トピック
最後のピースが嵌まり、すべての音が目の前に。Bowers & Wilkins「800 D5」は“スピーカーのひとつの極点”
- 提供:
- ディーアンドエムホールディングス
2026年9月11日 08:00
“リファレンス”とは何か
オーディオでもカメラでもクルマでも、趣味の製品についてあれやこれやと話すことは楽しい(ですよね?)。趣味に関する専門誌や、いまならこうしたインターネットサイトが存在している理由のひとつは、みんながあれやこれやその趣味についての情報を語るためでしょう。かつてはそうした情報は、メディア側から一方的に流れてくるものだったけれど、現在はあらゆる人たちが発信できるようになり、双方向的になっているのも、基本的にはいいことだと思います。
さて、あれやこれやと話す場合、どうしてもそこには、その対象物がいいのか悪いのかということが興味の焦点になりがち。オーディオ製品ももちろん例外ではなく、と言うか、いいか悪いかが興味の中心とすら言ってもいい。そしてオーディオ製品の良し悪しは、第一に音質、ということになると思うが異論がある方いらっしゃいますか?
ぼくは以前にもここで書いたような気がするけれど、オーディオ製品の魅力は音だけではなく、姿形や操作性などを含めた総合的なものだと思っているから、音質が第一ということには異論がないが、それだけではないよね、とは思っている。
オーディオの面白いところは、音質の良し悪しをどうやって判断するのか、その基準にある。趣味なんだから、そんなの個人の勝手だろと言われればその通りで、自分が好きな音がいい音であるというのは究極的に正しいのだ。
でも、ここで言っているオーディオとは再生音楽のことなのだから、実は再生される前というか、録音された元の音楽というものがあって、そこがなかなか悩ましい。
そのうえでなお、好きな音がいい音でいいのだと、ぼくは思うけれども、ただ、ぼくのような立場の場合は、それで済ませてしまってはいけないとも思うわけで、そこが、敢えて言いますが、オーディオ評論家がいることの意味なんじゃないか、とも思うわけです。
つまり、お前がいい音だと言ってる、その根拠はなんだと訊かれた時に、ご納得いただけるかどうかは別として、それなりの答えを用意できないと、こういう仕事はやっていられない。メーカーもおそらく同じ。それには基準(リファレンス)が必要なのだ、という話が今回の(裏)テーマ。
音質判断の基準。それは第一には、録音された音楽がどういうサウンドであったのかである。音楽が演奏された現場でどのようなサウンドが鳴っていたのか、それぞれの楽器はどのような音色と質感を持ち、奏法や音域が変ると、どのように音が変化するのか、そしてさまざまな楽器が溶け合うと、色彩がどのように変るのか、そして演奏された空間はどのような響きを持っていたのか……それを再生できるかどうかがオーディオ機器の音質判断のもっとも重要な基準だとぼくは思っている。
そのためには、音楽が鳴っていれば耳を澄ませ、コンサートに足を運び、楽器の音、バンドの音、ホールや教会の音、というものを身体に沁みこませる必要があります。ホールによっても座席によっても音が変ることも知っておかねばなりません。時には自分でシンバルを叩いてみたり、エレキギターを繋いだギターアンプを参考にするなど、間近で聴く楽器の音を確認したりもしてきました。
ここまでは録音される前の話。音楽は録音しないと再生できないので、生の音だけではオーディオは語れないところが、ぼくはとても面白いと思っている。むしろ、録音された音楽をいかに魅力的に再生しようかとがんばっていると、時に生より素敵な音楽体験ができることが、ぼくが長年オーディオに取り憑かれている理由でもあるので、生音楽至上主義ならオーディオに血道を上げる必要はない。だって、だったらコンサートに行けばいいのだから。
