小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第623回:Fマウント採用の4Kカメラ、JVC GY-HMQ30

“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第623回:Fマウント採用の4Kカメラ、JVC GY-HMQ30

4K放送時代に求められる“4Kビデオカメラ”

4K放送へ向けて

 3Dブームの失速以降、これといった話題のなかったテレビ業界が、にわかに4Kで盛り上がっている。とはいっても、実際に多くの消費者が4K対応の何かを買うというのはもっと先の話で、今はどうやってテレビ番組を作っていくかという試行錯誤が始まった段階だ。

 それというのも、総務省の「放送サービスの高度化に関する検討会」においてスーパーハイビジョン放送に向けての推進ロードマップが策定されたこと、それを受けて「次世代放送推進フォーラム」が立ちあがったことなどから見ても、ここ1~2年の間にテレビで4K放送のワークフローを固める必要が出てきたからである。

 すでに映画の世界では、4K撮影は普通になりつつある。だが映画とテレビでは、映像に大きな違いがある。まずフレーム数だが、映画では24コマがスタンダードで、テレビCMなどで30コマを使う事がある程度。一方テレビ放送は、60コマが基本である。

 ただ60コマとは言っても、現在のHD放送は、ブラウン管時代に考案された60i(インターレース方式)を引きずっている。ブラウン管テレビはまだ残っている家庭もあるだろうが、もはや販売市場からは姿を消している。従ってこれからのテレビ放送を考えたときに、液晶やプラズマ、有機ELなどのフラットディスプレイの描画方式に向いた、60p(プログレッシブ方式)がマストになってくる。

 そしてもう一つの違いは、ライブの映像伝送があるか、という点だ。映画の生放送や生中継は存在しないので、そのような機能は必要ない。一方テレビ用機材は、録画と生での両方で使えなければならない。つまり一言で4Kといっても、映画とテレビでは方向性が全く違うカメラが必要になるわけである。

 さてそんな中、昨年JVCが発売した「GY-HMQ10」は、テレビ放送にフォーカスしたカメラだった。ただ昨年の段階では、テレビで4Kをいつやるのかもはっきりしておらず、存在感が示せなかったというのが正直なところだろう。だが今年発売される姉妹機「JY-HMQ30」はタイミングもよく、かなりの追い風になるだろうと予想される。

 普通の人が買うモノではないと思うが、今回はメーカーへの取材も含め、このJY-HMQ30のポテンシャルを考えてみる。

前作とほぼ同じボディ

Fマウント採用のJY-HMQ30

 JY-HMQ30は、2012年のCESで参考出品されていたので、すでに存在自体は1年前から知られていたカメラだ。6月13日から受注を開始した直販サイトのみの限定商品で、価格は170万円となっている。

 1年前に発売したGY-HMQ10(実売75万円前後)と構造はほとんど同じで、撮像素子を大型化し、レンズ交換式にしたものと思えばいいだろう。HMQ10からそう遅れずに市場投入する予定だったが、センサーの大型化とそれに付随する放熱設計などで時間がかかったという。ただ、タイミング的には非常にいい時に投入できたと思う。

左が前モデルのGY-HMQ10。ボディ部の作りはほとんど同じ
同じく左がGY-HMQ10。JY-HMQ30は液晶モニタ付近に放熱スリットが新たに設けられている

 マウントはニコンのFマウントで、絞りリングのない最近のレンズ用に、ボディ側に絞りリングが付けられている。ただ、電子接点によるボディ側とのやりとりは何もないので、フォーカスは完全にマニュアルのみで、露出はフルマニュアルか絞り優先となる。

絞り用のリングを装備
絞りリングのある「Ai AF Nikkor 50mm f/1.4D」を取り付けたところ
絞りリングの無い「AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED」を取り付け、ビデオカメラ側のリングで絞ったところ

 Fマウントの特徴は、1959年に発売された「ニコンF」の時代から、ずっと同じマウント規格を採用している事にある。したがっておよそ半世紀前から現在に至るまで、一部の特殊レンズを除けばほぼすべてのレンズが使えるわけだ。中古まで含めると、膨大な数のレンズが市場に存在する。

