麻倉怜士の大閻魔帳
第28回
「民放4Kやめちまえ!?」高画質番組発掘家・麻倉怜士推薦“4K・8K番組傑作選”
2020年5月7日 00:00
そろそろ自宅は飽きてきた? いえいえ皆さん、今は自宅アクティビティを満喫する絶好のチャンスですよ! そんな余暇時間の使い方、4K・8K番組を“目を皿のようにして”視聴している麻倉怜士氏に聞いてみましょう。今回のテーマは高画質番組発掘家による「麻倉怜士推薦、4K・8K番組傑作選」。 ……え、「民放4Kやめちまえ!」ですって!?
――世界的な混乱がまだまだ続くようで、中長期に渡る影響が多方面に出ています。オーディオビジュアル業界でも、国内ではヘッドフォン祭やOTOTENをはじめとした国内イベント、あるいは9月恒例のIFAなどが、従来のイベントを開催できないと発表しましたね。世界の最新情報を蒐集して皆様へ伝える我々としても、この状況はかなり厳しいです……
麻倉:世界の主要国と比較すると日本の外出規制はまだ緩い方ですが、今の状況は我々にとって確かに頭の痛い問題です。自宅待機を強いられる今、ここは前向きに考えて「自宅に居られる幸せ」を追求した方が良いでしょう。つまり普段よりもずっと自宅での時間があるので、好きな映画や音楽を思う存分深堀りして愉しむのです。
映像業界で言うと、既に4K・8K放送が始まっています。シャープからは8Kテレビの新製品「CX1シリーズ」が、なんと70インチで60万円、60インチでは驚愕の45万円という価格で出てきました。チューナー入りだと本製品は第2世代にあたるのですが、新開発の8K Pure ColorパネルによりVAパネルながら視野角を拡げました。これは前モデルと格段に違う画質です。
昼間に仕事へ出ている普段だと日中の放送がなかなか観られず、録画をしても視聴できるのは夜の時間だけ。ですが今は急激にリモートワーク化が進み、日中も在宅勤務をする機会が増えています。それならば4K・8K放送を観ながら仕事をすれば良いのではないか。シャープだけでなくソニーからも8Kテレビが出てきて、なおかつ家にいる時間が多い今こそ、4K・8K放送を観るチャンスでしょう。
4K放送にも言えることですが、8K放送では景色の番組などが多い傾向にあります。特にSD時代やHD化初期に制作された昔のものだと、当然ですが8Kテレビでは観ているだけでイライラするほど画質が凄く悪い。あれが標準だった時代には問題無かったのですが、圧倒的に高画質化した今では4K・8Kがスタンダードであり、そんなクライテリアで昔のものを見ると、内容と映像の質が乖離していて観るのが嫌になってしまいます。
――映像作品は情報や物語などの様々な価値で構成されますが、特に映像美が中心的価値の番組だと、低画質は存在価値に関わる大問題です。
麻倉:私も普段よりずっと多く自宅へ居ますが、最近はそんな事を考えていました。という事で今回は再度、4K・8K放送の魅力を語ろうと思います。
さてここでひとつ、4K・8K放送に関して非常に強烈な提言を「一発ぶちかまさねばならない」と思います。何かと言うと、民放の4K放送があまりに酷い!! 制度上民放の4K放送はBS2Kのサイマル放送という位置づけで、各社ともにこれを逆手に取ってしまっており、民放4Kは全然進化する気配さえありません。サイマルなのでソースは2Kのアプコン。報道番組はともかく、きちっと制作をした4K番組などは1日1本あれば良い方で、事実上ほとんど皆無ではありませんか。いくら放送側やテレビ内蔵のアプコン能力が上がったとは言え、元の情報量が無いとあまり価値がありません。
そんな価値の無い放送を、民放各社は果たしていつまで続けるつもりでしょうか。電波というのは帯域が限られた資源で、だからこそ電波法を制定して国が厳しく管理をしている訳です。そんな電波をこれだけ専有し、電力を使って流すというのは、果たして人類文化にとって良い事でしょうか?
