◇ 過去の連載 ◇
【Watch記事検索】
【新製品レビュー】

15万円のヘッドフォン2機種で体験する、もう1つのAVライフ

-ULTRASONE「edition8」/ゼンハイザー「HD800」


発売中

標準価格:オープンプライス

実売:各15万円前後

 AVファンは画質や音質のクオリティが高ければ“価格には目を瞑る”事が多いと思われるが、昨今の経済環境を鑑みると“コストパフォーマンス”を考慮しないわけにはいかない。ただ、自身のAVライフを振り返ってみると、価格とクオリティにだけに注目し、“使用時間”、つまり“高いクオリティを体感する時間”の概念が抜けている事は無いだろうか。

 「奮発して大画面TVを買ったが、ろくに見る時間が無い」、「名機と言われるアンプを買ったが、1カ月くらい通電していない」などなど……。物欲が高まるあまり、実際にその機器をどの程度利用するかを考えずに買ってしまうというのは、AVファンが起こしがちな行動である。

 今回は先頃発売されたばかりの、高級ヘッドフォン2機種のレビューをお届けしたい。ULTRASONEの「edition8」、ゼンハイザーの「HD800」。どちらもオープンプライスで、実売は15万円前後。値段を聞くと「高すぎる」と感じる事だろう。だが、使ってみた結論から言うと、“使用時間と音質”を考慮すると、あながちそうとも言い切れない……。そんな意識改革を促す魅惑的な製品である。

左がULTRASONEの「edition8」、右がゼンハイザーの「HD800」


■ ULTRASONE「edition8」

 ドイツのゼンハイザーについては、お馴染みなので説明は割愛するが、ULTRASONEは'91年に創設の比較的新しいメーカーなので、概要を紹介しておこう。こちらもドイツのメーカーで、日本ではタイムロードが販売を担当している。読み方は「ウルトラゾーン」。ネットでは略して「ゾネ」、「ゾネホン」などと呼ばれているようだ。

 モニター用ヘッドフォンをメインとするメーカーだが、同じ製品をコンシューマ向けにもリリース。近年では低価格な「Zino」(ジーノ/13,440円)などもラインナップしている。

 技術的な特徴としては、ユニットを鼓膜に直接相対させるのではなく、センターからズラしたオフセット配置にする「S-LOGIC」が挙げられる。鼓膜(耳穴)にダイレクトに音を届けるわけではなく、生音やスピーカーからの再生音と同じように、一旦外耳やその周囲に音を当て、そこから反射した音を聞かせることで、ヘッドフォン特有の頭内定位や圧迫感を低減。ナチュラルなサラウンドに聴かせるというものだ。同技術は「S-LOGIC plus」など、バージョンアップを続けている。

edition9
 ほかにも、特殊なシールドを施すことで電磁波の影響を低減するという「ULE」(ウルトラ・ロー・エミッション/超低放射)技術も多くのモデルに取り入れられている。いずれも“長時間使用による健康への影響の低減”や“頭内定位の緩和”といったプロユースならではのポイントを重視していると言えるだろう。

 代表製品はハイエンドの「editon」シリーズ。2004年に999台限定で発売された「edition7」は、「採算度外視で、持てる技術を全て投入した」(CEOのMichael Willberg氏)というモデルで、価格は驚きの47万2,500円。しかし、非常に解像感の高い再生音や気品のある響きなどでファンに支持され、完売。2006年にはブラッシュアップした「edition9」(24万1,500円)も登場し、こちらも完売している。

 新モデルの「edition8」の実売は15万円前後と、これまでのeditionシリーズとしては低価格。密閉型で、ハウジングは従来のeditionシリーズと比べて小型化されており、屋外での使用を意識している事がわかる。また、シリーズで初めて生産数が限定されていないのも特徴だ。


