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デノン、“中にケーブルがほとんど無い”新世代アンプ「PMA-3000NE」衝撃のサウンド

デノン最上位プリメインアンプ「PMA-3000NE」

“どこが進化したのか”、“音はどれだけ良くなったのか”、オーディオ好きとして新製品取材は楽しいものだが、1つだけ複雑な気分になる取材がある。それは、自分が家で使っている製品の上位機・後継機の取材だ。進化するのは素晴らしいのだが、「また買わなきゃいけないじゃん」と半泣きになるからだ。

以前も書いたが、私は2ch用アンプとしてデノンの「PMA-A110」(393,800円)を使っている。このPMA-A110が、2024年12月で生産完了になるというアナウンスを耳にした時から「後継機か上位機が出そうだなぁ」とヒヤヒヤしていた。

我が家の「PMA-A110」

予感は的中、デノンから最上位プリメインアンプ「PMA-3000NE」(528,000円)が登場。「スゲェ音になってたらどうしよう」と不安半分な気持ちで取材に行ったのだが、そこにあったのは、音質どころか、中身まで振り切った、まさに新時代のプリメインアンプだった。

PMA-3000NE

中を見ただけで明らかに違う

オーディオファンであれば共感していただけると思うが、ハイエンドなオーディオ機器は、外観だけでなく、中身も美しいものだ。

無数のコンデンサーが整列し、中央に巨大な電源トランス。左右対称に整然とパーツが並ぶ様子など、「蓋をあけて常に中を見せて欲しい」と思えるほどだ。そして面白い事に、内部が美しいオーディオ機器ほど、音も良かったりする。

発表会場に、天板を外したPMA-3000NEが置かれていたのだが、中を見て驚いた。明らかに今までのアンプと違い、“スッキリ”しているのだ。パーツが少なくてスカスカという意味ではない。大きなパーツやコンデンサやトランスが入っているのだが、それらの隙間がスッキリして、ゴチャゴチャした印象がないのだ。

PMA-3000NEの内部

なぜだろう?と、隣に置かれたPMA-A110と見比べて、ハッと気がついた。基板と基板を繋ぐケーブルが“ほとんど無い”のだ。

隣に置かれたPMA-A110の内部。ワイヤーが目に付く

顔を近づけて基板と基板の接続部分を良く見ると、多くの部分はケーブルではなく、基板同士が直結されている。象徴的なのは、背面のスピーカーターミナル。通常のアンプでは、パワーアンプの基板からケーブルが伸び、スピーカーターミナルへと接続されているものだが、PMA-3000NEはパワーアンプ基板とスピーカーターミナルが、なんとバスバーで接続されている。

背面のスピーカーターミナル
それを内側から見たところ。パワーアンプ基板とスピーカーターミナルが、バスバーで接続されている

デノンのアンプでは、これまでも一部で“直結”を採用していたが、その思想をアンプ全体に徹底したのがPMA-3000NEというわけだ。また、単に従来からある基板を直結させただけではない。基板の設計段階まで遡って、ワイヤーを減らす工夫が徹底されている。

ディーアンドエムホールディングス グローバル プロダクト ディベロップメント プロダクトエンジニアリングの渡邉和馬氏によれば、まずプリアンプから回路構成を一から考え直し、基板を1つにまとめられるように設計したという。その結果、PMA-A110では複数の基板をワイヤーで繋ぐカタチなっていたが、1枚の基板にまとめる事に成功。「信号経路を短縮でき、ノイズ耐性が向上。静特性も良い値になりました」(渡邉氏)という。

ディーアンドエムホールディングス グローバル プロダクト ディベロップメント プロダクトエンジニアリングの渡邉和馬氏
左がプリアンプ部

プリ部だけではない。フォノイコライザーとヘッドフォンアンプも独立したものを搭載しているが、PMA-A110では2つの基板に渡っていたものを、1つの基板にまとめ、こちらも信号経路を短縮した。

「ヘッドフォンアンプに関しては回路構成を大幅に変えました。PMA-A110ではパワーアンプの出力をアッテネートしてヘッドフォン出力に持っていきましたが、それによって経路が長くなっていました。PMA-3000NEでは専用のヘッドフォンアンプを作る事で、大幅な経路の短縮に成功しました」(渡邉氏)。

筐体内の信号の流れも、できるだけ一直線に、シンプルになるよう徹底。その結果、PMA-A110では基板の上の空間を渡っていたワイヤーが、PMA-3000NEでは見当たらなくなったわけだ。

「ワイヤーはノイズを拾うアンテナになってしまうので、できるだけ減らす事を開発テーマとしました。ワイヤーを使うこと自体は悪いことではありませんが、工場で製品を作る時に、手で接続するため、僅かな違いが生まれやすい部分でもあります。ほとんどワイヤーが無い製品にする事で、バラツキを抑えられるという利点もあります」(営業企画室・田中清崇氏)。

