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“高価なブックシェルフ VS 手頃なフロア型どっちがいい?”B&W 600/700で麻倉流スピーカー選び

ピュアオーディオ入門、スピーカー選びが難問

オーディオ入門者にとってスピーカー選びの難しさは、音質と価格の関係だ。悩ましいのは、ラインナップに複数のスピーカーが展開され、価格的にも重複していること。つまり低位シリーズの上位モデルと、上位シリーズの低位モデルのどっちがいいの? という問題だ。その典型的なケースが、Bowers & Wilkins(B&W)だ。同社には600、700、800の3つのラインがある。800はあまりにハイエンドなので、憧れの対象に置いておくとして、600と700の間で、この問題が起きる。

エントリーシリーズの600は1981年に誕生して以来、現在まで不断の改良を続けてきた、まさに業界のスタンダード。2023年9月に発表された最新「S3(Series 3)」はチタンツイーターを擁し(旧世代のS2はアルミニウム)、ブックシェルフスピーカー×2機種、フロアスタンディング×1機種、センター×1機種という陣容だ。

一方、2003年に誕生し、2022年にS3に進化した700シリーズは、上級の800D4シリーズから多数の技術、ノウハウを援用し、ミドルレンジというより、ハイエンドに肉薄するまで成長。中身的には事実上“750”シリーズと言っても過言ではない。ブックシェルフ×3、フロアスタンディング×3、センター×1機種のラインナップだ。

600シリーズと700シリーズを聴き比べる

さて、問題は600のシリーズの上位モデルと、700シリーズの低位モデルのどちらがいいのか、だ。

これには2つのポイントがある。ひとつがシリーズトータルとして、600と700の音はどう違うのかという絶対的な水準の話。技術やコストのかけ方がそもそも違う。もうひとつが、同一シリーズのなかでの相対的な違いだ。この2つのポイントを押さえて置かないと、ミスジャッジすることになる。

そこで、両シリーズから5モデルを選び、こうした観点から試聴してみよう。

  • 600シリーズ
    606 S3 ブックシェルフ 16万5,000円(ペア)
    603 S3 フロア型 38万2,800円(ペア)
  • 700シリーズ
    707 S3 ブックシェルフ 29万3,700円(ペア/グロスブラック)
    705 S3 ブックシェルフ 56万3,200円(ペア/グロスブラック)
    702 S3 フロア型 113万9,600円(ペア/グロスブラック)
2ウェイ2ユニットのブックシェルフ「606 S3」
3ウェイ4ユニットのフロアスタンディング「603 S3」

600シリーズからは2ウェイ2ユニットのブックシェルフ「606 S3」。価格はペアで16万5,000円だ。もうひとつが3ウェイ4ユニットと豪華なフロアスタンディング「603 S3」。価格はペア38万2,800円。その価格差は21万7,800円。価格=音質ならば、603 S3の圧勝だ。606 S3にメーカー純正スタンド「FS-600 S3」のペア5万7,200円を足しても約16万円と、まだ価格差は大きい。

これは同一シリーズでの話だが、700シリーズが絡むと、話がややこしくなる。末弟の2ウェイ2ユニット・ブックシェルフスピーカー「707 S3」は、本体だけならペア29万3,700円。600シリーズの最上位の「603 S3」(38万2,800円)より、安価だ。となると、どちらを選ぶべきか悩むところだ。また700シリーズは7モデルもあり、モデルごとに音質はどう変わるのかも気になる。

ツイーター・オン・トップではない、ブックシェルフスピーカー「707 S3」

700シリーズでは2ウェイ2ユニットのブックシェルフ「705 S3」と、3ウェイ5スピーカーのフロアスタンディング「702 S3」もチェックする。705 S3はペア56万3,200円。それにメーカー純正スタンド「FS-700 S3」のペア12万5,400円を足すと68万8,600円。702 S3はペア113万9,600円だから、その差は大きい。この差をどう聴くか。なかなか面白いテーマではないか。