シンプルなデザインのedition8 装着したところ。鏡面仕上げのハウジングが目を引く ハウジングにはルテニウム箔が使われている

実際に装着すると、周囲の風景を写し込むので、思ったより目立たない
 鏡面仕上げのハウジングには、レアメタルのルテニウム箔が使われている。ツルッとした肌触りで、落ち着いた光沢に高級感が漂う。光を反射すると目立つが、外の景色を鏡のように写すため、装着すると意外なほど目立たない。ただ、アーム部やハウジングを折りたためないため、収納時には若干かさばる印象だ。

 ヘッドバンドはアルミニウム成型。長さ調節用に、内部にシリコンボールベアリングを組み込んでおり、容易に引き出せるが、カチカチという節目の手応えも残っている。伸び縮みさせるとアルミが擦れる「キシュキシュ」、「カシュカシュ」という音がする。あまり聴いたことの無い音なので「このまま伸ばしても大丈夫なんだよな?」と一瞬不安になったが、何度も出し入れすればしなくなるだろう。


ヘッドバンドはアルミニウム成型 長さ調節部分には、内部にシリコンボールベアリングが使われている ハウジングが鏡面仕上げなので指紋が気になるが、落ち着いた光沢なのであまり目立たない。付属の拭き布やハンカチなどで拭けばすぐに綺麗になる

イヤーパッドにはエチオピアン・シープスキンを使っている
 興味深いのはヘッドフォンの形状がシンプルな事。頭部に当てるサポートパーツや、ハウジングを自由に動かす複雑なヒンジは無く、極めてオーソドックスなシルエット。クランプ圧は強めで、眼鏡をかけている筆者の場合、つるの部分が圧迫され、耳の周囲上部に若干の圧力を感じる。頭頂部にもヘッドバンドが“乗っている”感はある。ただ、ハードな付け心地が多いULTRASONEのヘッドフォンとしてはソフトな部類に入る装着感だ。その秘密はイヤーパッドとヘッドパッドに採用されているエチオピアン・シープスキンにある。

 指で触るとプニプニと適度な反発があり、スポンジ系のイヤーパッドよりも反発が強い。マウスやキーボードの周辺機器で見かけるゲル状ハンドレストのプニプニ感を若干柔らかくしたと言えば伝わるだろうか。肌触りはしなやかで、上質の革ジャケットをなでているような、いつまでも触っていたくなるようなスベスベ感が癖になりそうだ。


正面から見たところ。ケーブルは両出しだ ハウジングが小さめな事もあり、装着感はそれなりにある ヘッドバンドにもエチオピアン・シープスキンを使用

 ドライバは40mm型の「トリプル・バスチューブ・コントロールド・チタン・ドライバー」。バスチューブとは、振動板背面に備えた音道で、低域成分の伝達スピードを制御する役割がある。それを3個、最適なポジションに配置。ワイドレンジ再生と低域の量感アップに寄与しているという。

ユニットが下部寄りに配置されているほか、複雑な形状の穴が前面パネルに開いている
 ハウジング内を覗いてみると、ネットの奥にユニットが見え、中央からオフセットされている事がわかる。その前に1枚のパネルが設けられており、複雑な形状の穴が幾つも開いている。ユニットからの音を直接耳に当てるのではなく、この板で音を細かくコントロールしているようだ。

 再生周波数帯域は6Hz〜42kHzとワイドレンジ。インピーダンスは30Ω。音圧レベルは96dBと、ポータブル機器でも鳴らしやすい。コードを除く重量は260g。付属ケーブルは1.2mで、左右両出し。プラグはステレオミニ。4mの延長コードが付属する。

 気になるのはケーブルが脱着できない事。このクラスの製品になると、ケーブルの交換で自分好みの音に追い込むニーズも出てくるため、交換可能なモデルも多い。改造するユーザーもいそうだが、標準でケーブル脱着モデルや、バランス接続タイプの追加といった展開があると嬉しい人も多いだろう。

