第1回:USB DACを作るにいたったワケ

~“PCオーディオのノイズ”を知る ~


 インプレスジャパンは、4月6日に「ハンダ付けなしで誰でもできる! USB DACキットではじめる高音質PCオーディオ」を発売する。価格は5,985円。24ページの解説書にUSB DACキット「DVK-UDA01」を同梱し、PCオーディオの高音質化を紹介するムックだ。開発者の中田潤氏による開発記を3回に渡ってお届けする。(TEXT:中田潤&DOS/V POWER REPORT編集部)

 

第1回:USB DACを作るにいたったワケ第2回:“ジッタ”の実体に迫る第3回:RMAAで音質比較大会

 


 近年盛り上がりを見せているPCオーディオ市場の一角をになっているUSB DAC。数十万円クラスの高級機から数千円台の低価格機まで多数の製品が登場しており、まさに百花繚乱という状態だ。しかしながら、デジタル機器とアナログ機器の双方の性格を持ち、なおかつ聴感によって良し悪しを判断されることが多いUSB DACを評価することは容易ではなく、PCオーディオに興味があってもどれを買えばよいのか分からないという方も多いのではなかろうか。

中田氏が設計したUSB DACキット「DVK-UDA01」。写真は試作品のため製品版とは基板の色が異なる

 そんな中、旧カノープス(現グラスバレー、MEDIAEDGE)で高級・高画質ビデオカード「SPECTRAシリーズ」の設計を手掛けた中田潤氏が、低価格・高音質を目指したUSB DACキット「DVK-UDA01」を発表した。プロフェッショナルとしてPC関連のデジタル・アナログ回路を数多く設計するかたわら、趣味であるオーディオ機器の製作を続けてきた中田氏が打ち出したコンセプトは「徹底的にムダを省いたシンプル設計」と「信号測定による客観的な評価」だという。

 本企画では、その中田氏が「DVK-UDA01」の開発記を通じて、USB DACの基本的な仕組や回路評価のポイントの解説、またオーディオ業界でよく話題に上るジッタの音質への影響や、USBケーブル、電源ケーブルなどが本当に音質を大きく左右するのか、といった点について中田氏の解説で迫ってゆく。第1回は「PCオーディオのノイズ」がテーマ。


ヘッドフォンとライン出力を兼ねるアナログ出力と、同軸のS/PDIF出力を備えている。44.1/48kHz出力に対応。DACチップ部
ソケットにコンデンサと抵抗器(いずれも製品に付属)をユーザーが取り付ける。キットといっても工作的な作業はこれだけで、ほかのデバイスはあらかじめ基板に実装コンデンサ交換による音の変化も楽しめる。抵抗器の装着数によって出力インピーダンスが変化するので接続機器にあわせて変更する。これにより、大まかなボリュームを決定する。オプションとして交換用コンデンサセットも用意


■ 「DVK-UDA01」設計にいたったワケ

 PCオーディオ業界ではUSB DACが人気で、多くの製品が販売されている。PC業界に長く籍を置き、なおかつオーディオ自作を趣味とする私としては、この流れは大変おもしろい。しかしながら、流通している多くのUSB DACはどうもうたい文句が薄い感じがしてならない。高精度クロック採用とか、オーディオ用コンデンサ採用とか、部品単位のグレードに終始しているものが目立つのだ。

 私もかつてカノープスでビデオカードを開発した際、「OS-CON採用」(OS-CON:三洋電機製の高品質固体電解コンデンサで、オーディオ機器用としても定評がある)といった点をウリ文句にしたことがある。しかし、OS-CONについては性能向上のため各種測定の裏づけを経ての必然的な採用だった。この点、近年のUSB DACは回路設計のこだわりや測定結果をあまり表に出さず、オーディオマニア受けしそうな部品のグレードを語ることに力を入れているように思えるのだ。

 もちろん、既製品のコンデンサ交換で音質向上! という楽しみは大いに認めるし、オーディオという文化は聴感による主観的評価が大切にされてしかるべきなのだが、PCユーザー的な観点からは、それだけではもの足りないという意見もよく聞かれる。

 PCユーザーは自分のマシンでベンチマークテストを実行し、その能力を自分で測定することができるため、メーカーの曖昧なイメージ戦略などはすぐに見抜かれてしまう。PCユーザー(でオーディオ経験の浅い方)が「オーディオ機器ってなんだか胡散臭い」、「自分に違いが判断できるのだろうか?」などと感じるのは、そうした文化の違いがあるのではなかろうか。
 