日本の場合、原音再生という言葉があって、英語ならそれはハイフィデリティ(ハイファイ)に相当しそうなのだけれど、それが指している原音とは、録音された音、たとえば録音スタジオで鳴っていた音や、アナログ時代であればマスターテープの音を意味していることがとても多い。いわば、レコーディング・ハイファイである。
この話を掘るとまた長くなるので、あまり触れませんが、仮に録音あるいはマスタリングスタジオでマスターテープを聴いたとしても、それはその録音スタジオの再生環境に依存した音であって、スタジオが変れば音は変り、実のところ、マスターテープの本当の音など誰にもわからないのだというのがぼくの意見で、原音再生にこだわるなら、同一の空間で録音と再生をするしか方法はないわけだから、それはぼくが考えるオーディオとは違うものだ。
強いて言うなら、ぼくにとっての原音とは、音楽演奏が行なわれた現場の音だ。それに対して忠実(ミュージック・ハイファイ)でありたいとは思う。さらには、かつて、マッキントッシュ社(アップルではありません)の総帥だったゴードン・ガウ氏がおっしゃった、エモーショナル・ハイファイ、感動に忠実な音も時に強い説得力を持ち、ぼくはこの考え方も好きだ。もちろん、これは自分勝手な音でいいという意味ではない。
ただし、録音の都合を知っておくことはとても大事で、マイクが楽器に近いのか遠いのかとか、全体のマイキングやミキシングがどうなっているのか、マイクの種類は何なのか、それを調べたり想像することは有益で楽しい。
たとえば、オンマイク(マイクが近い)で録音された楽器は再生時にも近くで聴こえて欲しいし、オフマイク(マイクが遠い)で録られたものなら、空間がよく聴こえて欲しいとか、ワンポイント録音なのかマルチマイク録音なのか、そうしたことで音は変ってしまうのだから、やはりある程度、録音に即した再生がされているかどうかが、音質判断の基準となる。ある程度と書いたのは、原音再生が事実上不可能であることと理由は同じです。
こうして生の音楽のサウンド、録音されたサウンド、そして再生されたサウンドの三者が存在しているからこそ、オーディオは面白いわけで、前二者を考慮したうえで、音の良し悪しに言及することが、ぼくの場合は、必要なことだと思っているのです。
なお、生という概念が存在しない音楽、つまりスタジオやコンピューターの中で作り上げる音楽もあって、その場合の再生時の音質判断の基準はとても難しくなります。しかしそこに参加したミュージシャンのサウンドや、録音エンジニアのサウンドデザインなどを知ることができれば、それを頼りに、基準を設けることはできると考えています。そういう音楽もぼくは聴きますので。とは言っても、基準がなんなのか、ぼくが途方に暮れてしまう録音があるのも事実。それはそれで諦めよう。
以上原則論めいたことを書いてしまったが、生演奏だ録音スタジオだと言っても、ぼくとていつもそれを体験できるわけではない。それよりも、オーディオシステムで音楽を楽しんでいる時間の方がはるかに長いわけで、その際、何が基準となるかと言えば、信用できるスピーカーやアンプやプレーヤーのサウンドが、それに当たる。いわゆるリファレンスシステムというものだ。ここからが表テーマの話です。
リファレンススピーカーに求められる要素とは
ぼくが編集に携わっていた『ステレオサウンド』という本は、オーディオ機器の魅力と特質を伝えることが大事な役割だと考えていて、そのために専用の試聴室を持ち、試聴条件を可能な限り整えて対象製品の能力を最大限に引き出すことにいつも努めている。ただたんにいい試聴室があるだけではダメで、セッティングする人のスキルによっても音がガラガラ変るので、ステレオサウンド編集部員は、ステレオサウンド誌のセッティングメソッドを理解することが求められる。そうじゃないと編集長に怒られる。他所のことは知りません。
その試聴室で長年リファレンススピーカーとして使っているのが、英国バウワース&ウィルキンズ(B&W)のフラグシップモデルで、なぜそうなっているのかと言えば、総合的な意味においてB&Wのスピーカーがもっとも信用に値するから。信用できるリファレンス機器があればこそ、試聴結果に一定の信頼を置けるし、信用できる機器の音を聴いていると、それが音質判断のもうひとつの基準になっていくものなのです。