ケーブル長は1.2m。ポータブル機器で使いやすい長さだ 入力プラグはステレオミニ。標準プラグへの変換アダプタも付属する ケーブルにはUSC(超柔加工)のOFC(無酸素銅)ケーブルを採用している


■ ゼンハイザー「HD800」

 オープン型ヘッドフォンの代名詞ともなっている「HD600」や「HD650」が4〜5万円程度である事を考えると、約15万円の「HD800」は上位機種というよりも、“別格の特別モデル”と言えそうだ。edition8と同様、生産数は限定されていない。

 【お詫びと訂正/2009年7月31日】
 記事初出時、5.000台の限定生産と記載しておりましたが、誤りでした。生産数は限定されておりません。お詫びして訂正させていただきます。

 形式はもちろんオープン型。最大の特徴は、ヘッドフォン史上最大という56mm径サイズの振動板を採用していること。そのためヘッドフォン全体のサイズも大きく、実物を見るとHD600/650よりも一回り以上大きく見える。

大型のHD800 フレームとメッシュを組み合わせたデザインが特徴 正面から見たところ

中心をくり抜いた、リング型の振動板を採用している
 振動板が大きくなると低域再生などで有利だが、高い周波数を再生しようとすると、ボイスコイルに近い振動板中心の動きに外周が追い付かず、分割共振が起きたり、慣性で不要な振動が起きて歪みが出たりする。そこでHD800のユニットでは、中心をくり抜いてドーナツ型の振動板にしている。

 これにより、慣性が弱まり、高周波数域での歪みを減少させつつ、大きなリングで多くの空気を振動させて豊かな低域も再生しようというのが狙いだ。周波数帯域は6Hz〜51kHz(-10dB)/14Hz〜44.1kHz(-3dB)。音圧レベルは102dB。インピーダンスは300Ωで、ポータブルプレーヤーには若干荷が重いが、オープンエアという事で、屋外での利用は基本しないだろう。ケーブル長も3mと長めでプラグは標準ステレオ。ただ、左右両出しの脱着式となっており、ケーブル交換は気軽にできる。

入力プラグは標準ヘッドフォン端子 ケーブルは脱着可能


耳の裏、下部まで覆ってくれる
 手にすると、サイズと裏腹に330gと軽い事に驚く。フレーム部分はチタンのように見えるが、レオナと呼ばれる特殊なプラスチックで、チタン並の硬度と振動減衰力を持っているという。プラスチックだから安っぽいという事は無く、むしろサラサラした手触りで感触が良い。

 ハウジングの外側は、ステンレスメッシュで構成されており、向こう側が透けて見える。ヘッドバンド部には金属とプラスチックを使用。頭と接する部分にはパッドが付いており、取り外しも可能だ。イヤーパッドにはマイクロファイバーを使用。肌触りが良く、耳の裏下部までしっかり覆ってくれる。頭全体が優しく包み込まれたような装着感だ。


フレームとメッシュで構成されている メッシュ部分はステンレス製 向こう側にプラグを置いてみたが、透けて見える
ハウジング部は上下左右に動くようヒンジが設けられており、フィット感を高めている ヘッドバンド部にはシリアルナンバー入り
ヘッドパッドは取り外し可能 ユニット部

 

 ハウジングが大きいのでイヤーパッドと密着するのは、顔の横、頬骨あたりまでくる。この部分は肉が少ないので圧迫されても不快には感じない。頭頂部への負荷も、側面に上手く分散させることで、頭頂部にだけ重さを感じる事も無い。数時間装着していても負担が少なく、付けていることを忘れていった。

ユニットを覆うネットを外したところ。リング状の振動板が見える ケーブルは3m。屋内での使用がメインになるだろう 装着イメージ


■ パッケージにも大きな違い

 同じような価格の2製品だが、パッケージや付属品はかなり異なる。edition8はボール紙ケースに仕切りがあり、本体と付属品を封入。キャリングポーチと延長ケーブル、ステレオミニと標準プラグの変換アダプタが付属している。キャリングポーチの内側は鮮やかな朱色で質感も良く、高級感がある。