こちらはツイーター・オン・トップ、いわゆる“ちょんまげ”がある2ウェイ2ユニットのブックシェルフ「705 S3」
3ウェイ5スピーカーのフロアスタンディング「702 S3」

音を聴き比べる

リファレンスはCDで、ポール・マッカートニーがダイアナ・クラールと協演したスタンダードジャズ楽曲「手紙でも書こう」と、ルドルフ・ブッフビンダーのピアノ/ティーレマン指揮ベルリン・フィルのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番第3楽章、だ。

聴取のポイントを述べると「手紙でも書こう」ではヴォーカル、ベース、ピアノ、ドラムスというシンプルな編成の音場再現、ヴォーカルの感情感、ニュアンス感、ダイアナ・クラールのピアノの存在感、冒頭のベースの音色、アーティキュレーション、そしてドラムスの繊細な切れ味……などを聴く。ベートーヴェンのピアノ協奏曲ではピアノの音色、音像感、オーケストラとのバランス、ベルリン・フィルハーモニーの拡がりとソノリティ……などがポイントだ。SACDプレーヤーとアンプはマランツの「SACD 30n」と「MODEL 30」(各327,800円)。

マランツの「MODEL 30」と「SACD 30n」で試聴した

ブックシェルフ「606 S3」16万5,000円(ペア) + スタンド

606 S3のユニット構成は、25mmチタン・ドーム型ツイーター + 165mmコンティニュアム・コーン型ウーファー。エンクロージャーはバスレフ型。

606 S3。この価格にしては抜群の音質

まず606S3から聴き始めたが、この価格にしては抜群の音質でないかと、すでに感心してしまう出来映えだ。「手紙でも書こう」は明瞭で鮮明。しっかりとした音進行で、音楽的な彩りも明確だ。安定した低域をベースにしたピラミッド的な音調。音場の見渡しもクリヤーで、ダイアナ・クラールのピアノの質感がすっきりとしている。優しげな音が耳を心地良く撫で、速いパッセージでの燦めきや、アクセントに込めた思いも聴けた。ポールのヴォーカルが囁くように優しい。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。ピアノはきわめて高解像度というわけではないが、センターに確実に定位したブッフビンダーのヴィヴットなパッセージングが爽快だ。ピアノの低域のしっかりとした剛性感と、中域の濃密さ、高域の燦めきが聴けた。オーケストラも眼前の鮮明さというわけではないが、奥行きが深く立体的なボディ感。低音はスケールが大きいが、同時にソノリティ的な音の浮遊感も豊かだ。最初の試聴からとても好調だ。これから上位モデル、シリーズではさらに良くなると思われるが、この時点で、すでに十分にユースフルだ。

バスレフポートは背面にある
ターミナルはバイワイヤリング対応

フロア型「603 S3」38万2,800円(ペア)

603 S3は25mmチタン・ドーム型ツイーターに、150mmコンティニュアム・コーン型ミッドレンジ×1、165mmコーン型ウーファー×2の3ウェイ4ユニット。バスレフ型だ。

3ウエイである。単純化して言うと、“ブックシェルフに低域ユニットを足した構造”だ。

左から606 S3、603 S3。ブックシェルフの606 S3に、ダブルウーファーを加えたようなイメージが603 S3だ

そのメリットは当然、低域のスケール感の増大だが、一方で、ミッド/ハイと音調的に、速度的にどのように同調させるかという課題も生じる。ブックシェルフではハイスピードで鮮明な音調を聴かせるスピーカーでも、それを拡充したフロアスタンディングになると、音性能がそのまま低域方向にリニアに拡張されるというわけではなく、低域が加わったことにより、スピードや鮮鋭感の低下が発生することは、多くのブランドで見られる現象だ。

フロア型の603 S3も、ブックシェルフの606 S3と比べると、そうした方向にあることは否定できない。ミッドとハイはハイスピードだが、低域がやや遅れる。(※編集部注:試聴はバスレフダクトにチューニング用スポンジを挿入せずに実施。スポンジを入れると低域をタイトにすることも可能)

