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“イヤフォンの個性が消え、音楽だけが残る”。FitEar「Lilior Universal」が到達した境地

FitEar「Lilior Universal」

仕事がら、日々いろいろなイヤフォン/ヘッドフォンの試聴をする。それぞれの製品には「低音が凄い」とか「解像度が高い」といった特徴があり、そうした個性は試聴しはじめて、すぐに実感できる。

一方で、非常に稀なのだが、一聴しただけでは「?」と、個性がわかりにくく、しばらく聴いているとハッと気がついて、椅子に座り直し、これはとんでもないぞと聴き込む製品が現れる。つまり、音がとにかく自然で“わかりやすい個性”が無く、しかし“全ての項目で評価点が異常に高い”という超優等生。FitEarが8月8日に発売したユニバーサルIEM「Lilior Universal」(リリオール・ユニバーサル)がまさにそれだ。

FitEar「Lilior Universal」

価格は495,000円と、かなり高価だ。しかし、ブラウザを閉じずに話を聞いて欲しい。実際に音を聴くと、本当に「この値段でもアリだな」と思わせる説得力がある。

それも、“文句のつけようがない万能イヤフォン”として、これを終着点にしても良いのではと思わせてくれる。それが、Lilior Universalの魅力だ。

Lilior Universalの中身

ポータブルオーディオ好きな読者には説明不要かもしれないが、Lilior Universalを手掛けたFitEarは、日本のブランドであり、国内のプロフェッショナル・オーディオ市場におけるカスタムIEMで、非常に高いシェアを誇る。“日本のカスタムIEMを牽引してきたブランド”と言って良いだろう。

当然ながら、長年のイヤーモニター開発で培ってきた知見がFitEarの強みなわけだが、そこで磨いてきた「派手さでごまかさない実在感」と「音楽本来の魅力を忠実に描き出す表現力」を使い、モニター用途だけでなく、リスニングも楽しめるイヤフォンとして開発されたのがLilior Universalだ。

筐体は、フェースプレート側が表面がシボ仕上げのクリア、内側もクリアなので、搭載しているドライバーが見えて男心をくすぐる。なお、全体にパール粒子が散りばめられており、光が当たると上品にキラキラと発色する“ミスティパール”仕上げだ。

フェースプレート側は表面がシボ仕上げのクリア
内側はクリアで、搭載しているドライバーが見える

ユニットはいずれもSonion製で、バランスド・アーマチュア(BA)×6基と、EST(静電型ドライバー)×4基という、ハイブリッド10ドライバー構成。割り当てとしては、低域用にBA×4基、中域用にBA×2基、高域をEST×4基が担当している。

FitEarと言えば、あまり多数のドライバーを搭載しないイメージがあるが、Liliorは珍しく10ドライバー構成。「各ドライバーの特性を最大限に活かしながら理想のサウンドを追求した」とのことだ。

内部のBAやESTが見える

最大の特徴が、フェースプレートの端にある、グレーの円形パーツ。よく目を凝らすと、スリットになっており、隙間に穴が空いている。つまり、筐体が密閉されていないのだ。

グレーの円形パーツに注目
スリットになっていて、穴が空いている

このグレーのパーツは、オランダのDynamic Ear Company(DEC)が開発したアンビエントフィルターと呼ばれるもの。

オランダに本拠地を置くDynamic Ear Company B.V.(DEC)は、聴覚保護ソリューションを手掛ける企業。特許取得の独自技術を核とし、騒音を効果的に低減しつつ、会話や周囲の重要な音を明瞭に保つ製品を作っているそうだ。この、アンビエントフィルターを配置する事で、外耳道内と外部環境を音響的に接続し、耳内部の圧力をコントロールできるという。

実際に装着してみると、効果はすぐ体験できる。

IEM型のユニバーサルイヤフォンは、耳穴周辺にピッタリとフィットするため、耳栓をした時のような、狭い空間に押し込められた閉塞感を感じやすいものなのだが、Lilior Universalの場合は、それがまったく無い。