“1ペアで増幅”UHC-MOS FETにこだわる理由

パワーアンプ部もシンプルを徹底している。デノンは以前から、上級機においてUHC-MOS(Ultra High Current MOS)FETをシングルプッシュプルで採用したシンプルなアンプ回路にこだわってきたが、PMA-3000NEではそれをさらに進化させた。

そもそもUHC-MOS FETは、デノンの研究部門がHi-Fiアンプの理想形を求める中でたどり着いた素子だ。一般的なアンプでは、大電流を取り出すために、多くの半導体を使う。しかし、多くの半導体を採用すると、どうしても素子ごとにバラツキがあるため、それが音に影響するという問題がついてまわる。

ならば「少ない半導体で大電流を取り出せる半導体」が欲しい。デノンの研究部門が様々な素子を探したが、オーディオ用半導体からは見つけられず、それでも探し続けた結果、製鉄工場などで使われる産業用半導体の中に、大電流が取り出せ、電気抵抗も低く、高SN比なMOS-FETを発見。それをベースとして改良を続けているのがUHC-MOS FETだ。

巨大なヒートシンクに、銅のプレートを介して固定されている小さな黒いパーツがUHC-MOS FETだ

このUHC-MOS FETであれば、最小単位の1ペアで増幅できる。PMA-3000NEではそれを採用しつつ、さらにシンプルにこだわり、差動1段アンプ回路とした。PMA-A110は差動2段アンプだったが、それと比べても、発振に対する安定性に優れ、特性の異なる様々なスピーカーをより正確に駆動できるという。差動1段アンプ回路の方が設計の難易度は高くなるが、それを技術でカバーしたのがポイントだ。

「パワーアンプの基板設計は、UHC-MOS FETのシングルプッシュプルサーキットを、どれだけ安定して動作させられるかが開発のテーマでした。増幅段の熱管理などを徹底することで、発熱が増えた状態でも安定して動作できるよう設計を工夫しました」(渡邉氏)。

そして、パワーアンプ部分でも“信号経路の短縮”を徹底。PMA-A110の時は、パワーアンプ基板は片面だけの単層基板だったが、PMA-3000NEでは両面の2層基板にする事で、信号経路を短縮。ジャンパー線を使わなくて済むようになった。

「これに加えて、パワーアンプ基板の銅箔を厚みを分厚くすることで、グランドのインピーダンスを下げて、電圧として現れるノイズ成分を減少させる事で、SN比を改善しています」(渡邉氏)。

銅箔の厚みは、一般的なアンプでは35μm程度。PMA-A110などの110周年モデルの時に、こだわって2倍の70μmに増やしたそうだが、今回のPMA-3000NEでは、さらにその2倍となる140μmになっている。

アンプの命とも言える電源部も改良。「トランスの巻線から取る部分を再検討しました。PMA-A110の時は、出力される電圧ごとに巻線を分けており、例えばデジタル電源とプリ電源が同じ巻線からとられている状態になっていました。PMA-3000NEではこれを見直し、デジタル電源用の巻線、アナログ電源用の巻線といった具合に、専用の電源を使うように設計しました」(渡邉氏)。

2つ並んでいる大きな筒状のものが新型のカスタムブロックコンデンサー

筐体内での配置も工夫。フロントパネルの裏側にデジタル系などの電源をまとめて搭載する事で、筐体後方のパワーアンプ部分にはアナログ用の電源しかないという棲み分けを徹底した。

パワーアンプで電源を作るブロックコンデンサーも、新しいものをカスタムした。「何個も試作品を取り寄せ、比較試聴し、コンデンサーのスリーブの長さにまでこだわりました」(渡邉氏)。

フロントパネルの裏側にデジタル系などの電源をまとめて搭載

そして、先ほど写真で見たように、パワーアンプ基板とスピーカーターミナルは、バスバーで接続されている。

「徹底的にワイヤーを使わないようにするため、パワーアンプから出る信号を、バスバーを使ってスピーカーターミナルへと渡しました。ケーブルを使った場合は、その渡し方や、ケーブルのよじり方でチューニングできますが、生産過程や輸送時に差異が出る可能性があります。それを排除する事で、より安定したばらつきの少ない製品になっています。一方で、バスバーを使うことで、それをネジ止めする部分でどのようなネジを使うかなど、音質チューニングできる新たなポイントも生まれ、チューニングの自由度が上がっています」(渡邉氏)。

