レビュー

夢の“巻き取り有機ELテレビ”を日本で見た!

日本に上陸した巻き取り有機ELテレビ「LG SIGNATURE OLED TV R」を見た!

遂に“日本国内で”LGエレクトロニクスの巻き取り(ローラブル)有機ELテレビ「LG SIGNATURE OLED TV R」を、見た。韓国では1億ウォン(日本円で約930万円)で10月に発売されているが、このほど日本のLGエレクトロニクス・ジャパンに、一台が空輸された。幸運にも筆者は、それをLG関係者以外の初めての日本人として、仔細に観察する機会を与えられた。

「LG SIGNATURE OLED TV R」

後にも書くが、筆者は2017年の18型ローラブル試作機を韓国で取材して以来、2018年のCESでのLGディスプレイによる一部プレス公開、2019年のCESでのテレビ製品発表……と、この間、一貫してLGのローラブルテレビを追っていた関係から、私が日本で初めて見て、報告することになったのである。

テレビというものは(まったくもって当たり前のことだが)、“使用中に形は変わらないものである”というのは常識以前の、ものの道理だ。20世紀半ばのブラウン管テレビの誕生、20世紀最後のプラズマ、液晶、そして21世紀になっての有機EL……とディスプレイデバイスは変遷を続けているが、使っている間に形が変わるテレビなんて、これまであり得なかったし、誰も考えたことはなかった。

しかし有機ELは違った。LGディスプレイでは、その薄さを利用したアプリケーションは何かと考え、折りたたみ、巻き取り、巻き上げ、透明、ディスプレイ自体からの発音……などの、さまざまなアイデアを発想した。その中のひとつがローラブルだ。すでにITシーンでは折りたたみ形のスマホ、タブレット、PCが提案されているが、でも巻き取りは皆無。つまりあらゆる分野において、世界初の巻き取りディスプレイなのである。テレビを見るときに立ち上げ、見ないときには収納しておく。これにて使わない時に巨大な黒い板が視覚的に邪魔という、今のテレビの大きな問題点が完全に解決された。

収納状態では、テレビラック兼サウンドバーという見た目だ
付属のリモコン。質感が高い
テレビマークのボタンが、立ち上げ用のボタンだ

収納状態からリモコン(とてもスマートな形)の上部の開閉ボタンを押す。本体の蓋が静かに開き、立ち上げ動作が始まる。65型ディスプレイが完全に屹立するまで、リモコンボタンのプッシュから約16秒。「しすしずと立ち上がる」という表現がぴったりだ。動作音がとても静か。これはこれまで韓国やアメリカのイベント会場などで体験した時には分からなかった美質だ。

立ち上げ、収納を撮影した動画
天面がスライドして、中から有機ELディスプレイが立ち上がってくる
完全に立ち上がった状態

私の部屋の150インチスクリーンは、天井の巻き取りボックスに収容されるが、動作が騒さい。ガーガー言って、スクリーンが上下する。LG SIGNATURE OLED TV Rは、我が家と同じくフラットなスクリーンが、箱の中に円筒状に巻き取られるという構造なのだが、まったくもって静粛だ。開発過程ではそうとう静音化に苦労したと思われる。背面を見ると、可動式のバーが上げ下げを司っていることがわかる。

動作音は非常に静かだ

画質は完全に有機ELのハイコントラスト、ハイカラーの画調そのもの。ローラブルだから、画質が劣るということは一切無かった。ガラスと背面版には、同じ間隔で、こまかく横方向にスリットが入り、丸められるようになっている。画面と正対すると、ガラスのスリットはまったく認知されないが、天井の灯りの映り込みがある場合には、ディスプレイに反射する灯り像が僅かに波打つことで、その存在が知れる程度だ。

画質は良好だ
写真ではわかりにくいが、画面に近づくと同じ間隔で、こまかく横方向にスリットが入っているのがわかる。ただ、距離をあけるとまったくわからない

ユーザー体験としては、3つのモードが用意された。

  • 収納部にスクリーンを完全に収納した状態で、スピーカーを鳴らす「Zero View」
  • パネル出しを途中で止め、環境映像、日時、天気予報などの情報を表示する超横長画面「Line View」
  • 16:9アスペクトの全画面表示「Full View」

