レビュー
ドライバからこだわりの自社開発、FOCALの無線ヘッドフォン「Spark」と「Listen」
2017年12月8日 00:00
ヘッドフォンやイヤフォンは、簡単に言えば“小さなスピーカー”だ。市場の製品を見回すと、新鋭メーカーが奮闘する一方、長年スピーカーを開発してきた老舗のオーディオメーカーによる製品の人気も高い。独自技術による差別化もポイントだが、蓄積したノウハウを活かした音質、質感など、全体的な完成度の高さも強みと言える。今回紹介するフランスのFOCALもそうした老舗メーカーの1つだ。
創立は1980年初頭で35年以上の歴史がある。拠点はリヨン。「Utopia」など、フロア型の高級スピーカーでお馴染みだが、それだけでなくホームシアター用スピーカー、カーオーディオ、プロ用モニタースピーカーなども幅広く手がける。また、最近では「UTOPIA」(58万円)、「ELEAR」(17万円)、「CLEAR」(25万円)と、ハイエンドな価格帯のヘッドフォンも投入。いずれもハイクオリティな音質で、“ヘッドフォンメーカーとしても見逃せない存在”という印象を持つ人も増えているだろう。
それゆえFOCALには“高級モデルが多い”というイメージを抱きがちだが、実は価格的なラインナップも幅広い。例えば、12月に発売予定の有線ヘッドフォン「Listen」と、そのBluetoothバージョン「Listen Wireless」は3万円を切り、イヤフォンの「Sphear S」と「Spark」、SparkのBluetooth版「Spark Wireless」は1万円を切る実売価格の見込み。マニアでなくても「ちょっと良いイヤフォン/ヘッドフォンが欲しいな」と思った時に、十分ターゲットに入る存在だ。
また、この価格帯ではBluetoothモデルを選ぶ人が増えている。その観点から、今回はListen WirelessとSpark Wirelessを聴いてみる。ハイエンドオーディオのノウハウを投入した、普及価格帯のワイヤレスイヤフォン/ヘッドフォン。“FOCALのサウンドを気軽に体験できる”という面でも注目だ。
なお、“屋外での使用”をメインに想定したこれらの製品は、FOCALの中で「ニューメディア」製品群と位置づけられているそうで、日本ではエミライが代理店になっている。一方、前述の室内利用向け高級ヘッドフォンはラックスマンが代理店を担当している。
“ユニットから作る”がミソの「Spark Wireless」
FOCALの大きな特徴として、スピーカーやヘッドフォンを開発する際に“ドライバユニットから自社で開発・生産できる”事が挙げられる。実は、ヘッドフォン/イヤフォンメーカーは数あれど、ドライバレベルから自社で作れるところは意外に少ない。
当然の話だが、自分たちでドライバを作れるので、開発しているヘッドフォン/イヤフォンに最適なドライバが作れる。今回のBluetoothヘッドフォン/イヤフォンの場合は、ドライバの事を知り尽くしているので、それを“より良くドライブできるアンプ”を搭載できたりと、利点は多い。
また、最近ではダイナミック型ドライバにおいて、振動板の素材にこだわった製品なども増加している。つまりドライバを自社で作れる事は、市場における“製品の差別化”に大きく寄与する強みと言える。
イヤフォンの「Spark Wireless」は、仕様としてはシンプルなネックバンド型のBluetoothイヤフォンだが、そうした視点でチェックすると、FOCALらしいこだわりが感じられて面白い。
ユニットは9.5mm径のダイナミック型ドライバを採用しているのだが、「センターベント」と呼ばれる穴を、振動板の中央に設けている。
耳の穴に挿入するカナル型イヤフォンは、イヤーピースを使ってイヤフォンを耳孔に固定する“耳栓”のようなものだ。そのため、穴のサイズにマッチしたピースでしっかり固定すると、当然密閉度が高くなる。だが、密閉度が高すぎると、鼓膜とイヤフォン振動板の間にある空気が動きにくくなる。聴いていて閉塞感を感じたり、そもそも振動板がうまく動かず、音が歪むなどの原因にもなる。
そこで、振動板に穴を設ける事で、動きをスムーズにしたり、低音レベルの最適化を行なっている……というわけだ。
