本田雅一のAVTrends

AVアンプと低域位相の、とても重要な関係

「VSA-LX55」搭載のフェイズコントロールプラス




 AV、すなわちAudio and Visualといっても、音と映像は利用者側からアプローチできる方向が異なるということが、少しばかり経験を積んでくるとわかってくる。両者とも所有している機材のパフォーマンスを引き出すには、利用環境をうまく整えてやることが重要だが、とりわけ音質はセッティングが重要だ。

 良い機材を使っていてもスピーカーの向きや位置、置き方や各機器の電源の取り方を間違っていると、まるでいい音が出てこない。オーディオに凝ったことがある人ならば判るだろうが、オーディオ好きがやっていることのほとんどはセッティングだ。機材を買い換えただけでは音は良くならないし、好きな音を求めて買い換えていると際限なく予算がかかる。

 少しばかり斜めから見ると、オーディオ遊びはセッティングによる音の変化を楽しむ遊び、という側面もある。

 しかし、マルチチャンネル、即ちサラウンドの音場は簡単には整わない。対向する位置にスピーカーが置かれ、それぞれのチャンネルから出る音の波形に相関関係が存在する場合があるからだ。

 たとえばまったく同じ波形が、対向する二つのスピーカーから出てくるとき、位相がピッタリ合っていれば問題がない。ところが位相が反転していると、相互に波を打ち消し合い音が消えてしまう。

 実際には壁からの反射などが複雑だし、まったく同じ波形が対抗する位置のチャンネルに入っていることもまずない。上記はあくまで極端に単純化した表現なのだが、相互に波形が干渉し合う問題はなかなか根が深く、さまざまな形で”音が痩せて”聞こえるなどの現象が起きる。定在波による干渉と同様に、スピーカーの低域再生能力がいくら高くとも低域が出ないなんてことになりやすい。

 サラウンド用のスピーカー配置は、それぞれスピーカーの役割ごとに理想的な位置が決められているが、それほど都合良く理想的な位置にスピーカーを配置できる人は、ほんの一握りだ。だからこそ、マイクなどを使って理想的ではない配置や、スピーカー特性の違いを吸収するため、サラウンドのオーディオソースを扱うAVアンプには、自動音場調整機能などさまざまな工夫が盛り込まれてきた。

 自動音場調整機能は、毎年のように少しずつ改良が加えられてきており、何年か経過して再評価してみると、オッと思わず声に出すほど良くなっていることもある。しかし、いくら自動音場調整機能が改善しても、それだけでは解決できない問題がある。


■ 直しきれない位相(フェイズ)のズレ

 話は2005年に遡る。パイオニアはこの頃、“フェイズコントロール”の啓蒙を繰り返していた。サブウーファーに、ローパスフィルタ(LPF:高い周波数の信号を減衰させ、低い周波数の信号を取り出すフィルタ回路)をバイパスする機能を盛り込み、フェイズコントロールのロゴを付けようという業界全体に対しての呼びかけだった

 LPFを構成するフィルタ回路は、信号の位相を遅らせる(時間軸が後ろにズレる)特性がある。小型スピーカーの低域を補強するためにサブウーファーを使うなら、LPFは必須の回路だ。しかし、サラウンド音声のLFEチャンネルは、もともとサブウーファー用に収められている信号なので、そのまま再生すれば位相がズレない。そういう設計にすることで、用途ごとにユーザーが切り替えられるよう設計しておきましょうということだ。

 ところが、これだけでは問題は解決していない。なぜならローパスフィルタは、LFEチャンネルを作る際に、ポストプロダクションのプロセスでも使われるためだ。パイオニアは、過去に高品位なレーザーディスクソフトを製作するためグループ内にポストプロダクションを保有していたこともあり、このことをよく解っていた。

 そこでパイオニアは、フェイズコントロールのプログラムを進める上で、ソフト製作を行なう業者に「LFEチャンネルの位相が他チャンネルに比べてズレないようにソフトを作りましょう。時間軸をピッタリ合わせましょう」と、実例をデモしながら啓蒙して回った(余談だが、現在、多くのパイオニア製AVアンプに搭載されているフルバンド・フェイズコントロールは、位相を合わせるという点では同じだが、まったく別の仕組みでスピーカー内のネットワーク回路による位相ズレを補正するというもの)。