新採用の1.25型 829万画素CMOSセンサー

 HMQ30に搭載の撮像素子は、1.25型、有効829万画素CMOSセンサーで、前モデルと違って裏面照射ではない。3,840×2,160 60p/50p/24pの撮影が可能で、記録はMPEG-4/4:2:0/8bit、出力は非圧縮4:2:2/8bitとなっている。ただしセンサーサイズは事実上フォーサーズよりも少し小さい程度であるため、ニコンのフルサイズセンサーや35mmフィルム用レンズを用いると、画角はおよそ2.3倍となる。

 ボディ部の作りは、ほぼ前作のHMQ10と変わらない。記録方式なども前作と同じなので、以前のレビューを見ていただければと思う。ただAFや絞りの機構がないので、その分のスイッチ類は別の機能に割り当てられている。

一部スイッチ類の役割が変更されている
ビューファインダは角度が変えられる

 ハンドル部分が着脱できるのも同じで、ハンドル部にあるオーディオ機構も全く同じだ。というか、ハンドル自体が同じものだという。

ハンドル部分は着脱式

開発者に聞く、HMQ30のなぜ

開発に関わった皆さんに様々な疑問をぶつけてみた

 ではさっそく撮影、と行きたいところだが、その前にこのカメラに対する様々な疑問点をクリアにしておきたいと思う。ネット上で見かけた疑問を集めて、開発や商品企画に関わった皆さんにぶつけてみた。

――前モデルの型番は業務用ラインナップに付けられる「GY」でしたが、今回はコンシューマ向けの「JY」シリーズになっているのはなぜでしょう?

イメージング事業部 技術統括部 谷田泰幸副統括部長

JVC:前モデルを発売した段階では、まだ4Kの映像制作環境や再生環境が厳しかったため、コンシューマまで含めて訴求するのは難しいだろうという判断から、まずはB2Bでやり始めたという経緯があります。しかし今回は、コンシューマも含めた販路やサービスも含めて展開していくということから、JYシリーズとしました。現在は直販のみですが、これはB2Bだけに限定するということではなく、いろんな方にもご購入いただける手段として展開するためです。

――なぜFマウントを採用したのでしょう?

JVC:一つは、絞りも含めてフルマニュアルで制御しやすいレンズシステムだったということ。またレンズの種類も豊富で、入手性が高いということも決め手となりました。レンズを自社開発していない立場としては、特に利害関係があるわけでもなく、ニュートラルに選択した結果です。

 実は、Fマウントの採用はこれが初めてではなく、2009年に4Kプロジェクタに合わせて開発した4Kカメラヘッドでも採用した事があるんです。

――4Kになるとフォーカスがシビアになりますが、AFがないカメラとして何か工夫した点は?

JVC:2つあります。一つは4Kのエリア内を任意に選んで拡大できる機能。ルーペ感覚で使っていただけるものと思っています。

 もう一つは、フォーカスアシスト機能の強化。これまではグレースケールの映像に単色の色を付けて、フォーカスポイントを表現していました。色の幅が太い部分がフォーカスの山となりますが、例えば森などを撮影した場合、全面に色が付いてしまって、フォーカスの山が見えないということが起こっていました。

イメージング事業部 技術統括部 カメラ技術部 大浦徹也部長

 これをカバーするために、今回はマルチカラー対応としています。赤、青、緑の3色を同時に使い、フォーカスの中心を赤で表現することで、フォーカスの山を見つけやすくしています。

――現場に4Kのモニターがないことが問題となるケースもあるようですが、何かソリューションは考えていますか?

JVC:HDMI出力の1つを使えば、通常は4Kの映像をダウンコンバート出力してHDのモニターを使う事ができます。さらにカメラ内の拡大機能と連動して、HD解像度の等倍で出力する機能があるため、細かい部分は拡大してモニタリングできるようになっています。

――センサーからの映像を4分割して記録するということは、内部的には4Kではなく、HD4枚分の映像を並列で処理しているイメージなのでしょうか?

JVC:全体の映像でAEなどを見なければいけないので、内部的には4Kの映像データとして処理しています。分割したのはあくまでも記録媒体とコーデックの関係から。4Kの映像を4つに分解して、各SDカードに記録するというイメージですね。

ホーム&モバイル事業グループ 商品企画統括部 新事業企画部 シニアスタッフの上村直弘氏

――HD撮影ではAVCHDフォーマットとなりますが、MPEG-4を採用してもっと高ビットレートで撮るという選択肢はなかったのでしょうか?

