レビュー

デノン“本気の”110周年4機種を聴く。2chアンプは驚異のコスパ、AVアンプは別次元へ

110周年記念モデル。左からAVアンプの「AVC-A110」、プリメインアンプ「PMA-A110」、SACDプレーヤー「DCD-A110」

個人的に、2019年で最も印象深いオーディオ機器はデノンの次世代フラッグシップ、プリメインアンプ「PMA-SX1 LIMITED」とSACDプレーヤー「DCD-SX1 LIMITED」だった。2015年にサウンドマネージャーに就任した山内慎一氏が、自身が追い求める理想の音、つまり“究極のデノンサウンド”を言葉ではなく“体験できる機器”として、コストや手間を度外視して4年をかけて作り上げたもの。もともと製品化の予定はなかったが、経営サイドがその音を聴いてぶったまげて製品化が決定。実際、私も音を聴いてぶったまげたというわけだ。

昨年度肝を抜かれた2機種。左からプリメインアンプ「PMA-SX1 LIMITED」、SACDプレーヤー「DCD-SX1 LIMITED」

価格はプリメインが78万円、SACDが75万円と、最上位なのでまあ高価だが、数百万円する海外ブランドのハイエンドモデルにまったくひけをとらず、むしろ軽々と凌駕する部分もある驚異的な音で、ぶっちゃけ「この音でこの値段は安い、ていうか欲しい」と思ったものだ。

そんなデノンが、110周年記念モデルとして4つの製品を発表した。SACDプレーヤー「DCD-A110」、プリメインアンプ「PMA-A110」、そしてAVアンプの「AVC-A110」(68万円)、アナログカートリッジの「DL-A110」(62,000円)だ。「次の10年へ繋ぐエンジニアたちの挑戦とサウンドマネージャーからのメッセージ」を具現化する製品として、気合が入りまくりなモデルで、どれも凄い音なのだが、特に注目はSACDの「DCD-A110」(28万円)と、アンプ「PMA-A110」(33万円)だ。

SACDプレーヤー「DCD-A110」
プリメインアンプ「PMA-A110」

感の鋭い人ならおわかりだろう。サウンドマネージャーの山内氏が、ハイエンドのSX1 LIMITED×2機種を開発した時に蓄積したノウハウを、110周年記念だからと、惜しみなく投入した結果、28万円と33万円の製品なのに、あのぶったまげたサウンドに“非常に近い”ものになっているのだ。これはもう“激安”と言っていい。

それだけではない。AVアンプの「AVC-A110」も、ひさしぶりに登場した“こだわりを詰め込んだ究極AVアンプ”として、凄いサウンドに仕上がっている。カートリッジの「DL-A110」は、温故知新、伝説的な名機の凄さを再確認できる面白い製品だ。要するに、今回の110周年モデル4機種は、AVファンにとって要注目というわけだ。

AVアンプの「AVC-A110」
アナログカートリッジの「DL-A110」。使用イメージ

SACDプレーヤー「DCD-A110」、プリメインアンプ「PMA-A110」

コストパフォーマンスの高い製品を作る時のコツとして、“すでに存在している製品に思いっきり改良を加える”というのがある。ゼロから究極の製品を作ろうとすると、どうしてもコストが跳ね上がる。そこで、すでに存在している筐体や基本的な設計を活用してコストを抑えながら、高音質化に重要な部分に思いっきりコストを注入。結果的に“安くてすごく音の良い製品”が出来上がるというわけだ。

今回の「DCD-A110」と「PMA-A110」にも、ベースモデルが存在する。DCD-2500NEとPMA-2500NEだ。この2機種に手を加えて生み出されているわけだが、“手を加えて”というレベルを完全に超えており、ほとんど“中身は別物”になっている。

キーワードは「Ultra AL32 Processing」と、「新DAC」、そして「主要パートのフルディスクリート化」だ。ちなみに、プリメインアンプ「PMA-A110」にもUSB-DAC機能が搭載されており、SACDと同じUltra AL32 Processingと新DACを搭載している。

中央が「Ultra AL32 Processing」の回路

AV Watch読者ならば、デノンが従来から製品に搭載している独自技術「Advanced AL32 Processing Plus」をご存知だろう。独自のデータ補間アルゴリズムを用いて、16bitの音声信号を32bit精度へハイビット化、さらに44.1kHzのサンプリング信号を16倍にアップサンプリングすることで、より滑らかな波形再現を実現するもの。データの補間には、補間ポイントの前後に存在する多数の点からあるべき点を推測する事で、より原音に近い理想的な点を補間する……というものだ。

