麻倉怜士の大閻魔帳

第1回

OLED・OLED・OLED! 映像の未来はOLEDとともに。麻倉怜士CESを歩く

 AV Watch読者の皆様、こんにちは! 麻倉怜士です。以前からご愛読いただいている皆様、ありがとうございます。 ITmedia LifeStyleでやっていた連載が移籍して、装いも新たに今回から「麻倉怜士の大閻魔帳」として開始します。

 この連載では私が取材で見聞きし、日々様々な事柄を記入している取材ノート“閻魔帳”を基に、AV業界や音楽、映画などにまつわるあれやこれやを“滅多切り”にするというものです。時に叱咤、時に激励しながら、業界の過去・現在・未来を私の視線で見通します。

麻倉怜士氏

 聞き手・執筆の天野透です。麻倉先生の視線に対して、異なる視野を持ち込みつつ、より深く、よりわかりやすく、話の幅を拡げることを目指します。

変わりゆくCESと変わらない本質

麻倉:早速本題に入りましょう。毎年閻魔帳の1ページ目に書き込まれるのは、決まってラスベガスで開催されている「CES」の話題です。私はCESに通い続けて20年以上、通算では25回ほど行っていますが、毎回画期的なものが何かしら必ず出てきます。

 今回のAVフィールドで言うと、デバイスから処理、フォームファクターに至るまで、すべてに革命的なものが表れ、4Kを経て“次の時代”へ突入すると感じました。

――ですが今回のCESでは、Google Homeや自動運転といった話題の報道がかなり多く、AV関連に関してはあまり出てこなかった様に感じます。テレビやディスプレイの新技術が目白押しだった10年前辺りから、隔世の感がありました。

麻倉:確かに、一般的な報道ではAIや自動運転などを大きなトレンドとしていましたね。トヨタの自動運転「パレット」が用途に応じて姿を変えるとか、巷で話題のAIスピーカーがどうしたとか。しかし現地を見てきた私に言わせると、これは表面的な視点です。

 今のCESはカンファレンス・記者会見といった“表のブース”だけを見ていても、何が重要で何が面白いのかはサッパリ分かりません。ハッキリ言いましょう、CESの本質は関係者だけの限定公開ブース“スイート”にアリ、です。これから数年内の近未来で出現するであろう技術が、このスイート部分“のみ”で限定展示されているのです。

 表のブースに出るのは1年以内くらいの短期で出てくる、言い換えれば「今まさに出ている」もの。刹那的な発見はここでもあるかもしれないですが、“未来の展望を語る”というCES本来の見方としては、どうでもいい。

 そうではなく、各企業のイチバン奥底で地殻変動が起きている部分はスイートに入らないと見えないのです。ここを見ることで初めて「これからスゴイ変化があるぞ」「おおそうか、そっちに行くか」ということが言えるわけです。そういう変化の幅の大きさ、パースペクティブの広さ/深さが重要で。すぐに製品が出てくるわけではないですが、これからの展望・考え方・思想が、技術を通してハッキリ解ります。それが技術ジャーナリストが取るべきCESの歩き方なのです。

――製品として出るか分からないトップシークレットの開発試作品を、不特定多数においそれと見せることはできないと。

麻倉:そういうこと。本当に価値のある情報は、これだけ世界が隅々まで繋がった現代でさえ、未だに隠れたところにあるわけです。

 それにしても映像系の技術の露出が“表では”少なかった、これにはれっきとした理由があります。2000年からのデジタル革命は「放送が変わる」とか「インターネットが出てきた」とかいった、フォーマットが大変化した時代でした。SDがHDとなり4Kへ至るとか、物理パッケージと放送波だけだったメディア伝達手段にOTT(Over The Top)と呼ばれるインターネット配信が台頭する、などなど。

 大きな基準・枠組みが変革を与え、業界全体で“前にならえ”と言わんばかりに、同じ新規格・同じ未来を目指していました。もっと言うと、「新フォーマットを採用さえすればニュースになった」時代でした。ところがこういった流れは、だいたい8Kを超えた辺りから行き詰まりを見せてきます。