信用できる音とは、簡単に言ってしまうと、音色、質感、バランスが妥当であること。これに尽きます。では、それらが妥当であるためには何が必要なのだろうかと言えば、再生帯域全体にわたって、スピードとタイミングとエネルギーと音色が揃っていることだと、ぼくは思います。これを辻褄が合っていると言います。
たとえば、新技術によって、ひじょうにハイスピードで歪みも少なく極めて高性能な高域ユニットが完成したとしましょう。でもそれを実際のシステムにアプリケーションした時に、中域や低域のユニットのスピードが高域に追いつかなかったら、トータルのサウンドは決していいものにはなり得ない。強力なユニットはありがたいものだけど、それだけが突出していてはバランスのおかしな音になってしまう。かと言って、そのスピードやエネルギーを削ぐことで全体のバランスを取ったら、せっかくの高性能ユニットの意味がなくなる。そして往々にして新技術を搭載したスピーカーは、新技術を主張した音になりがちなものです。
B&Wのスピーカーは、徹底的に理詰めで設計されていて、画期的な新技術を時代時代で開発し、製品に活かしているのだけれど、ほとんどのケースで、新技術はトータルのサウンドに溶け込んでおり、その存在を主張することがない。それは全帯域でさまざまな要素が揃っている証拠で、しかも新技術を採用した意味がトータルのサウンドに現われているのだから、信用せざるを得ない。
同社ほどスピーカーシステムの全体像を常に把握しながら進化しているメーカーを、ぼくは他に知らない。それはエンクロージュアの作りを見てもそうで、充分に剛性は高いけれども、どこかで振動を(抑えつけるのではなく)逃す構造を取り続けている。理詰めでありながら理想論に傾きすぎず、現実的なのだ。それもB&Wの特徴に挙げられるだろう。要するに辻褄が合っているのです。
理想を追うことは美しいが、理想的な製品は往々にして現実にアダプトしない。リファレンスシステムの条件として、常に安定して所定の性能、つまりこの場合は音質が安定していることも求められるのだが、その点でもB&Wのフラグシップシリーズは、最高の信頼性を示してくれるものである。
外観に大きな変化はないが、B&Wを侮ってはいけない
この夏(2026年)、B&Wのフラグシップである800シリーズが5年ぶりのモデルチェンジを行なった。この新しい800 Series Diamond D5は、「801 D5」を筆頭に、「802 D5」、「803 D5」、「804 D5」、「805 D5」の5モデルをラインナップする。
前作のD4シリーズ(801と805に関しては特別モデルのD4シグネチュアもある)や、さらに約10年前に登場したD3シリーズと外観的に大きな違いはなく、つまり3シリーズ続けてほぼ同じデザインで登場したことで、しかも後述するように変更点も地味(?)なので、音質的にD4とそれほど違わないのではと思った方も多かったようだが、B&Wを侮ってはいけない。これはスピーカーシステムのひとつの極点に数えられるモデルだと思う。
外観の話をもう少し。オーディオにさほど興味がない方からすると、同社のフラグシップモデルの姿は、2001年の「Nautilus 800」およびその豪華仕上げ版の「Signature 800」から現在のD5まで、同じような製品として映るだろう。基本的プロポーション、スタイル、サイズ感にほとんど変更がないからだ。
これが意味しているのは、B&Wが技術的に訴求しているベクトルが不変であるということ。そして、そのベクトルに同社は確信を持っているということだろう。確信を持てない技術は製品に反映しないと言ってもいい。ぼくが先に信用に値すると書いた理由はここにもある。言っていることがコロコロ変る人は面白いけれど、信用できるかと言えばなかなか難しいのと同じで、オーディオメーカーにも性格というものがあるのです。