その技術が今回、「Ultra AL32 Processing」へと進化。補間処理帯域を、従来の768kHzから、1,536MHzまで倍加した。これにより、理論上-3dBのSN比改善を実現。静特性の改善と音質が向上したという。

さらに、DACも“デノンの理想”により近づいた。Ultra AL32 Processingで補間した膨大なデータをきちんとアナログ変換するために、DACも強力なものが必要となる。デノンは従来から理想のDACとしてマルチビット相当のDACを採用しているが、今回は4基のDACと、ディスクリートのI/V変換アンプ(カスコード回路構成)を採用している。

具体的には、Ultra AL32 Processingで処理された1,536MHzの信号を、半分の768kHzに分割する。左右チャンネルの信号があるので、768kHzの信号が4つ存在するわけだ。その768kHz信号を、4基用意したマルチビット相当のDAC「PCM1795」でそれぞれ処理。処理した後で、左右チャンネルそれぞれの768kHz信号2つを結合して1,536MHzのアナログ信号として出力する。

「Ultra AL32 Processing」の効果

1基で2chの信号を処理できる「PCM1795」なので、DAC×2基でも処理しようと思えばできる。しかし、最後に結合する段で、左右のDACからの音が経路的にクロスする事になる。その音質劣化を避けるために、PCM1795を贅沢にモノモードで使い、1chあたり2個のDACで処理している、というわけだ。

また、各DAC間で誤差が生じないように回路を構成。続くI/V変換アンプでも、増幅の誤差が出ないように、カスコード回路で構成している。こうした4 DAC/chの並列構成により、出力電流は4倍となり、高SN比化と、聴感上のパワーを獲得している。

DAC処理の模式図
各DAC間で誤差が生じないように回路を構成。続くI/V変換アンプでも、増幅の誤差が出ないように、カスコード回路で構成している
手前のコンデンサーの下に並んでいる黒い4つのチップが、DACチップ

DAC部分では電源もフルディスクリート化。ディスクリートでしか実現できない低ノイズ化に加え、保護回路を省略し、それによる悪影響も排除している。完全なシンメトリー回路構成になっているので、左右音質の均質化も果たしている。

コンデンサーには、前述のDCD-SX1 Limitedに採用しているコンデンサーを投入。オーディオ、オーディオ電源回路には、AMRSとMELF抵抗を使っている。特に、MELF抵抗は信頼性が高いもので、DCD-A110では、I/Vコンバーター、ポストフィルターなど、重要な回路にMELF抵抗を多数投入している。

オーディオ回路用のアナログトランスは36VAで、最大出力は実にDCD-2500NEの5倍と強力なものになった。

基板レイアウトもDCD-A110とDCD-2500NEでは大きく異る。2500NEは2層構造になっているが、DCD-A110では、全ての基板をボトムシャーシに固定するというシンプルかつ強固なものになった。このため、奥行きはDCD-2500NEの336mmから、DCD-A110では404mmと長くなっている。

各部のパーツも改良。脚部は2500NEの鋳鉄から、DCD-A110ではA6061(アルミニウム合金)に。トップカバーもスチールからt4アルミニウムに、CDメカカバーもステンレスから銅へと変更されている。

PMA-A110

PMA-A110もPMA-2500NEがベースなのだが、増幅回路の段階でだいぶ異なる。PMA-2500NEはハイゲインアンプによる一段増幅だが、PMA-A110は新たに可変ゲイン型プリアンプとパワーアンプによる二段構成になっている。

PMA-A110の内部

固定利得のハイゲインアンプには、“ボリュームの位置でアンプの動作が変わらない”という利点がある。その反面、入力抵抗の熱雑音を常用領域でもフルゲインで増幅してしまう。

一方で、可変ゲイン型プリアンプでゲインをダウンさせている二段構成では、常用領域でのノイズを低減できる。PAM-A110では、可変ゲイン型プリアンプを使い、通常のリスニング状況ではゲインをダウン(最大-16.5dB)させた。これにより、ノイズも低いレベルに抑えられている。