確かにイヤフォンは耳にピッタリとフィットしているのだが、こもった感覚が無く、さわやか。外の音も少し聞こえるので、閉塞感が無いのだ。これは嬉しい。

というのも、閉塞感を感じるイヤフォンを長時間聴いていると、疲れやすいからだ。また、快適さだけでなく、密閉されない事で、外耳道内の音響インピーダンス(音が伝わる際の抵抗)を軽減。それにより鼓膜の動きがより自由になるとともに、各ドライバーの振動板が動作しやすくなり、音楽表現の向上にも貢献するそうだ。

ちなみに、スリットになっているのでアンビエントフィルターから内部の音は漏れる。ただ、そこまで大きなスリットではないので、フィルターに耳を寄せるようにして近づかないと漏れた音はあまり気にならない。適度な音量で聴いている範囲であれば、電車内で迷惑になることもないだろう。

ケーブルは着脱式で、4.4mmバランス接続の「FitEar cable 007B4.4」が標準で付属する。イヤーピースはAZLAの「SednaEarfit ORIGIN」だ。

4.4mmバランス接続の「FitEar cable 007B4.4」が標準で付属

聴けば聴くほど凄さがわかる

試聴には、Astell&KernのDAP「A&ultima SP3000」を使用。ハイレゾファイルに加え、Qobuzアプリを使ってハイレゾ配信などを聴いた。

音の前に装着感だが、それなりに厚みのある筐体ながら、耳に触れる側の形状が、耳穴周囲にピッタリフィットするので、安定感は高い。装着したまま首を振ったり、小走りしても抜け落ちそうにならない。このあたりの作りの良さは、長年カスタムIEMやユニバーサル型を手掛けてきたFitEarならではだ。

また、耳にピッタリフィットすると、閉塞感・圧迫感に繋がりそうなものだが、前述の通り、アンビエントフィルターで開放感があるため、そうしたストレスも無い。これはLilior Universalの大きな魅力と言っていいだろう。

いつものように「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生したのだが、ぶっちゃけ最初に頭に浮かんだのは「なんか、すごく普通だな……」という感想。例えば、地を這うような低音に驚いたり、鋭い高音がキラめいたりするような、部分的な個性を主張する音ではまったくない。

だが、2分ほど過ぎて、ピアノやウッドベース、女性ボーカルと、音が出揃ってきたあたりで「いや、これはヤバいぞ」と居住まいを正す。“すごく普通”の正体に気がついたためだ。

全ての音に、一切の不満がない。ベースの低音には、重さや押し出しの強さといったパワフルな魅力と同時に、弦がブルブルと震える様子も微細に聴き取れる解像度の高さがある。ピアノやボーカルの中高音は、クリアでシャープなのだが、輪郭の強調感は無く、非常にナチュラル。

そして、BAとESTという異なる方式のユニットを採用しているにも関わらず、低音から高音までの音色が統一されており、その音色自体もほとんど色付けがない。BAっぽい金属質な硬い響きや、ESTの解像度は高いが音像が薄い、乾いた響きも感じない。ピアノの音も人の声も、どこまでも自然で、個々の音の違いだけがしっかりと描き分けられていく。チューニングの上手さに脱帽だ。

簡単にまとめると「すべての音が過不足なく耳に届く」。「全ての科目が高得点な万能優等生」と言っても良い。どんなイヤフォンでも、「この部分は良いけど、もうちょっと……」と文句をつけたくなる点はあるものだが、Lilior Universalにはそれが一切ない。これは凄いを通り越して、ちょっと恐ろしい完成度だ。

再生する曲によって、魅力は千変万化する。

例えば、プリンスの「レインボーチルドレン」を再生すると、加工されたボイスやドラムの低音は地底から響くような重さと、地面を切り裂くような鋭さを兼ね備えている。そんな強烈な低音がうねる中で、シンバルの「チン、チン、チン」という微細な高音が埋もれずしっかりと耳に入る。

