ミニレビュー

リッチな“低音”が印象的。finalのダイヤモンド振動板イヤフォン「A10000」

A10000。金色のパーツは同時発売を予定している特別モデルの見本

finalから登場する新しいフラッグシップイヤフォン「A10000」。トゥルーダイヤモンド振動板を始め、様々な部品をイチから開発、それぞれの接着や組み立てにネジ止めを採用するなど、細部までこだわっているほか、徹底的に歪みを抑えることで、従来のフラッグシップのナンバリング“8000”を突き抜けた“10000”を冠するほどの自信作だという。価格も直販398,000円で、「A8000」の約2倍だ。

そんな新たなフラッグシップイヤフォンを、短時間だが試聴することができたのでファーストインプレッションをお届けする。

なお、製品概要は別記事として掲載している。

振動板はトゥルーダイヤモンド。コイルの線材まで独自開発

トゥルーダイヤモンド振動板。左からダイヤモンド単体、エッジが付いたもの、さらにコイルまで取り付けられたもの

まず初めにA10000の特徴をおさらいすると、最大の特徴は低歪みを目指して振動板にダイヤモンドを採用したこと。

ダイヤモンド振動板と聞くと、AV Watchの読者の方は、B&Wのスピーカー800シリーズに使われているダイヤモンドツイーターを思い浮かべる人もいるかもしれないが、まさにほぼ同じ素材がイヤフォンのドライバー用に小さくなったものだという。

ダイヤモンド単体

このトゥルーダイヤモンド振動板の試作品が誕生したのが約6年前。ベリリウム振動板と平行して開発がすすめられていたが、剛性と軽さを特化していく中で、ベリリウムよりも比重が約1.2倍のダイヤモンドをいかに薄くするかという点で開発が難航。開発を続けるなかで、軽さよりも曲げ剛性の重要性が判明したことで、そちらに舵を切り、難題を突破したと、finalの細尾社長が語る。

そして、この振動板を活かすためにエッジには耐久性の課題を解決したポリウレタンを採用。振動板とエッジの接着にもこだわり、音響特性に影響の出てしまう接着剤を使わないために、ヘッドフォン「D8000」シリーズの振動板成形に使っている自社開発の機械を改造。圧空成形する方法で解決したという。

エッジがついた状態

これに組み合わせるボイスコイルも製作工場の選定に難航し、自社製造に。いざコイルを巻き始めると線が切れてしまう問題に直面して、ついに線材の開発にまで至ったというこだわりっぷり。ちなみに、ここで開発されたボイスコイルが、先日発表されたヘッドフォン「DX6000」にも採用されている。

コイルも装着されたもの

筐体の加工もこだわっており、コート・ド・ジュネーブという波状の装飾が、切削で施されている。これは高級時計の内部部品などに施されている加工と同じもので、高級感を演出しているだけでなく、切削面がそのまま仕上げ寸法となるため、研磨仕上げよりも精度に優れた加工法なのだという。

ケースに入れたところ

そんなこだわりの詰まったイヤフォンに繋げるケーブルももちろんこだわりが詰まっている。従来の付属ケーブルよりもグレードの高いePTFE皮膜シルバーコートケーブルを用意。

イヤフォン側端子はMMCXとなっており、一応リケーブルすることもできるのだが、基本的には付属ケーブルの使用を推奨しており、素手ではまずケーブルを外せないような強度になっている。このケーブルを外すには、MMCXアシストに加えて、板状のリグを使う必要があるほか、接続も難しくなっているとのこと。

MMCXを選んだ理由も、パーツを確保しやすい汎用性のある規格のうち、製造元によってピン同士の幅に差があったりする2ピンよりも精度が高く、将来的に今居るfinalのスタッフが全員居なくなったとしても修理、製造できる製品にしたかった故とのことだ。組み立てに設計難易度の高いネジ止めになっている理由も、修理して使い続けられるようにするためということで、本当に執念の塊のようなイヤフォンだ。

A10000のこだわりを語る細尾社長

ダイヤモンド振動板だけど印象的なのは“低音”

前置きが長くなってしまったが、音を聴いてみる。ピュアダイヤモンド振動板ということで、最初は高域に特徴があるのかと思っていたのだが、とくに印象的なのは低域。ドライバー径の大きなヘッドフォンで聴いているかのようなずっしりとした量感と、沈み込みが深く、低域の層までしっかり感じられるので、全身が音に包み込まれているような感覚になる。

高価格帯のイヤフォンは、最近ヘッドフォンのような広大な音場で再生するような機種が増えてきているが、A10000もそれらと同じく開放型のヘッドフォンを聴いているような感覚になる。しかも、低域がどっしりと構えていて、かつ無音からスッと立ち上がるハイスピードさも兼ね備えているので、聴いていて、イヤフォンであることを忘れそうになる。

低域がドッコンドッコン鳴り響くEDM調の曲は、「これダイヤモンド割れない?」と思ってしまうくらいの量感が響き渡る。ボワッと濁るような音が一切ないため、量感とハイスピードなアタック感が両方押し寄せてくる。しかも、低域がタイトな曲は一切無駄な響きがなくなるので、なんでもそつなくこなしてしまう。

癖がないのに、それを極め過ぎていてしっかりと印象に残る音というのが率直な感想なのだが、とくに別のイヤフォン/ヘッドフォンの音を聴くと「やっぱりさっきの音良かったな……」と思い返して実感するような音だと思う。

ボーカル曲を再生すると、演奏の中からフワッとボーカルが浮かび上がるように聞こえるところはヘッドフォンのDシリーズと似たものを感じる。声の存在感と厚みが感じられて、呼吸の余韻も生っぽく、ついつい聴き込んでしまう。

高域に刺さる音がないのも特徴で、大音量にしても平気で聴き続けてしまえるのが、優れた点でもあり、少し怖い点でもある。音量を上げていくと、全身が包まれるような量感の低域と、高域の抜け感が心地良く感じられるので、「大音量にすると心地良い」というのが感じやすいイヤフォンなので、上げすぎに気をつけたい。

4月26日に実施される「春のヘッドフォン祭 2025」でも試聴機が展開されるので、ぜひこの機会にこの音を体験しに、finalのブースに足を運んでみてほしい。

野澤佳悟