新型増幅回路の概要

さらに、PMA-SX11で採用した、差動2段アンプ回路も採用。PMA-2500NEの差動3段アンプと比べ、発振に対する安定性が高く、様々なスピーカーと組み合わせても、優れた駆動性を実現するそうだ。

PMA-SX11で採用した、差動2段アンプ回路も採用

ボリュームは電子ボリューム。機械式ボリュームで問題となる、高減衰領域でのギャングエラーの発生を防いでいる。音量調整自体は電子式だが、アナログボリューム操作のフィーリングにもこだわっていて、始点と終点のあるものになっている。電子ボリュームICは「MUSE72323」を採用した。

電子ボリュームと電子トーンコントロールを採用する事で、最短経路での伝送が可能になるというメリットがある。PMA-2500NEでは、前面の機械ボリュームやソースダイレクト切り替えなどに信号を伝送し、そこから後方へとまた戻るような信号の流れになるが、PMA-A110はそうした無駄な流れが発生しないような設計になった。これが、信号の純度の高さにつながるわけだ。

左がPMA-A110の信号の流れ。PMA-2500NEと比べると、無駄がない

フォノイコライザーもCR型のものを搭載。フィードバックの値が安定せず、低域ではブースト、高域ではカット周波数によって異なるNF型と比べ、CR型のフラット増幅は、低周波から高周波までのフィードバック値を設計できるという。

前述の通り、USB-B入力も搭載。PCと接続するだけで、PC内のハイレゾファイルなどが再生できる。PCからのノイズの影響を受けないように、電気的に絶縁する高速デジタルアイソレーター回路も搭載。グラウンドも独立させることで、ノイズ対策を徹底している。これにより、USB-DAC用の電源、回路、グランドが独立したカタチになっている。

脚部はPMA-2500NEの鋳鉄ではなく、A6061を採用。天板もスチールからt4アルミニウムに、変更している。全ての入力端子は削り出しで、スピーカーターミナルはリミテッドと同じものだ。

A110組み合わせの音を聴いてみる

まず、SACD「DCD-A110」と、プリメインアンプ「PMA-A110」の“110周年組み合わせ”で聴いてみよう。

前述の通り、これらのベースモデルは「DCD-2500NE」(18万円)と「PMA-2500NE」(23万円)だ。価格は「DCD-A110」(28万円)、「PMA-A110」(33万円)と、110周年モデルは10万円高くなっている。そのため、音を出す前は「2500NEシリーズとどのくらい違うかに注目して聴こう」と思っていた。

しかし、音が出た瞬間に、思わず絶句する。目の前に現れた音場は、2500NEのそれではなく、完全にあのハイエンドモデル「DCD-SX1 LIMITED」(75万円)と「PMA-SX1 LIMITED」(78万円)を組み合わせた「SX1 LIMITED」の世界だったのだ。

以前、SX1 LIMITEDを聴いた時に、音場の広がりに制限が無さ過ぎて、音の世界が“目の前”に展開するのではなく、それを超えて、聴いている自分の足元や、その背後にまで展開。試聴室の床の壁も消えたような、椅子だけ空中に浮かんで、ステージ上のミュージシャン達の中に放り込まれたような浮遊感を覚え、驚愕した。その驚きに、かなり近い音が、DCD-A110とPMA-A110の組み合わせから“出てしまっている”。

Rasmus Faber「Two Left Feet」から「Good Morning June feat. Sara Steele」を聴くと、空間のサイズがヤバい。2chの再生も極めればサラウンドに負けないというのがよくわかる。しばらく聴いて、驚きが収まり、冷静に聴き比べると、さすがにSX1 LIMITEDの宇宙的な広がりからは、A110の広がりは一歩劣る。

だが、部屋の左右の壁や、奥の壁も存在しないような圧倒的な空間の広がりと、その広大な空間の中を、音像が一切の制約を受けずに気持ちよく飛び交う様子は、“普通のオーディオコンポ”とはまったく違う。まさに山内氏が掲げる「Vivid & Spacious」な世界そのものだ。

クラシックの「ゲルギエフ指揮/ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 作品77 第4楽章 Burlesque: Allegro con brio」も絶品だが、児玉桃「ドビュッシー 子供の領分 第3曲 人形へのセレナード」や、村治佳織「Transformations」から「La belle dame sans regrets(悔いなき美女)」など、シンプルな楽曲でも、SN比の良さ、音像の明瞭さ、その音像が奏でる音楽の波紋が際限なく広がっていく様子がよくわかる。