 そして、”LFEの位相をちゃんと合わせていますよ”ということを知ってもらうため、フェイズコントロールに対応したサブウーファーやソフトに専用のロゴを発行して利用者の意識も高めていこうとした。

 しかし、この6年も前の取り組みについて、おそらく連載を見ている多くの方は、活動そのものを知らないのではないだろうか。一部にフェイズコントロール対応ロゴを付けたソフトも現れたとは記憶しているが、筆者の手元にあるソフトでフェイズコントロール・ロゴを付けたものは1枚もない。

 いくらシステム(ハードウェア)側でLFEの位相を合わせたところで、ソフトの位相がズレていては意味がないことは自明。そんなわけで、残念ながらフェイズコントロールロゴの有無が、システムを構築する上で重要なポイントになった例は聞かない。問題はありつつも、それに対する明確な回答がなかった。


■ LFEの位相がズレていると、どんな具合に聞こえる?

 さて、LFEが問題だと言いつつ、ややそれとは逆行するようだが、一部の例外を除き、ほとんどの映画はLFEの位相がズレていても、まったく問題がない。なぜなら、映画の音は映像収録時に採取した音をそのまま使うことはほとんどなく、あとから編集してサラウンド音声を創り出すからだ。

 まるで目の前を動き回っているような音がしていても、ほとんどは後から録音されたもの。あるスタジオの効果音収録室にお邪魔した時、担当の大柄な兄ちゃんが「この映画のキスの音は俺の腕にキスしたヤツだよ」なんて話していたが、ドタドタと歩き回る音だって、実は後入れ(邦画の場合はその場で収録することも多いようだけど)。

 LFEの使い方もメインチャンネルの低域を割り振るのではなく、空気感(不安さなど)の演出を行なうためだったり、スケールの大きさを表現するためなどに使っている。他チャンネルに入っている波形との相関性もない。だから、多少ズレても他チャンネルと干渉して悪いことが起きることはない。

 LFEの位相ズレが問題になるのは、“音楽もの”だ。SACDマルチチャンネルや音楽DVD/ブルーレイはもちろん、映画でも“音楽もの”であれば効果が出る場合が多い。

 たとえばSPEの「THIS IS IT」は、マイケル・ジャクソンのリハーサルシーンから収録したデータを元にサラウンド音声を作っている。後付けで音を用意し、サラウンド音場に盛りつけて整えるということができない。故にポストプロダクションでサラウンドに分解しているのだが、ここでLFEを生成する時にフィルタを通り、位相が遅れているのだろう。

VSA-LX55

 顕著なのはビリージーンのシーン。ビリージーンのパフォーマンスをはじめる少し前の、ステイプルズセンター内で打ち合わせてる現場の雰囲気や声の感じは、とても弱々しくハイキーな印象だ。ビリージーン独特のベースラインも、パンチはあるがかなりタイト。ベースラインの波形を追いかけてみると、なんと9ミリ秒もLFEが遅い。

 ところが、位相がピッタリ合っているとまったく違う表情になる。会場のステイプルズセンター内は、実は低域のモヤモヤした響きがあり(観客の入っていない巨大な体育館なので当然なのだが)、ベースは下から上まで広帯域にバツン! と活きのいい音が、まさに飛び出るように向かってくる。

 その現実感の違いは、一度経験してしまうと、元の音が安っぽく作りモノのように聞こえて笑えてしまう。それぐらいの違いがある。

 では、もともと入っているLFEのズレを、どうやって合わせるのか? というと、実はあまりハイテクなアプローチは盛り込まれていない。だが、現実的な方法ではある。それがVSA-LX55に初めて搭載された「フェイズコントロールプラス」だ。


■ iControlAV 2との連動させると楽に設定できる

 フェイズコントロールプラスとは、何のことはない。手動でLFEの時間軸をミリ秒単位(0~16ミリ秒)で調整するというもの。AVアンプ単独の機能であるため、ディスクごとに管理はできない。ズレの大きさはソフトによって異なるので、ソフトごとに設定し直す必要がある。

