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忘れられないソニーのDATデッキ「DTC-790」をメンテ! DATデッキがまた一台社会復帰した

ソニーのDATデッキDTC-790。'90年後半に登場したDAT成熟期の製品である

オーディオを趣味にしていると、これまで生きてきた時々において忘れられないセットがあるのではないだろうか。強く思い入れが残る理由は、初めてアルバイトをして買ったものであったり、高価で買えぬまま生産終了してしまったものであったりと、各人理由は様々あると思う。

先日、私にとって思い出の一台であるソニーのDATデッキ「DTC-790」をメンテする機会を得たので、その様子をお伝えしたい。

「DTC-790」が欲しかったあの頃

ソニーはDATのオリジネーターとして、購入しやすいエントリーモデルから物量投入を極めた最高級モデルまで、多数のDATラインナップを展開していた。定価30万円の超ド級デッキ「DTC-1500ES」や、ソニー製DATデッキの集大成である「DTC-2000ES」は、記憶に残っている方も多いのではないかと思う。

'90年代のソニーデッキカタログ
最高級機「DTC-1500ES」の当時の定価は30万円。気の遠くなるような定価だ
10万円以下の普及機も2種類で展開していた。あいにく「DTC-790」のカタログは見つからず

そんな中で筆者は、DATデッキが世間的に現役だった2000年代前半、高級機種を差し置いてこのDTC-790どうしても欲しくてたまらなかった。

理由は2つあって、まずDATデッキとしてはかなり安かったのだ。中古品であれば保証付きで確か3万円位から売られていて、当時学生だった筆者にとっては、現実的に買うことができる数少ないデッキのひとつであった。しかも、上級機譲りのSBM(Super Bit Mapping)やセンターマウントメカが採用されているので、お買い得感が高いのも、物欲に拍車をかけた。

もうひとつの理由は、当時何度もプレイし、ディスクが擦り切れるほど楽曲を聴いたPCゲーム『AIR』の楽曲制作に、DTC-790が使われていたからだ。

AIRのサウンドトラックをお持ちの方は、今一度ブックレットの最終ページを確認してみてほしい。そこには2名の作曲家の機材リストが載っていて、「回想録」や「てんとう虫」、そして「Farewell Song」などの作曲を担当している戸越まごめ氏のリストの一端にはDTC-790の名が記されている。

PCゲーム『AIR』の初回版とサントラ
ブックレット最終ページにある使用機材の一覧

『AIR』は2000年に発売されたPC用のADVゲームで、その詳細は省くが筆者はこのゲームに頭も脊髄もやられ、オーディオでも『AIR』の楽曲をいかに気持ちよく聴くことができるかというのをひとつの指標にしている。

ゲーム発売からサウンドトラックがリリースされるまで2年ほどかかったため、その間はミックスモードCD仕様になっているパッケージに付属のCD-ROMである「OrangeDisc」をCDプレーヤーにかけ、何度も何度も聴き込んでいた。

CDプレーヤーにセットすると音楽CDとして認識される。2〜27トラックが楽曲だ

そんな個人的な思い出に溢れたDTC-790であるが、実は今まで良い縁に恵まれず、手にしたことはなかった。そんな中でDTC-790を修理してほしいと依頼があり、これはまたとないチャンスと思い快諾した。

メンテ開始!まずは現状確認から

依頼者の方からの指摘事項は……

  • 1.使用中勝手に止まってしまう
  • 2.上記のような状態で長期間寝かせていたため、全体的に点検希望

……というものである。休眠期間中にヘッドドラムが固着していなければ修理は可能と思われるので、天板を開けてまずはヘッドを確認する。幸いなことに固着は見られず、まずは一安心だ。

天板を外した状態。電源からオーディオ系まで一枚の基板にまとまっている
回転ヘッドが固着すると修理は不可能。替わりのヘッドが必要になる

内部を観察していると、ホコリの混入や部品のダメージは見当たらず、このまま何もせずとも再生はできそうな雰囲気を感じた。そこで、テスト用のダメになってもよいテープを入れてローディングしてみると……特に引っ掛かりもなくあっさりとローディングが完了。再生ボタンを押すと、何事もなく音声が出力されてきた。

テスト用テープを入れて再生。何もせずとも動いてしまった

初めて触るデッキなので身構えていたが、これだけスムースに動いているなら、ほぼ手を入れる必要はないのではないか? そんなことを思いつつ、再生しながら様子を見ていると、突然テープ走行が止まってFL管がブラックアウト。

その後、電源投入直後と同じイニシャライズが走り始めてしまった。やはり、そう簡単に済むものではないようだ。

指摘事項の原因を探る

作動中に突然リセットがかかるような動きから、ロジック系でエラーが発生→強制リセットがかかっているのではと思い、マイコンIC周辺の回路を疑うも、目視でははんだ割れといった異常は見当たらなかった。

過去に修理した同年代のCDプレーヤーでは、マイコンICそのものが故障して同様の症状を発した記憶があることから、今回もそのパターンか……? と思いながら、内部とにらめっこしていると、ふと電源部分に違和感を感じた。

