“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”
第590回:プロも注目のネット配信機「LiveShell Pro」
~カメラ&ルータ追加で簡単配信。ネット放送も720pへ~
■着実に根付くネット放送
インターネットの生放送のブームは、Twitterブームだった2009年の翌年、10年ごろからスタートした。もちろんこれには相関関係があるのだが、そのあたりは拙著「USTREAMがメディアを変える」あたりを読んでいただくとして、'11年3月の震災でその意味合いががらりと変わってしまった。
趣味でやってる人も未だ多いが、それとは別のところで、内容面でも放送クオリティ的な面でもシリアスにやれる人達が、テレビとは別のロジックで論壇を形成していった。
その流れを受けて、ビジネスの現場でもネットの生放送が普通に使われるようになった。結果としてはまず最初に震災・原発関係で論壇が形成されたからこそ、真面目な話もちゃんとできる舞台としてのお膳立てができたのだと思う。
ネット放送関連の機材については、かなりガチなテレビ放送機材だったものが、だんだんネット放送向けに技術が降りて来ているなという印象がある。その一方で、最終的な配信部分がいつまでもパソコンでエンコードというのは、業務としてはいささか心許ない。
そんなニーズにフィットしたのが、昨年10月に発表されたCerevoの「LiveShell(26,800円)」である。バッテリで動く小型・軽量なハードウェアながら、映像と音声のエンコードが可能で、モバイルルータと組み合わせれば、最小限カメラ1台とこれだけでネット放送が可能だ。
そして、この「LiveShell」をグレードアップしたのが、この11月に発売が開始される「LiveShell Pro」である。堅牢性の高いアルミボディで、最高10Mbps、720p解像度での配信が可能だ。直販価格は54,999円で、これだけニッチ商品ながら、Amazonなどの流通でも販売するという。
本来10月に発売される予定だったものが、「9月から10月にかけて発生した一部の国との国際関係悪化の影響を受け、予定していた主要部材の調達が行なえなくなり、調達先変更と再度の試作が必要となったため」ということで11月半ばの発売となった。思わぬところでチャイナリスクが出現した格好だが、製造工場はフィリピンだという事なので、まさに製造というよりは部材調達の遅れという事だろう。
前モデル「LiveShell」も引き続き併売されるという事なので、後継機というよりは、プログレードの上位モデルとなる。なお、今回お借りしたのはまだ最終品ではなく、ハードウェアはプロトタイプで、ファームウェアもベータ版なので、製品版とは仕様が異なる場合がある点をご了承いただきたい。高画質配信が可能な、ライブ配信専用機をさっそく試してみよう。
■堅牢生の高いボディ
まず外観だが、かつての「CEREVO LIVEBOX」を彷彿とさせる四角いボディで、前面から側面、天板まで一体のアルミ仕上げとなっている。それに噛み合う底板から裏面も金属製の一体で、かなり堅牢性が高い。LiveShellが樹脂成形で108gと軽量だったのに比べると、バッテリなしで300g、専用バッテリー内蔵で350gと、重くなっている。
アルミ仕上げが綺麗なボディ | 手の上に乗るサイズ感 | これが発売されている「LiveShell」。「LiveShell Pro」でデザインがかなり変わった |
インターフェースとしては、液晶の周りに4つボタンを配置して、液晶を見ながらの操作も可能という点では、LiveShellと同じである。
前面にマイク入力とモニター出力 |
映像入力とネットワーク関係は背面に |
前面にはマイク入力があり、外部マイクを利用することも可能だが、実は専用ケーブルを使ってPCから設定情報を流し込むためにも使われる。無線LANのSSIDやパスワード、配信先のログイン情報などを本体でチクチクと打っていくのは大変過ぎるので、PCで設定情報を作り、それを昔の音声モデムみたいな格好で本体に流し込むわけだ。
隣にあるのはアナログAV出力で、配信時のモニター出力が得られる。前モデルのLiveShellにはなかった機能で、業務ユーザーからのリクエストが多かった部分だ。
殆どのコネクタは背面にある。HDMI入力は480p/720p/1080iまで入力できるようになった。以前のLiveShellはHDMIでも480pしか入力できなかったので、HD解像度しか出力しない機器が接続できなかったが、今回のProでは、高解像度で入力して、内部で配信速度に応じた解像度に変換できる点は、大きなメリットだ。脱落防止用に、HDMIコネクタ固定用のねじ穴も設けてある。
隣はアナログAV入力、USB端子にはWi-Fiアダプタが装着できる。有線LAN端子もある。電源は5VのACアダプタが付属するが、専用バッテリも内蔵している。
底部には三脚穴もあり、カメラのアクセサリーシューにマウントできるようになっている。底部のフタを開けると、ノートPCなどでよく使われる18650バッテリが1本そのままズドッと入っているのでビックリするが、半田付けされているわけでなく、これも交換可能なようだ。確かにこれならば容量も大きいし、コストもそれほど高くないはずである。
底部には三脚穴も | 内蔵バッテリは18650タイプが1本 |
実は今年4月のNABで、LiveShell Proのプロトタイプを見せて貰ったことがあるが、当時はマイク入力としてファンタム電源供給可能なXLR端子を備えていた。そこから紆余曲折あったのか、実現しなかったようだ。
■バッテリ駆動で安定した配信
