レビュー

オーテク“鳴神”降臨。総額1320万円の超弩級ヘッドフォンシステム聴いてみた

左からヘッドフォンアンプ/プリアンプ「HPA-KG NARU」、ヘッドフォン「AW-KG NARU」

オーディオテクニカが、香港のイベントで発表したヘッドフォンのハイエンドシステム「鳴神(NARUKAMI)」の詳細が発表。価格はヘッドフォンアンプ/プリアンプ「HPA-KG NARU」とヘッドフォン「AW-KG NARU」のセットで1,320万円(税抜1,200万円)という超弩級システムで、受注生産。鳴神のスペシャルサイトから注文する。受注期間は2023年11月20日午前10時~2024年1月19日午後6時まで。製品が届くのは2024年夏の予定。

その実物を撮影・試聴する機会に恵まれたので、超弩級システムがどんなサウンドなのか、ファーストインプレッションをお届けする。

鳴神は10月28日にステーションコンファレンス東京で開催される「秋のヘッドフォン祭」に登場するが、試聴予約は既に終了している。その後は、11月18日、19日の2日間にわたり、青山ファーマーズマーケット/国連大学前広場にて開催される「Analog Market 2023」に登場予定。

鳴神とは何か

詳細は既報の通りだが、鳴神の概要を振り返ろう。

前述の通りヘッドフォンアンプとヘッドフォンがセットになったシステムで、「鳴神」という名称は、雷の神である“雷神”、または自然の力の現れともいえる雷の嗚る音“雷鳴”を意味している。オーディオテクニカが創業以来60年の間に蓄積してきた音響技術と厳選されたカスタムパーツを投入。「繊細で自然なリスニング体験を通じて、音楽の喜びを楽しめる」というシステムだ。

ヘッドフォンアンプ/プリアンプ「HPA-KG NARU」

外観的な特徴は“木”だ。オーディオテクニカが日本のブランドであることを表すために、素材選びに試行錯誤を重ねた末にたどり着いたという希少な木材「黒柿」を、ヘッドフォンアンプ、ヘッドフォンの両方に、ふんだんに使っている。

ヘッドフォン「AW-KG NARU」のハウジングにも「黒柿」を採用

黒柿は樹種ではなく、柿の木の中で内部に黒い紋様が現れたもの。なぜこの紋様ができるのかは、いまだに解明されていないそう。100年以上経った古木でした見つかっておらず、意図的に育てたとしても黒柿に出会う確立は非常に低く、生産量が極めて少ないことから「神秘の銘木」とも言われている。オーディオ機器の素材としては、剛性が高いのが特徴とのこと。

ヘッドフォンアンプのHPA-KG NARUは、フロントやサイドパネルにこの黒柿を採用。また、全体のデザインは日本の庭園をコンセプトにしており、枯山水や和室のイメージを取り入れた。トップパネルの孔の位置に真空管を配置し、横方向には水流をイメージした紋様を施した。紋様で表現された水流が出会うことで渦を生み、無限を象徴する「∞」を形作り、本体の両側へと水が流れ落ちるように黒柿を囲んで流れるデザインになっている。

他にも、真空管と出力トランスを保護する金属製メッシュカバーに「綾杉模様」を採用するなど、随所に日本的な要素が見える。

ヘッドフォンのAW-KG NARUも、密閉型のハウジングに黒柿を贅沢に使用。53mm径のドライバーを採用し、特別なチューニングを施しただけでなく、このヘッドフォン専用に調整されたケーブルも付属。HPA-KG NARUとの組み合わせで、実力を最大限に発揮するという。出力音圧レベルは102dB/mW、再生周波数帯域は5Hz~45kHz、インピーダンスは60Ω。入力端子はA2DCで、金メッキ仕上げのXLR-Mバランスケーブル2mと、3mのXLR-Mバランスケーブルが付属する。ケーブルを除く重量は約395g。

なお、このヘッドフォンは単品での発売も予定されており、年内に発売予定だそうだ。その際、見た目に変更は無いが、型番が「ATH-AWKG」となり、仕様も少し変わるという。

ヘッドフォンAW-KG NARU
ヘッドフォンAW-KG NARUのケース

高槻電器工業製の「TA-300B」を採用

HPA-KG NARUの実機を前にすると、その大きさにも圧倒される。外形寸法は493.5×409×352.5mm(幅×奥行き×高さ)、重量は約50kgと、ヘッドフォンアンプとしては異例のサイズだ。