 一方、HD800の方は最初のパッケージの段階で度肝を抜かされる。edition8よりも幅は約1.5倍、奥行きも2倍はあり、初対面の時はいったい何が届いたのかと思ってしまった。パッケージを開けると、中から同じサイズの専用ケースが登場。開くと宝飾品のようなベロアケースになっており、オーナーとの対面を演出してくれる。

 さぞや付属品もいろいろ……と思いきや、付属品は無い。屋外利用も想定したモデルなら航空機用変換プラグやキャリングケースの1つも付属するのだろうが、このあたりからも製品のコンセプトが伺える。edition8と比べ、開封時の所有満足度向上を演出するのはHD800の方だとは思うが、この巨大なケースを常用するのも面倒そうなので、コンパクトなキャリングケースは欲しかったところである。

左がedition8、右がHD800のパッケージ。HD800の巨大さがわかる edition8のケースを開けたところ。右にキャリングポーチ、左に製品が入っている edition8の同梱品を並べてみた
ポーチは内側が朱色。滑らかな肌触りで高級感がある HD800の巨大なケース。開けるとベロアケースとなっており、HD800が登場する


■ edition8のサウンド

 外観は大きく変わったが、edition8の再生音は一聴して「紛れもなくeditionシリーズ」と感じるものだ。低域の量感が豊かで、ドッシリと腰が座った再生音。ジャンルを問わず、楽曲をダイナミックに聴かせてくれる。従来シリーズよりも低域のタイトさがアップした印象だ。「山下達郎/いつか晴れた日に」冒頭アコースティックギター1本とアカペラ部分、ギターの胴鳴りの量感に圧倒される。だが、それに重なる弦の動きは極めて明瞭で、固い音を芳醇な響きが見事に分離。双方が混ざらない。

 25秒あたりでベースが入ると、地響きのように低音が沈む。頭の中心までズーンと低音が落ちるヘッドフォンは幾つか存在するが、この低音は頭を通り越して、背骨にまで到達する。低音という一本の太い柱を脳天から尻まで打ち込まれたようで、試聴中に思わず口元がゆるんでしまう。

DACとドライブにはDR.DAC 2やケンウッド「Prodino」などを使用。edition8はポータブルプレーヤーのアンプでも難なくドライブできるが、実力を引き出すにはポータブルアンプとの組み合わも考慮したい
 単に低い音が出るだけではない。JAZZで「Kenny Barron Trio」の「Fragile」から、ルーファス・リードのアコースティックベースを再生。弦が緩んだようなネバっこい低音が特徴の曲だが、ブゥーンと長く一音を伸ばしながら、弦の押さえ方に変化をつけ、音に表情を出している。edition8はその変化を的確に描写。ピアノの左手域の低音と混ざらず、個々の音を描き分けている。低音を好き放題に出しているのではなく、量感を維持しつつ、端はあくまでタイトに、中の解像度を保つ、レベルの高い低域だ。

 驚きが薄れて中高音域にも注意がいくようになると、高域のクリアさと抜けの良さに気付く。低音が豊かな密閉型ヘッドフォンでは、ハウジングの鳴きや反響が影響し、中高音域の明瞭度が落ち、モコモコした音になる事が多い。だが、「山下達郎/アトムの子」のドラム乱打でも、うねるドラムが流れる上で、タンバリン音はしっかり突き抜け、ヴォーカルに付帯音がかかる事も無い。高域は音が割れて破綻するギリギリの所で踏みとどまっており、その絶妙さは快感と言っても良い。個々の楽器が踊るように躍動している様が見事だ。

 低域がしっかりしているので、パンクも破綻しない。カナダのパンクバンド「Sum 41/NoReason」でも、エレキギターのソリッドさをトランジェントの良い音で再現しつつ、ドラムもパツパツと締まりの良いリズムを刻む。個々の音の解像度が高いのに、音楽全体としての吹き付けるような一体感も併せ持つ。時折、音場背後に広がる空間も感じられる。