 今回のCESは、そういった外部要因に強制されるものだけでは語ることが出来ません。ここからは各企業の“本当の実力”が試されます。フォーマットがコモディティ化した時代において、いかに各メーカーが自分自身を変革し、“新しいもの”を自ら提案するか。

 つまり「世界初の8Kなんちゃら」だけでは価値が無い。そうではなく「8Kで何するの?」が重要なのです。テレビもどんどん大型化していて、売り場では55型が珍しくもなんともなくなりましたが、では大型化の次は? こういったところを真剣に捉えている企業が、これから伸びてくるのではないか。これがAV業界の総論です。

 業界の大きな方針ではなく、各企業の色がどれだけにじみ出るか。これは各社の様々なスイートに出入り、それぞれに思想が異なる“最先端”を取材した私にしかわからない、他人には語れない内容です

「消えるテレビ」。LG 巻き上げテレビが伝える未来

――その今回のCESで最も注目したトピックは何でしょう?

麻倉:映像テクノロジーにおける今回最大の衝撃は、巻き上げテレビがついに登場したことです。実はこのスクープ、全世界で指を折るほどしか報道されていません。それもそのはず、展示はLGの“表のブース”ではなく、先程話していた“スイート”にしか無かったのです。つまり、それだけLGのスイートに入って実物を目撃したメディアが少なかった、ということですね。

ついにテレビが“巻取り”に。空間に固定されたディスプレイから、巻取り収納で“存在が消える”という大変化。これは革命的な事件です。実物は長方形のハコから「にゅ~っ」と画面がせり上がる、というもの。画面は途中で止められるため、アスペクト比を一般的な16:9にするほかにも、21:9で映画を見たり、もっと細長くして情報ディスプレイにしたりできます。

 OLED(有機EL)なので画質は“普通に”高画質。巻取りOLEDは昔からあちこちの記事でよく取り上げていましたが、これがついに大型テレビのサイズになったかと思うと、実に感動的です。

LGディスプレイが関係者のみに披露した、OLED巻き上げテレビ。使わない時の“黒い板”を消すことができる。アスペクト比の変更なども自在で、持ち運びも(おそらく)可能。テレビの未来を感じさせる展示だ

 この巻取りテレビ、2014年からLGディスプレイが開発を開始しており、昨年からは韓国の国家プロジェクトに認定されています。ガラスで製造、レーザーで切っているとか。どこが大変かを聞いてみたのですが、返ってきた答えが「大変でないところなどどこにも無い、全部大変」というもので、全くインタビューになりませんでした(笑)。

 テレビの歴史において、初めて「消えるテレビ」ができた。黒くテカテカ輝く目障りな板状のオブジェ、それが今の“使わない時の”テレビの姿です。この大画面の悪い影響が無い。先程も言いましたが、これは革命的で画期的です。

――確かに、用を成さない大きな黒い板は邪魔以外の何者でもありません。ですが、それが“消える”ことが、なぜそこまで歓迎されるのでしょう?

麻倉:それは全世界的に見て、プレミアム大画面が伸びているからです。最新の大画面OLEDは88型になりました。ハイセンスは「レーザーテレビ」というものでここ数年頑張っています。これは短焦点プロジェクターを使った大画面で、ソニーの「Life Space UX」などと同じジャンルになるでしょう。まあハイセンスとソニーとでは、価格も画質も大分違いますが……。

 しかしレーザーテレビが大画面のスタンダードになり得るかというと、これはなかなか難しい。短焦点タイプであれ一般的なものであれ、プロジェクターである以上ディスプレイは反射型です。輝度にどうしても限界があるため、晴れた日中の窓際といった明るい場所では使えません。ところがこれ(巻取りOLED)ならば、光量が充分に取れる直視型ディスプレイが巻き取れます。