民放と対極にあるのがNHKで、こちらはしっかりとした4K・8K番組を作り続けています。もちろんNHKは国策で進めているので資金的な環境も全く違うし、そういう状況には様々な意見があるでしょう。ですが少なくとも、NHKのBS 8K放送は新作連発とまではいかないながらも注目作が続々と放映され、4Kに至ってはアプコン番組がゼロ、全部4K制作で真水率100%です。そういう事で言うと民放はあまりに情けない。
素晴らしいNHKとだめだめな民法が同居する今の日本の4K放送業界、これは如何なものか。そんな事もあって、4K・8K放送を推進する業界団体のA-PABで年度締めの総括講演依頼があった時に、一言物申しました。ズバリ「民法4Kは直ちに中止を!」。
――うわーお。麻倉怜士、久々に業界に怒っている。この勢い、コピーワンス問題の時以来じゃないでしょうか。カンフル剤という表現さえも生温い……
麻倉:推進団体の講演会にあるまじき、極めて大胆な提案でしょう。ですが現状の民放がやっていることは、4Kに期待するユーザーに対する裏切り行為以外の何者でもありません。もっとも、当日の反響は何とも言い難いところでしたがね(苦笑)。
何を言いたいかというと、今の体制では実際問題お金が入ってこないので予算もつかず、良質な4K番組はなかなか制作出来ないんです。だから2Kアプコンに頼ってしまう。その負担の原因は、民放各局が独自にチャンネルを持っているというところにあります。だったらいっそ、チャンネルを一元化してしまった方が良くないですか。つまり「民放総合4Kチャンネル」として各局が協力して4Kを放送したらどうかという提案です。民放は4Kをやめるのではになく、みんなで持ち合って、ピュア4Kを発展させようという提案です。同時に「民放総合8Kチャンネル」もつくりましょう。
これからのテレビは間違いなく8Kになります。既に60万円まで下がった価格も、来年になればもっと安くなるのは目に見えています。こうなると「同じ買うなら4Kでなく8Kを買おうか」という方向になるのは自然の成り行きでしょう。テレビが8Kになるのは間違いないのに、肝心の8K放送はたったの1波しかなく、しかも真面目路線のNHKだけ。これからのテレビ放送にとって、これは由々しき問題です。
メディア文化としては車の両輪的に、真面目な8Kと砕けた8Kが必要であり、その砕けた方を担うのが民放の役目ではないでしょうか。民放メインでキー局がドンドン8K番組を制作するとはなかなか行かないでしょうが、幸いなことに今は名古屋テレビや関西テレビをはじめとした地方局での8K活用が増えており、独立系プロダクションによるNHK以外での8K活用も増えています。
在京キー局の5局では無理でも、日本全国に8Kを手掛ける人達がそれだけ居るならば「民放総合8Kチャンネル」を作ることは出来ませんか? 何ならば前段階的に「民放4K・8Kチャンネル」というステップを踏んで、ある時間は4K、ある時間は8Kといった感じとなっても良いでしょう。
――いっそ民放で4K・8Kのプラットフォーマーを担う合弁会社を設立して、そこが全国の民放や独立系プロダクションなどに4K・8KのBS放送枠を販売する、というのもアリかもしれませんね。考え方としては電力や鉄道などと同様の、放送波におけるインフラとコンテンツの上下分離方式です。
麻倉:とにかく今は“Made by NHK”ではない4K・8K番組をちゃんと作ってきっちり放送することが必要です。言うまでもなく私は4Kも8Kも大好きで、だからこそ民放にはもっとピュア4Kを頑張って欲しいと熱く期待しているんです。
ということで、民放合同の4K・8Kチャンネルを是非作り、幅広い視聴者にもっと4K・8Kの魅力を訴えてほしい。これからの日本の、いや世界のテレビ文化のための、私の切なる願いです。
気を取り直して、4K・8Kの魅力を存分に味わえる良質な番組をご紹介してゆきましょう。まず現状における大事なポイントですが、NHKを中心に見た場合、4K・8K番組というのは再放送が結構多いんです。これまで放映されたものもある時期は再放送される、というのが4K・8K放送の構造となっており、つまり本放送当初で見逃したという4K・8K番組も、再放送で観るチャンスがあるのです。
ということで私が2年間ほど4K・8Kを観てきて、特に感心したものを紹介します。題して「麻倉怜士推薦、4K・8K番組傑作選」。これから再放送を視聴する際の指針にどうぞ。
まずは「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」。バーンスタイン/カラヤン/ベームの手による、ベルリン・フィルやウィーン・フィルなどの名演奏を、この1月に8Kで5回に渡って放送したものです。実はこれ、本放送に先立って「追体験!伝説の名演奏 ~8K技術で蘇生するカリスマ指揮者たち~」というメイキング番組が8Kで放送され、解説役として出演をしました。
この番組は今年の2月20日に二子玉川でパブリックビューイングも開かれ、ここでも私は解説で登壇しています。この時上演されたのはバーンスタインの第九。映像の見どころや音声の聞きどころ、フィルムから8Kへの作業についてなどを語りました。そういう訳で、私としても愛着のある番組なんです。