面白いのが、ディスプレイの立ち上げが途中停止するLine View。黒バックを背景に上から雪が降る「SNOW」、雨が降る「RAIN」、火花が四方八方に飛び散る「CAMPFIRE」、長方形の光が無数に輝く「CHANDELIER」が、環境映像としてスクリーンセイバーのように自動的に出画する。自分が撮ったデジタル画像をはめ込む写真スライドショーも面白い。スピーカーはスペックでは4.2チャンネルと表記されている。10センチほどの複数のフル帯域ユニットとサブウーファーがボックスの左右に収容されている。

途中停止するLine View状態。写真は音楽を再生するモード
コレは面白い
時計や天気予報を表示したり、ユーザーが登録した写真を表示する事もできる
火花が四方八方に飛び散る「CAMPFIRE」
雨が降る「RAIN」
雪が降る「SNOW」など、環境映像を表示する事も可能

開発の経緯を書こう。LGディスプレイは巻き取り型有機ELを、2014年11月から開発開始した。まず18型の巻き取り型を2016年、CESで披露した。私も直径3センチまで紙のように丸められるそれを見て、とても驚いた。この時、「まずは18インチでスタートしましたが、次の目標は大画面です。今回のパネルは研究レベルの設備で作ったものであり、今後、量産に備えて設備投資が必要なので、いま慎重に検討しているところです」と、技術者が言っていた。2017年には韓国国家プロジェクトとして、より大きな画面での巻き取りを成功させた。そして2018年CESで、試作の65型4K巻き取りディスプレイを、取引先と一部マスコミに披露した。

2018年CESで披露された、65型4K巻き取りディスプレイ試作機

開発担当の技術者は「18型から65型へのジャンプは、材料から製造に至るまでほんとうにたいへんでした」と語った。基板はプラスチックではなく、ガラスという点にも驚いた。でも画質は巻き取りになったといって、有機ELとして直立固定型には劣るものではなかった。有機ELのハイコントラスト、色再現の良さ、解像感の高さはそのまま確保されていた。

2019年のCESで、LGエレクトロニクスがテレビ製品として公式に発表した。LGディスプレイはディスプレイメーカーとして全取引先に見せているが、結局、グルーブ会社のLGエレクトロニクスが商品化第一号となった。LGエレクトロニクスのプレス・カンファレンスで披露されると、会場の記者から大きな拍手。カンファレンス終了後も撮影の波が絶えなかった。「LGエレクトロニクスはCESに発売できないものは出展しません」(ブース会場担当者)ということで、2019年中に発売されると、私は当時、伝えた。すでに流通業者との折衝が始まっているといっていた。名称は「LG SIGNATURE OLED TV R」。

2019年のCESで展示された「LG SIGNATURE OLED TV R」

でも本音で言うと、難しいと思われた。というのも、2018年にCES中央ホール・ミーティングルームで、LGディスプレイ幹部にインタビューした時は、「有機ELの一般製品に比べると結構時間がかかると思っています。これから2~3年は必要でしょう」とコメントしていたからだ。実際に発売されたのは、それから1年10カ月後の2020年10月。この間は信頼性をいかに向上させるか、量産体制をいかに構築するかの検討期間だったという。

信頼性は確かに気になる。なにしろガラスの厚みを数十ミクロンまで薄くし、円筒形にして収納するのだから。CES 2019での取材では、パネル製造のLGディスプレイに確認すると「10万回」と言った。LGエレクトロニクスはLGディスプレイとは別に、独自に耐久試験を行ない、「5万回」を打ち出した。一日10回、巻き取りを繰り返すとして、10×30(1カ月)×12で、1年に3,600回。13.8年で5万回の巻き取りという計算になる。一日2回、つまり朝に上げて、寝るときに下げるというシークエンスなら69年は持つ(!)。

ローラブルは大画面こそ最適だ。大画面テレビは使わない時は単なる黒い板だからだ。今回は65型だが、今後はより大さなサイズも期待される。ホームシアターは、今はプロジェクター投写+反射型スクリーンという組み合わせだが、スピーカー+巻き取り大画面の、直視型ローラブル・ホームシアターも夢ではない。今回の製品は立ち上げ式だが、すでにCES 2020でLGエレクトロニクスは、天井に取り付け、使う時に巻き下げる下降ローラブルテレビも発表している。 「消えるテレビ」は生活を変えるだろう。

最後にひとつ提案をしよう。Zero View、Line View、Full Viewの3通りが用意されているが、これ以外の途中で止めるモードは、ない。そこで映画のシネスコサイズが、そのままフルフレームで楽しめる21:9アスペクトで固定するモードを提案したい。「LG SIGNATURE OLED TV R」の洛陽の紙価を高めること必至だ。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表