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qdcの現到達点、“皇帝”の名を持つ別格イヤフォン「EMPEROR」がスゴイ

qdc EMPEROR

エントリーから高級機まで、クオリティの高い有線イヤフォンを相次いで発表して人気ブランドに成長したqdc。中国でステージモニター用カスタムIEMのシェア70%以上の占めるほど技術力の高いブランドであると同時に、日本のポータブルオーディオファンの意見も多く取り入れた製品作りもしており、日本の代理店であるアユートと共同企画したイヤフォンも開発。

その第1弾は、繊細な音の強弱表現と定位に焦点を当てた「WHITE TIGER」。第2弾では“カスタムIEMのようなフィッティングとサウンドをより多くの人に”をコンセプトにしたエントリー「SUPERIOR」を発売。コスパ最強イヤフォンとして話題となり、有線イヤフォンの定番モデルになっているのはご存知の通りだ。

そして共同企画第3弾として登場したユニバーサルIEMが「EMPEROR」(エンペラー)。名前の凄さから想像できるが、「これまで培ってきたqdcのIEM技術の粋を体感してもらうために新規開発した」という5ウェイ・トライブリッド15ドライバー搭載のハイエンドモデルだ。

左から「SUPERIOR」、「WHITE TIGER」、「EMPEROR」

お値段も550,000円(税込み)と“EMPEROR”の名にふさわしい価格だが、結論から言うと、その価格も頷ける別格のサウンドが味わえる。なお、EMPERORはユニバーサルだが、カスタムIEMの「EMPEROR-C」も同額でラインナップされる。

また、カスタムIEM専用モデルとして、チューニングとデザインが少し異なる「EMPRESS-C」(エンプレス・シー)というモデルも存在する。EMPRESS-Cの試聴機も借りられたので、こちらも最後に聴いてみよう。

EMPRESS-C

EMPERORの名にふさわしいデザイン

いつもなら「搭載するドライバーは……」と、中身のチェックからスタートするが、EMPERORはその前に、外観の美しさに目を奪われる。ファンタジー作品に登場する、魔力を帯びた鉱石のような、光の当たり方で味が変わるフェイスプレートがとにかく印象的。記事に使っている写真も撮影したのだが、シャッターを切るたびに「綺麗だなぁ」と写真に見入ってしまった。

世界遺産・黄龍/九寨溝をイメージしたフェイスプレート

このフェイスプレートは、中国四川省の奥地にある世界遺産・黄龍/九寨溝(きゅうさいこう)をイメージしたものだという。九寨溝は美しい峡谷で、湖の底に石灰が沈殿しているため、それが光を反射して神秘的な色味に染まるそうだ。確かに、透明度の高い湖の底を覗いているようなデザインでもある。

また、フェイスプレートの周囲は金色のフレームで囲われているが、これは中国における四神の王で皇帝を意味する“黄龍の金色の鱗”を表現しているとのこと。非常にゴージャスな仕上げだが、各部の質感が良いので、実物を目にすると“ギラギラした感じ”は抑えられている。

トライブリッド15ドライバーを内蔵

では内部をチェックしよう。前述の通り、5ウェイクロスオーバー、トライブリッド15ドライバーを片側に搭載している。

数の多さに驚くが、種類も豊富。詳細は以下の通りだが、まとめるとDD×1 + BA×10 + EST×4となる。

  • 超低域:10mm径ダイナミックドライバー×1
  • 低域:BAドライバー×4
  • 中域:BAドライバー×2
  • 高域:BAドライバー×4
  • 超高域:静電型ドライバー×4

これだけドライバーユニットが多いと、各ドライバーからの音をうまくまとめるのも大変になるが、「Anole V14」で使用されているqdc独自のマルチチューブフィルタリングテクノロジーを使う事で、隣接する周波数帯域が互いに干渉することなく調整できる、クロストーク抑制、正確なチューニングと位相を実現したという。

低域を担当するダイナミック型ドライバーには、カスタマイズした10mm径の複合材振動板を採用。「Dmagic 3D」で使用しているqdc独自の「Dmagic音響構造」を活用しており、独立した音響キャビティと音導管を用意する事で、ダイナミックドライバーと他のドライバーとの干渉を防止しているという。

ノズル部分

これらの豊富なドライバーを組み合わせる事で、周波数応答範囲5Hz~70kHzのワイドレンジを実現している。入力感度は106dB SPL/mW、インピーダンスは15Ωだ。

当然、15ドライバーも搭載しているので筐体は大きめ。厚さもそれなりにあるが、耳穴にふれる内側の形状が良くできているので、実際に装着してみると、それほど大きくは感じない。ホールド力も高く、試聴中に落ちてくる事もなかった。

