西川善司の大画面☆マニア

第216回

8K映像は1本のケーブルで送れるのか? 8K伝送を取り巻く最新動向

 8K(7,680×4,320ピクセル)時代の到来が目前に迫っているが、いまだ不透明なのはその伝送手段だ。

 2016年より、8K映像の試験放送が始まるが、これは受像機とディスプレイ(テレビ)機器との接続には4本のHDMI2.0接続を行なう事が想定されている。2005年頃から、幅広く民生機向けのデジタルインターフェースとして普及してきたHDMIだが、10年目にして物理的限界が見え始めてきている。

8K伝送対応のSuper MHL

 現行のHDMI端子は19ピン構成で、RGB/YUVのピクセルデータを3レーンの伝送経路で伝送している。最新のHDMI 2.0xではクロックスピードが600MHz。HDMIが採用するTMDS(Transition Minimized Differential Signaling)伝送では、1クロックあたり1ピクセルデータ(10bitパケット)で伝送されるため、18Gbpsの伝送速度がある。これで伝送できるのは4K/3,840×2,160ピクセル)の60Hz(60fps)まで。

 8Kを60fpsで伝送しようとすると、その4倍、72Gbpsの伝送速度が必要なのでHDMI 2.0接続が4本も必要になるのだ。

 DisplayPortはどうか。DisplayPortは、データ伝送経路を4レーンもつわけだが、最新規格のVer.1.3規格では、1レーンあたり8.1Gbpsが制定されたので32.4Gbpsの伝送が可能である。8K/60Hzの伝送に必要な72Gbpsには及ばないが、8K/30Hzの伝送は行なえるとされる。ただ、DisplayPort 1.3は今のところ「絵に描いたモチ」で対応するインターフェースチップは実験室レベルにあるだけで、市場に流通していない。

 では、現行の端子仕様を変えないでHDMIやDisplayPortで8K/60Hzの伝送はできないのか? 結論から言えば難しいと言われている。端子のピン数、ピン配置はそのままに、ピンの役割を再検討するという案や、超低ノイズのシールドケーブルなどを用い、ケーブル長も制限してさらに伝送クロックを引き上げるなどの案もあるようだが、乱暴に扱われる民生向けとしてはよい解決策とは言えない。USB 3.0でやったような端子数の拡大も同様だ。

8K時代を見据えて登場した32ピンのSuperMHL(M1)端子

 そこで登場してきたのが、8K自体を見据えた規格だ。

 その1つが、今回のCESのMHLブースで実動接続デモが公開された32ピンのSuperMHL(M1)端子である。

 MHLはこれまでUSBコネクタなどの既存の汎用コネクタを映像/音声伝送用に流用する技術を提供してきたが、8K時代を見据えて規格化したSuperMHLでは、MHLとしては初のオリジナル規格端子となる。

32ピンのSuperMHL(M1)端子。USB-Cのようなリバーシブル仕様だ。

 SuperMHLでは、データ伝送経路を6レーンとし、1レーンあたりの伝送速度は最初のバージョンでは6Gbpsとして規格化されている。すなわち、SuperMHLケーブル一本で36Gbpsの伝送速度を持つことになり、これはHDMI 2.0の2本分、DisplayPort1.3をも僅かに越える。

 とはいえ、36Gbpsでは8K/30Hzが限界だ。

 これに対してMHLは、2つの打開策ロードマップを持っている。

 1つはシンプルなクロックスピードの引き上げだ。

 現在、実験室レベルでは倍の1レーンあたり12Gbpsの伝送が可能となっており、6レーンでずばり72Gbpsの伝送が行なえているというのだ。

 もう一つはVESAで規格化されたロッシーな映像信号圧縮技術「DSC:Display Stream Compression」を活用する方策だ。

 DSCはDPCM(Delta Pulse Code Modulation)とICH(Indexed Color History)をベースにしたリアルタイム性に優れた圧縮技術で、概念的にはGPUなどで採用されているテクスチャ圧縮技術を一次元データ(ストリームデータ)に適用するようなイメージだ。ちなみに、ロッシーなので非可逆的圧縮技術になる。