単体DACとも渡り合える、USB DAC機能

PMA-3000NEは、DSDは11.2MHz、PCMは384kHz/32bitまで対応するUSB DAC機能も搭載。さらに、PCMデジタル入力信号に対して、前世代の「Advanced AL32 Processing Plus」に対し2倍となる1.536MHzへのアップサンプリングと32bitへのビット拡張処理を行ない、SN比を改善する「Ultra AL32 Processing」も搭載する。このあたりを担当したのは、プロダクトエンジニアリングの福田祐樹氏。福田氏によれば、これらの機能は“オマケ”レベルではなく、単体DACとしても充分通用するクオリティだという。

プロダクトエンジニアリングの福田祐樹氏

DACチップは、ESSの「ES9018K2M」を4基使っている。「このDACは1基でステレオ(2ch)仕様ですが、それを片方のチャンネルに2基、計4ch分の電流出力を加算して、最終的に出力する形になっています。これにより、出力電流が4倍になります。DACの出力に含まれるノイズを平均化でき、SN比を理論上2倍にできます。また、DACの出力電流もDACチップや、チャンネル間で誤差があるものですが、その誤差を抑える効果もあります」(福田氏)。

デジタル基板
DACチップはESSの「ES9018K2M」を4基

DACチップからの電流出力を受けるI/V変換回路は、4基のDACから電流が足し合わされて出てくるため、受け取る電流は非常に大きくなるが、それをちゃんと受け取り、なおかつSN比を高く維持できるようにフルディスクリートで構成している。差動で出力されたオーディオ信号を合成する回路ではオペアンプを使うなど、このあたりの構成は、単体ネットワークプレーヤー/USB DACの「DNP-2000NE」とほぼ同じだという。

I/V変換回路はフルディスクリートで構成

PMA-A110ではデジタル基板は主に4層基板だったが、PMA-3000NEでは6層基板になった。層の数が増えると、信号を通せる層が増えるため、従来はケーブル配線を使っていた信号の伝送を、基板で渡せるようになり、信号経路を短くできる。

福田氏は、6層基板の利点はもう1つあるという。「従来の4層基板では、その内の1面は真っ平らなグランドの層でした。6層になると、このグランドが2層になります。PMA-3000NEではこれを活かし、その2層の間に、より高速なデジタル信号を通しています。オーディオケーブルでよく、高周波シールドの原理を使い、信号をグランドで囲む事で、高周波のノイズを出さず、逆に入れないという手法がありますが、PMA-3000NEではそれを基板の信号経路で実現しています」。

DACチップの近くにクロック発振器を配置し、DACをマスター、周辺回路をスレーブとしてクロック供給を行なうことでD/A変換の精度を高める「DACマスタークロックデザイン」も継承しつつ、進化させた。

前述の通り、DACチップは4基搭載しているため、クロックを4つに分配するクロックバッファーが必要になる。PMA-A110ではFPGAを通してマスタークロックを分配していたが、PMA-3000NEでは、そこを通過しても付加されるジッターが非常に少ないクロックバッファーICを3つ搭載。DACマスタークロックデザインと組み合わせ、より純度の高いクロックを4基のDACチップに供給できるようにした。

「コロナ禍の経験を経て、もし半導体が入手できない状況になった時に備え、パーツを置き換えやすいよう、FPGA基板をモジュールのような小基板にしています。これが功を奏して、小基板の下に新たにパーツを配置できるスペースが生まれました。これを活用しない手はないので、クロックバッファーを搭載したのです」(福田氏)。

さらに、DACから出力されたΔΣの高周波ノイズをカットするため、ローパスフィルターに信号は送られるのだが、そのローパスフィルターの定数や部品点数を削減。これにより、「波形の位相も狂わず、癖の少ないサウンドになりました」(福田氏)。

この他にも、音質担当エンジニアとサウンドマスターの山内慎一氏が、試作と試聴を繰り返し、多くの候補の中から厳選した高音質パーツを多数採用。PMA-SX1 LIMITED EDITIONやPMA-A110の開発過程で生まれた、デノン専用に開発・チューニングされたカスタムコンデンサーなども多く投入している。

“PMA-A110の上位機”を遥かに超える、驚きのサウンド

では、PMA-3000NEのサウンドをチェックしよう。組み合わせるスピーカーはB&Wの「801 D4」、ソースはSACDプレーヤーの「DCD-SX1 LIMITED」。まずはCDで、女性アーティストBiaの、ビートルズカバー「ゴールデン・スランバー」や「プリファブ・スプラウト/The Sound of Crying」などを再生する。

音を聴くまでは、“PMA-A110の上位機”という認識なので「PMA-A110とどう違うのだろう?」と思っていたのだが、冗談抜きで、音が出た瞬間に全て頭から吹き飛んだ。それくらい、何もかもが違っている。

まず、あらゆる音の“出方”が違う。1つ1つの音のコントラストが深く、輪郭が明瞭で、それがエネルギッシュに前へと飛び出してくる。ヒトコトで言えば「ダイレクト感がすごい」。PMA-A110が“美味しい刺身”なら、PMA-3000NEは“身がまだビチビチ動いて皿から脱走しそうな刺し身”のような鮮度感だ。