 また、物体的にパネルが消えるというのは「スピーカー間に物を置くべからず」というオーディオの鉄則が実践できるので、音にも嬉しい。例えば私の自宅の“麻倉シアター”に100インチくらいの巨大テレビを入れると仮定した場合、音が“壊滅的に” 悪くなってしまいます。音場が無茶苦茶になるだけでなく、過渡特性にも深刻な影響が出てしまい、せっかくのJBL K2が台無しです。

 そういう意味ではこの巻取りテレビ、これからのホームシアターにとっても歓迎されるべきものと言えるでしょう。

 少々話が逸れますが、今サムスンは“直視型劇場”を世界に向けて提案しています。おそらく今回出てきた「マイクロLED」を使ったものでしょう。これならパネルモジュールを重ねるだけで、巨大画面を自在に作れます。この辺りについては後編で触れるとしましょう。

 従来のシアターは反射型スクリーンが基本でした。対して直視型シアターという新文化は、よりハイコントラストな映像世界に誘います。巻取りOLEDも、その一端を担うことになるでしょう。

――映画の発明から100年以上、映画を“投影”しなくなる時代が、もしかしたら来るかもしれないのですね。

麻倉:スタイルが変わるのは映画だけではありません。これまでのテレビは壁とイスが1対1の関係でしたよね? 皆さんの家庭環境を思い浮かべて下さい。テレビは壁に寄せる・掛けるというのが常識で、大画面テレビが部屋のど真ん中に鎮座するという環境は、メーカーの広報画像でもない限りそうそうありません。

 このスタイルは、視線を向けるテレビをまず壁に固定し、そこを基準にソファーやテーブルを配置する、いわばテレビを中心とするものです。テレビのコーナー置きも同じで、テレビに対してソファーの配置を決めています。生活の中心にテレビがあり、それが固定されていた。生活アティチュードがすべてテレビに向く、現代の一般家庭における世界的な常識です。

 ところが巻取りテレビは、ハコを動かせばどこへでも持って行けます。今回のものは薄膜ガラスでできているため、おそらく何十kgにもなったりはしないでしょう。家庭内であちこち頻繁に移動させても苦にならない重量になると、私は予想しています。

 現在発売中のLGフラッグシップモデル「Wシリーズ」は別名「Wallpaper TV」。薄さ3.9mmのシート状で、磁石を後ろに貼って、パネルを他の部屋に持ち出すというギミックを持っています(残念ながら日本では展開していないですが)。それよりさらに薄いとなると、重量的には当然持ち運べるでしょう。30~40インチくらいの中型になれば、ダイニングテーブルの端に置いてもヨシ、コーヒーテーブルの上に置いて家族みんなで囲んでもヨシ、そのままベッドルームへ持っていってもヨシです。

 従来のように画面が固定されているのではなく、テレビが動いてなおかつ消える。こうなると置き場所の制約が飛躍的に減ります。部屋を最大限活かすようなイスやテーブルを中心とした配置で、そこにテレビが入るというスタイルに。「テレビセントリック」から「生活セントリック」への転換です。

 もっと言うと、「巻き取れるんだからひだ付きにだってできるだろう」という発想で、カーテンをOLEDにしてしまうのも面白そうです。閉じるとテレビ、開けると窓。あるいはブラインドをテレビに。ガラスそのものをOLEDにしてしまうという発想は、ここ数年パナソニックが方々の展示会で提案しています。

――OLEDではないですが、航空機ボーイング787の窓の電子カーテンが話題になりましたね。これがOLEDになってご家庭へ、しかも映像が映る、という感じでしょうか。列車やバスの窓が巨大なデジタルサイネージになる、なんてのもアリですね。

麻倉:「日差しが強いなら下ろしてテレビを観よう」なんていう文化も生まれるかもしれませんよ。さらに飛躍すると、すべての壁面全体にOLEDスクリーンを吊るし、気分によって単面、複面、あるいは全面を使い、環境を作る。もちろん壁は棚を置いてもヨシ、インテリアを飾ってもヨシです。OLEDは使いたい時に、使いたいところだけ出せばいい。