「米津玄師/KICK BACK」のエレキベースも、芯のある低い音でゴリゴリと迫ってくるのだが、同時にトランジェントがバツグンで、スピード感があり、それが楽曲に疾走感という魅力を与えている。それでいて、無理にエッジを立たせたような不自然な音ではない。“重いのに軽やか”“鋭いのにしなやか”という相反する要素を、内包してみせる。

さらに、1分45秒あたりから曲調がガラリと変わり、クラシック調の壮大なオーケストラ風の展開になるのだが、ここが最高。今までは、地下のライブハウスで、かぶりつきでベースやドラムの低音に殴られていたのに、次の瞬間、どこまでも空が広がる天国にワープしたような開放感で、ストリングスの神々しい響きに体を包まれる。

音場の圧倒的な広がりは、アンビエントフィルターの利点を活かしたもので、まるで開放型ヘッドフォンを聴いているような感覚だ。

音場の広さにマッチした曲として、「藤井風/You」や「手嶌葵/しずかだなぁ」を聴くと、言葉にできない心地良さだ。

「You」では、楽器や歌声がどこまでも広がっていくような開放感がありながら、音像自体の情報はダイレクトに伝わる。藤井風の口の動きや、喉仏の動きまで見えるのではと思えるほど、ビブラートの震えが細かく聴き取れる。

「しずかだなぁ」では、アコースティックギターの響きや、歌声の倍音をふっくらと、ウォームに描いてみせる。輪郭を強調しないで、解像感の高い描写ができるため、鋭い音は鋭く、柔らかい音は柔らかくと、質感の描き分けができるのだ。

「モニターヘッドフォン/イヤフォンのような音なのかな?」と思われるかもしれないが、答えは否だ。

一般的に、モニターっぽい音は「低音の量感が控えめで、全体的に高域寄りのバランス。解像度の高さを追求したような音」をイメージすると思うが、Lilior Universalは低音の量感や重さもしっかりあるし、解像度だけを追求したキツイ音でもない。帯域全体をバランスよく耳に届け、微細な音も、ゆったりと厚みのある音、どちらも聴かせてくれる。

これだけの実力があるので、クラシックやジャズも難なく再生する。

モントリオール交響楽団による「死の舞踏~魔物たちの真夜中のパーティ」から「サン=サーンス:死の舞踏 作品40」を聴くと、アンビエントフィルターにより、ホールが広大に展開。そこに、個々の楽器の音が、細かく描き分けられていく。

その一方で、分析的な、無味乾燥な描写にならず、全体としてのまとまりの良さもあり、しっかりとフルオケのゴージャスな音を全身に浴びるようなカタルシスを味わわせてくれる。

飽きることなく、毎日聴きたいイヤフォン

まさに“万能イヤフォン”なので、「Lilior Universalがどんな音のイヤフォンなのか?」と改めて聞かれると、返答に困る。Lilior Universal自体に、個性と呼べる部分が良い意味で無い。イヤフォンの個性が消え、音楽だけが残る。据え置きのピュアオーディオにおいて、よく出来たスピーカーを聴くと、スピーカーの存在が消えたように感じる事があるが、Lilior Universalはそのイヤフォン版と言って良い。

特徴を挙げるなら、「アンビエントフィルターによる広大な音場」で「すべての音が過不足なく耳に届く」イヤフォンだ。言葉にすると地味かもしれないが、おそらくこの境地にたどり着けるイヤフォンというのは、そうあるものではない。逆に言えば、いろいろな個性を持ったイヤフォンを使ってきたポータブルオーディオファンこそ、Lilior Universalを聴くと、その完璧さに驚くだろう。

イベントや店舗で試聴する際の注意点は、時間の許す範囲で、短時間で何曲もではなく、普段聴いている1曲をじっくり聴いてみて欲しい。最初は「思ったより普通だな」と思うかもしれないが、しばらく聴くと、この“凄さ”が染みてくるはず。

“ずっと飽きることなく、毎日聴きたいイヤフォン”を本当にカタチにしたようなイヤフォンだ。

山崎健太郎