B&Wの創業は1966年。現在の800シリーズに連なる最初のモデルと言ってもいい801の発表は1979年のことで、ウーファーエンクロージュアから中域と高域を独立させ3段重ねにすることで、各帯域の相互干渉の低減、不要なバッフル効果・回折の削減、そして独立したキャビティとすることで、それぞれのユニットの音の出るタイミングの整合性を図った(同社で初めてタイミング整合を図ったシステムは、1975年のDM6である)。
この音の出るタイミングを揃える試みはリニアフェイズ方式などと呼ばれ、各社で競われたが、たとえば単純に各ユニットのボイスコイルの位置を合わせればタイミングが合って聴こえるかと言えばさにあらず、現に800シリーズのユニット位置を観察してみれば、それがわかるはずだ。
この各帯域で独立したキャビティを与え、タイミングを合わせる構成は、今回のD5シリーズでも踏襲されているわけで、そうした例を、歴代800シリーズのトップモデルを使ってさらに挙げていこう。
801は801Fへと改良され、その頃よりレコーディングのモニタースピーカーに各社が採用するようになった。続いて1987年には、エンクロージュア内部の定在波を吸音材に頼らずに抑制すると同時に、剛性を高めるマトリックス構造(一種のブレーシング)を採用しMatrix 801S2へと進化する。このマトリックス構造もまた、以後、小改良を重ねながらD5シリーズでも採用されている。
1993年、B&Wは「Nautilus(ノーチラス)」という前代未聞のスピーカーを発表する。ノーチラスとはオウム貝のことで、その名の通り、ウーファーエンクロージュアが渦を巻き、中低域以上の帯域を受け持つユニット3つの後ろ側には、それまでスピーカーでは見たこともないような長短のツノが生えていた。この渦巻きやツノは、スピーカーユニット背面に出る不要な音を、吸音するのではなく「消音」するための画期的構造だった。そしてエンクロージュアからエッジが消えた。
ノーチラスのこの消音構造はノーチラスチューブと呼ばれ、ミッドレンジとツイーターにチューブを採用した「Nautilus 801」が1998年に登場する。そしてこのノーチラスチューブは、D5まで踏襲される同社の代表的な技術のひとつとなった(ミッドレンジの消音機構部分はタービンヘッドと呼ばれるようになる)。
次なる(分かりやすい)革新は、ダイヤモンド振動板のツイーターへの採用である。これは、2005年の「800 D」で初搭載され、以後、同社の高級機にはもれなく採用されている特徴だ。また800 Dでは、ロハセルという軽量な発泡樹脂をカーボンファイバーでサンドイッチしたウーファーを初採用したことも大きな話題であった。
なお、ダイヤモンドにせよベリリウムにせよカーボンにせよ、現在最先端と思われている振動板素材をいち早く開発し、それを搭載したスピーカーを発表したのは、1970年代~80年代の日本のオーディオメーカーであった。
なんか箇条書き風になってしまっていて申し訳ないが、もう少し(少しとは?)。
800 Dの後継機となる800 Diamond(通称D2。2010年)は、細部のリファインを行なったモデルで、外観的に前作と大きな違いはなかったのだが、音質的には劇的と言っていいほどの進化を遂げており、レゾリューションや音離れの向上ぶりにひじょうに驚いた記憶がある。基本設計、基本構造は同じでも、ユニットの磁気回路を改良したり、構造体の素材を変更したり、剛性のバランスを見直したりすることで、著しい音質向上がはたされていた。それはつまりは基本的な設計思想が優れている証でもある。
800 D3の飛躍が、その後のD5へとつながる
2015年に800 D3シリーズが発表され、その翌年にトップモデルの800 D3が登場する。この800 D3が、今回のD5の直接的なベースモデルとなったのだった。
800 D3は、それまでの800シリーズから大きな飛躍を遂げたモデルで、ダイヤモンドツイーターを除くユニットの振動板素材が変更されたことが大きな話題となった。
