レビュー

デノン、ついにTWS参入。約9,900円から、あの“山内サウンド”が味わえる

左からAH-C630Wホワイト、AH-C830NCWブラック

すっかり“イヤフォンの定番スタイル”になった完全ワイヤレス。市場が拡大し、多くのメーカーが参入。消費者としては、あまり数が増えるとどれを選べば良いか混乱してしまうが、良い事もある。それは、オーディオメーカーも完全ワイヤレスに参入してくれるようになった事だ。今回取り上げるデノンも、創立110年を超えるお馴染みのブランド。ヘッドフォンだけでも55年の歴史を持つまさに“老舗”だ。

そんなデノンが、完全ワイヤレス(TWS)に参入。「AH-C830NCW」、「AH-C630W」という2機種を10月中旬に発売する。ただ、注目の理由は“老舗ブランド初のTWS”というだけではない。もう3つある。1つは、あのサウンドマスター・山内慎一氏が両モデルのチューニングを担当した事、そして“スティック型”である事。最後の1つは、“オーディオブランドの製品なのに実売約9,900円(C630W)から購入できてしまうお手軽さ”だ。

結論から言うと、この2機種に、「アプリと連携して自動で○○」とか「再生音を立体サラウンドにして○○」みたいな、あっと驚く機能は無い。機能比較表で他社製品と比べると見劣りするかもしれない。だが、装着して音と出すと「いや、これスゴくね?」と驚く。そんなイヤフォンに仕上がっている。

AH-C830NCW ブラック
AH-C630W ホワイト

ユニットサイズや形状に注目

音質の前に、2機種の何が違うのかをおさらいしよう。形状としてはどちらもAirPods Proのような“スティック型”だ。音質重視のTWSにはカナル型が多い中で、あえてスティック型を選択。これは特徴的で、そしてこのイヤフォンを理解する際に需要なポイントだ。

下がAH-C630Wホワイト、上がAH-C830NCWブラック

機能面の大きな違いは、上位C830NCWのみ、2マイク・ハイブリッド・アクティブ・ノイズキャンセリング機能を搭載している。フィードバック、フィードフォワードの2マイクで効果的にノイズを収集し、新世代のアルゴリズムを用いて逆位相の音を作り出し、騒音をキャンセルしてくれる。

価格はオープンプライスで、店頭予想価格はC830NCWが19,800円前後、AH-C630Wが9,900円前後。2機種ともブラックとホワイトを用意しているが、C830NCWは光沢仕上げ、C630Wはマット仕上げになっている。

AH-C830NCWブラック
AH-C630Wホワイト
AH-C830NCWは光沢仕上げ
AH-C830NCWはスティック部分の先端が銀色のパーツで飾られている

基板やマイク、アンテナなどのパーツをスティック部分に格納。上部の丸いハウジング内のスペースを活用して、大型のドライバーユニットを搭載しているのは2機種共通だ。ただし、ユニットのサイズは異なり、C830NCWは11×10mm、C630Wは10mm径となっている。

内部構造
左から、C830NCWに内蔵している11×10mmユニット、C630W内蔵の10mm径ユニット

サイズを見るとわかるが、C630Wは真円だが、C830NCWは真円ではない。分割振動などで歪が発生するため、ユニットの形状としては真円が理想的だ。しかし、ワイドレンジなサウンドを再生するためにはできるだけ大口径な方が有利であるほか、NCのパフォーマンスにも振動板面積の拡大は貢献する。さらに、楕円ではあるが、極端な縦横比ではないため歪み率の増加などは無視できるレベルに収まる。このような事から、「11×10mmというサイズであれば、デメリットをメリットが上回る」と判断し、採用したという。

どちらのモデルもマイクを搭載し、音声通話にも使える。リモートワークの会議で使いたいという人も増えていると思うが、そうした用途にも対応できる。C830NCWは片側に3個のマイクを内蔵し、ビームフォーミング技術やエコーキャンセル技術も用いて、周囲が騒がしい環境でも、ユーザー声を相手にしっかり届けられる。

さらにC830NCWには、ユーザーがイヤフォンを装着した事、取り外した事を検出し、音楽を自動で再生/一時停止してくれる機能も用意。Androidスマホの近くで充電ケースの蓋を開けると、スマホの画面に「C830NCWとペアリングしますか?」というアナウンスが出て、手軽にペアリングできる「Google Fast Pair」にも対応している。

