レビュー

14300円の“最強エントリーモデル”qdc「SUPERIOR」の衝撃

qdc「SUPERIOR」

AV Watch読者の貴方なら、友達から「有線イヤフォンが欲しいんだけど、オススメある?」と相談された事があるかもしれない。その時に、何をオススメしただろうか? いきなり高価なイヤフォンは引かれてしまうので、1万円くらいでコスパの良いモデルを挙げる人が多いだろう。

私だったら……と考えてみると、SHUREの定番「SE215」や、SENNHEISERの「IE100 Pro」、最近のモデルではMaestraudioの「MA910SR」や「MA910S」などが頭をよぎるが、そんな「1万円台の定番」の記憶を強力に上書きしそうなイヤフォンが登場した。qdcの「SUPERIOR」(スーペリア)だ。

価格は14,300円。7月22日に発売されたばかりだが、「音が凄いらしい」と口コミで広がり、発売前にファーストロットが売り切れに。発売日にはTwitterのトレンドにも上がるほどの話題となっている。その実力をさっそく聴いてみた。結論を先に言うと「もう……これでいいんじゃね?」と言ってしまいそうになる完成度だった。

qdc「SUPERIOR」

qdcのイヤフォンがこの価格

qdcと言えば、上は数十万円、様々なユニットを搭載したハイエンドイヤフォンも手掛けるお馴染みのブランドだが、SUPERIORは“手にしやすい価格”にこだわって開発されたのがポイントだ。

ただ、実物を手にしてみると「え、これホントに14,300円?」と思わず資料を見返してしまう。写真でおわかりかと思うが、メチャクチャカッコいいのだ。

Piano BlackとVermilion Redの2色があり、今回はVermilion Redを使っているが、単純な赤ではなく、色に深みがあり、光が当たっていないとちょっと黒っぽく見える。だが、フェイスプレートにミラーを採用しているため、光が入ると、奥の方からキラリと鮮やかな赤が反射し、その煌めきの強さが角度によって刻々と変化する。

角度を変えると、反射で見え方が変化する

宝石のようで、写真を撮りながらしばし見惚れてしまうほど美しい。シェルは3Dプリンティング技術で作られており、カスタムIEMっぽい滑らかな形状で、こちらにも光沢がある。

シェルは3Dプリンティング技術で作られている
「SUPERIOR」Piano Black。こちらのカラーも光の当たり方で表情が変化する

筐体は少し厚めだが、装着してみると耳への収まりは良く、ホールド感も高い。このあたりは、カスタムIEMも手掛けるqdcのノウハウを実感するところだ。

ユニット構成はシンプル。ブランド初となる、10mm径シングルフルレンジのダイナミックドライバーのみだ。ただ、このドライバーがかなり凝っている。

振動板は真空成膜技術を使用した複合膜で、高い均一性を備えつつ、剛性が高く、しかも軽量だという。その振動板を駆動する磁気回路には、独自の同軸デュアル磁気回路と、デュアルキャビティ構造を採用している。

同軸デュアル磁気回路とは、磁気回路をドライバーの内外にそれぞれ使うことで、磁束密度を高めるもの。これにより、振動板を強力に駆動でき、過度特性(トランジェント)を追求している。

そして振動板が動くと空気の流れが発生するが、二層キャビティー構造により、内部の空気圧を段階的に最適化する事で、歪みを抑える事に成功したという。

こうして出力された音を、ストレートに耳へ届けるために、ノズル部分にはメタルノズルを採用している。周波数応答範囲は10Hz~40kHz。入力感度は100dB SPL/mW。インピーダンスは16Ω。

ノズル部分にはメタルノズル

1万円台のモデルながら、ケーブル着脱が可能。端子はIEM 2pinコネクター(0.78mm)で、qdc独自のコネクターではない。有線イヤフォンを購入する人には、ケーブル交換による音の違いも楽しみたいと考えている人もいるはずなので、ケーブルが着脱できるのは嬉しいポイント。独自端子を使っていないのも、他社のケーブルが使いやすいのでユーザーには嬉しい進化だ。

端子はIEM 2pinコネクター(0.78mm)

フェイスプレートや筐体に光沢があるのだが、ケーブルにも光沢がある。ビニールっぽい被覆で、導体には伝導性の高い高純度無酸素銅(OFC)の4芯線を使っている。被覆は黒のPVCで、ツルツルしているので絡まりにくく、服とこすれても不快なノイズが発生しにくい。付属ケーブルの入力プラグは3.5mm 3極アンバランスだ。