なんというか、次元が違うSX1 LIMITEDは、凄すぎて「オーディオを聴いている」という感覚に乏しく、他の製品と比べにくいと感じた。それに対してA110は、ほんの少し“普通のコンポの世界”に近い。しかし、だからこそ「普通のコンポのフリをしているが、中身は別物」という“凄さ”がかえって際立つようにも感じる。

音場が広いだけではない。そこに定位する音の1つ1つも、リアリティが秀逸だ。トランジェントが鋭く、あらゆる音がズバズバと歯切れが良い。それでいて音が軽いわけではなく、パワフルに迫ってくる。輪郭だけ強調したようなキツさ、硬さとも無縁だ。しなやかで質感描写にも優れている。相反しそうな要素を全て両立しているところが見事だ。Ultra AL32 Processingの効果も大きいと感じる。

強く印象に残るのは“音楽の楽しさ”だ。広大な空間の中で、のびのびと自由に、楽しそうに踊る音楽の様子が実に気持ちが良い。オーディオ機器の試聴では、ともすると「低音がどうの」「高音がどうの」と細かい話になりがちだが、A110の組み合わせは、「そんな事はさておき、踊ろう」と誘われているような感覚で、つい仕事を忘れてメモをとる手が止まり、体が動いてしまう。

サウンドマネージャーの山内氏も「オーディオ機器って、“オーディオらしさ”と言いますか、作法みたいなものがあるじゃないですか。例えば“この価格の製品だから、低域がこのくらい出なきゃいけない”みたいな。それにあまり乗っかり過ぎると、“オーディオっぽい音”になってしまうと思うんです。音楽サイドから見たら、(理想の音から)遠くなってしまう。それをできるだけ音楽サイドに持ってくる……それを意識してチューニングしています」と語る。

サウンドマネージャーの山内慎一氏

確かに、“オーディオっぽい音”ではない。聴いていると音楽そのものが存在していると感じると同時に、「オーディオってなんだ?」と突きつけられたような気分にもなってくる。その上で、私が感じたSX1 LIMITEDとA110の、音場空間以外の違いとして、音色がほんの少し、A110の方が冷たいというか、ソリッドな“若々しい音に”感じた。SX1 LIMITEDの方がより落ち着いた質感で、このあたりをどう感じるかも、聴く人の好みによるかもしれない。

非常に大変だったというSX1 LIMITEDの開発と比べると、今回のA110の開発はスムーズだったという。「SX1 LIMITEDは、それ以降の機種……つまり“これからのデノンの音”を作るために開発したような製品です。そこで培った技術やノウハウ、パーツなどの成果を、A110に凄く入れ込む事ができました」と山内氏も仕上がりに自信を見せた。

ちなみに、SX1 LIMITEDは国内のみで海外では販売されていない。A110は海外でも展開される。つまり、Vivid & Spaciousを具現化したこのサウンドは、A110で海外の人も初めて体験する事になる。どういう反応があるのか、今から楽しみだ。

“タガが外れた”AVアンプ、AVC-A110

AVアンプ「AVC-A110」も、開発の経緯がスゴイ。デノンのAVアンプ史上、最高の完成度をというハイエンドの「AVC-X8500H」。「そのモデルに、コストという“たが”を110周年という機会で取り去ったら、どんなことになるのか」を具現化したのが、AVC-A110というのだ。つまり“タガが外れた”AVアンプだ。AVアンプ担当のサウンドマネージャー・高橋佑規氏曰く「もはや別次元」らしい。

AVアンプ、AVC-A110

機能面はX8500Hと同じ。オブジェクトオーディオのDolby Atmos、DTS:X Proに対応し、13chのパワーアンプを搭載。パワーアンプの追加なしに7.1.6やフロントワイドを含む9.1.4システムを構築できる。8K/60p、4K/120pのパススルーも可能。新4K/8K衛星放送で使用されているMPEG-4 AAC(ステレオ、5.1ch)のデコードもできるなど、最新の規格・トレンドもサポートしている。