――リビングシアターを構える時、テレビの前にスクリーンを配置して、コンテンツやシチュエーションで直射と反射を使い分ける。考え方としてはこれの発展型でしょうか。

麻倉:情報用ディスプレイは中・小型を別途用意し、コンテンツ鑑賞には大画面を、という使い分けも、もちろんアリです。今は家庭で大画面になるとプロジェクターですが、これがOLEDになるというわけです。

――和洋室の境界にOLEDスクリーン、なんてどうでしょう。画面としてだけでなく、パーティションとしても機能させてしまうという発想も面白そうです。

麻倉:などなど、アイデアを挙げ始めればキリがないくらい映像の未来の夢が膨らみます。そのくらいのポテンシャルを巻取りテレビは秘めているのです。

ハリウッドスタジオで使われるOLED“テレビ”

麻倉:この巻取りテレビに関連して、ハリウッドのスタジオをいくつか巡り、パナソニックのOLEDを画質の観点で取材した話をしましょう。

 現代の映像業界において、リファレンスモニターには言わずと知れたグローバル・スタンダード機のソニー「BVM-X300」。ところが最近のスタジオにはパナソニックOLEDのフラッグシップ「TH-EZ1000」が鎮座しており、製作時にはなんと同時に使っているんです。

麻倉氏が取材したハリウッドの某グレーディングスタジオ。コンソールの前にはリファレンスモニター「BVM-X300」が、その脇にはパナソニックのテレビ「EZ1000」が鎮座する。実はEZ1000には、スタジオ向けのモニター設定用パラメーターが開放されている。現代の民生用テレビはここまでレベルが上がった

――フラッグシップとは言え、ハリウッドのスタジオにまで民生機モニターが入るとは。そういえば日本のスタジオに関しては、樋口真嗣監督が「精霊の守り人」の製作スタジオについて語っていました

麻倉:ポイントは画面の大きさ。ほぼ30型というX300の画面サイズでは気づかないノイズが、55インチや65インチのEZ1000ならば気付くことができます。

こういう用途があることをパナソニックは把握しており、実はマスターモニター(ほぼX300)に極めて近付けられるようなプロ向けパラメーターを開放しているんです。コレを当てればEZ1000とX300がだいたい同じ色調で見られる。コンシューマー機材がスタジオレベルになるということは、言い換えるとスタジオレベルと一般ユーザーが近接するということでもあります。

 実はグレーディングスタジオという場所は、スポンサーなどの来客が結構多いんだそうです。この人達に作業中の作品を披露するのに、大画面OLEDテレビは最適。液晶に比べてOLEDは黒が段違いで良く視野角も広いから、液晶のように「マトモな絵は真ん中だけですよ」ということもなければ、X300の小さな画面を大人数でかぶりつくように視る必要もありません。

ということで、実は現代のハリウッドスタジオでは、映画をOLEDテレビでグレーディングしている。つまり映画は、OLEDで観るのが最もスタジオクオリティに迫れるのです。

 この事実とLGの巻き上げOLEDを足すと何が言えるでしょうか?

つまり「映画における製作者の意図“ディレクターズインテンション”を最も忠実に表現できるのは、プロジェクター投影ではなくOLEDスクリーン!」。

麻倉:ハイエンドな映像文化の、ハリウッドに対する憧れが最も活きるのはOLEDです。これが大画面になると、映画館のスクリーンよりもさらにクリエイターに迫ることができる。巻取りテレビは単に「近未来生活への新提案」という次元で終わるのではない、AV業界にとって極めて重大で重要な“事件”なのです。こんなことはLGでも考えていませんよ。

 今回のLGがエライのは、21:9のモードをちゃんと用意してあること。映画におけるディレクターズインテンションを画質的・画調的に最も表現する、そういうエッセンスが入っています。これを画期的と言わずして何と言おうか!