とはいえ2連ウーファーが加わったことによるメリットも十分に感じられた。それが音構造のリッチネスだ。確かに豊かな低音感は魅力だ。「手紙でも書こう」でのベースの唸りや膨らみ感がしっかりと描かれ、ヴォーカルの体積感が大きく、後半のドラマーとのデュエットにおけるハーモニーの麗しさも聴けた。

ブックシェルフ「707 S3」29万3,700円 + スタンド

707 S3は、25mmデカップリング・カーボンドーム・ツイーター×1、130mmコンティニュアム・コーン・バス/ミッドレンジ×1の2ウェイ2ユニット。バスレフ型。

707 S3

38万2,800円でフロア型の603 S3より、29万3,700円のブックシェルフ707 S3の方が格段に良い。前述した、大小の構造の違いからくる低域スピードの問題に加え、そもそも、600と700シリーズでは、投入する技術とノウハウが桁違いに違う。

特に最新の700では800 D4シリーズから多数のテクノロジーを享受しているので、そのベーシックである707 S3でも断然に素晴らしいのである。600シリーズとの違いは、解像感の精密さ、音進行の時間的解像度の鋭さ、質感のハイセンス……だ。

707 S3

「手紙でも書こう」では冒頭のドラムスのブラシが繊細にて、生々しい。ベースの唸りや抑揚が、このサイズでもここまで再現されるとは驚きだ。ヴォーカル音像の肉付き感も緻密で、温度感が高く、声の階調感も細やか。間奏のダイアナ・クラールのピアノが明晰で、装飾音がプリティだ。スウンギーなニュアンスが濃密に表現されている。

ベートーヴェンも、このサイズにしてスケールが雄大で、しかも繊細。和音感が美しく、右手のころころと転がる旋律の流れと、左手のハーモニー感との調和が、耳の快感だ。ブッフビンダーのピアノは弾力性に富む、みずみずしい音。透明度が高い。オーケストラも木管の暖かい質感、弦の稠密さが聴けた。弦や木管楽から発せられる音の粒子が自在に飛び散り、広いベルリン・フィルハーモニーを満たす。さすが700シリーズは違う。末弟モデルでも、小さくとも、音楽的スケールは大きい。

ブックシェルフ「705 S3」56万3,200円 + スタンド

705 S3は、25mm デカップリング・カーボンドーム・ツイーター×1、165mm コンティニュアム・コーン・バス/ミッドレンジ×1の2ウェイ2ユニット、バスレフ型。ツイーター・オン・トップ。

705 S3

707 S3との違いは、ミッドバスが130mmから165mmに大型化し、25mmドーム・ツイーターがエンクロージャー内蔵か、オン・トップのちょんまげか……だが、音はもの凄く違う。

左から705 S3、707 S3。ちょんまげの有無だけのように見えるが……
ちょんまげはアルミニウムのブロックからの削り出しで作られている。ツイーター背面の音を消音するチューブローディング・システムが組み込まれている

707 S3でも大いに感心したが、それは600シリーズとの比較という主旨だった。705S3は700シリーズ内の違いだ。よりスケールが雄大に、より繊細に、より深く、より艶やかになった。それは①解像感、精密さ、②階調感、色彩感、③音場感の違いだ。

「手紙でも書こう」の冒頭のドラムスのブラシワークのニュアンスがたいへん優しく、細かな擦過音まで鮮明。続くアコースティックベースは雄大で、同時にキレがシャープ、スピードが速い。私は「ドスが効いた」という言葉をよくつかうが、まさに雄大な迫真感と共にキレ味が鋭いドスだ。ベースのしゃくり上げるような、音程を上方にずらす動きが、セクシーに聴ける。