ではさっそく配信である。本機は一見据え置き型のように見えるが、実際にはバッテリも装備していることもあり、インターネット接続回線さえあれば屋外でも使用可能だ。
配信設定はiPadからも操作可能 |
屋外ではなるべくコンパクトなセットで配信してみようということで、カメラは先日レビューしたソニーのHDR-AS15を使用した。これは底部にHDMI端子が出ており、ここから余計な表示のないクリーン出力が得られる。
配信パラメータのコントロールはiPadを使用した。Webアプリである「Dashboard」にログインして、LiveShell Proの設定をリモートで変更できる。配信の開始、ポーズ、録画スタートも、すべてタブレットでコントロールできる。必要機材すべてがバッテリで動く機器で、ちょっとしたバッグにフルセットで入ってしまうコンパクトさだ。
屋外での配信例 |
インターネットへの接続はUQ-WiMAXのモバイルルータを使用した。そこそこ高速ではあるが、さすがに光ファイバーと張れるわけではないので、プリセットの800kbps以上で配信してみた。
LiveShellのエンコードがH.263であったのに対し、ProではH.264になっている。中速程度の放送だが、ピクセル等倍程度で見ているぶんには、なかなか綺麗だ。
ところどころ映像が引っかかるのは、今後のチューニングで解消するそうである。本機にはマイク入力もあるが、まだマイクアンプのチューニングが最終ではないという事なので、今回はカメラ側に外部マイクを挿して、HDMI経由で集音している。
この組み合わせのメリットは、本体とカメラ、モバイルルータだけという最低限の装備でどこでもネット放送ができるところだろう。電源を入れたあとの動作をあらかじめプリセットしておくことができ、電源を入れたら即配信、配信ポーズ、配信停止の3パターンが設定できる。
さらに言えば、従来小型カメラと言えばUSB接続のWebカメラしかなかったわけだが、AS15のような機材が出てきたことで、完全にHDMIがライブ配信においても主力の映像伝送フォーマットとなった。同じモバイル配信とは言っても、iPhoneなどスマートフォンで行なうものより格段に上質な放送ができる。
■高解像度配信に挑戦
LiveShellとLiveShell Proの最大の差別化ポイントは、高解像度配信に対応したというところである。LiveShellの最大配信解像度は、704×528ピクセル/1.5Mbps程度であった。
一方Proでは、最高1,280×720/30pまでの配信に対応、ビットレートの上限は10Mbpsとなっている。さらにH.264プロファイルは、High/Main/Baselineの3タイプが選択できる。
自宅のBフレッツ回線を使って、高解像度・高ビットレート配信のテストをしてみた。自宅のルータから有線接続し、カメラはキヤノンのHF G10を使用した。
高解像度配信実験 |
カスタム設定ではリアルタイムに細かいパラメータの変更が可能 |
詳しくはリンクの動画を見ていただきたいのだが、LiveShell Dashboardを使って、解像度や配信ビットレートの変更もリアルタイムに行なっている。設定範囲としては15Mbpsぐらいまで行けるようだが、筆者宅の回線では720/30pで12Mbpsぐらいまでなら安定して配信できるようだ。ただ、映像としてはそれほど込み入っていないので、設定は12Mbpsでも、そこまでのビットレートは使っていないようである。
なお本機のAV出力は、まだファームウェアの都合で動いていない。最終ファームでは、AV出力が得られるほか、イヤホンを挿せば音声のみのモニターもできる予定だ。
ちなみにこの端子の仕様は、一般的にビデオカメラなどで採用されている「ミニジャック - 黄白赤」スタイルではなく、過去iPodのビデオ出力に使用されていたフォーマットだという。モニター用ケーブルは別売となるが、iPodと同じ形式であれば、従来のビデオカメラ付属ケーブルでも黄色と赤のRCAコネクタを逆に挿せば、使えるはずである。
■総論
「LiveShell」がAmazonで約24,000円で買える現状(10月30日現在)、倍の価格(直販54,999円)を出してLiveShell Proを買う必要があるか、と言われれば、まちがいなくある。
まずポイント1は、画質の向上だ。LiveShellではコーデックがH.263であったが、これはアナログモデムを用いた通信など低ビットレート用のコーデックであり、画質は最初から期待できない。
一方H.264は現在主流の映像コーデックで、当然HD解像度までサポートしている。ビットレートに応じた高画質が見込めるほか、Highプロファイルまでサポートしているため、うまくシーンがはまれば高効率が期待できる。HD解像度で放送しなくても、恩恵がある部分だ。
ポイント2は、HDMI入力が480p~1080iまで対応したことだ。配信は低解像度だとしても、HDMI出力側が480p出力に対応していない機器がままある。Black Magic DesignのATEMシリーズなどがそうだが、こういう機器も直結で配信に使えるようになったのは、ナニゲに大きいポイントだ。
ポイント3は、720pの高ビットレート配信が可能になった事である。当然現場に光ファイバークラスのネットワーク環境を用意しなければならないため、なかなか出先での放送では難しいだろうが、何かの施設からの放送であればできない話ではない。このあたりが、業務ユーザーの注目点になるだろう。
これまでLiveShellでは、スペックが低いと敬遠してきたユーザーもあると思うが、Proの登場でかなり事情が変わってくる。動画カメラも次第にネットに繋がって当たり前になってきた今年、ネット動画配信システムは、省力化+高信頼性の方向が固まってきたようだ。