ハウジングのデザイン的にはシンプルで、FOCALのロゴ入りステンレス製プレートを備えるなど、高級感がある。サイズも細身だ。ケーブルは絡みにくいフラットタイプを採用している。
Bluetooth 4.1に準拠し、コーデックはSBC/aptXに対応。aptX対応のスマートフォンと組み合わせれば、高音質なワイヤレス再生が可能だ。マイクリモコンも備えているので、再生操作やハンズフリー通話もできる。
面白いのは、ケーブルに“マイクリモコン“、“バッテリ“という、2つのユニットを分けて搭載している事。多くのBluetoothイヤフォンでは、マイクリモコンにバッテリをまとめて搭載している。
2つのユニットに分けた理由は、実際に装着してみるとわかる。マイクリモコンは操作しやすいように、左の頬の近くにくるのだが、バッテリは少し離れて、ちょうど首の後ろあたりにくる。つまり、重量としては左側が重いので、使っているとマイクリモコンの重さに引っ張られて、ケーブル全体が左にズレていく……のを防ぐために、首の後ろのバッテリユニットを配置する事で重さを分散させ、ズレを防いでいるというわけだ。
“重さ”と連呼すると、まるで“重いイヤフォンなのか?”と思われるかもしれないが、マイクリモコンやバッテリケース自体はさほど重いものではない。ぶっちゃけ、これがある事で首に余分な重さを感じるほどではない。イヤフォン全体の重量は14gだ。
FOCALによれば、この重量配分は装着安定性を重視した事に加え、将来的にバッテリが劣化した際の交換なども考慮した設計なのだという。
こちらもユニットから作るヘッドフォン「Listen Wireless」
高級ヘッドフォンで注目を集めるようになる前の、2012年に発売されたFOCAL初のヘッドフォン「Spirit One」。モニターライクなサウンドで、クオリティの高いモデルだが、それを現代風にリメイクしたのが「Listen」シリーズだ。有線接続の「Listen」と、Bluetoothの「Listen Wireless」をラインナップしている。
このヘッドフォンの作り方にも、こだわりが垣間見える。一般的にスピーカーの開発では、無響室にスピーカーを設置し、測定器を置いて、フラットな再生周波数特性を目指して作る……というのがセオリーだ。しかし、ヘッドフォンでは頭や耳のカタチが人によって異なり、それによって音が変化する。そのため、“どんな再生周波数特性を目指すか”という目標の設定自体が難しい。そこでFOCALの場合は、評価の高かった「Spirit One」のサウンドを、1つのターゲットカーブにしているそうだ。
その上で、例えば「Listen Wireless」のような屋外使用がメインの製品では、静かな室内と比べると周囲の騒音が多くなるため、低域を少し強くして騒音をマスキングし、聴感的に、より良い音になるようチューニングしているそうだ。
また、ヘッドパッド内の吸音材を工夫し、外部の騒音が入りにくくするというのも、1つの技術だ。ちなみにパッドは厚さ22mmとボリュームがある。
「ノイズキャンセリング機能を搭載すれば?」とも思うが、あくまでアコースティックなチューニングにこだわり、DSPで信号をいじるような事はせず、開発されたのが「Listen Wireless」。老舗のオーディオメーカーらしいこだわりを感じる部分だ。
ヘッドフォンのドライバも自社開発で、マイラー・チタンドーム振動板を使っている。素材はマイラーで、中央のコーン部分にチタンを蒸着したものだ。振動板は剛性が大切だが、全体的にそればかり追求すればいいわけでもない。そこで、中央の剛性を上げながら、周囲の部分はマイラーのままとし、フレキシビリティを維持しているわけだ。
ハウジングは密閉型で、折りたたみも可能。ユニークなのは、太いヘッドバンドが、見た目に反して柔らかい事。左右のハウジングをつかんでよじっても“クニャッ”と曲がってしまう。バンド自体は太くて黒いので、いかにも“硬そう”に見え、「え!? これ曲げても大丈夫なの?」と思うのだが、面白いほど柔らかく曲がる。もちろん、無意味に力いっぱい曲げ過ぎると壊れてしまうと思うが、例えばカバンの中などで、意図せずねじれてしまった……程度であれば全然平気だ。
前述の通り、肉厚なパッドを採用しているので装着感も良好だ。ホールド力はしっかりしているので、小走りした程度ではズレもしない。それでいて耳まわりに感じる負担は少ない。重量は300gだ。