まず、1974年以来、主要なモデルのミッドレンジに(小型機ではウーファーにも)使われきた、同社のアイコン的存在の黄色いケブラーコーンから、銀色のコンティニュアムコーンへと変更が行なわれた。
どちらも繊維系の素材であり、適度なしなやかさを持っていることが特徴で、現在ハイエンドスピーカーで主流のハード系素材でないところにも、B&Wらしさがうかがえる。現実的な振動板の「ふるまい」の点では、ケブラーコーンやコンティニュアムコーンの方が望ましいと同社では考えているのだ。
それにしてもケブラーからコンティニュアムへの変更まで40年がかかっている。この間、B&Wではハード系を含むさまざまな振動板を試していたとのことだけれど、ケブラーを総合的に超える素材を見つけるために、これだけの年月がかかったという事実は、同社の技術に対する真摯な姿勢の表われとしか言えない。
2つの素材のふるまいの大きな違いは、音の止まり方にあって、ケブラーが音が止まっても、ごくわずかに振動板の震えが短時間残るのに対し、コンティニュアムコーンは無音になったときに素早く振動が収まること。これによって聴感上のS/Nの大幅な向上が図られた。
ウーファー振動板も変更された。こちらはエアロフォイルコーンと呼ばれるもので、サンドイッチ構造は前作と同様ながら、芯材がシンタクティックフォームに変更され、その表裏にカーボンファイバーが貼られていた。
重要なのは、このコーンの断面形状が飛行機の翼のように連続的に厚みが変っていることで、そのことによるものなのか、低域の質感描写が現代スピーカー最高と言えるほど素晴らしくなった。ぼくが800 D3を聴いて一番驚いたのはこの点であった。むろん、当時随一のレゾリューションの高さも素晴らしかった。
もうひとつの大きな変更点は、ウーファーキャビネットの前後をひっくり返した、リバースラップという新たなフォルムに変更されたこと。Nautilus 800以降の800シリーズはそれまで、フロントバッフルは平面で、背面に向かって絞り込まれるティアドロップ型エンクロージュア(つまり背面は曲面となる)を採用していたのだが、D3では曲面が前側となり、回折現象の悪影響を極力受けない形になったのだ。さらに裏側に平面を残したことは、これはぼくの感覚的・経験的な考察だけれど、一種の音圧感を確保し、聴き応えあるサウンドに貢献しているはず。
もちろん、スピーカーユニットの磁気回路や、エンクロージュア各部の素材変更(たとえばタービンヘッドは樹脂製からアルミ製へと変った)、構造の見直しも図られていて、かつ、ひじょうに高い完成度の製品に仕上がっていた。
D3以上のスピーカーを開発するのはB&Wであっても難しいのではと考えていたところに、2021年、801 D4が登場する。D4でも細かな改良が積み重ねられているのだが、一番大きな改良点は、ミッドレンジユニットのダンパー(スパイダー)に、バイオミメティック・サスペンションという、敏感で動きやすい構造を採用したこと。加えて、ウーファーのダンパーも見直され、前作のダブルダンパーからシングルダンパーに変ったのだ。
ダブルダンパーにする理由は、一言で言えば、タフネスの強化という点にあるのだが、一般的にタフになるぶん、動きやすさという点では不利になる。もしシングルダンパーでダブルダンパーに匹敵するタフネスが得られるのならそれに越したことはないだろう。
つまり、D4の最大の進化点は、ダンパーの改善によって、ミッドレンジとウーファーがより素早く動くようになったことで、これにより、B&Wスピーカーユニットの振動系は完成を迎えたと言っていいだろう。かつてのケブラーコーンユニットのように。
書き忘れていたが、B&Wのミッドレンジユニットには一般的なエッジ(サラウンド)がなく、エッジによる振動の反復・反射が起きない点も長く継承されている技術である。