■ HD800のサウンド

 edition8から付け替えると、音場の広さに驚く。密閉型とオープン型を比べるのは強引だが、オープン型の他機種と比べても非常に広く、ステージイメージが明瞭だ。その理由は、楽器の音像の定位がシャープで、それが広範囲に散らばって存在しているのがよくわかるためだ。まるでシャンプーハットの先に小スピーカーを7個くらいぶらさげ、そこからピアノ、ボーカル、ギターといった各パートの音を再生しているんじゃないかと思うほど定位が良い。

 加えてオープンエアであるため、音像から出た音が背後に限りなく広がり、視界の景色と解け合って消えていく。部屋が広くなったようだ。音場の広さでは下位モデルのHD600/HD650も秀逸だが、音像のシャープさ、定位の明瞭さと、個々の音のしなやかさなどで、やはりランクの違いを感じさせる。

 低域に特徴があるedition8と比べ、バランスは極めてニュートラル。オ ープンエアでは、中低域の音が薄くなり、量感の面で密閉型に劣る事も多いが、HD800ではしっかりと芯の通った、固い低音を聴かせてくれる。まるで“高域はオープン、低域は密閉”のようなサウンド。JAZZの小ライヴハウス録音の熱気もドラマチックに聴かせてくれるが、広がる音場は広大という、新鮮な体験。妙な例えだが、広いオーディオルームで、反応の良いフロア型スピーカー(例えばELACのFS 600シリーズなど)をベストポジションで聴いているような気分になる。

 得意なのはクラシック。シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき 作品30」(指揮:エド・デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団)では、コンサートホールの2階席から見下ろしているかのように、前方に整然と楽器が並ぶ。見通しが良く、個々の動きが良くわかると同時に、吹き寄せるような大太鼓の音圧も感じさせてくれる。

 リスナーと楽器の間の距離を的確に描くHD800に対し、edition8ではオーケストラの中心に頭を突っ込み、演奏家の位置で聴いているようなダイナミックなサウンドになる。太鼓の音圧も地鳴りのような凄みを感じさせる。生のオーケストラを聴きながら「ボリュームあげたいなぁ」と思う人にはうってつけ。同時に、観客席から聞こえるカタッという小さな物音も逃さず再生するあたりが、edition8の凄い所でもある。

 マクロスF「娘(ニャン)たま」から「ライオン」を再生。ベースラインの輪郭の鮮やかさ、シェリルの歌声の艶っぽさはediton8に軍配が上がるが、ピョロピョロという電子音と共に音が一瞬消える際の音の広がり、開放感はHD800が圧倒。「バッチリはまるだろうなぁ」と思いながらHD800で再生した「Lia/鳥の詩」は予感的中。あまりの透明感にしばし放心状態になった。

映画観賞用のヘッドフォンとしても活用できる
 edition8はポータブルプレーヤー(iPhone 3G)でも十分ドライブできる。ボリューム最大値から4メモリほど下げたポイントで十分な音量が得られた。遮音性は高く、同音量時でもしっかりと装着すれば、静かな会社のオフィスで、向かいの席に座っている人に音漏れが聞こえないレベル。走行中の電車であれば、1目盛りほど音を下げれば隣に座っている人も気にならないだろう。欲を言えば低域の分解能をアップさせるため、ポータブルヘッドフォンアンプとの組み合わせも検討したくなる音質だ。 HD800は音漏れが激しいので、ポータブルとしての利用は難しいだろう。

 HD800はAVアンプ(SC-LX81)と組み合わせて映画も鑑賞してみた。中域が膨らみ過ぎないため、セリフや効果音、環境音が実に聴き取りやすく、移動感や定位も明瞭。アンプ側でサラウンドモードを使わなくとも、十分な立体感が味わえる。「ダ・ヴィンチ・コード」の、深夜の室内でマグダラのマリアについて会話するシーン。役者の声が室内に広がり、そのさらに一段遠いところから、室外の虫やカエルの鳴き声がかすかに聞こえて来た。