――もしかすると、これからの映画館はすべてOLEDスクリーンを入れないといけなくなるのでは?

麻倉:LGディスプレイにおける現行の蒸着製造法では、8.5世代OLEDパネルが98型まで製造できます。少なくともここまでは大型化をやるでしょう。将来がますます楽しみです。

OLED 8Kにいかに取り組むのか

――巻取りテレビが革命的なことはわかりました。では次に印象的だったのは何でしょうか?

麻倉:次に取り上げるのもLGのOLEDです。が、ポイントは解像度。ついにきた8K OLED! コレが重要なのは、最近言われつつある“解像度とコントラストの関係”です。過去の進化を振り返ってみると、SDからHDの効果は凄かった。HDから4Kもそこそこ効果があった。しかし4Kから8Kは「それほどでもない」というのが正直なところでしょう。

 これは解像度だけしか見ておらず、8Kの真価を発揮しきれていないことが原因です。4K/8Kの時代に入った今、単に解像度(画素数)を上げただけでは、精細“感”がリニアには上がりません。画質というものは、画素数・色域・階調・ダイナミックレンジ・フレームレートの総合力で、8Kになると、微小信号における黒の沈みを与えることで魔法的に画質に効くのです。

――以前、先生が発起人となって続けている「4K OlympAc」で、ソニービジュアルプロダクツの小倉敏之氏が指摘していましたね。画素数・色域・階調・ダイナミックレンジ・フレームレートをチャートにして、総合力の重要性を説いていました。

麻倉:有力なコンテンツがNHKの放送1chくらいということで、世界の各メーカーのノリは残念ながらイマイチ。ですが、8K OLEDの出現によって「8Kの本物のありがたみ、スゴさ」が出てくるのです。パナソニックに話を聞いたところ「ぜひやりたい」と。「8Kは当然やらないといけないと考えているが、同じやるなら絶対OLED」としていました。

 問題はやはり価格でしょう。今回は残念ながらLGから聞き出すことはできませんでした。液晶で先行するシャープを見ても相当安くはないというのは間違いないでしょうが、ただし、LGディスプレイはかなりホンキで押し進めるとみられます。

――そのココロは何でしょう?

麻倉:その根拠は、8K OLEDの製造ラインを従来の延長線上に置いているということ。どういうことかというと、光の出し方が従来と同じボトムエミッションなんです。発光部の上に基盤が乗るため開口率が足かせとなり、ボトムエミッションでは光量的に不利です。しかし製造の難易度がグッと下がるため、製品化の際にはコストで圧倒的優位性を獲得します。

 研究段階では「8Kの微細なピクセルサイズを想定すると、トップエミッションでないと光量不足で絶対ダメだろう」と言われていました。ちなみにOLEDの最高級品BVM-X300は「スーパートップエミッション」です。

 最初からトップエミッションのラインであれば、難易度的にはまだマシなんですが、ボトムエミッションからトップエミッションへの転換は、材料から積層方法から何から全てを変えないといけません。歩留まりも悪くなるし材料費も跳ね上がる。不可能とは言いませんが、絶望的に困難です

――X300に428万円というプライスタグが付いている所以ですね。高い精度が必要で、検査をパスするのがとても難しい。

麻倉:そんな中でLGディスプレイとしてどうするか、相当に討議したと言っていました。順当に考えるとトップ。でもLGはボトムに舵を切ったんです。ナゼか? それはズバリ、日本で世界初の8K本放送が開始する今年12月という大きな需要を見据えての決断です。納期とコストを鑑みて、今から新たにトップを設計しているようではとても間に合いません。

 正確な数字は言えませんが、ボトムエミッションの光の取り出し効率は「極悪」と表現するのがふさわしいレベルです。この下がった輝度をどうカバーするか。茨の道ですが、今の技術で現実的に量産と普及を目指すならこっち(ボトムエミッション)しかありません。これがホンキ度の理由です。