サウンドマスターの山内氏は、デノンが追求する音として「Vivid & Spacious」を掲げているが、PMA-3000NEは特にVividさが、新しい次元に突入したと感じる。音の鮮度が高く、スピーカーを強力に制動し、全ての音がパワフルに、そしてドッシリと吹き出して来て圧倒される。この感覚は、海外メーカーの数百万円する超ハイエンドアンプを聴いている時にも近い。

「野太い音なの?」と思われるかもしれないが、そうではない。例えば、ストラヴィンスキーの「春の祭典 第1部:大地礼賛 2.春の兆しと乙女たちの踊り/アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィルハーモニー交響楽団」を聴くと、冒頭の「ズンズン」が終わった後の、静かな描写では、繊細な描写になり、また音が力強くなるとダイレクトでパワフルな音がブワッと押し寄せてくる。力強さと繊細さ、どちらの描写もハイレベルなのだ。

CDやSACDも良いが、レコードの音も良い。「DP-3000NE」と接続し、「Haircut 100/Love Plus One」や「The Police /Tea In The Sahara」を聴いたが、アナログらしい中低域に厚みのあるサウンドが、PMA-3000NEでドライブするとダイレクトに押し寄せてきて、非常に気持ちが良い。

PMA-3000NEの音も、Vivid & Spaciousな世界ではあるのだが、PMA-A110までの進化と比べると、大きくジャンプアップしているので、人によっては戸惑うかもしれない。ただ、何曲か聴いていくと、驚きの背後にあった“凄さ”に気がつくだろう。

山内氏は、PMA-3000NEの開発にあたり、「より完成度を上げる事、そして“器を大きくしたい”と考えながら作ってしました」と振り返る。「重視したのはダイレクト感で、間延びしない、音像がしっかりする事にこだわっています。一方で、それだけでは良くないので、しなやかさや空間描写も両立できるようにしました。開発時間に余裕がありましたので、こうしたPMA-3000NEの持ち味を、より活かす開発ができました」と自信を見せる。

しかし、開発の難易度は高かったようで、「かなり重いモデル(開発が難しいモデル)でしたね。途中でめげそうになりました」と苦笑いする山内氏。

一方で、パワーアンプとスピーカーターミナルをバスバーで接続する際にネジ止めをしているが、「ネジの素材だけでなく、長さを変えるだけでも音は変化します。数種類から最適なネジを選び、試聴しながらミリ単位で調整していきました」と振り返る。バスバーの採用により、新しいチューニング手法が使えるようになり、それも活用したというわけだ。

サウンドマスターの山内慎一氏

進化するVivid & Spacious

2015年にサウンドマスター(当時はサウンドマネージャー)に就任した山内慎一氏が、自身が追い求める理想の音“Vivid & Spacious”を言葉ではなく“体験できる機器”として、コストや手間を度外視して4年をかけて作り上げたアンプが、2019年に登場したプリメインアンプ「PMA-SX1 LIMITED」(902,000円)とSACDプレーヤー「DCD-SX1 LIMITED」(891,000円)だ。

もともと製品化の予定はなかったが、経営サイドがその音を聴いてぶったまげて製品化が決定。ここから“新世代のデノン”がスタートしたわけだ。

PMA-A110(393,800円)は、その“究極のプリメインアンプ”と言えるPMA-SX1 LIMITEDのサウンドに、半分以下の値段で肉薄しつつ、独自の魅力を備えたアンプとして2020年に登場した。つまり、PMA-A110は“SX1 LIMITEDと同じライン上に存在するアンプ”と言える。

しかし、今回のPMA-3000NE(528,000円)は、この“SX1 LIMITEDと同じライン”を明らかに飛び越えて、別のラインへ移動した感覚がある。確かに“Vivid & Spacious”という世界観は同じなのだが、新たな登場人物たちによる別の作品がスタートしたような感覚を覚える。

それはおそらく、1つ1つの音の鮮度、力強さ、実在感などが、明らかに別の次元へレベルアップしたためだろう。PMA-3000NEはPMA-SX1 LIMITEDと比較すべきアンプであり、その上で、SX1 LIMITEDでは描けなかった世界に突入していると感じる。もしPMA-3000NEを聴いたあとで「100万円以上します」と嘘をつかれても、「そのくらいするだろうなぁ」という納得してしまう風格がある。そう考えると、PMA-3000NEの価格は非常にリーズナブルだ。

SX1 LIMITEDが登場した時は“新しいデノンサウンド”にぶったまげたものだが、PMA-3000NEの登場は「まさかその先があるとは……」という嬉しい驚き他ならない。そしてPMA-A110で満足していた筆者にとっては、嬉しくも悩ましい日々のスタートでもある。

山崎健太郎