 オシロスコープの映像で、メインスピーカーとLFEの波形(ビリージーンのベースラインと思しき波形)を写真として掲載したが、これを見るだけでも合わせる効果がありそうだと想像できると思う。その効果は面倒くさいと思わせない程度に大きい。

ビリージーンのLFE波形は遅延が起きている修正後

 とはいえ、いちいちフェイズコントロールをリモコンで設定するのは大変だし、ソフトごとに違う適当な補正値は自動的に取得することができない。このため、利用者はいちいち自分でちょうどいい値を捜さねばならないのだ(パイオニアはネット上にフェイズコントロールプラスの情報交換用掲示板などを作って、ソフトごとのズレの大きさを共有するサービスなどを将来検討している)。

iControlAV2

 しかし、スマートフォン向けに提供されているパイオニアのリモコンアプレットのiControlAV2を組み合わせると、タッチパネルで素早く設定し直しながら合わせられる。実はまったく同じことを、サブウーファーの距離設定変更(実際よりも長い距離に設定することで、少し早めに発音させる)でも可能だが、ミリ秒単位で設定できるわけではないし、管理も面倒。そこで別パラメータとして設けた、ということなのだと思う。

 1ミリ秒の補正値は34~35cmなので、上記のTHIS IS ITの例で言うと3メートル前後、実際より遠い位置にサブウーファーを設定してやると位相が合うことになる。効果の程はどんなものか、ソフトを持っている方は自分で試してみるのもいいかもしれない(ただしサブウーファー自身のLPFで位相がズレてる場合は、これだけでは補正しきれない可能性もある)。

 結構、面倒なようだが、前述したように例外を除いて映画は関係ない。音楽ソフトだけであるし、またクラシック音楽の場合は5.0ch収録のものが多く、こちらも関係がない。ということで、お気に入りの音楽ソフトだけでズレの量を管理すればよく、これはこれで使いこなしようがあるとは思う。

 パイオニアの拘りの細かさには、なんとも驚くばかりだが、この取り組みが受け入れられるようなら、将来への発展性もあるかもしれない。位相遅れの量は手動でしか合わせられないとしても、たとえばパイオニア製ブルーレイプレーヤと組み合わせると、ディスク固有のIDごとにLFEの補正値を覚えておき、一度設定したらHDMI経由でズレ量を自動的に変更する機能なども考えられる。

 マニアックな機能なことは確かだが、その効きを感じている身としては、この取り組みがパイオニアだけに留まらないことを期待して取り上げた。一般的な音楽ソフトで、ピタッとフェイズコントロールプラスがはまった時の気持ちよさを体感すると、いままでは一体何を聴いていたんだ? と思うほど良くなる。


■ ただし……

 ただし、取り組みとしては基本的に賛成なのだが、パイオニアの設定に100%賛成というわけではない。

 まず疑問のひとつ目。LX55の場合、フェイズコントロールプラスのデフォルト値は6ミリ秒に設定されている。では6ミリ秒とはどんな意味があるのか? というと、概ね音楽ソフトは6ミリ秒ほど遅れているからなのだそうだ。映画では影響がないので、これでも特に問題はないと言えばない。

 しかし、一部には(フェイズコントロールのロゴなしでも)LFEの位相をきちんと合わせているものもあるのだ。位相が合っているソフトは、上記の設定でむしろズレてしまう。また6ミリ秒以外の遅れには完璧に対処できない。(たとえばクリス・ボッティの人気ブルーレイLive in Bostonは位相遅れがあるが、その前の年にリリースされているChris Botti Live!では位相がピッタリ合っている)

 また、位相ズレによって低域が痩せているだけなのに、ダビングステージで低音が足りないからと、LFEに必要以上にブーストをかけて収録しているソフトもある。そんなソフトで位相を合わせると、明らかに低域過多になってしまうというジレンマもある。

 もともとがソフト側の問題なので、ハードウェアで頑張ってみるにも限界はある。今後、パイオニアは同機能を順次、新製品に盛り込んでいくとのこと。これが問題提起になって、ソフト側の改善が進み、利用者が余分な知識で使いこなさなくても良くなってほしいものだ。

(2011年 6月 28日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]