本機の電源スイッチは正面パネルの左下側にあるが、電源スイッチにまでACコードが配線されていないのである。

電源スイッチが取り付けられている基板の裏側。AC配線がない

これが何を意味しているかと言うと、このセットは基本的に常に通電していて、正面の電源スイッチが押下されることでスタンバイモードから立ち上がる——パソコンのような動きをしていると考えられる。

ということは、仮に電源スイッチの接点不良が起きると、スタンバイ状態と起動状態のマイコン判定が不安定となり、指摘されている症状が発生してもおかしくない。

正面パネルに取り付けられた電源スイッチが載っている基板を取り出したところ

早速電源スイッチを調べるべく、正面パネルを外して基板を取り出し、ON状態での導通状態をデジタルマルチメーターで点検してみた。結果は予想通りで、抵抗値は0Ω(導通状態)ではなく数kΩをうろついているため、スイッチの接点不良が確定した。

この電源スイッチ、分解は割と簡単にできそうではあるが、外観を頼りに詳しく調べてみると、なんとアルプスアルパイン社で同じものが生産されているではないか! ということで、今回は新品を手配して交換することにした。

購入した新しいスイッチ
操作キーを移植して基板に取り付け

スイッチ交換後は基板を正面パネルに戻して組み立て直す。ACコードを繋いで電源スイッチを押し込むと、セットは何事もなく立ち上がる。

その後、確認のため180分テープを1本まるまる再生してみても、突然のリセットは一度も出現しなかった。これで、勝手に止まってしまうという指摘事項は改善できた。

メカ周りのメンテと電気系の点検・調整

指摘事項は直ったので、点検を再開しよう。

基本的に正面パネルに全機能が網羅されているため、ひとつずつ操作して作動を確認する。その結果、ボリュームやスイッチのガリが見受けられる程度で、録音やIDのアフレコなど記録に関することは問題なかった。メカ部分は現状動いているものの、今後固着する可能性があるため、分解と清掃・注油をして将来に備えておく。

テープ送りを司るピンチローラーは経年で硬化が始まっていたので、これは代替の新品に交換しておく。

取り外したメカデッキASSY
メカデッキとカセコンを分離

本機はDATデッキとしては末期に近い製品で非常に完成度が高く、メカデッキとカセコンのASSYはビス4本とコネクタを外すとフリーになり、基板やシャーシに干渉することなく筐体から引き抜ける。メカデッキとカセコンも、ビス数本を外せば素直に分離することができる。

製造時、組み立てコストを下げるためにこのような設計をしたと思われるが、結果的にメンテもやりやすいので良いこと尽くしだ。

メカデッキからリールモーターを取り外す
ギアやリール台など、可動部分はできる限り分解して劣化した油分を取り去り、再潤滑する
ピンチローラーは代替品に交換

メカのメンテとピンチローラーの交換ができたので、最後にテストテープを使ってリールトルク、テープパス、DPGなどDAT特有部分の点検、調整を行なう。この辺がズレていると、録音したテープが他のデッキではもちろんのこと、自分自身でも再生できないといったトラブルの原因となる。

トルクメーターでリールトルクを点検
オシロスコープでヘッドの出力波形を表示して、テープパスを点検

測定の結果、バックテンションが基準内ではあるものの、下限ギリギリであったため少し強める方向に調整した。

他の部分は問題なかったため、調整はせずに点検のみ。個人的にソニーの民生用デッキはテープパスがズレやすいという印象を持っていたが、このセットにおいてはそれは当てはまらないようで、非常に良い状態を保っていた。

メンテ完了! また一台DATデッキが社会復帰を果たした

メンテ完了後は動作チェックと試聴である。筆者が修理をした時は、必ず数日使い込んで異常がないか確認することにしている。

“不具合出し”とでも言えばよいだろうか。オーディオ機器に限らず、眠りについていたものを起こすと、指摘症状以外の問題が見つかったりすることが多い。今回は幸いなことに追加で発生した不具合はなかった。

メンテ後は入念に動作チェックをする

さて、気になる音質だが、F特は十分に広く、癖のない素直なものが楽しめた。上級機と比べれば細部に差はあるが、細かい音はしっかり聴こえてくるし、また、メカの動作がとても俊敏なので、DATカセットのローディング・アンローディングや頭出し動作などの「もたつき感」が少ない。DATの特徴と言われていた高速動作が堪能できるのも、良いポイントと言えよう。DATというフォーマットを気軽に楽しめるハイC/Pな機種だと思う。

試聴で録音・再生したのはもちろん『AIR』のサウンドトラックで、もう何百回とこのサウンドトラックは聴いてきたが、今回も最初から最後まで全部聴き入ってしまった。

『AIR』のサントラをDATで録って再生。当時この楽曲がDTC-790で作られたと思うと感無量である

DATは既に役目を終えたメディアだが、今日また一台が社会復帰を果たすことができた。

もしご自宅で眠りについているDATデッキがあれば、是非とも社会復帰させてあげてほしい。往年録音したテープを再生する楽しみがあるのはもちろんのこと、今新たに録音しても新しい発見があると思う。

二見直明

半分フリーなオーディオライター。趣味はオーディオ機器を買う、直す、聴くの3点セットと乗り物の運転。友人に助言され2008年からオーディオ機器に関することを中心に執筆活動も行なっている。