JVC:当社で多くの業務ユーザーにヒアリングを行ないましたが、現状ではAVCHDで良いという意見が多かったので採用しています。ただ60p撮影では、28Mbpsではビットレートが不足するという認識も持っており、実際にコンシューマ機の「GC-P100」などでは、MPEG-4 35Mbps/LPCMで撮影できるモードも搭載しています。

――業務ユースを考えると、スポーツ中継など、ライブカメラとしての利用も可能性が高いのではないかと思われます。SDI出力を4つ付けるという選択肢はなかったのでしょうか?

JVC:SDI 4つでは、端子のサイズからどうしてもボディが大型化してしまうので、ミニHDMI×4つという選択をしました。また前モデルとの併用や入れ替えといった、ライブシステム設計上の共通性を持たせるという意味合いで、HMQ10と同じにしています。

4Kテレビも用いて、高解像度映像をチェックした

フォーカスの心配が激減したアシスト機能

 では早速撮影である。今回は「GY-HMQ10」と比べ、レンズと撮像素子に違いがあるだけで、エンコーダなどは同じなので、画角や画質モード比較は行なわず、簡単な撮影のみ行なった。

 使用したレンズは、手持ちの「NOKKOR 24mm/F2.8」、「NIKKOR-S Auto 50mm/F1.4」、「NIKKOR-Q Auto 135mm/F2.8」のオールドレンズと、JVCからお借りしたFマウント仕様のシネレンズ「Carl Zeiss Distagon 21mm/T2.9」(Compact Prime)である。

Compact Primeを付けるとものすごいことに

 まずレンズの着脱部分は、ロックレバーが若干安っぽい作りのように思えたが、レンズを片手で掴んで親指でロックを下げながら回すことで、簡単にレンズを外すことができる。この部分はなかなか使いやすい。

 新しいマルチカラーのフォーカスアシストは、基本的にはコントラストAFなので、赤い山がなかなか出てこない被写体もあるが、単色よりも自信をもってフォーカスを合わせることができた。アシストのスイッチも大きく、かなり使いやすい。

 タッチスクリーンによる拡大は、フォーカスポイントを確認するのに便利だ。4倍に拡大してもHDサイズなので、拡大している感じが全然しない。それも良し悪しで、次のカットを撮るときに拡大したままなのに気がつかなかったりするほどである。

 ビューファインダはLCOSなので、視点を移動させるとカラーブレーキングが起こる。おそらくこのクラスのカメラになれば、ビューファインダでの撮影が標準になると思われるが、もう少し上質のファインダが欲しいところだ。

 ここ数日かなり暑い日が続いているが、炎天下での撮影中では、カメラに耳を近づけると、それなりの速度でファンが回っている音が聞こえた。丁度撮像素子があるあたりがほんのり暖かくなっている。やはり大型CMOSの発熱はそれなりにあるようだ。もちろんファンは自動制御なので、涼しい室内では耳を近づけても音は聞こえない。

 ニコンレンズの硬めのトーンは、4K解像度と相まって、実にテレビ的な絵となる。輪郭がはっきりした、バリッとした絵になるからだ。撮像素子が35mmフルサイズよりだいぶ小さいので、このカメラで広角の絵は撮りづらい。一方で望遠レンズはさらに2.3倍寄れるため、広いグラウンドで選手を狙うといったケースでは使いやすい。

NOKKOR 24mm/F2.8で撮影
NIKKOR-S Auto 50mm/F1.4で撮影
NIKKOR-Q Auto 135mm/F2.8で撮影

 写真用のズームレンズは、テレ端とワイド端でフォーカス位置がずれるため、ビデオ的なズーミングは難しい。そういう用途はHMQ10のほうが向いている。HMQ30は、付けるレンズによって適材適所で使い分けるということになるだろう。

Carl Zeiss Distagon 21mm/T2.9で撮影
同じくDistagon 21mm/T2.9、12dB増感

 そう言えば、HMQ30に付いているズームレバーは、今のところ使い道がないことになる。機能的にも、何も割り当てることができないが、せっかくなので何かに使えるとよかった。今後のアップデートに期待したいところだ。