こうした“シェル形状の良さ”は、これまでカスタムIEMを多く手掛け、耳型データも大量に保有しているqdcの強みが出ていると言えるだろう。付属するイヤーピースは、qdcTips Soft-fitイヤーピースだ。

付属品一覧

ケーブルは着脱式で、イヤフォン側にはカスタムIEM 2pinコネクター(0.78mm)を採用。このコネクターは、プロフェッショナル向けとして通常採用しているqdc 2pinコネクターと異なり、ケーブル互換性が高く、「オーディオ愛好家の方がよりポータブルオーディオとしての楽しみ方を広げやすいようにした」という。

なお、IEM 2pinコネクターのカバー部は、大型なEMPERORのシェルサイズに合わせた特別なコネクター形状にすることで、耳掛け部分のフィッティングを向上させている。

特別なコネクター形状にして、耳掛け部分のフィッティングを向上させている

付属するケーブルは、導体に純銀と純銅使用のプレミアムケーブルを採用し、被膜はブラックカラー、プラグ部にはアンバランス接続とバランス接続が容易に切り替え可能な3in1マルチプラグ(L字タイプ)が付属。2.5mm4極バランス、4.4mm 5極バランス、3.5mm 3極アンバランスから選択できる。

アンバランス接続とバランス接続が容易に切り替え可能な3in1マルチプラグ(L字タイプ)が付属
ブラック被膜のプレミアムケーブルは約120cm

音を聴く

DAPはAstell&Kernの「A&ultima SP3000」を使用。4.4mmのバランス接続で試聴した。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生。冒頭のピアノから、アコースティックベース、ボーカルと音数が増えていくと、あまりのスケールの大きさ、レンジの広さに「おおお……」と圧倒される。イヤフォンを聴いているというより、ヘッドフォン、いやスピーカーを聴いている感覚にも近くなる。

音のレンジが上下に広いだけでなく、音が広がる空間も前後左右に広大なため、こう感るのだろう。音が頭の中にこもる感覚が無く、開放的な気分でレンジ感の非常に広いサウンドが聴けるため、とてもリッチな気分。「これぞEMPERORの名にふさわしいサウンドだ」と、納得感がある。

アコースティックベースのパートが増えると、EMPERORの底力も垣間見える。低域がとんでもなく深く沈み、「ドーン」とか「ズシン」というレベルではなく、地獄の底から重い音が吹き上がってくるような「ゴォーン」という、ちょっとイヤフォンでは聴いたことがない低音だ。さすがは10mm径ダイナミックドライバーで鳴らしているだけあり、中低域を膨らませて“低域のように見せかける”なんちゃってイヤフォンとは次元が違う、本物の低い低音には“凄み”が感じられる。

感心するのは、これだけ低くてパワーのある低域が出ているのに、低域自体が非常にタイトで、無駄に膨らまないところだ。そのため、ベースが「ゴーン」を響く中でも、ピアノのアタック音の鋭さや、ボーカルが息継ぎする時の「スッ」とか「ハッ」という微かなブレス、さらに言えば、口を開閉する時の、音とは呼べないレベルの「ンパ」という微細な音までしっかり聴き取れる。

このあたりの微細な描写は、超高域用の静電型ドライバーの実力が発揮されている印象だ。

これだけキレの良い低域と、高解像度なサウンドなので「米津玄師/KICK BACK」を聴くと最高に気持ちが良い。冒頭からベースがゴリゴリと地面を削り、ギターがうなりをあげて襲いかかってくるのだ。しかし、音がこちらに迫ってくるだけでなく、その背後でドラムが「バァーン」と炸裂する響きが、奥の空間へと広がっていく様子もキッチリ聴き取れる。3次元空間に、メチャメチャ細かい音が縦横無尽に飛び回る様子に圧倒される。これぞ“聴く快楽”という感じだ。

これだけ高解像度な描写が可能なのは、15ドライバーで各帯域を分担して再生しているため、各ドライバーの負担が少なく、各ドライバーユニットの性能がより引き出された結果かもしれない。

同時に、これだけ方式の異なるドライバーを内包しながら、音色の違いが感じられないのも凄い。この“馴染ませ”がうまくないイヤフォンだと、「高域だけESTで線の細い音なのに、低音はダイナミックで野太い音」みたいに、聴いていて明らかにドライバーユニットの違いが聴き取れてしまい、音楽に集中できなくなる。

しかし、EMPERORの場合は低域から高域までニュートラルな音色、解像感などが揃っており、音楽全体として自然に聴き取ることができる。このあたりの作り込みのうまさ、センスの良さは、さすがqdcという感じだ。

