パイオニア、世界初“ステルススピーカー”を披露
-AV機器にも有望。超薄型で豊富な低音再生
パイオニアは13日、カロッツェリアブランドのカーオーディオ新製品として、世界初のHVT方式を採用したステルススピーカー「TS-STH1000」を報道陣に公開。超薄型ながら、豊富な低音再生を実現した独自技術を紹介すると共に、PC用スピーカーやオーディオ用、テレビ用など、様々なスピーカーに発展可能な将来性の高さを感じさせる試作機も公開した。
■ ステルススピーカーの原理は「飛び出す絵本」
「TS-STH1000」の仕様は既報の通りだが、車載用の2ウェイサテライトスピーカーで、価格は42,000円。2月上旬に発売する。
外形寸法261×36×105mm(幅×奥行き×高さ)という薄型筐体が特徴で、薄さを活かして車内後方のCピラーなどにリアスピーカーとして装着したり、ミニバンのリアシート2列目の頭の上あたりに取り付け、音場の広い再生を実現するといった使い方が可能。薄型/軽量であるため取り付けが簡単にでき、目立たないためインテリアとも調和。後方視界も良好に確保できるといった利点がある。同社ではその特性を指して「ステルススピーカー」と呼んでいる。
TS-STH1000の奥行は36mmに抑えられている | 背面 |
車のリアに設置したところ | ミニバンのリアシート2列目上部に設置したところ |
薄型化を実現するために採用したのが、世界初となる「HVT(Horizontal-Vertical Transforming)方式」という技術。その名の通り「水平の動きを垂直に変換して動作するスピーカー」となっている。
通常のダイナミックスピーカーは、振動板が前後に振幅して音を出す。だが、そのために振動板が前後に振幅するためのスペース(クリアランス)を設け、その背後にボイスコイルの巻幅、ボイスコイルのクリアランス、磁気回路と、様々なパーツや空間が必要になり、結果としてユニット全体が分厚くなる。薄型化しようと、それらのパーツや空間を無理に薄くすると、今度は振幅が小さくなり、振動板のエッジがすぐに“つっぱって”しまうなど、入力信号が大きいとすぐに音が歪むユニットになってしまう。
そこでHVT方式では、磁気回路とボイスコイルを振動板の背後に置かず、図のように横に持ってきているのが特徴。図のユニット(断面)では、振動板の左右に駆動用パーツを配置している。この状態で、ボイスコイルは左右に動くのだが、それを「スコット・ラッセルのリンク機構」という機構を介して、上下の動きに変換。振動板に伝え、音を出すという仕組みになっている。
HVTの動作原理。左右の動きを上下に変換する | 左側が通常のユニットの打面。右側がHVTの断面。通常のユニットは振幅幅や磁気回路などにより、どうしても厚みが出てしまう |
この「スコット・ラッセルのリンク機構」は、棒状のパーツを、関節を介して組み合わせて実現しているもので、動きとしては「飛び出す絵本」を思い浮かべると理解しやすい。以下に動きの連続画像を紹介する。
HVTの動作を示した模型。左から見て行くと、下部の左右の動きが、上下の動きに変換される過程がわかる |
生みの親である、東北パイオニアのスピーカー事業部 第一技術部 設計一課の小林博之氏は、このアイデアの誕生秘話を披露。「薄くて小さいスピーカーにおいて、パイオニア独自の技術を生み出したいなと考えていました。そんな折、子供と本屋に行って、飛び出す絵本を見た瞬間、このアイデアを閃きました」という。
東北パイオニアのスピーカー事業部 第一技術部 設計一課の小林博之氏 | 小林氏がHVTのアイデアを閃いたのは、飛び出す絵本を見た時だという | 確かにHVTの動きを連想させる |
「そこからCADで図面を作り、試作部品を仲間と共に組み立て、なんとか音を出す事ができました。しかし、量産化に向けては苦労の連続で、寿命や信頼性の面で解決しなければならない問題が沢山あり、1月6日にようやく量産が開始できました」(小林氏)とのこと。その甲斐あって、出願特許30件以上という独自のユニットが完成した。