Bluetooth 4.1に準拠し、コーデックはSBC/aptXに対応。なお、NFCにも対応しているので、サポートするスマホなどとワンタッチでペアリングできる。ケーブルも付属しており、有線ヘッドフォンとして使うこともできる。有線接続時のインピーダンスは32Ω。
バッテリの持続時間は約20時間。充電はUSB経由で行なう。操作ボタンはハウジングの側面に搭載。ゴム製で突起もあるので指先の感覚だけでボリューム調整できる。個人的に気に入ったのは、電源がスライドスイッチである事。ボタン長押しとかでなく、スライドスイッチは電源しかないため、「あれ? このボタンで合ってたかな?」と不安を感じずに電源をONにできるのが良い。
音を聴いてみる:「Spark Wireless」
スマートフォンの「HUAWEI Mate 9」や、Bluetooth対応のハイレゾプレーヤーである「AK70 MKII」を使って試聴した。
イヤフォンの「Spark Wireless」から聴いてみる。ダイナミック型ユニットのカナルなので「低音がモリモリ出る系かな?」と思いながら装着すると、良い意味で予想を裏切る、バランスとトランジェントの良い音が出てくる。
特定の帯域が盛り上がり過ぎて、高域が聴こえないとか、そういった事は一切なく、低域から高域までしっかりと聴きとれる。大きな特徴は“高域の抜けの良さ”と“広大な音場”だろう。
昔より改善されたとはいえ、一般的にBluetoothイヤフォンには、高域がこもりがちだったり、音場が狭く感じるものも存在する。Spark Wirelessの場合はそうした不満点がまったく無く、「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生すると、女性ボーカルの高音が気持ちよく耳に入り、声の余韻が奥の空間へと広がり、消えていく様子も見える。頭内に展開する音場のサイズ自体も、カナル型イヤフォンとしては広大で、しばらく聴いていると開放型ヘッドフォンの音に似ているなと感じはじめてくる。
きっと、振動板に設けられた「センターベント」により、振動板と鼓膜の間の空気がうまく処理され、振動板に空気のブレーキがかからず、自由に動けているのだろう。アコースティックベースの量感は豊かなのだが、その内部の音まで細かく描写できているところや、パーカッションのキレの良さなどに、センターベントの効果が現れているようだ。
このセンターベントは、単に“音が良い”というだけでなく、“聴き疲れしにくさ”にも効いてくるはずだ。出張などで長時間使用し続ける場合にも、負担が少ないイヤフォンと言えるだろう。
使っていてもう1つ、面白い事に気づいた。先程「バランスは良い」と書いたのだが、実は静かな室内で聴いていると、ニュートラルなバランスよりも、少し低域が強めだ。高域に強調感があったりはしないので“ドンシャリ”と言うほどではなく“低音が厚め”という印象だ。
しかし、通勤時に使っているとこの印象が変わる。地下鉄を使っているのだが、カナル型なので「ゴオオー」という騒音はあまり耳に入って来ず、NC機能が欲しいという気はあまりしない。その地下鉄で音楽を聴いていると、あまり低域が強いと感じないのだ。恐らく、外で使うと、低い音の騒音で音楽が邪魔される事を見越して、あらかじめ低域を少し強めにしているのだろう。
かといって、静かな環境で聴くと「低音が強すぎてダメ」と言うほどでもない。このあたりのチューニングや、組み合わせているアンプの特性などが絶妙なのだろう。余談だが、電車内で騒音をある程度低減してくれるのだが、電車の車内アナウンスなどは不思議とよく聞き取れる。これもセンターベントの効果なのかどうかはわからないが……。
音を聴いてみる:「Listen Wireless」
次にヘッドフォンの「Listen Wireless」に変更。音を出すと、「やっぱりそうか」とニヤついてしまう。イヤフォン/ヘッドフォンの違いはあるが、受ける印象がSpark Wirelessとよく似ているのだ。
ヘッドフォンの振動板にも、イヤフォンと同様にセンターベントが設けられているので、非常に音が軽やかで、トランジェントが良い。「Best OF My Love」の冒頭、ギターの弦の動きの細やかさ、歯切れの良さ、そしてボーカルの響きが後ろの空間に広がっていく様子が繊細に描写されている。