C830NCWは「Google Fast Pair」対応。対応Androidスマホの近くでケースに蓋をあけると、画面に「C830NCWとペアリングしますか?」というアナウンスが表示され、手軽にペアリングできる
バッテリーの残量もスマホから確認できる

イヤーピースはS/M/Lの3サイズが付属。イヤフォン本体としっかり固定できるよう、耳に触れる傘の部分が薄く、内側部分を2重にした「デュアルレイヤー・シリコン素材」を使っている。普通のイヤーピースよりコストが高いが、「試聴した時に、どう聴いてもデュアルレイヤーの方が音が良かったため、価格を抑えたC630Wでも、頑張ってデュアルレイヤー・シリコンを採用しました」(山内氏)という。

デュアルレイヤー・シリコンのイヤーピースを採用している

スティック型採用の意味と、驚きのNC能力

装着感とノイズキャンセリング(NC)性能をチェックしよう。C630WにNC機能は搭載されていないが、C830NCW/C630Wで形状は同じなので装着感は同一だ。

C630Wの内側。丸く膨らんだ部分が、耳介にハマる

まず、耳に装着して驚くのが“収まりの良さ”と“遮音性の高さ”だ。イヤーピースを耳奥へグッと押し込んだり、押し込んだあとでひねったりするカナル型と違い、スティック型は“耳穴の手前の空間(耳介)にイヤフォンをはめ込む”ような装着感覚。その“ハマり具合”が絶妙で、装着した状態で頭を動かしたり、小走りしてもまったくズレたり、落ちそうな気配がない。安定性がバツグンだ。

耳穴深くに挿入していないので、“カナル型の異物感が苦手”という人にもオススメ。イヤーピースだけでなく、耳介の広い面でイヤフォンを支えているので、耳穴だけに負担が集中せず、圧迫感も少ないので、長時間使ってもストレスもあまり感じない。

さらに、ピッタリと耳介の空間にハマっているのでNC機能がどうこう以前に、装着した瞬間に外のノイズを大幅に低減してくれる。つまり遮音性が非常に高い。C630WにNC機能は搭載されていないが、ぶっちゃけ室内のエアコンやパソコンの音を小さくしたいとか、カフェで集中したいといった使い方であれば、C630Wを装着するだけでだいぶ“静か”になる。

ちなみに、この形状に到達するまでかなり苦労もあったそうだ。多くの耳の形状データを元に3Dシミュレーションを繰り返すだけでなく、実際に24個の異なる形状のサンプルを作成。いろいろな人に装着してもらい、その中から付け心地が最高で、しかも落ちにくい形状が選ばれたそうだ。

C830NCW

C830NCWはこの遮音性に加え、2マイク・ハイブリッド・アクティブ・ノイズキャンセリングが使えるのだが、もともとの遮音性が高いので、NCをプラスすると驚くほど騒音が消える。

タワー型パソコンがすぐ近くにある環境でこの記事を書いているが、「ゴー」というファンノイズが、NC OFFの状態では「ンー……」というかすかな低音に低減され、NC ONにするとその「ンー」まで消えて、ほぼ完全な無音になる。いろいろなNCイヤフォンをこの部屋で試しているが、NC性能としては間違いなくトップクラス。耳穴にグイグイ挿入しないスティック型としては、驚きのNC性能だ。

地下鉄の車内でもNC ON/OFFを試してみたが、「グォオオオー!!」という凄まじい騒音が、NC OFF状態でも「クオオオオーー」くらいに低音のパワーが削減され、NC ONにすると「スォオオーーー」という、わずかな高音が残るだけになる。通勤・通学の電車内で、静かな世界で音楽を楽しみたいという人には強力なツールになるだろう。音楽再生中にNC ON/OFFを切り替えても、ONとOFFで音質の変化がほとんど無し。ここも優秀だ。

なお、左のハウジングを指でタップすると「NC ON」→「外音取り込みモード」→「NC OFF」→「NC ON」と機能が切り替わる。電車内で切り替えながら、車掌さんのアナウンスを聞いていたのだが、切り替えスピードが早いので、とっさにタップしても、アナウンスの冒頭の部分を聞き逃さなくて済んで快適だった。