 私としては、PCオーディオにおいても、メーカーはもっと多角的にその性能を裏付けすべきだと思うし、回路設計などの技術面もアピールして、なるべく客観的な評価を下せるようにしたほうが健全だと思う。もちろん、最終的に音が悪ければ意味がないので、メーカーに都合よく作られた数字だけが一人歩きするような状況は避けなければいけない。

 そんなことを考えているとき、私の設計事務所にインプレスジャパンからUSB DACの開発話が舞い込んできた。同社からの要望は、「PCオーディオ初心者が安心して購入できる低価格と、PC内蔵音源との違いが確かに分かる高音質」であった。これを受けての基本コンセプトがこれだ。

  • 低価格、高音質を実現するためのシンプル設計
  • キットとすることで、ケースを省く、コンデンサ交換などの自作的な楽しみを付加する
  • 各種の測定結果を公表し、性能を裏づけする
  • 開発過程をオープンにすることで、PCオーディオの基本についてユーザーのみなさんに知っていただく
  • 製品価格は5,000円台が上限

 低価格、高音質という条件は確かに厳しいが、それだけに設計者としては腕の見せどころとなる。PC内蔵音源より高音質というのは当然として、はたしてどこまでよい音にできるのかがポイントだ。

コンセプトが決まったところで、世の中に多数存在する市販のUSB DACキットを眺めてみる。たいていはプリント基板と数十個の部品がばらばらに袋に入っていて、それをハンダ付けするというものだが、昨今の部品は非常に小さくて、いくら安価でも電子工作になじみがない方が気軽に手を出せるとは思えない。それでも作りやすくするためにわざわざ大きな部品を採用したりするのだが、部品を大きくすると配線の長さも長くなるのでノイズに弱くなってしまう可能性が大きくなるのだ。

 電子工作の経験が浅いユーザーの場合、組み上げてからの改造もコンデンサ交換くらいがやっとだろうから、それならもっと音質に影響のあるコンデンサをソケットにして、小型部品はあらかじめハンダ付けしておけば、性能を落とさずにより多くの人にキット遊びを楽しんでもらえると考えた。

 ついでに出力抵抗も交換出来るようにして、ヘッドフォンとの相性改善や音質を落とさずに音量を調整できる機能も追加した。もちろんライン出力にも対応する。

 デジタル出力は同軸、光の両対応とした。残念ながら光に関してはコストの都合で別途部品を購入していただいてハンダ付けを行なっていただく必要があるが、3か所だけで部品も大きいのでそれほど難しくはないはずだ。

 また、既存のUSB DACキットでは電源部のコンデンサを変更したいというニーズも少なからずあるように思える。ただ、コンデンサ交換で基板を壊してしまう恐れがあるのも確かだ。そこで、DVK-UDA01では空きパターンを設けており、この部分に330uF/6.3V程度のコンデンサを追加してやれば(これに関してはハンダ付けが必要)電源を強化できる。コストカットで部品を省略して空きパターンができた訳ではないので念のため。電源部のコンデンサ追加に関しては、よほど聴き込んでいないと変化をとらえるのは難しいとは思うが、さらなる高みを目指したいという方は実験してみてほしい。


■ 「よい音」の条件

 アナログレコードや真空管アンプの音も実に良いし、車のラジオから流れるメロディーが目頭を熱くさせることもある。音というものは測定した数値だけでは語れない奥の深さを持っているのだが、ここでは音楽CDとそれをリッピングしたデータをできるだけ正しく再生できる事を良い音とする。低い音から高い音まで同じ音量で、また不要な音であるノイズを出さないことが重要だ。

 とくにデジタルオーディオにおいてはノイズの影響が大きいのでノイズの理解を深めればオーディオ機器選びもおもしろくなるし、トラブルシューティングのヒントにもなると思い、少しスペースをいただいて分類してみた。ノイズを制するものが音を制するのだ。


■ ノイズの種類

 音楽もノイズも最終的には空気の振動なので同じものなのだが、特徴によって分類してみたい。ノイズには”ブーン”"サー”などのように(明確に)”聞こえるノイズ”と、音楽などとともに発生する(明確には)”聞こえないノイズ”に分けられる。”聞こえないノイズ”というのは言葉的にはおかしいのだが、これらは”音の濁り””立体感”などといった感覚的な表現で伝えられることが多い。