もうひとつ付け加えると、クロスオーバーネットワークを極力シンプルに設計するのが、最近の同社の手法である。ここも極めて大切なポイントで、スピーカーシステムの特性を向上させるために、ネットワークの素子数をやたら増やしたり補正をがんがんかけたりすると、信号経路が長くなり、特性の向上は得られるかもしれないが、音楽情報のロスを招く。
そうではなく、まずスピーカーユニットそのもののふるまいを改善し、電気的補正をなくす(あるいは最小限にする)方が、結果として(特性ではなく)音質が向上するはずで、この点もB&Wをぼくが高く評価している理由になっている。アコースティック、あるいは機械的な問題は、電気では完全には解決できないのだ。
800 D5の進化で、残されていた最後のピースが嵌まった
800 Series Diamond D5の、D4あるいはD4 Signatureからの進化点は、簡単に言ってしまうと、台座を含むエンクロージュアの剛性の向上、ならびにウーファーユニットの磁気回路の改良による歪みの低減である。
剛性向上でもっとも著しい箇所は背面で、新たにアルミ製スペースフレームを追加することによって、積層合板を曲げて作るメインキャビネットの開口部、つまり構造的に一番弱くなるポイントを強化した。
いっぽうマトリックス構造は強度を増しながらもシンプルになり、ここにも同社特有のバランス感覚のよさをぼくは見る。
この他にも金属パーツがかつてなく多く使われており、ぼくなりの言い方をするなら、システムの骨格が強化されたのがD5ということになる。
いっぽう、ウーファーエンクロージュアのメイン素材に相変らず積層合板を用いているのもB&Wらしいところで、この金属に比べれば柔らかな(と言ってもとても固いが)素材をあえて残すことで、不要な振動を素早く発散させる効果を狙っているものと思う。振動を抑え込むのではなく逃すことによって、エネルギーを溜め込まず、結果的にクリーンな再生音が得られることになるのだ(と思う)。
ウーファーの磁気回路は、交流歪みを減らすために、鉄素材の低減や磁気回路の抵抗をあえて増やす(3ウェイモデルのウーファーのセンタープレートの真ん中に、セラミックプレートが挿入されている)構造が採用された。磁気抵抗が増加すると、そのぶん駆動力が減少するのだが、新たにより強力な磁石を採用することで、歪み低減と強力な駆動力を両立させたという。
ざっくりと言うなら、D5の改良点は以上である。たったこれだけと思う方もいると思いますが、全モデルを聴いたぼくの見解は、同社創立60周年モデルにふさわしく、音質的にこれまでにない高みに到達したというもの。たとえるなら、残されていた最後のピースが嵌まり、すべての音が目の前に現われたかのような感慨があった。
ここではB&Wのおよそ50年の歩みを振り返っているので、改良の積み重ねが、途中経過報告のように映るかもしれない。でも、歴代の800シリーズの成果は、その時々の、B&Wの総合的ベストを出し切ったものであって、一度も半端な完成度で登場したことがないのは、本当に驚くべきことではないでしょうか。そしてベストがつくされたモデルというものは、たとえ新型に物理性能的では追い抜かれたとしても、それぞれの魅力は色褪せることはないと、ぼくは思います。
ハイエンドオーディオと呼ばれる製品は、そのほとんどが傑出した個人の才能によって産み出されるもので、世代が交代すると同じブランドでも異なる性質のモデルが出てくることになる。あるいは長い歴史のあるブランドでも、革新という名のもとに、過去の技術との断絶を感じさせるケースもある。
B&Wが特異で特別なのは、技術的一貫性・継続性を、長い年月にわたり維持していることで、たくさんの技術者たちの集合的英知が連綿と受け継がれているこうしたオーディオメーカーは実に稀有。そうでなければ800シリーズ・ダイヤモンドD5のようなスピーカーシステムを開発することはできないはずです。
要注目は804 D5
それでは最後にD5シリーズの各モデルについて簡単に触れていこう。
ラインナップ中4モデルは3ウェイモデルで、いずれもダブルウーファー構成のフロアースタンディング型。残る1モデルはスタンドマウント型の2ウェイ機である。