 ちなみにどことは言いませんが、日本でOLEDをやっている会社のうち“2社は「やります」”と言っています(笑)。

LGディスプレイが持ち込んだ8K OLEDテレビ。2020年の量産をにらみ、物理的に不利だが生産性が高いボトムエミッション方式をあえて選択。数年内に製品化されることを期待したい

麻倉:先日CEOを退いたソニーの平井氏は「今は4Kの時代です、お客様に8Kテレビをメッセージするには早すぎます。ソニーとしては8Kをいつ展開するかは言えません。4Kが伸びている現状で『もう8Kです』と言うと、お客様の混乱を招きます」と言っていました。まあだいたいソニーは最初のうちは否定しておいて、後から出てくるんですけれどね。

――昔のソニーはこういう尖ったところを、先陣を切ってやっていたはずですが。

麻倉:やってましたよねぇ……。社長がこんなことを言っているようじゃあイケマセン。

 ソニーは「A1」で大型OLEDテレビを始める時に「OLEDが自社の液晶まで潰してしまうでは」と懸念していました。が、フタを開けると液晶もOLEDもしっかり伸びています。いくら「最先端・最高画質は8K!」と言ったところで、そこまでハチャメチャな伸び方をするなんてことはあり得ません。そこが間違いのポイントです。

 トップの人間がここでやるべきは、4Kと8Kのマネジメントです。上手く間を取り持ち、未来の中核事業としてどちらも伸ばす、これこそ経営者の仕事ではないのか。強い疑問を持ちます。

印刷OLEDもついに出た!

麻倉:続いては印刷OLEDについて話しましょう。これも「ついに出た!」という感慨モノのデバイスです。今回出てきたのはJOLEDの21.6インチ、製造は石川県のラインです。「とりあえず量産ができた」という体制で、第1号は大株主のソニーへ納入し、医療用モニターに。そして第2号がASUSのPCモニター「ProArt PQ22UC」に採用されました。

 ASUSのスペックとしては、DCI-P3カバー率99%、10bit色深度、コントラスト比100万対1。応答速度0.1ms。特筆点は“一般ユーザーが買える初めての印刷OLED”ということ。画質はと言うと、非常に落ち着いた画調です。PCモニターということもあってテレビのようなピカピカを排しており、表面はノングレア。マットでしっとりとして、コントラストがあり、とても目に優しいのが印象的でした。

JOLEDが開発を続けていた印刷式OLEDが、ASUSのPCモニター「ProArt PQ22UC」としてついに民生機へ。印刷式は現在主流の蒸着式よりも生産効率が高いため、ここから中型OLEDが爆発的に増えることが予想される

 民生用中型モニター初のRGB式OLED、ということも外せません。これまでのRGB式はと言うと、少々小さい11インチですが、ソニーによる世界初の民生用OLED TV「XEL-1」がありました。度々名前が上がるX300もRGBで、サイズは30インチとイイカンジです。が、これは業務用なので一般ではまず手に入りません。

――僕が印刷OLEDを初めて見たのは、2013年のIFAパナソニックブースでした。様々な困難を乗り越えて、ようやくここまでたどり着いたかと思うと、感慨深いものがあります。

麻倉:OLEDで先行するLGのパネルのDCI-P3カバー率は、デバイスとしては90%台。99まではいっていません(東芝などのテレビでは「およそ100%」)。この点、JOLEDの印刷OLEDは色再現性で非常に優れています。

 価格などの詳細は残念ながら聞き出せませんでしたが、ASUSのモニターはおそらく半年以内には発売されるのではないでしょうか。

――“プロフェッショナルモニター”を名乗る以上、「誰でも気軽に購入」とはいかないでしょうが、価格を含めて現実的な入手性を是非期待したいところです。

麻倉:JOLEDでは人員などのリソース不足のため「大画面はどこかと組む」と言っています。おそらく台湾のパネルメーカーとかでしょう。すでに複数のメーカーと協業の話を進めているそうですから、今後の展開に大いに期待しましょう(続く)。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透