 全体的にレンズのコントロールがないので、カメラ本体に設定が少なく、露出も自動化するならば絞り優先以外にないので、撮影は意外とシンプルだ。

 今回4K映像の編集は、マウスコンピュータのPC「MDV-AFX9220SW5-WS」(7月16日現在:239,820円)をお借りし、「EDIUS PRO 6.54」で行なっている。主なスペックは、CPU Core i7-3930K、16GBメモリ、1TB HDD。4K2Kに対応し、2GBのGDDR5メモリを搭載したビデオカード「AMD FirePro W5000/2GB」も搭載している。シャープの4K2Kディスプレイのセットモデルも用意しているのが特徴だ。

 グラスバレーが別途無償提供しているAVCHD2HQコンバータを使って4つのファイルを統合し4Kファイルを作成したのち、編集を行なった。

マウスコンピュータの「MDV-AFX9220SW5-WS」
AMD FirePro W5000/2GBも搭載している
フルHDに変換した撮影サンプル
sampleHD.avi
(1.1GB)
※再生にはGrassValley HQXコーデックが必要です
※編集部注:動画は編集しています。編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 現在の一般的なPCでは、4K 60pのハンドリングは難しい。本機も相当スペックの高いマシンではあるが、それでもEDIUS PRO上の作業ではやはり4K 60pのリアルタイム再生は厳しかった。動画を再生すると盛大にファンが回りだす。動きの少ないクリップならリアルタイムまであともう少しなので、4K 30pの動画であれば、このマシンならば普通に作業できるだろう。それだけ4K 60pは重たいファイルだということだ。

 なお、サンプル映像の4Kファイルは10GBを超えるサイズになってしまうため、今回掲載したサンプルは、QuickTimeのGrassValley HQXコーデック 標準画質で、4K解像度からHD解像度に変換して書き出している。再生用のGrassValley HQXコーデックは無償提供されている。

総論

 確かに昨年の時点までは、シネマ用とは言えない4Kのビデオカメラなんて何に使うの? という雰囲気があった。だが今年はテレビ放送の4K化ロードマップが出されたことで、事情が全く違っている。

 4K 60pの編集は、これまでのHD編集のようなわけにはいかず、ハードルがまた上がったわけだが、現時点では専用記録メディアもなく、番組納品フォーマットすらない現状である。

 しかし生放送という用途では、来年のワールドカップへ向けて各社が機材開発に着手する中、おそらく唯一4Kの録画と同時に4K非圧縮映像出力ができるカメラが、JVCのHMQシリーズとなる。逆に言えば、もし4Kのライブ出力機能がなければ、このカメラはごくごくニッチなニーズしか満たせないところだった。

 HDMI×4本で出力してどうなると思われるかもしれないが、そこはよくしたもので、計測技術研究所からHDMI 4本をHD SDI 4本に変換するコンパクトなコンバータ「Quad MC」が発売されており、アダプタを使えばカメラの下に取り付けることができる。とりあえずSDIに変換すれば、200mぐらいは引き回せる。

InterBEE 2012でJVCとPFUが共同で参考展示していた4K非圧縮伝送のデモ

 また富士ゼロックスの「WK-0300シリーズ」(リンク先はPDF)という製品を使えば、HDMIを光ファイバーに変換して1kmぐらい伝送できる。JVCでも、昨年のInterBEE 2012において、4K非圧縮伝送の参考展示をPFUと共同で行なっていた。10GbpsのIPで、非圧縮HD~非圧縮4Kの伝送を行なうもので、PFUの「QG70」が使われていた。

 またNTT ATでは、4KをJPEG2000にリアルタイムにエンコードしてIP伝送できるコーデック(リンク先はPDF)も開発している。4K 60pを伝送するのは難しい事だが、このように方法はあり、国内企業が総力戦で実現に向けて頑張っている。

 HMQシリーズは、記録方式がSDカード×4というユニークさで注目を集めたが、実は本命はライブカメラ用途ではないかという気がする。これから4K放送のテストもあちこちで行なわれるようになるはずだが、バックアップ記録と平行して4K映像が出せるカメラとしては、一番有力ではないかと思う。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。