ケーブルにも光沢がある
付属ケーブルの入力プラグは3.5mm 3極アンバランス

これとは別に、SUPERIOR向けのバランス接続用ケーブル「SUPERIOR Cable 4.4」も5,500円で発売となっている。イヤフォンが14,300円なので、セットで買っても2万円以下なのは嬉しい。

SUPERIOR向けのバランス接続用ケーブル「SUPERIOR Cable 4.4」

イヤーピースは、シングルフランジのソフトタイプが3サイズ(S/M/L)、ライブ/モニタリング時など外れにくさを重視するダブルフランジが3サイズ(S/M/L)付属する。ちなみに、付属品とは別におまけとしてシングルフランジのMサイズが1ペア、最初からイヤフォン本体に装着されている。取り出してすぐ聴けるので地味に嬉しいポイントだ。他にも、クリーニングツールやキャリングケースも付属する。

付属品一覧

聴いてみる

では実際に聴いていこう。

プレーヤーはスマホのPixel 6 Pro……にはイヤフォン端子がないので、Astell&Kernのスティック型DACアンプ「AK HC3」(直販30,980円)をUSB-Cで接続。そのステレオミニ出力にSUPERIORを接続して、Amazon Music HDからハイレゾ曲をメインに聴いた。

スティック型DACアンプ「AK HC3」

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生すると、音が出た瞬間、思わず「おおお……」と声が漏れる。まず驚くのはアコースティックベースの低音の深さと、張り出しの強さ。押し出しが非常にパワフルで、頭蓋骨にズズンと響くような力強さがある。単に張り出すだけでなく、低域の中にしっかりと芯があり、それが地の底に向かってズンズンと落ちる。ちゃんと低域が“重い”のだ。聴いていると、頭部を通過して、肺に重い低音が落下してくるような感覚で、肺を圧迫されているような錯覚を覚える。これぞダイナミック型らしい低音だ。

これだけでも驚きだが、力強くて深いだけでなく、解像度の高さも兼ね備えている。ベースの弦がブルンブルンと震える様子、その弦がたまに筐体に当たって聞こえる「バチン」「ベチン」という鋭く硬い音もハッキリ聞き取れる。パワフルさと繊細な描写を兼ね備えた、見事な低音だ。

前述のように、振動板駆動用磁気回路をドライバーの内外にそれぞれ用意し、磁束密度を高める独自の同軸デュアル磁気回路と、デュアルキャビティ構造の効果によって、駆動力が高められ、このようにトランジェントの良い、高解像度な低音を実現しているのだろう。

音色も自然で、ダイアナ・クラールの声が生々しい。バランスドアーマチュアユニットのように、響きが金属質だったり、輪郭を強調した音ではなく、非常にリアルな音だ。メタルノズルを採用した事で、鮮度の高い中高域が、ストレートに耳に届いているためだろう。

これだけパワフルな低音が出ているので、普通のイヤフォンであれば「低域過多」になってしまいそうだが、聴いてみるとまったくそんな印象は無く、低域から高域までバランス良く耳に入り、なおかつ低域の迫力が印象に残る。qdcの音作りの上手さは以前から知っていたが、その実力を改めて実感した。

バランス接続で世界が変わる

アンバランス接続の音でかなり満足度が高いが、別売の4.4mmバランス接続ケーブル「SUPERIOR Cable 4.4」も試してみよう。バランス接続するため、スマホに繋ぐUSB DACアンプを4.4mm出力を備えた「AK HC2 fripSide Edition」(直販29,800円)にチェンジした。

4.4mm出力を備えた「AK HC2 fripSide Edition」

これが凄い。“激変”と言うくらい変わる。前述のようにSUPERIORの低域はかなりパワフルで押し出しが強いのだが、アンバランス接続ではそれゆえ、ちょっと狭い空間に低域が押し込まれるような窮屈さを感じていた。

しかし、AK HC2 fripSide Editionにバランス接続すると、アコースティックベースのグォングォンと押し寄せる低域と、自分との距離がスッと広がる。中央からこちら側へと、グッと身を乗り出していたダイアナ・クラールが、一歩後ろに下がる。そして、それらの声や音の響きが広がる背後の空間が、一気に広くなる。まるで、小規模なライブ会場から、大型ホールに移動したような感覚だ。