AVC-A110の特徴は、音質に関わるパーツを再設計・改良している事。特に、アンプで重要な電源部はX8500Hと大きく異なる。AVC-A110専用のEIコアトランスを開発したのだ。トランス単体で8kgを超えるという化け物だが、純銅製のトランスベースを追加する事で放熱性を向上。トランスとトランスベースの重さを支えるために、メインシャーシにそれぞれ1.2mm厚のトランスプレート、ボトムプレートも追加。合計3.6mmの堅牢なシャーシで、振動の伝搬を防止した。

電源部のブロックコンデンサーにも、AVC-A110専用にチューニングされた大容量22,000uFのカスタムコンデンサーを2個使用。さらに余裕のある電源供給能力を備えている。

ちなみにブロックコンデンサーの中は、箔が巻かれた状態になっているが、その巻きつける際の“ひっぱる強さ”によって音が変わるという。具体的にはひっぱる強さが弱ければ弱いほど、低域が“のびる”そうだ。AVC-A110には、これを弱くしたコンデンサが搭載されている。

面白い話だが、ベースモデルのX8500Hに、AVC-A110用に開発したコンデンサを入れてみると、低域が“ゆるゆる”“ぶよぶよ”になってしまったそうだ。だが、コンデンサ以外にも、改良パーツを大量投入しているAVC-A110に、新開発コンデンサを入れると、完璧にマッチング。「タイトで締まるところは締まりつつ、低い音は非常に深くまで沈む低音」になるそうだ。

わかりやすいパーツだけの話ではない。基板のパターン箔の厚さが2倍になった。こうすると、信号線、電源線、グランド線のインピーダンスが低くなり、アンプが瞬間的に発熱する事を抑えられ、よりエネルギッシュで安定したサウンドが実現できるという。

基板のパターン箔の厚さが2倍になった

デジタル電源回路のスイッチング周波数も、従来の約3倍とすることでスイッチングノイズを可聴帯域外へシフトさせた。つまり、再生音への影響を排除したわけだ。デジタル回路用のスイッチングトランスには、シールドプレートも追加。電源回路全体をシールドプレートで覆って、周辺回路への干渉も抑えた。

ネットワーク音楽プレーヤー機能も搭載しているAVC-A110だが、ネットワーク再生を担当する「HEOS」モジュールのマウント方法にすら手を入れており、プレートを追加。振動や放熱性を高めている。

プレートで覆われたHEOSモジュール

AVC-A110を聴いてみる

トップスピーカー×6基、フロアスピーカー×5基、サラウンドバック×2基の環境で、「地獄の黙示録」から、ウィラード大尉らがボートで移動し、川沿いのジャングルを探索するシーンを再生する。

驚くのは空間の広さだ。サラウンド環境なので音に包まれるのは当たり前だが、遠くの音の“遠さ”と、近くの音の“近さ”の距離が非常に長い。遠くの爆撃音は本当に遠く、ボートの床とブーツがこすれる「キュッキュ」という音は、ギョッとするほど近くの足元から聴こえる。

ジャングルの木の葉がこすれる音、虫の音など、細かい音も非常に明瞭かつ、広大な空間にピンポイントに定位する。特に背後の空間が驚くほどに広い。近い場所から聞こえる虫の音と、遠くからかすかに聞こえる爆撃の音、その広大な空間の真ん中を、鳥が「カカカカ」と鳴きながら飛んでいく。音像と音像の距離差がリアルなので、本当に深いジャングルに迷い込んだような気分だ。

「フォードvsフェラーリ」のレースシーンを鑑賞すると、低域の解像度の凄さに驚く。低く唸るエンジン音や、低域が豊富なBGMの中でも、疾走するクルマのタイヤと、アスファルトがこすれる「ジャリジャリ」した微かな音まで聞き取れる。

ロングセラーの名機「DL-A110」の凄さ

「DL-A110」というカートリッジも面白い。“110周年なので究極のカートリッジを作った”……のではなく、ベースモデルは1964年に誕生したMC型ステレオカートリッジ「DL-103」だ。

DL-103の誕生当時は、デノンブランドではなく“デンオン”だ。NHKがワイドバンドFMステレオ放送の番組で、レコードを再生するためのカートリッジを必要としていた。そこで、NHKが提示した要求仕様を充たすカートリッジとして「DL-103」が開発された。

この要求仕様は、LPレコードを“放送時に正確に再現する能力”を求めたもの。その仕様を完璧に充たす制動システムとして、カートリッジ、ヘッドシェル、アームが作られた。こうして生まれたDL-103は、放送局の人が持ち歩いて各番組で活用。日本のほとんどの放送局で採用されるようになったそうだ。