高域の抜けの良さ、こもりの無さもイヤフォンと同様……というか、それを越えている印象もある。密閉型のヘッドフォンにも関わらず、開放型を聴いているような、広い草原で空を見上げているような気持ちの良さがある。密閉型ヘッドフォン特有の閉塞感、頭内定位のキツさが苦手だという人にも聴いて欲しいサウンドだ。
音のバランスはニュートラルで、静かな部屋で聴いた時でも、イヤフォンと違って低域が強めだとは感じない。かといって弱いわけではなく、アコースティックベースの「グォーン」という力強く迫ってくる音圧と量感は密閉型ヘッドフォンのそれだ。迫力がありつつ、前述のように分解能とトランジェントが高いので、ロックのドラムやパーカッションが非常に気持ちいい。
開放型のヘッドフォンは、密閉型と比べて一般的に低音が出にくい。それをドライブ力のあるアンプでしっかり動かすと、聴こえなかった低音が楽しめる……という流れはよくある。Listen Wirelessは、密閉型ヘッドフォンにも関わらず、“開放型を強力なアンプでドライブした音”に近くて面白い。つまり、広い音場の表現と、パワフルな中低域の再生という、なかなか両立しにくい要素を、クリアしている。良い意味で、かなり“見た目と違う優等生サウンド”だ。
なお、付属ケーブルを接続すると、Bluetooth機能の電源がOFFになり、有線伝送に切り替わる。
一般的なBluetoothヘッドフォンでは、有線 VS 無線の音を比較すると、有線の音がイマイチな事が少なくない。Bluetoothヘッドフォンなので、どうしても無線の音をメインに作り込み、有線が二の次になる……というのもあるが、無線の場合はアンプやDSPで音をいじって作り込み、それらが有線接続でOFFになると、ヘッドフォンとしての“素の音”がモロに出て、中低域が痩せて腰高なバランスの悪い音になったり、音場が狭く、こじんまりとした音になったりする。
Listen Wirelessの場合は、有線と無線で、さほど音の違いが無い。音場の広さも、全体のバランスも、有線接続だから崩れるという事が無く、どちらも同じ印象のまま聴く事ができる。厳密に比較すると、有線接続の方が音の鮮度が高く、ギターの弦のほぐれ具合や、ボーカルの余韻の広がり具合など、細かな描写の情報量が多いのがわかる。
“DSPなどで音をいじらず、アコースティックな作り込みで音を追求している事”が特徴のメーカーだが、この有線と無線の“音の違いの少なさ”も、ある意味、“ヘッドフォンとしての基本的な完成度の高さ”が垣間見える部分かもしれない。
派手さは無いが、実力が光る
昨今のワイヤレスイヤフォン/ヘッドフォンは、差別化を追求する事で、例えば左右完全分離型イヤフォンとか、スマホにインストールしたアプリと連携して、ユーザーの動きを検知して、それに合わせてノイズキャンセルやサウンドを変化させる製品など、非常に高機能になっている。
今回のSpark Wireless、Listen Wirelessは、そうした製品と比べるとぶっちゃけ“地味”だ。だが、イヤフォン/ヘッドフォンとしての完成度の高さが、個人的には好印象だ。基本がしっかりしていれば、様々な楽曲に対応でき、長く使える製品になるだろう。
一方で、不満というか「もったいない」と感じるポイントもある。それはデザインだ。Spark Wirelessの方はそうでもないのだが、Listen Wirelessは、ヘッドバンドの太さもあって、見た目がちょっと“ストリート”っぽくて、“低音をズンドコ響かせるぜ!”というような“面構え”に見えるのだ。
しかし、実際に装着すると、ピュアオーディオっぽい、「開放型だっけ!?」と思うほど空間が広く、トランジェントの良い、モニターサウンドが出てくるので「面構えと、出て来る音がマッチしてない」と思わずツッコミを入れたくなる。
これは別に悪い事ではなく、例えば「デザインはカッコイイ系、でもサウンドは派手ではなく、ピュアな正統派がいい」と思う人も多いだろう。だが、それと同時に、デザインだけ見て「派手なだけのサウンドじゃないの?」と、誤解されないかと心配してしまう。そういった意味でも、多くの人に一度聴いてみて欲しい注目機だ。
(協力:エミライ)