ただ、低域のパワフルさ、重さ、深さは変わらないので、迫力は十分感じられる。つまり、リズムの乗り、熱気みたいな音楽に大事なものは維持しつつ、それらと適度な距離をとれるようになった事で、音楽全体を見渡す事ができるようになる。「こういう楽器と、こんな声が組み合わさって音楽になっていたんだな」という気付きが得られる。

さらに、広大になった空間に定位する音像も立体的になるため、個々の音のリアリティもアップ。注意深く聴くと、低域の解像度もさらに上がっており、ピアノの左手の動きも見やすくなった。

DAPを接続して優勝する

A&norma SR35

スティック型DACアンプでも十分楽しめるが、SUPERIORの実力を考えると、さらに上を目指せるはず。そこで、AKのDAP「A&norma SR35」(直販129,980円)を用意。4.4mmバランス接続で聴いてみた。なお、SR35は“デュアルDAC”と“クアッドDAC”動作を切り替える機能を備えているが、最初から本気のクアッドDACで聴いてみた。

これが衝撃的な音だ。

音場の広さ、音像の立体感はAK HC2 fripSide Editionよりさらにアップ。そして、今までパワフルだと感じていた中低域のベースが、A&norma SR35でドライブすると、さらに力強くなる。「隠していましたが俺の本気はコレっす」と言いながら繰り出される重いパンチをくらったように、そのパワフルさに打ちのめされる。

凄いのは、パワフルさがアップするだけでなく、低域の分解能やトランジェントも向上する事だ。そのため、ベースのラインは強くはなるが、野太くはならない。輪郭の鋭さや、音の立ち上がり、立ち下がりのスピード感はキレキレのまま。つまり、低音の重さとスピード感が両立できている。5万円、10万円といった、より高価なイヤフォンでもなかなかクリアできないポイントでもある。SUPERIORが14,300円、バランスケーブルが5,500円なので合計約2万円でこのクオリティは、激安と言っていい。

4.4mmバランス接続で聴く

ビートがパワフルかつトランジェントが良好なため、「米津玄師/KICK BACK」のような激しいロックは最高に気持ちが良い。乱れ飛ぶSEやコーラスに、襲いかかってくるようなベースのうねりは、ともするとグチャグチャになりそうなものだが、深く沈み、安定感のある低域が音楽を支えるため安定感がある。音像が舞い踊る空間も広いため、それらを余すところなく聴き取れる全能感すら感じる。

聴く前は「約1.5万円のイヤフォンに、約13万円のDAPを組み合わせるのは価格的にアンバランスだな」と思っていたのだが、この音を聴いてしまうと「SUPERIORを聴くならこのくらいのDAPを使わないともったいない。というかもっと凄いDAPで鳴らしたらどんな音になるんだ?」といけない方向に興味が湧いてしまうほどだ。

もはや“入門イヤフォン”ではない

“誰かにイヤフォンをオススメする”のは結構難しい。色々なイヤフォンを使ったことがあるマニアなら、「最終的にはモニターイヤフォンが良いよね」とか「やっぱ低域ゴリゴリなイヤフォンが好きだ」とか、自分なりの結論が出ているのでそれに従えば良いのだが、そうした経験がないと“どんな音を気に入るかわからない”からだ。

「優等生な音のモニターイヤフォンがいいかな?」と聴いてもらったら、「なんか地味で面白くない」と言われた事もある。

そんな時には、SUPERIORの出番だ。全体のバランスが良く、様々な音楽を聴かせる万能選手でありつつ、低域のパワフルさ、キレの良さというある種の“派手さ”も兼ね備えている。聴けば多くの人が「これだよ、これ」と感じる美味しさが詰まったイヤフォンだ。

デザインや質感、使い勝手も良いので、「いいイヤフォンを買った」という満足感も得られる。まさに「初めてのちょっと良いイヤフォン」に最適だ。

そこに留まらず、リケーブルが可能で、純正4.4mmバランスケーブルをラインナップするという発展性があるのも評価したい。バランス接続で聴くと明らかに音のランクが上がり、さらにドライブするDAPやアンプのグレードが上がれば、それによる音のクオリティアップをしっかり実感させてくれる実力がある。そういう意味で“入門イヤフォン”ではなく、“これを軸に末永くポータブルオーディオを楽しめるイヤフォン”になることだろう。

(協力:アユート)

山崎健太郎