3ウェイ機で、ミッドレンジにタービンヘッドを持っているのは、801 D5、802 D5、803 D5。ウーファー口径は、それぞれ25cm、20cm、18cm、ミッドレンジの口径は、それぞれ15cm、15cm、13cmで、2.5cm径ダイヤモンドツイーターは全機種に共通して搭載されている。既述の通り、ミッドレンジ振動板はコンティニュアムコーン、ウーファーはエアロフォイルコーンだ。
801 D5で特筆すべきことは、ウーファーの磁気回路が格段に強力なことで、ボイスコイル径で比較すると、801 D5が75mmもあるのに対し、802 D5/803 D5は38mmとなっている。
もうひとつの3ウェイ機804 D5は、16.5cm径ウーファー(×2)と13cm径ミッドレンジ、2.5cm径ツイーターを搭載。ミッドレンジのタービンヘッドは持たないけれど、エンクロージュア内部にミッドレンジ専用チャンバーを新設計しているのが大きな特徴。
唯一の2ウェイ機である805 D5は、16.5cm径コンティニアムコーンウーファーと2.5cm径ダイヤモンドツイーターから構成されている。ウーファーの磁気回路は本機専用設計であり、振動板素材は上位機のミッドレンジと同じながらも、ウーファーとしての最適化が図られている。
いずれのモデルも現代の最高峰に位置する、ハイレゾリューションでS/N感が高く、そして空間表現が広々としたサウンドを特徴とする。もちろん、小型機の方が音離れのよさをより感じさせたり、大型になるほど、スケール感や質量感がアップしたり、さらに最上位の801 D5になると、あらゆる点で別格と言いたくなる音を聴かせてくれる(ただし、801 D5はアンプの音質も厳しく問いそうだ)。
とはいえ、ぼくが凄いなと思うのは、比較すればそれぞれの機種の特質の違いや、ある意味での優劣は明らかになるのだけれど、単独で聴いていると、どれも「これはいいスピーカーだな」と思ってしまうところ。
このところの社会情勢もあって、ずいぶんと価格は高いのだけれど、ハイエンドスピーカーの中では、あるいは内容的なことから言っても、これはひじょうにリーズナブルなシリーズであり、ご予算が許すのであれば、スペース等の都合でお選びになってもいいのではないかと思います。
もし、ぼくのオススメを尋ねれらたなら、もっとも鳴らしやすそうで、親密な性格を持っている804 D5となりそうですけど、いい音とは詰まるところ、個人の好き嫌いに帰結するわけで……。
ただ、804 D5のような音質を持つスピーカーと一緒に過ごすオーディオライフは実に楽しそうで、クルマ一台分と考えれば(他にアンプとかも必要ですけど)、それを自分のものにすることを目標に仕事をがんばる人生も、自分が若ければアリだったなと思ったりしています。いまはもう手遅れですが……。
ぼくがオーディオ機器を試聴するメインの場所は、フリーランスになったいまでもステレオサウンド試聴室で、つまり、およそ30年にわたり、B&Wのフラグシップモデルを試聴評価の基準として頼りにしてきたことになります。確かな基準があるからこそ、自分の判断にある程度の自信が持てたわけで、B&Wのことを書くとつい力が入ってしまうのは、そうした感謝と敬意の念があるからなのだと思います。
おそらく近々、ステレオサウンド試聴室のリファレンススピーカーは、801 D4 Signatureから801 D5にリプレイスされるでしょう。たとえるなら、より精密な物差し、より正確な鏡に置きかわるわけで、そのことにより、試聴対象機器の音質・特質・魅力を、いっそう的確にお伝えできるようになればいいなあと期待しています。もちろん己の聴き取る能力が最大の問題なわけで、それを磨いていかねばなりませんが、ね。
【参考文献】
季刊ステレオサウンド各号
季刊ステレオサウンド創刊30周年記念特別号「世界のオーディオブランド172」(1996年刊)


































