小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

技術はなんのために使うべきなのか

現在西田は、9月二度目の渡米のために、成田空港へ向かう成田エクスプレスの中にいる。今月は多忙につき、メルマガの執筆が小寺さん任せになってしまい、皆様に原稿をお届けできずに申し訳ないと思っている。せめて、取材中にこのところ考えていることについて、ちょっとここで書いておきたい。

2回目の渡米の目的は「アマゾン」のAlexaに関する新製品の発表会と開発者取材を行うことである。(その後、NetflixとOculusにも取材に行くので、実際には3件あるのだが)

先週のアップルの取材も、今回のアマゾンの取材も、キーワードは「マシンラーニング」(AI)である。マシンラーニングによるユーザー体験の変化こそ、今多くのIT企業が取り組んでいる課題のひとつであり、もっとも熱いトピックだ。

だが一方で、そこに落ち着かないものを感じているのも、また事実である。

その、「マシンラーニングによるUXの変化」を、我々は本当に体感できているのだろうか? iPhone XSシリーズはすごい。特にカメラの進化は圧倒的だ。詳しくはレビューをご覧いただきたいが、この変化が「センサーは小幅な変化に過ぎず、ほとんどの部分をソフト、それもマシンラーニング系の技術で実現している」という点がすばらしい。「演算による撮影」という考え方が本格的に動き出した印象がある。写真は、レビューには掲載しなかった、iPhone XS Maxを使ったショットのひとつ。何気ないスナップに思えるが、「夜に外から、煌々と明かりが点る店内の様子が白飛びせず、きちんと夜の暗さと同居して写っている」点に注目してほしい。これを自分の手で露出やフォーカスポイントを合わせて撮影するのは、けっこう難しいことだ。少なくとも筆者には、「瞬時に必要な判断をしてカメラのセッティングをあわせる」自信がない。

iPhone XS Maxで撮影した写真。Apple銀座の前なのだが、店内がきちんと見えつつ、外も申し分なく明るく写っているところに注目。こうしたこまやかな部分の露出コントロールを、画像合成とマシンラーニングで行っているのが、新iPhoneの凄さだ

Alexaに代表される音声アシスタントもすごいものだ。かなりの精度ですばやく人間の言うことをききとってくれる。10年前だったら夢だったものが、いまや数千円のデバイスを購入するだけで、クラウドの力を使うことで実現できるようになっている。

どちらも、マシンラーニング様々、といっていい効果だ。

だが、我々は、それをどう使っていいのだろうか?

スマートスピーカーに向けて「なにを言っていいかわからない」という話はよく聞く。iPhoneのSiriも同様だ。今回のiOS12では、音声認識だけでなく、アプリの利用履歴から行動を提示したり、「よく使う作業」を音声コマンドひとことで行えるようにする機能が強化されているのだが、「それをどう日常に活かすべきか」が難しい。

今のマシンラーニングによるAIには制約が多い。そこまで気が利く存在でもない。「生活を楽にするために、機械にはなにをさせればいいのか」というビジョンがないと、効率よく動かすことは難しい。

マシンラーニングで機械の能力は上がったが、我々が「機械になにをやって欲しいのか」というビジョンを持つ力(発想力といってもいい)はそこまで高くなっていない。絵が描けない人は、白紙とペンを渡されても「なにを描くべきか」で戸惑い、石になってしまう。それと同じ事が、我々と機械の間で起きてはいないだろうか。

機械のことをよく知っていて、ソフトでできること・できないことを理解している人は、自分の判断で「命令」をイメージできる。だが、そうでない人の方が実際には多い。

PCが生まれた時、人々はなにに使うべきか分からなかった。だから、単機能な「ワープロ専用機」にも需要があった。30年が経過し、多くの人にPCの使い方が知れ渡ることで、人々は自由にPCを使うようになった。スマートフォンも同様だ。こちらはPCの3分の1の時間で良かったが。

我々も企業も、マシンラーニングという技術を前に、「それをどう普通の人に提示すればいいのか」「なにに使うと便利だ、と言えばいいのか」という、明確な答えを出せずにいる。その中で「カメラ」は、多くの人にとってわかりやすいものだから、スマホの中で先行して技術開発が進んでいるのだ。

アマゾンは、アップルは、そこにどういう答えを持っているのだろうか。アマゾンの関係者には直接取材の機会ももらえたので、疑問をぶつけてみたいと思っている。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2018年9月21日 Vol.189 <案ずるより産むが易し号> 目次
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01 論壇【小寺】
 iOS12「スクリーンタイム」の研究
02 余談【西田】
 技術はなんのために使うべきなのか
03 対談【小寺】
 「テレビメディアをガラガラポン」は成功したか (1)
04 過去記事【小寺】
 大炎上!? Kindle Unlimitedを巡る攻防
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41