イヤーピースを変えてみる

数日、付属のイヤーピースで音楽を満喫していたが、次第に「イヤーピースを変えたらどう変わるかな?」と気になってきた。

そこで、AZLAの単品イヤーピース「SednaEarfit ORIGIN」と「SednaEarfit XELASTEC II」に付け替えてみた。

SednaEarfit ORIGINを装着しているところ

SednaEarfit ORIGINは、初代SednaEarfitをベースにしつつ、素材に進化した医療用シリコンを採用したもの。SednaEarfit XELASTEC IIは、体温で変形するTPE素材を使ったもので、しばらく耳に入れていると、柔らかくなってメチャメチャ耳穴にフィットするというものだ。

この聴き比べが面白い。SednaEarfit ORIGINで聴くと、低域のゴリゴリ感が少し柔らかくなり、聴きやすいサウンドになる。派手さは薄れるが、アコースティックな楽曲や、女性ボーカルとピアノだけのシンプルな曲などは意外にマッチするかもしれない。

体温で柔らかくなるSednaEarfit XELASTEC II

SednaEarfit XELASTEC IIに変えると、低域のゴリゴリ感が復活。耳穴により深く入ったのか、付属のイヤーピースよりも音像が近く、低域の迫力も増したように感じる。EMPERORの特徴がより色濃く出たような感じで、いろいろな曲を聴き直して楽しい時間を過ごした。

ただ、翌日改めて聴いてみると、「ここまで強くなくてもいいかな……」という気もしてきて、付属のイヤーピースに変更。「やっぱりこのバランスが良いな」という結論に至った。気分を変えたい時や、激しい曲を存分に楽しみたい時はXELASTEC IIに付け替えるのも良いだろう。

EMPRESS-Cも聴いてみる

EMPRESS-C

EMPERORはユニバーサルとカスタムを用意しているが、冒頭にも書いた通り、カスタムIEM専用モデルとして、チューニングとデザインが異なる「EMPRESS-C」というモデルも存在する。これも聴いてみよう。

カラーはシルバーやホワイトがふんだんに使われており、威厳に満ちたEMPERORに対して、EMPRESS-Cは清らかなイメージだ。内蔵ユニットはトライブリッド15ドライバーでEMPERORと同じだ。

左がEMPEROR、右がEMPRESS-C

「米津玄師/KICK BACK」でEMPERORとEMPRESS-Cを聴き比べると、非常に面白い。全体のバランスが良いEMPERORに対し、EMPRESS-Cはややハイ上がりで、低域がよりタイトで中低域の音圧が弱め。逆に高域の抜けが良く、さわやかで清涼感のあるサウンドに聴こえる。だが、よりタイトなだけで「ズシン」という最低音の深さはEMPERORにも負けていない。

確かに外観から連想する、繊細さ、美しさをそのままサウンドにしたような印象だ。

ただ、この印象は、実際にカスタムしたEMPRESS-Cのサウンドとは、少し異なるだろう。というのも、お借りした試聴機はユニバーサルタイプになっているからだ。

そこで、装着したEMPRESS-Cをグッと耳奥に押し込んだり、前述したイヤーピースのXELASTEC IIに付け替えてみたが、カスタムIEMのように耳との密着度をアップすると、低域のパワフルさが増し、前述したハイ上がりの印象が、ウェルバランスに近づく。つまり、EMPERORのサウンドに似てくる。

カスタムIEMは密閉性が非常に高くなるため、カスタム専用のEMPRESS-Cは“それを見越した音作り”になっているわけだ。ただ、高域の美しさはEMPRESS-Cならではの魅力とも感じるので、カスタムIEMが欲しい人は、そのあたりの違いでEMPERORとEMPRESS-Cのどちらにするか決めるといいだろう。

イヤフォンにとって大事な要素を、極限まで磨き上げる

WHITE TIGERやSUPERIORを聴いた時も思ったことだが、qdcのイヤフォンには安心感がある。それは高価なモデルでも、エントリー機でも同じで、価格帯によって性能に違いはあるものの、「聴いていて気持ちが良い、楽しい音」をどんな製品でもしっかりと出してくれる。アユートとのコラボモデルは、特にその傾向が強い。

今回のハイエンドなEMPERORも、マニアだけが喜ぶ音ではなく、おそらく誰が聴いても「凄い」「良い音だ」と感じるであろう、ある種の普遍性を備えている。それは、レンジ感の広さや、しっかりとした低域、その低域に負けない抜けの良い高域といった、基本的な部分をおろそかにしていないからだろう。

EMPERORは、そのイヤフォンにとって大事な要素を、ひたすら極限まで磨き上げ、到達した高みで見事にバランスをとってみせた……そんなイヤフォンだと感じる。SUPERIORでqdcのイヤフォンを好きになった人も多いと思うが、価格は一度忘れて、EMPERORを聴いてみて欲しい。その次元の違う世界に驚くと共に、「なるほど」と納得できる音になっているはずだ。

山崎健太郎