DSC圧縮のブロックダイアグラム
JCEの8K対応、SuperMHLトランスミッタ

 伝送元と受信先とでネゴシエーションを行ない、利用できる伝送速度の範囲内で適切な圧縮率を選択する仕組みになっているそうで、この技術を用いることで8K/60Hzの伝送を実践するというのだ。

 CES 2016のブースでは、LGの世界初SUperMHL端子標準搭載の98型8K液晶テレビ「UH9800」を用いて、6Gbps×3レーン仕様の伝送速度18Gbpsの範囲でDSC圧縮と組み合わせて8K/60Hz(YUV420,8bit)の映像伝送のデモを公開していた。

SuperMHLを使っての8K/60Hz表示デモ

パナソニックはHDMIと互換性を維持して8K/120Hz伝送に対応

 一方、「高品位が至上命題の8K映像にロッシーな非可逆的圧縮を使うなんてよくない」という「ベースバンド伝送絶対主義」の立場をとるのがパナソニックである。

 パナソニックとしては、「既存伝送規格に先がないということで新規格を打ち立てるならば、もう銅線での伝送にこだわるのをやめよう」ということで、CES 2016では、光伝送方式の新提案を公開したのだ。

展示を解説したパネル

 パナソニックが開発した新端子はHDMI端子の銅線部はそのままに、プラスチック製の光ファイバー線を四本通した構造で、現行のHDMI端子との互換性を取りながら、光伝送までを両立させる画期的なものになる。

デモの様子

 この試作端子の光ファイバー1本あたりのデータ伝送速度は36Gbpsで、4本での総伝送速度はなんと144Gbps。これは8K/60Hz(72Gbps)を非圧縮で伝送できるのは当然として、なんと8K映像を非圧縮で120fps伝送できる速さになる。

 実際、ブースでは、「世界初の8K/120Hz映像伝送システム」として展示されていた。

 ところで、なにより「1レーン本あたりの伝送速度が36Gbps」というのが、とてつもなく高速なのだが、この性能実現には、光データを0/1の1ビット二値表現ではなく、0/1/2/3の2ビット4値表現、いわゆる2ビット変調(4PAM)方式を採用したことが大きく貢献したとのことである。

 HDMI端子に埋め込まれた光ケーブルの末端にはボールペンのペン先程度の大きさのプラスチック製の「透明球」が埋め込まれており、この球同士が端子同士で接触することで光端子接続の役割を果たす。構造的にもシンプルで損失も少なく、1本のケーブルで30メートルの伝送が余裕で可能だというから驚きだ。

 ちなみに、プラスチック製光ファイバーとボールペンのペン先透明球端子は慶應義塾大学発ベンチャー企業、KAIフォトニクス株式会社が開発したものになる。

端子を上面から見た透視図。光ファイバーは端子の両端に2本ずつ通されているのが見て取れる
実際の実動端子の状体。壁に赤い光が2点、照射されているのが見て取れる。写真では2点だが、実際には、左右に2点ずつ、4点光っている

 「HDMI端子の機能もフルスペックで継承されたうえでの8K/120Hz伝送対応」ということになれば、まさに「8K時代の映像伝送はこれが本命では!?」と思えるが、パナソニック担当者によれば、まだまだ超えなければいけない課題も多い模様。

 HDMI規格を司るHDMIコンソーシアムには、光伝送技術の特許を持つメーカーが一社も加盟していないため、HDMIケーブルに光ラインを通すことは特許権利問題的に現段階では難しいようだ。

 この辺り、今後、どう綱引きが行なわれるか注視していく必要がありそうだ。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。本誌ではInternational CES他をレポート。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。映画DVDのタイトル所持数は1,000を超え、現在はBDのコレクションが増加中。ブログはこちら