【 聞こえるノイズ 】
  • 残留ノイズ(サー、ザー、ブーン)
    電源やアンプの半導体そのものが発生する、かなりおなじみの音
  • データに含まれるノイズ(サー、ザー、ブーン)
    録音用のPA機材やギターアンプなどの残留ノイズがCDに記録されている場合 (結構よくあるのだが、こればソースでもあるので再生しないわけにはいかない)
  • 転送ノイズ(プツ、プツ)
    CDやHDDのデータ読み出しなど、データ転送などが瞬間的に間に合わない場合にこう聞こえる。ひどくなると途中の音がなくなってしまう。PCオーディオ関連のトラブル報告で“ノイズが出ます”と表現されるのは多くの場合これだ。
  • 動作ノイズ(ガー、etc.)
    CPUやグラフィックスチップの動作、HDDや光学ドライブのモーターの回転により混入する音。ジッタなどの聞こえないノイズが出る場合も多い
【 聞こえない? ノイズ 】
  • 歪(音の濁り、輪郭のぼけ)
    アナログアンプで音声信号を増幅するときによけいな音が発生して音を濁らせる
  • D/A変換ノイズ(音の濁り、輪郭のぼけ)
    デジタル/アナログ変換時によけいな音が発生し音を濁らせる。よく言われるジッタの影響もここに含む
AudioPrecisionの測定器を使ってノイズを計測。これはPCの電源を切った状態。測定器(A/D)コンバータにもノイズは発生するのでそれが見えている。ここが測定限界だ無音データを再生中。PCの電源を切った状態から明らかに信号が多く検出されているが、これが“サー”というノイズそのものと考えて間違いない1.025kHzのサイン波信号を再生中。信号とともに歪やジッタの影響などで不要なノイズが現われている


■ キホンのキホン、“サー”ノイズの測定

 スイッチONで“サー”が聞こえたのでは心が“ぶー”なので、まずここを測定してみよう。

 数値は-90dBより-100dBのほうがノイズが少ない。ヘッドフォン出力とライン出力は条件を分けて測定しているので、共用のものでも数値が異なる場合がある。ヘッドフォン出力の結果は高能率のカナルヘッドフォン(115dB)で私が”サー”音を確認できたものを赤字としたので、機器や個人差についてはご容赦いただきたい。ライン出力も独断と偏見で-100dBで色分けしている。

 オーディオ機器では再生停止時に出力を切り離す(“サー”対策?)回路が入っているのが普通なので、測定時には“無音”のデータを再生することでこれを解除した。また、これによってモーターやCPUの出すノイズの類もあぶりだそうとしている。

 入門クラスとはいえ、さすがにオーディオ専用機器のSA7001や高級サウンドカードのSound Blaster X-Fi Tianium HDはよい値を示している。今回の製品の候補として手作りしたPCM2704とCM120の試作基板はオンボードとそれほど変わらずかなり焦ったのだが、設計を絞り込んで製品相当の仕様となったDVK-UDA01はそこそこの結果を出せて一安心だ。

 なお、今回の測定はあくまでノイズのみ。もちろん音質の評価はノイズだけでは語れないので、次回以降、RMAAなどを使ったより詳細な測定結果もお見せする予定だ。また、DVK-UDA01の聴感上の音質に関してはインプレスジャパンがブログモニターや試聴会を企画しているので、同社のWebサイトをチェックしてみてほしい。

USB DACやサウンドカード、SACDプレーヤー、iPodのノイズ測定結果比較。値が大きいほどノイズが少ない

 さて、話を戻すが、手作り試作品と量産相当品の違いとは何だろうか? 一言で表現すれば「配線の長さと太さ」といえる。電気配線は長いほど、細いほど電気抵抗が大きくなってノイズの影響を受けやすくなる。また同じ配線に複数の信号電流が流れると、相互に影響を与え合う可能性が高くなる。基本的に今回のUSB DACで使われるすべての電流はUSBコネクタから分岐されて各部品の中を通り、またUSBコネクタに帰っていく。この電流の流れる様子を頭の中で描きながらパターンを作っていくのだ。

 最近ではコンピュータで自動的に配線パターンを生成することも容易なのだが、特にアナログ回路においては人間の技には追い付いておらず、技術者の“技の差”が出やすいところ。

 聴感上気になるアナログノイズまわりの話題を中心にした今回だが、次回はデジタルオーディオではなにかと話題になる“ジッタ”について解説したい。

中田氏手作りのPCM2704試作基板。これで基本的な動作を確認し、製品版へと落とし込んでゆく。この段階ではデジタルボリューム用のボタンを搭載していたが、Windows上から同じ操作を行なえるため製品版では省略されている。

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ハンダ付けなしで誰でもできる!
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高音質PCオーディオ


(2012年 3月 2日)

 中田 潤


 絵と音の出る機械を作り続けて30年、まだまだ作ります。


[Text by 中田 潤 & DOS/V POWER REPORT編集部]