このサイズと、ヘッドフォンとセットで税別1,200万円という価格にも驚かされるが、購入すると、写真のような巨大なケースにヘッドフォンと共に入れて届くというからこちらも驚きだ。

巨大なケースで届く

ヘッドフォン出力は前面に6.3mmのアンバランスと、XLR4のバランスを各1系統装備。瞬間最大出力も圧巻で、1,600mW + 1,600mW(32Ω)、1,300mW + 1,300mW(150Ω)、1,000mW + 1,000mW(600Ω)となっている。

入力端子は、RCAのライン入力が1系統、XLRバランス入力が2系統となっている。DACなどは搭載しない、純粋なヘッドフォンアンプだ。

背面端子部

内部的な特徴は、電子回路部品の電圧増幅段に「ECC83S」を使用したSRPP回路を、そして電流増幅段にヘッドフォンアンプ用に選別された高槻電器工業製の真空管「TA-300B」を使用している事。特別仕様のアモルファスコア+銀線で作られている出力トランス「LL2765AgAM」を駆動する。

高槻電器工業製の真空管「TA-300B」
出力トランス「LL2765AgAM」

構成としてはフルバランス駆動となっており、前段各4本のECC83SをSRPP回路で信号増幅し、後段各4本のTA-300Bを駆動することで、洗練されたアンプ回路設計を実現。バランス入力時、信号は直接左右のバランス回路に送られ、ライン入力時は信号が入力トランス「LL1532」を介してバランス信号に変換されたあと、左右のバランス回路に送られる。

さらに、左右のチャンネルをHOT側・COLD側のバランス回路構成としており、全体として4つの回路を持つ贅沢な構成になっている。左右の音声信号回路に供給される電流は、左右独立した専用電源トランスから安定かつ、ピュアな状態で供給されるため、高い分離度と低ノイズで透明かつ豊かな音質を導くという。

これだけでなく、ルンダール製入力トランス「LL1532」や、アムトランスの最高級オーディオ抵抗、HPA-KG NARUのために専用設計された染谷電子製の左右独立電源トランス、JJ Electronic製の真空管「ECC83S-gold」と「GZ34S」など、高品質部品を大量に投入している。

ルンダール製入力トランス「LL1532」も透けて見えている

出力トランスのヘッドフォンマッチング回路には3つのポジションがあり、ヘッドフォンの特性や音質に応じてインピーダンスの選択も可能だ。

一見すると筐体下部にゴールドの操作パネルがあるように見えるが、これは同梱する説明用の板。フロントパネルに、ツマミの説明文を入れていないため、どのツマミが何の機能なのかを示すために同梱されている

同時に満たすのが難しい要素が、すべて揃ったサウンド

アナログレコードで「宇多田ヒカル/First Love」、CDプレーヤーで「TOTO/Rosanna」などを聴いてみた。組み合わせはHPA-KG NARUとAW-KG NARUだ。

ヘッドフォンアンプやヘッドフォンの外観からすると「木の響きが豊かで、やさしい、ゆったりとしたサウンド」を連想するかもしれないが、良い意味でその予想を裏切るサウンドだ。

第一印象は「ハイスピード・ワイドレンジ」。圧倒的なHPA-KG NARUの駆動力で、AW-KG NARUをドライブするので、ビートの低域や、電子音の輪郭などが鋭く、キレがバツグン。まさに雷の神“雷神”を彷彿とさせる鮮烈さだ。黒柿ハウジングの剛性が高く、余分な響きを抑えたヘッドフォンの音も、このアンプにピッタリだ。

しばらく聴いていると、そのハイスピードで現代的なサウンドの奥に、個々の音の質感の良さ、響きの美しさがある事に気付く。そのため、ハイスピードな印象がありながら、聴いていてキツさは感じず、サウンド全体の印象はとてもナチュラルだ。

そして圧巻なのは音場の広さだ。ヘッドフォンは密閉型だが、聴いていると「あれ、このヘッドフォンって開放型だっけ?」と、思わず指でハウジングを触って確認してしまうほど、音の余韻が広がる空間が広大。高解像度とエネルギッシュ、美しい響きという要素と共に、開放感も兼ね備えている。通常のヘッドフォンリスニングで同時に満たすのが難しい要素を、すべて揃えた、超弩級ヘッドフォンシステムだ。

左から企画開発部 研究開発室の入井広一主事、企画開発部の武市宏ゼネラルマネージャーに話を伺いながら試聴した
山崎健太郎