巷には、切り替えると「ノイズキャンセリング・オン」とか「アンビエントサウンドモード」とか、声で読み上げてくれる製品も多いが、その読み上げ声に遮られて、車掌さんのアナウンスが聞こえないと本末店頭なので、あえて“読み上げ無し”にしているそうだ。細かい点ではあるが、素早いモード切り替えという利点を最大限に活かす工夫であり、「さすが老舗メーカーは完成度高いな」と感じる部分でもある。

それにしても、なぜデノンは初のTWSにスティック型を採用したのだろうか? 国内営業本部 営業企画室でデノンブランドを担当する田中清崇氏は、「ユーザーの利便性を第一に考え、スティック型にしようと最初から決めていました」と語る。

「スティック型はカナル型のように奥に入れて回したりせず、一発で一番“良いところ”に簡単に装着できます。また、万が一、落としてしまった時にもスティック型であれば転がりにくいため、紛失する可能性も抑えられます」。確かに、豆のような形状だとコロコロ転がって線路や排水溝に消えてしまう……なんて事も起きかねない。外で使うオーディオ機器だからこその、こだわりと言えそうだ。

完全ワイヤレスでもVivid & Spaciousな山内サウンド

前置きが長くなったが、音を聴いていこう。音質面でのポイントは、AV Watch読者にはもうお馴染みだろう、デノンのサウンドマスター・山内慎一氏がチューニングを担当している事だ。

2015年にデノンの“音の門番”に就任。新たなサウンドフィロソフィー「Vivid & Spacious」を掲げ、従来のデノンサウンドを受け継ぎつつも、そのイメージを覆すようなモデルを展開。2500NE、1600NE、800NEシリーズなどの新時代「New Era」シリーズを手掛け、その集大成かつ究極形として次世代フラッグシップ「SX1 LIMITED」シリーズを発表。度肝を抜かれるサウンドクオリティでオーディオ界の話題をさらった。

最近では、サウンドバーなのに“ピュアオーディオ”な「DHT-S216」や、「Denon Home Sound Bar 550」などでも話題となり、今回のTWS登場で、“山内サウンド”がさらに身近、体験しやすくなるわけだ。

デノンのサウンドマスター・山内慎一氏

まずは下位モデル、C630Wから聴いていこう。「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生すると、「なるほど!! こうきたか」と思わず膝を叩いてしまう。

山内氏が掲げるVivid & Spaciousを言葉で表現すると、“広大な空間に、エネルギッシュな音が、のびのびと、躍動するように三次元的に広がる音”と、筆者は考えている。このサウンドを実現するには当然ながら、まず“広大な空間”が必要になるのだが、ここで今回のTWSが“スティック型である利点”が活きてくる。つまり、耳穴にギュウギュウ押し込まないイヤフォンなので、閉塞感や密閉感が少なく、そもそも音が展開する空間が広いのだ。

そんな広い空間に、低音から高音までバランスが良く、色付けが少ない音がナチュラルに流れ出す。これで音が悪いわけがない。また、空間が広いのでボーカルやアコースティックギターの響きが、空間の奥に消えていく様子もしっかり見える。さらに、女性ボーカル特有の高域の伸びもバツグンに気持ち良く、聴いていると、なんというか“高さ”も感じさせる音だ。

AH-C630W

例えば、低域をブワッと膨らませたり、高域のエッジを立たせてキツくするというような味付けは一切されておらず、非常にピュアで、自然な音だ。聴いているとホッと安心する。これで実売9,900円とは、ちょっと信じがたい。逆に言うと“派手さ”は無い。だから、店頭などで数秒聴いただけでは「特徴のない音」と感じるかもしれない。だが、じっくり1曲通して聴けば、確かな再生能力を持っている事がわかるだろう。

AH-C830NCW

では、上位機のC830NCWはどんな音がするのだろうか。

音楽を再生すると、まさに「C630Wの上位機」という音がする。両者は完全に同じ道の上にいるが、C830NCWはさらに先に進んでいる。Vivid & Spaciousで言うならば、C830NCWは“Vividさ”が大幅にアップする。