薄型ながら、磁気回路が背後にないため、振動板の振幅スペースを十分にとれ、高音質な再生が可能。コーン紙よりも剛性の高い振動板を使い、音圧の高い、豊かな低音も実現できる。振動板サイズは57×75mm(縦×横)の横長だが、通常の円形ユニットに換算すると振動板面積は87mm径に相当する。
また、左右に配置したボイスコイルが、互いが生み出す振動を打ち消すように動作することで、ユニット自体の不要振動が極めて少ないのも大きな特徴となる。
■ 用途に合わせた組み合わせが可能
このHVTは、振動板と駆動系の数や組み合わせを変えることで、大きく分けて4つのバリエーションに展開できるという。
HVTユニットには、振動板と駆動系の組み合わせにより4種類のタイプが派生できる |
駆動系が不要振動を打ち消し合い、背中合わせに振動板を付けたタイプではさらに前後の不要振動も打ち消し、無振動に近いユニットとなる。黄色の通常のスピーカーの振動と比べると、動きは半分以下だ |
もう1つは、振動板を背中合わせに配置し、2つの駆動系でドライブするもので、薄型ユニットの前方と背面の両方から音が出る、無指向性システムとなる。この場合、無指向性だけでなく、振動板同士の振動も打ち消しあうことで、ほぼ無振動というほど、振動の少ないユニットになるのが特徴。フロア型の超薄型・無指向性スピーカーに使えるほか、車載用にも向いているという。
次に、駆動系を1つに減らし、1枚の振動板を駆動するシンプルなシステムも構築可能。厚さ10mm以下も可能という、さらなる薄型/小型化に加え、低コストな製品に活用でき、薄型テレビのスピーカーなどに適しているという。
さらに、1つの駆動系で、背中合わせにした振動板を駆動するユニットにすると、小型でコストにも優れながら、無指向性というシステムが構築可能。PC用小型アクティブスピーカーなどに採用すると、小型でも低音が豊富、かつ無指向性で音場が広く、設置スペースが無くて左右のスピーカーの向きが異なるような置き方でも、音場や音像が崩れにくい製品が開発できるという。
■ 試作機を試聴してみる
これらの技術の実証として、発表会場では幾つかの試作機が公開された。A4サイズで薄さ25mmのモバイルスピーカーは、持ち運びして設置するプレゼンテーションやモバイルDJ向け製品をイメージして開発したもの。通常のツイータと、振動板1枚、駆動系2個のHVTを組み合わせた2ウェイで、バスレフ型。1枚で通常のスピーカーとして使用できるほか、ソケットを備えており、縦に2枚、4枚とスタックさせ、薄型トールボーイスピーカーにすることもできる。
モバイルスピーカーの試作機。1枚でもスピーカーとして再生できる | 2枚、3枚と、スタックできるようになっている | 4枚スタックすると、薄型トールボーイスピーカーのようになる |
1枚の状態で、他社の薄型スピーカーと比較試聴すると、相手は通常のユニットを薄型化して搭載しているものだが、再生音は高域寄りで、中低音の厚みが無く、悪くいうと“スカスカ”な音だ。レンジが狭いため、中音と高域の描きわけもできず、全ての音がごちゃまぜになっている印象。振動でエンクロージャが鳴いているためか、高域に付帯音もついている。
HVTに切り替えると、音のレンジが一気に拡大。低音に量感を感じるようになり、高域との描きわけも明瞭になる。高域の付帯音も無く、伸びやかで、歪みも感じられない。楽器の動きが見えるようになり、音楽を楽しめるようになる。
ここで複数枚をスタックしていくと、加えるたびに最低音が下がり、レンジが拡大。4枚を重ねると肺やお腹に響くような低音を感じる。4枚重ねたとはいえ、25mmの筐体から出ているとは思えないワイドレンジな再生音に驚かされる。