ヴォーカルはディテールまでの抑揚感がさらに細やかに表現され、感情的な暖かさやワクワク感を堪能。誠実な人間性も感じられた。「LETTER♪」の語尾の感情を込め消えゆく様が、丁寧だ。ダイアナ・クラールの間奏ピアノも刮目。アクセントに熱き感情が籠もり、ラブリーなコケティッシュさも聴き物。始めは右に定位、曲の進行とともに中央、左へ移動する軌跡の鮮やかなこと。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲もさすがの表現力である。冒頭の19小節にも渡るセンターのピアノのソロの躍動感に加え、音場的な響きの臨場感が濃い。ステージングの深さ、拡がり感はトゥイーター・オン・トップから豊富な倍音が放出されている証左である。

トゥッティでのベルリン・フィルのアンサンブルの精密さ、手前の弦と奥からの木管の位置のソノリティ感、チェロとヴァイオリンの対話の豊かな表情……と、オーディオ的にも音楽的にも、感動の音を聴かせるスピーカーである。707 S3との違いは、スケーラビリティとより緻密な音楽性表現だ。

705 S3を上から見たところ
左から700 S3、700 S2。フロントバッフルを見比べると、700 S3がカーブを描いているのがわかる。これは音が回り込む“回折”により周波数特性が乱れないようにするためと、カーブを描く事でエンクロージャーとしての強度もアップしている
705 S3の背面。バイワイヤリング対応だ

フロア型「702 S3」113万9,600円

702 S3

25mm デカップリング・カーボンドーム・ツイーター×1、150mm コンティニュアム・コーンFSTミッドレンジ×1、165mm エアロフォイル・プロファイル・バス×3の3ウェイ5ユニット、バスレフ型。ツイーター・オン・トップ。

こちらもツイーター・オン・トップ採用だ

700シリーズは、サイズと音質は正比例する。これだけ大きなウーファーを搭載しても、そのデメリットは皆無で、むしろオーディオ的、音楽的な完成度が圧倒的に高い。問題の低音もまったく遅れることなく、立ち上がり/立ち下がりの精密さを保ち、中高域とは時間的にシンクロしている。実に量感と質感を高くバランスさせた低域だ。スケールの大きさと解像感の高さが両立するのも、本スピーカーの美質だ。

低音から高音まで緊密につながり、躍動感と晴れ晴れしさに満ちた幸せの音。音像に対するピントの合方はまったく違うレベルだ。音場でのスピーカーの消え方も見事。

「手紙でも書こう」では、冒頭のベースの低音の塊感の密度がたいへん高い。弾みが気持ちよく、弦のしなりも真に迫る。低音の押し出しは堂々としているのだが、それは膨脹感ではなく、フォーカスが鋭い低音だ。ヴォーカルの質感もとても高く、ヴォーカルの優しさがさらに際立つ。ダイアナ・クラールのソロピアノも宝石のような音の転がりに、心を奪われた。明晰で、スウンギーなニュアンスだ。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲では、ピアノ音が浮遊するような飛翔感と、揺るぎない安定感を同時に体験した。倍音領域まできれいに伸びたワイドレンジの音が気持ち良い。響きが新鮮で、音楽がいま生まれたばかりという雰囲気が、生々しい。ベルリン・フィルハーモニーの場が深く、空間が透明。音の粒子に浮力が付与され、空間を自由に飛翔するような空気感だ。繊細な弦のグラテーションからたっぷりと放出された倍音が高域に表情を付けている。ブッフビンダーのピアノは響きが美しく、潤い感が麗しい。

702 S3

シリーズごとに異なる選び方

左から707 S3、606 S3。サイズは小さいが、707 S3を聴くと600と700のシリーズのグレード感の違いはしっかり存在する。一方で、606 S3はコストパフォーマンの高さが光る

600と700のシリーズとしてのグレード感の違いはしっかりと確認できた。

700シリーズでは、音性能とコストが見事なリニアリティを描いていた。600シリーズとのマージナル領域では、逆転現象が起きていることも分かった。私の経験では、そうなるメーカーは多い。

これがスピーカー選択の勘所であり、本リポートがその一助になれば幸いである。

ツイーター・オン・トップの「705 S3」は、よりスケールが雄大に、より繊細に、より深く、より艶やかになる
スケールの大きさと解像感の高さが両立する702 S3
麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表