レビュー
Ultimate EarsのクアッドBA「UE900」を聴く
TripleFi 10から低域パワーUP。約39,800円
(2013/3/29 11:00)
Ultimate Earsの代名詞的なイヤフォンと言えば、日本で2007年頃から発売されている「TripleFi 10」だろう。昔は「Triple.fi 10 Pro」という名前だったが、その後に「TripleFi 10」になり、発売当初は実売5万円程度していたが、徐々に低価格化。直販サイトで39,800円で販売されていたが、2012年4月から19,800円に大幅値下げされた事も話題となった。なお、ロジクールのUltimate Ears製品ページの現行ラインナップからは、既に外れている。
そんな「TripleFi 10」の後継機種と見られる新製品が、3月15日から発売が開始された「UE900」だ。価格はオープンプライスで、実売は39,800円前後となっている。今回はこの「UE900」を、「TripleFi 10」との比較も交えて聴いてみたい。
BA構成が強化
概要をおさらいしよう。どちらもバランスド・アーマチュア(BA)を複数搭載したマルチウェイのカナル型(耳栓型)で、「TripleFi 10」は中低域用に2基、高域用に1基のBAを搭載した、2ウェイ3ドライバー構成。新製品の「UE900」は、ウーファ×2、ミッドレンジ×1、ツイータ×1で合計4個を搭載した、3ウェイ4ドライバ構成へと強化されている。
外観も随分変化した。TripleFi 10はどちらかと言うと細長い筐体で、耳に挿入しても、筐体が耳穴からはみ出ていた。UE900は、カスタムイヤーモニターのような形状となり、耳穴に挿入すると言うよりも、耳穴付近に蓋をするような装着タイプとなり、耳からあまり飛び出ない形状になっている。
カラーも変化した。TripleFi 10は、光の反射で濃い緑と明るい緑のグラデーションが生まれていたが、UE900はハウジングの外向きにブラックのプレートを配し、ボディ自体はより青みの強いツートンカラーになった。ただし、筐体がスケルトンで、内部のBAドライバが透けて見えるのは、従来モデルと同じだ。
TripleFi 10は、2007年に登場したイヤフォンながら、当時としては珍しくケーブルが着脱できるのが人気だったが、UE900でも引き続き着脱が可能。端子の名称は特に謳われていないが、形状的にはMMCXのようだ。試しに、MMCXを採用しているShure「SE535」をUE900のケーブルに接続してみると、パチンと小気味良い音と共にシッカリ接続できた。
なお、UE900のケーブルは編組タイプで、標準で2種類付属している。通常のブラックタイプと、iPhone/iPad用コントローラーや通話用マイクを備えたブルーのケーブルを付け替えられる。
最初は、スポーツ向けイヤフォンのような、鮮やかなブルーのケーブルに驚いたが、それに負けないくらい鮮やかな青い筐体のイヤフォンと組み合わせると、非常にマッチする。黒いケーブルのイヤフォンは他にも沢山あるので、このくらい個性的なカラーも楽しい。
イヤーピースはシリコン製のピースを5サイズ(XXS、XS、S、M、L)、さらに、Complyフォームタイプも3サイズ(S、M、L)同梱。キャリングケースやポーチも同梱している。
装着感が大幅向上
音を聴く前に、装着感を比較してみよう。どちらのモデルも、ケーブルを耳の裏にかけて引っ掛けるようにして装着する、通称「Shure掛け」をするタイプだ。
前述のように、TripleFi 10は耳に差し込むように装着する。イヤーピースのサイズが合っていれば、耳奥まで挿入すれば抜けにくい事はない。ただ、筐体が細長く、耳から飛び出している部分も長いため、装着時の見た目や、小走りした時など、動いた場合の安定性は今ひとつだ。
対するUE900は、耳穴の前にある“くぼみ”に、筐体全体がスポッとハマり込み、蓋をするような形になるため、必要以上に出っ張らず、見た目はスマート。くぼみにハマったまま、動かないため、安定性も高い。
遮音性も26dBと高く、耳穴に強く突っ込まなくても、周囲の騒音はかなり聴こえなくなる。また、安定性の高さや、強く挿入しなくて済む事が利点となり、長時間着けていても疲れにくい。装着感、安定性、見た目のいずれも、TripleFi 10から大きく進化したと言えるだろう。
音を聴いてみる
試聴にはiBasso Audioのハイレゾプレーヤー「HDP-R10」を使用。24bit/192kHzや24bit/96kHzなどのWAV/FLAC、そしてDSDファイルなどを中心に再生している。
まず、TripleFi 10から聴いてみよう。各社最新のマルチウェイ・BAイヤフォンと比べると、当然とても古いモデルになるわけだが、改めて聴いても、“バランスの良さ”が秀逸。低域が盛り上がったり、高域がキンキン突き抜けるなど、特定の帯域が主張し過ぎる事がなく、極めてバランスのとれた、ニュートラルな再生音だ。
個人的にTripleFi 10のサウンドは、BAイヤフォンの中で好みだ。その理由は、BAながら、適度な中低域の響きの豊かさがあり、高解像度な面もあるのだが、ダイナミック型イヤフォンのような“ゆったり感”も持っている事だ。また、高域の抜けの良さ、付帯音の少なさも見事で、金属質なクセもあまり感じない。ナチュラルなサウンドになっている。「BAらしいカリカリのサウンド」を期待するとちょっと違うが、解像度の高さと、ゆったりとした中低域の組み合わせがセンス良くまとめられており、今聴くと、改めて完成度の高さを実感する。
UE900に交代すると、まず低域のレンジがグッと拡大した事がわかる。TripleFi 10は前述のように、豊かな中低域を聴かせるが、ズシンと沈み込むような純粋な低音はあまり出ない。対するUE900は、重い低音がキッチリと沈み込む。
