果を見せられると、いかにもジッタが悪さをしているように思えてくるかもしれないが、その影響について具体的に語られている文献はあまり見かけないのがジッタの魔物たるゆえんかもしれない。まったくの個人的見解とした上で私の作った装置でジッタの大小を切り換えながら比べた感想を以下に列挙する。


  • ボーカルの口の大きさ(マニアがよく使う表現)が変わるようだ
  • ピアノの響きの消え入り方に影響があるようだ
  • ヘッドフォンではほとんど違いが分からない
  • 広い部屋で大型のスピーカーで聞いたときに違いが分かりやすい
  • S/Nの高いアンプでないと分からない

 

 機械にも人間にも危険なので絶対にお勧めはしないが、ヘッドフォンで20kHzのサイン波を最大音量で再生する(私の耳には聞こえないのだが……)と、ジッタスイッチのON/OFFとともにかすかなザーというノイズがON/OFFされたという経験もある。

 ちなみに私は某テレビ番組でやっていたバイオリンの聞き比べ企画でストラディバリウスを見事外したくらいなので、上記をうのみにするのは避けたほうがよいかもしれない。テレビの数cm径のスピーカーユニットでは練習用バイオリンのほうがよい音に聞こえたのだが……(笑)。そんなことだから測定でもして裏をとらないと怖くて製品なぞ作れないのだ。



■ USBケーブルのジッタ

 さて、興味が高いと思われるUSBケーブルだが、私の力不足でオーディオ領域でコレという差を見いだせなかったためチップの中? にまで立ち入って調べてみた。今回はアダプティブ型で比較的高いサンプリングレートに対応しているTENORのTE7022Lのクロック端子をタイムインターバルアナライザという測定器で観測してみた。

 測定したのは、高級ケーブルとしてWireWorldのUltraviolet USB(2m、11,550円)と、一般的なケーブルとして500円程度で販売されているノーブランドのものだ。

 今回用意したWireWorldの高級USBケーブル、Ultraviolet USB。確かに、見た目からして普通のUSBケーブルとは異なるが、その実力を測定によって確認できるのだろうか 
 

今回用意したWireWorldの高級USBケーブル、Ultraviolet USB。確かに、見た目からして普通のUSBケーブルとは異なるが、その実力を測定によって確認できるのだろうか測定結果。Ultraviolet USBは227psノーブランド品は229ps

 真ん中のオレンジの幅が広いほどジッタが大きいことになる。結果としてUltraviolet USBが227ps、ノーブランド品が229psと高級が2ps(1兆分の2秒!)上回った(数字が小さいほうがよい)魔物の存在は見えたような気もするが音への影響については残念ながらつかめなかった。

PCM2706の測定結果

 おまけはDVK-UDA01で使用したPCM2704の兄弟チップ(多分中身は同じ)のPCM2706での測定結果だ。PCM2706においてはケーブルの違いはまったく出なかった。ジッタは181psとTE7022Lより少しだけよくなっている。

 ここでのジッタ測定は、アナログ信号ではなくデジタル信号に対して行なっているので上記の機器測定のときよりも小さな値になっている。

 USBケーブルはなかなかの強敵だ。デジタルデータケーブルとしての性能はアイパターンなどを測定すれば出てくると思うのだが、それがオーディオ領域にどのように影響するのかは、興味深いところだ。USBケーブルには電源ケーブルとしての側面もあるので、そちらの影響があるのかもしれない。いずれにしても私の所有する測定器では上記以上の違いは出せていないので、機会があったらまた挑戦してみたい。



■ ジッタと高精度クロックの関係

 オーディオ機器の宣伝文句で、ジッタとくればお出ましになるのが高精度クロックと相場は決まっているのだが、どうも誤解があるようなので少し説明しておきたい。そもそも高精度クロックは何のためにあるのか。精度の異なるクロックを使ったCDプレーヤーのサンプリングレートを測定してみるとこのようになる。

低精度のクロック高精度のクロック

 高精度のものほどサンプリングレートは論理上の44.1000000kHzに近くなる。周波数が正確なクロックほどジッタも少ないのでは? と勘違いしがちだが、“精度とジッタは別物”だ。ジッタ対策としてカタログに記載するなら、ちゃんと測定して「低ジッタのクロック」と表記するべきだと思う。

 では、高精度クロックは意味がないかというとそうでもない。クロックの精度が低いと楽器のチューニングが微妙にずれたような状態になる。どれぐらいのずれまで聞き分けられるかが問題になるのだが、高度な絶対音感を持つミュージシャンであればかなりのずれまで聞き取ることができるそうなので、もしかすると聞き取れるのかもしれない。

 そしてここからが肝心なのだが、USB DACにおいて高精度クロックの恩恵にあずかれるのはアシンク(非同期)型のものだ。PCM2704のようなアダプティブ型と呼ばれるものではサンプリングレートの精度はPCのUSBコントローラのクロック精度に依存するため、接続されるクロックに高精度のものを使用してもサンプリングレートとは無関係だし、ジッタに関しても改善は望めない。



■ 内部クロックと外部クロック、どちらを使うか

水晶振動子

 右の写真は内部クロック発振回路に接続されている水晶振動子という部品。水晶と呼ばずにクォーツと呼んだほうが、なじみが深いかもしれない。PCM2704が動作するために必要なクロック信号を発生させている。DVK-UDA01で使用したのは中心周波数の12MHzに対して±0.005%の正確さが保証されている部品だ。
 
 PCM2704は、内部のクロック発振回路を使用せず外部のクロック発振器からの信号を接続することもできる。となると、回路設計においては外部クロック発振器を使うか内部発振器を使うかという選択が必要だ。PCM2704はアダプティブ型のUSB DACなので、構造的に12MHzのクロック周波数が変動してもオーディオ出力のクロックは変動しないため(微妙な影響はあるのだが)、ここに高精度の部品を使うことにあまり意味を感じないのと、予算的にムリというところも大きいので、内部クロック発振器を選択した。 

 実際に外部クロック発振器を接続すると、ノイズを多く含む方形波信号の影響かどうかは分からないが、若干ジッタが増える傾向こそあれ劇的な改善は望めそうになかったので、その先のチューニングは止めてしまったという経緯もある。安易に部品に頼るより、地道に電源周辺を工夫してノイズなどの対策を行なうほうが性能改善につながると思う。

 今回はジッタという魔物を中心にご紹介してきたが、いかがだろうか? 正体が見えてくればそれほど恐ろしいものではないとは思う。ただ、音という嗜好性の高いものを扱うのにスペック重視のお上品な製品ばかりではおもしろくない。個人的には魔物だらけの製品のほうがある意味人間味があって好きだったりもするのだ。
 
 さて、最終回となる第3回では、オーディオ測定ソフトRightMark Audio Analyzer(RMAA)を使い、DVK-UDA01を含む新旧のPCオーディオインターフェースのクオリティを比較してみたい。


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 【告知】

インプレスジャパンでは、「USB DACキットではじめる高音質PCオーディオ」の発売を記念した、DACキットの試聴会を3月24日(土)に開催します。会場は同社オフィスビル 1Fスタジオ(千代田区三番町20番地)です。詳細はホームページで告知しています。

3/24(土)試聴会 「USB DACキットではじめる高音質PCオーディオ」
http://www.impressjapan.jp/readers/2012/03/324-usb-dacpc.html


(2012年 3月 16日)

 中田 潤


 絵と音の出る機械を作り続けて30年、まだまだ作ります。


[Text by 中田 潤 & DOS/V POWER REPORT編集部]