広大な空間に、開放された音がエネルギッシュに飛び出す“Vivid”なサウンド。まさにC830NCWの音がそれだ。ジャネール・モネイのアルバム「Dirty Computer」の「Make Me Feel」を再生すると、ソリッドなベースが鮮烈に飛び出してきて、ゾクゾクする。それでいて、前に飛び出してきた音にすべてが覆われる事は無く、飛び出た音の背後にある空間の広さや、他の音の輪郭なども明瞭にわかる。

解像感が非常に高いため、「手嶌葵/明日への手紙」ような、ピアノ+女性ボーカルを基本としたシンプルな曲では、手嶌葵の口の開閉する様子や、ブレスの生々しさにドキッとする。細かな音がクリアに聴き分けられるため、ヴォーカルとピアノが歌い上げている最中でも、その背後にあるパーカッションの小さな音までしっかりと聴き取れる。視力というか、聴力がアップしたような感覚だ。

先程のC630Wも十分な低音が出ていたが、C830NCWの低音はさらに深く沈む。それも芯のあるタイトな低音で、不必要に膨らむ事がない。「マイケル・ジャクソン/スリラー」でも、ビートのキレがバツグンで、“いい音”を通り越して“快感”だ。

低域が土台としてしっかり存在しているため、音楽全体の安定感がバツグン。上位機らしい“余裕”や“空気感”みたいなものを感じさせてくれる。それでいて、Vivid & Spaciousなハイスピードさ、キレの良さ、ソリッドさも兼ね備えている。これぞまさに“山内サウンド”だ。

山内氏は、デノン初のTWS開発にあたり、市場にある多数のTWSを試聴したという。「開発中のプロトタイプと比較試聴しましたが、各社・各モデルの色々な音の傾向やスタイルの違いがあって、非常に面白かったです。Hi-Fi(単品コンポ)やAVアンプに負けないくらい、熱量と時間をかけて開発しました」と振り返る。

山内氏は市場のTWSについて、「海外メーカーの製品に多いのが、低音再生を重視し、ゆったり聴けるタイプ。その対極にあるのが高解像度・分解能を重視したイヤフォンです。そのちょうど“真ん中”に、大手メーカーのイヤフォンがあると感じました」と分析。

その上で、デノンのTWSが目指した場所は「“真ん中”と“高解像度”のちょうど中間を狙いました。今のデノンのサウンドとして、良い落とし所になったかなと思っています」と語る。

また、C630WとC830NCWの音の傾向については、「車に例えると、C630Wは基本設計の良さがしっかりと出ていて、俊敏で、純粋に走りが楽しめる“ハッチバック・サルーン”。C830NCWは、エンジンや足回りを強化し、ゆったり、そして長く乗れる、ユーティリティーも高めた“GTカー”になったと思います。TWSにおいて、デノンは後発になりますが、存在感ある音質になるように頑張りました」という。

“地味だが、聴けばわかる”

結論としてC830NCW/C630Wは、“飛び道具は無いが、非常によく出来たスティック型TWS”だ。音質はバツグンに良く、装着性と安定感も良好。C830NCWのNC機能も強力で、細かくても“実際に毎日使うと便利”な部分に手を抜かずに開発されている。

AH-C630W

それでいて、C830NCWが実売19,800円前後、C630Wが9,900円前後と、そこまで高価でないところもデノンらしい。特にAH-C630Wのコストパフォーマンスの高さは要注目だ。個人的には、NC効果の凄さと、それでいて圧迫感が無く、さらにVivid & Spaciousなサウンドもしっかり味わわせてくれるC830NCWは、TWSの名機と言っても過言ではないと思う。

一方で、前述したように“飛び道具”が無い。アプリ連携で高機能とか、LDACコーデックに対応したとか、そういうスペック面での華やかさが少ない。というか対応しているコーデックはAACとSBCのみだ。田中氏にツッコむと、「“ハイレゾだから音がいい”というわけではありません。そこにコストをかけるよりも、山内が練りに練った高音質がC830NCW/C630Wの魅力です」と胸を張る。まさに“地味だが、聴けばわかる”という感じだ。

個人的には、有名ブランドのカナル型TWS・中~上級機を既に使っているという人や、“より気軽に装着できるスティック型に興味がある”という人に、C830NCW/C630Wを聴いてみて欲しい。TWSに詳しい人ほど“音質追求ならカナル型”というイメージを覆されるだろう。利便性と音質の“高次元でのバランス”こそが、2機種の最大の魅力だ。

(協力:デノン)

山崎健太郎