PCやiPodとの組み合わせを想定したマルチメディアスピーカーは、1駆動系が2枚の振動板をドライブする無指向性で、実際に聴いてみると、サイズからは想像できない広い音場が体験でき、映画などが雰囲気良く鑑賞できる。また、片方のスピーカーの向きを変えるなどしても音場が不自然にならず、聴こえ方がほぼ変わらないのも確認できた。振動も非常に少ないため、例えばノートパソコンの液晶モニター左右に、クリップのようなもので留めるようなスピーカーも実現できるという。
PCやiPodでの使用をイメージしたアクティブスピーカー試作機 | 薄型ながら、無指向性を実現している |
高域も綺麗に広がる、理想的な無指向性の特性を持つ「拓英III」 |
円形ユニットに換算すると、10cm相当のHVTユニットを前後に2枚、それを3基搭載することで、円形ユニット22cm相当の振動板面積になるという。周波数帯域的には、下は80Hz程度まで出ているという。
薄型だが、驚くほど豊かな低音が再生できる「拓英III」 | ツイータ1基に、HVTユニット3基で構成する2ウェイ | 円形の穴の上下にバスレフポートが開いている |
JAZZのアコースティックベースなどは、バスレフのブックシェルフスピーカーを上回り、トールボーイスピーカーと比較しても良いほど中低音が分厚く、ベースの筐体の豊かな低音の量感に驚かされる。不要振動が少ないためか、解像感も高く、弦の細かな動きも明瞭。オーディオ用スピーカーとして十分なポテンシャルを持つと感じる。
無指向性としての能力が高いため、角度を変えても音場や音像が変化しにくい | スピーカーの前を人が横切ったり、スピーカーを斜めにしたり、水平にしてしまっても、あまり音場が変化しない |
一方、この薄さで豊富な低音が出ているため、例えばサウンドバータイプのシアタースピーカーなどに導入すれば、サブウーファいらずの製品になりそうだ。逆にこのユニットでサブウーファを作れば、壁に立てかけるような、非常に薄型/小型の製品で十分な低音が得られそうだ。
車載用のリアトレー用サブウーファ試作機も展示 | 薄型テレビのサイドに設置する試作機も披露された |
■ 車の中でも試聴
カー用の第1弾商品、「TS-STH1000」も試聴した。試聴用の車は2台で、1台は純正のフロントスピーカーに、リアとして「TS-STH1000」を追加したダイハツのタント。もう1台はミニバンの日産エルグランドで、後部座席の2列目上部に設置したもの。指向性が少なく、薄型/軽量であるため、いずれもピラー上部に引っ掛けて、ネジ留めパーツで固定する金具で手軽に設置できる。
タントでは、レンジの広いフロントスピーカーとの繋がりが不自然にならないほど、リアの「TS-STH1000」の中域が豊かで、車の中に広がる音場が拡大する。通常、天井付近に追加する小型のリアスピーカーでは高域の指向性が強いため、頭の後ろ、上方から音が飛んできている感覚を強く感じるが、「TS-STH1000」は上方から音が降り注いでいるという感覚が少ない。これも自然な音場に寄与していると言えそうだ。
試聴用のデモカー。手前がタント、奥がエルグランド | タントのリアシート、上部に設置したところ | エルグランドはリアシート2列目の上部に設置 |
こうした特徴を活かし、エルグランドでは、3列目のシートから2列目と、頭の位置を移動しても、音像が崩れず、後部座席全体で自然なステレオイメージが体験できた。TS-STH1000では、ツイータを囲むようにホーン形状のウェーブガイドが付けられており、設置する向きで、図のように車内でステレオイメージが得られるスイートスポット範囲を調節できる。
ピラーの上部に引掛け、ネジでかませて固定する取り付け金具の構造 | ツイータの設置向きにより、スイートスポットが変化する |
将来的に車載用でも薄型サブウーファなどが製品化されれば、車内のスペースを広く保ちながら豊かな低音を再生する事も可能になりそうだ。
(2010年 1月 13日)
[AV Watch編集部 山崎健太郎]