■ その製品を1週間にどれだけ使うか

 edition8は、メリハリのある再生音とダイナミックな低域で、密閉型ならではの良さが存分に味わえる一台。S-LOGIC Plusで頭内定位も緩和され、閉塞感も少ない。分解能が高い低音がグイグイと主張するのに、細やかな音も漏らさず描写、人の声やピアノの音もニュートラルに聞こえるという「どうやってこんな音を出しているんだ」と不思議になるサウンドだ。

 イメージとしては、極めて音がニュートラルなモニターヘッドフォンを作った後で、エンジニアに依頼して“素性の良さを残しつつ、最高に楽しい音にチューニングして”とオーダーメイド。ついでに1年ほどエージングしてもらったような音。どんな音楽を再生しても音がイキイキとしており、どんどん音楽が聴きたくなる。魅惑的で、ニュートラルを重視する人も、一聴すると無視できない。「この曲をedition8で再生したら、どんな風に聞こえるんだろう」と期待が膨らんでしまうサウンドだ。

 いわゆるオーディオ的なバランスを最優先に考えるとHD800になる。ソースをそのままに聴かせる能力が極めて高く、「この1台があれば、しばらくヘッドフォンの事は考えなくていい」とすら感じる。録音の良し悪しや、音作りのバランスがストレートに出るため、聞き慣れた曲でも発見が多い。逆もしかりで、流行の“けいおん!”から「Don't say“lazy”」を再生すると、ベースラインを含め、音が全体的に軽いので、ボリュームを上げると高域成分が多くなり過ぎてうるさく聞こえてしまう。edition8は低域の彫りが深くなるため、不快には感じない。

 HD800の購入を検討する人は、3〜5万円クラスのヘッドフォンを保有しており、場合によっては密閉型とオープンエアを両方持っている事も多いだろう。そうした機種からのステップアップとしては、オープンエア/密閉型の不満点を解決した“優等生サウンド”で投資を裏切らない実力を持っている。逆に、そういった“正統進化”から一歩離れた唯一無二のサウンドを聴かせてくれるedition8も、ヘッドフォンを聴きなれた人にこそ魅力的に思えるだろう。

 価格は同程度だが、ここまで方向性が違い、なおかつ両方のクオリティがかなりの高みに達しているライバルもなかなか無い。利用シーンが異なるので競合する事も少ないと思うが、予算的にどちらを選べと言われたら非常に悩ましい。「両方とも」と言えるものなら言いたい2機種である。

 15万円は確かに高価だが、冒頭書いたように「使用時間」も考慮すると、あながちそうとは言えない。例えば1週間に5日、電車通勤し、通勤時間は行き帰りで約1時間。帰宅は夜中になるのがほとんどなので、寝る前に音楽を……と思っても、スピーカーで大音量は流せず、痩せた音を聴くのも嫌なのでヘッドフォンで済ませてしまう事も多い。その時間を2時間程度とすると、5日間で合計約15時間。

 休日にオーディオやホームシアターを楽しむとしても、1日5時間も6時間も聴く事は希だし、毎週末必ずAV機器を使うわけでもない。そう考えると、合計数十万円のアンプとスピーカーの組み合わせより、iPhone 3Gと3万円程度のヘッドフォンで音楽を聴いている時間の方が圧倒的長い。そうなると、1週間の内、大半の時間使っている機器に最も投資するのが最良のコストパフォーマンスではと思えてくる。15万円という価格も、ピュアオーディオスピーカーのペアで考えれば入門クラス。奇しくも同時期に登場した2台の孤高のヘッドフォンは、AVライフのもう1つの価値観を提案する力を持っている。 

  


(2009年 7月 24日)


00
00  AV Watchホームページ  00
00

Copyright © 2016 Impress Corporation. All rights reserved.