「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生。1分過ぎから入るアコースティックベースは、地を這うように深く、音楽をシッカリと下支えしている。特筆すべきは、沈み込みは深いのだが、その上にある中低域が、不必要に膨らまない事だ。
基本的に、厚みのある中低域も再生できているのだが、マルチウェイBAでは、「沢山ドライバ積んだから、こんなに分厚い低音が出せるぞ!」とばかりに、中低域が強烈に盛り上がる製品も存在する。UE900は、豊かではあるが過度にはならないレベルで、あまり出しゃばり過ぎない。「ダイアナ・クラール/Temptation」も、アコースティックベースの張り出しが強い楽曲だが、「ベースの音で他が何も聞こえない」とはならず、ヴォーカルもキッチリ耳に届く。このバランスの良さというか、まとめあげるセンスが、TripleFi 10を彷彿とさせる部分だ。
一方で高域は、抜けが良いTripleFi 10と比べ、ほんのわずかだが、頭を抑えられたようなコモリが感じられる。音色も、BAっぽい硬さがあり、TripleFi 10とは異なる「BAっぽい高域」だ。「Best of My Love」の冒頭に出てくるギターも、筐体の木の響きが、若干金属質だ。しかし、解像度の面ではTripleFi 10よりも向上しており、ギターの弦の細かな動きや、ヴォーカルの口の開閉など、音像の描写は間違いなく明瞭、かつ聴き取りやすくなっている。
24bit/192kHzの「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」でも、ギターの弦の動きと、ベースの「ヴォーン」という量感が融合せず、キッチリと分離され、音の重なる様子が見える。低域が良く沈むようになったため、ドッシリとした、重厚な再生音だ。
高域描写が硬質なので、女性ヴォーカルのサ行はキツく感じるかなと「坂本真綾/トライアングラー」を再生。確かにBAらしい分解能の高さを見せつけるのだが、前述のように、中低域の響きもまとっているため、音量を上げていっても、むき出しの高域が耳に突き刺さるような痛さは感じない。このあたりのチューニングは絶妙だ。
「トライアングラー」を再生したまま、TripleFi 10に切り替えると、音色の自然さやヌケの良さはTripleFi 10の方が良いが、高域の表情にちょっと潤いが足らず、カサついている。響きの成分が少ないのだろう。
低域は圧倒的にUE900の方が良い。TripleFi 10も、ゴリゴリとしたベースラインの主線は描けているが、それに付帯している量感や、ズシンと沈むアタックの強さは感じられない。それゆえ、全体的には若干高域寄りの印象を受ける。
再びUE900に戻すと、音場に広がる音のパワーそのものがアップ。抜けは若干悪いが、逆に、それにより凝縮された音の勢いが強く感じられる。「展覧会の絵」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)から「バーバ・ヤーガの小屋」を再生すると、オーケストラが奏でる空間が迫ってくるような迫力が、UE900の方が圧倒的だ。
TripleFi 10は、どこまでも音が広がる、広大な音場を展開するが、UE900は音が鳴っている空間の広がりに一定の限度がある。だが、その空間全体に音がミッチリ詰まった密度感が特徴で、勢いのある楽曲を聴くと、すこぶる“美味しい”。これに慣れると、TripleFi 10はアッサリした描写に感じる。
UE900は、疾走感のあるロックや、ジャズのライヴ録音などにマッチしそうだ。ビル・エヴァンストリオ「Waltz for Debby」(Take 2)も、ヴィレッジ・ヴァンガード内の雰囲気というか、熱気がよく伝わってくる。一方で、TripleFi 10は抜けの良さを活かし、爽やかなフュージョンや、音がどこまでも広がるような、女性ヴォーカル+ピアノなどのシンプルな楽曲にマッチするだろう。
最後に他社製品のShure SE535とも較べてみよう。SE535はオープンプライスだが、現在は3万円台後半で販売されている店舗が多いようだ。実売39,800円のUE900にとって、ライバルと言える。
高域の抜けはSE535の方が良い。高域の硬質さは同程度のイメージ。低域はUE900の方がパワフルで、中低域の張り出しは強い。SE535は一聴すると、低音が地味と感じるが、中低域の張り出しが少ないだけで、低い音はシッカリと出ている。低域の沈み込みの深さは同程度だ。高密度でパワフルな再生が楽しめるUE900、モニターライクでスッキリ抜けの良いSE535という違いだろうか。
まとめ
TripleFi 10の低域に、厚みや、沈み込みの深さが欲しいと感じていた人にマッチする進化を遂げている。ただ、単純な進化版というよりも、中高域に関しては目指している音の方向性が若干異なる。音楽に合わせて2機種を使いわけるのも楽しいだろう。なお、高域の硬さは、エージングが進む事で和らいでいく可能性がある。
デザインについては人それぞれだと思うが、装着感や、装着後の安定性はUE900の方が格段に優れている。遮音性も高いため、騒がしい場所で集中して音楽を聴いたり、音楽を流さず、勉強や仕事をする時の耳栓のように使うというのもアリだ。
現在の高級イヤフォン市場からすると、最上位モデルながら、実売39,800円という価格は良心的だろう。搭載するドライバの数を競う時期も過ぎ、落ち着きつつある高級BAイヤフォン市場に、Ultimate Earsが戻ってきた事で、再びの盛り上がりも期待したいところだ。