そして、1970年に民生ブランドのデノンが誕生。初めての民生製品として、DL-103を一般の人にも販売した……という経緯がある。

DL-103の開発試作機
DL-103初号器

驚くべきはそれ以来、2020年の現在に至るまで半世紀以上の長きに渡り、DL-103は放送用のスタンダード・カートリッジとしてその仕様を変更することなく生産・販売を継続。現在も福島県にある自社工場「白河オーディオワークス」において厳格な品質管理の下で一つ一つ手作業で作られているそうだ。

「DL-A110」は、そのDL-103の性能を“100%引き出す”ことを目指して開発されたもので、専用設計のヘッドシェルを組み合わせた特別仕様モデルとなっている。

DL-A110

まったく新しいカートリッジを作るのではなく、“DL-103の実力を完全に発揮させる製品”が110周年記念モデルに選ばれたのは、一重に“DL-103の完成度の高さ”が理由だ。名機DL-103の設計図を、現在のCADを使ってデジタル化してみると、最新製品に負けず劣らず非常に複雑な設計で、それをカタチにするには精緻な技術が必要というのが、改めてわかったそうだ。それならば“DL-103の真のサウンド”を解き放ち、あえて現代に、そのサウンドを再評価してほしい……というわけだ。

DL-A110を聴いてみる

DL-A110は、ユニバーサルタイプのトーンアームに取り付け可能だが、ヘッドシェルもこのカートリッジに最適な寸法・形状であるため、カートリッジを理想的な位置に確実に固定できるそうだ。

ポイントとしては、ケースとヘッドシェルをあえて樹脂製にしている事。NHKの要求仕様を充たすために、「カートリッジを装着するだけで、針圧設定などの調整が不要な高精度なトーンアーム」と「適切な振動系の重量配分」、さらに「素材固有の鳴きをなくし、色付けのない自然な音を実現するための素材」として選ばれたのが、樹脂だったそうだ。樹脂製なので、ヘッドシェルはわずか6gと軽量になっている。

「ドナルド・フェイゲン/ナイトフライ」からニューフロンティアを再生する。1964年に誕生したカートリッジなので“懐かしい音”をイメージしてしまうが、実際に出てくる音はまるで違う。非常にストレートかつクリアな、現代的なサウンドだ。

放送用と聞くと、無味乾燥なサッパリとした音かなと予想したが、それも違う。音圧の豊かさや、低域のパワー感など、エモーショナルな描写もキッチリとこなす。空間描写も広く、音の色付けの少なさも特筆すべきレベル。このあたりは、ヘッドシェルに樹脂を使っている事も効果として出ているのだろう。まさに“温故知新”を地で行く記念モデルだ。

まとめ

4機種とも110周年記念モデルだけあり、非常に気合の入った“ガチ”な製品ばかりだ。単に音が良いだけでなく、サウンドマネージャーの山内氏が指し示す“これから先のデノンはこうだ”という、ある種のメッセージを感じるのも、聴いていて面白いポイントだ。

AVアンプでは久しぶりの“モンスターモデル”と言えるAVC-A110のサウンドは強烈の一言。映像作品を楽しむ手段はネット配信がメインになりつつある現代だが、クオリティの面ではデータ量の多いUHD BDなどに軍配が上がる。それを骨の髄まで楽しめる超弩級AVアンプは、現代だからこそ、存在する事に大きな意味があるだろう。

個人的には、SACDの「DCD-A110」(28万円)と、アンプ「PMA-A110」(33万円)の組み合わせにノックアウトされた。合計で150万円を超えるSX1 LIMITEDの世界に、計60万円で肉薄してみせたのは驚きだ。どちらもコストパフォーマンスが高いが、特にプリメインアンプのPMA-A110は、USB DAC機能も搭載しているので、これ単体で“次世代デノンサウンド”が楽しめる。そう考えると、33万円という価格はもはや“安すぎ”と言っていい。

「SX1 LIMITEDは興味あったけど、高価なハイエンド機だったので試聴したことがない」という人は、ぜひDCD-A110/PMA-A110を聴いてほしい。コンポを置いた部屋に“音楽そのもの”が出現するような感覚で、“オーディオの未来”が垣間見えた。

(協力:デノン)

山崎健太郎