この番組の映像は、フィルムの持っているアナログ的な情報が8Kトランスファーによってそのまま伝えられています。これが素晴らしい。パブリックビューイングには関係者が結構来ていましたが、その中で某専門誌の編集長が私に感想メールをくれました。「最初はちょっと甘い感じがしたのですが、段々とアナログならではの階調やふくよかさに引き込まれていきました。最近のギラギラしたデジタル映像には無い、目や脳に優しい映像に感動です」。フィルム映像と8Kの相性の良さを感じてもらった感想でしょう。
――当日は僕もご一緒しましたが、映像はフィルムの柔らかさ、しなやかさを存分に感じるものでした。白の伸びの良さは特筆に値する部分で、モノクロ映像の中に非常に豊かな階調があり、ずっと眺めていると映像の中に吸い込まれてゆく感覚に陥りました。映像世界に身を置くハードルが非常に低く、映像に没入するまでの待機時間とでも言うものが驚くほど短い。すぐに映像へ身を置けた、それだけ違和感なく映像に集中が出来ることの左証です。
麻倉:会場には4台のパナソニック製4Kプロジェクターが持ち込まれ、独・コーダオーディオのアクティブスピーカーで22.2chサラウンドが組まれました。このスピーカーが良く、22.2chの柔らかさや音場感がよく出ていたのが印象的です。
この連載でも何度も話をしていますが、イマーシブサウンドの良さというのは雰囲気の良さと音像が同時にはっきり出てくるところにあります。2chステレオでは音場を狙って出すと音像がぼやけがちになり、音像を追い込むと今度は音場がいまいち出ない、そういうジレンマを抱えがちです。それが22.2chの様なイマーシブサウンドともなると、音場に包まれながら音像出てくるんです。
――響きで感じる天井の高さは凄く印象的でしたね。コンサートホールの豊かさを存分に味わえる音で、それでいて音の粒も細かく、映像に負けないくらいしなやかだったと思います。
嘘くささを感じないからすぐにコンサートの世界へ入ってゆける。一般的な2chだとなかなかこうはいきません。視界いっぱいに広がる自然な大画面と、空間いっぱいに響き渡る豊かな音、それに世紀のマエストロによる熱演が共演すると、再生音楽はここまで感動できるものになるのか。ニコタマからの帰り道、僕はそういう思いでいっぱいでした。有名オーケストラによる一期一会の名演奏を聴いた時と同じ幸福感で満たされた、そんな夜でした。
麻倉:確かにあのパブリックビューイングは、再生音楽ではなかなか体験できないような高い次元のものが得られました。ご家庭だとまだ22.2chとはいきませんが、それでも素晴らしい映像と演奏には違いありません。この世紀の名演、是非とも皆さんにも体験してもらいたいと思います。
麻倉:次はBS4Kの『4Kシアター』を紹介しましょう。一昨年始めから土曜日の枠でスタートした番組で、これまで「アラビアのロレンス」「ニュー・シネマ・パラダイス」「スティング」など、モノクロもカラーも様々な傑作名画を放映してきました。しかもですよ、出てくる作品はそのほとんどがUHD BDで未リリース。たいへん貴重なコンテンツです。私の4Kレコーダーにもこれらのお宝がわんさか詰まっている、まさに“名画の宝石箱”状態です。
この番組に置ける作品選びの特徴として「デジタルはやらない」というポイントが挙げられます。放送されるのは旧作名画のうち、アナログでかつて映画ファンが映画館で観たものがズラリ。つまり名画座での感動の追体験をする、というのがこの番組の趣旨です。しかもデジタルリマスタリングはよりマスターフィルムに近いところからスキャンし、精緻なリペアを施しています。このこだわりによって、ともすればかつての映画館でのフィルム映像体験よりも遥かに、元に忠実な映像を得られるのです。
――ひとつ気になったんですが、NHKはどうしてUHD BDになっていないような旧作の4K版を次々と放映できるんですか? と言うよりも、パッケージ化もされていないのに旧作の4Kってそんなに沢山あるものなのでしょうか……?
麻倉:良いところに気が付きましたね、これらの旧作4Kが放映できる理由は現代におけるコンテンツ流通の仕組みそのものにあります。何かというと、旧作の4KはUHD BDに加えてOTTの配信という大きなニーズがあり、世界の映画会社では旧作の4K化が多数進行中なんです。以前にDSD音源を紹介した時にも話しましたが、コンテンツホルダーにとって旧作カタログの売上げは新作を作る重要な原資となります。だからこそ映画会社は今、積極的にアーカイブの4K化を進めているんですね。それと、4Kの視聴者が中年以上に多いということもあります。つまり若い頃に映画館で見たものより、はるかにオリジナルの近い画質でみて欲しいということですね。
ニュー・シネマ・パラダイスの暖かい感じや、豊かな色が観られるスティング、アラビアのロレンスにおけるディテール感も素晴らしいですが、中でも紹介したいのは「第三の男」です。映画作品におけるモノクロの4Kってどうなのかというところで、本作では特に階調感がよく出ています。
――第三の男と言うと、僕のような若い世代には映画本編より“ヱビスビールのテーマ曲”として知られるアントン・カラス作曲のメインテーマの方が、もしかしたら馴染みがあるかもしれませんね。映画本編とは裏腹にのんびりとしたコミカルな曲調で、あそこから裏社会やギャング、あるいは偽装殺人といったキーワードは想像し難いでしょう。
麻倉:ウィーンで交通事故に遭ったという友人の死を不審に思ったアメリカ人作家のホリーが、素人探偵として事故現場にいた「第三の男」の謎を追う……。本作は“表の生活と闇の世界”や“一般人とギャング”、“ギャングのドンと貧乏な親友”、“強い光があたった部分と光が外れたところの影の深さ”といったように、対比におけるコントラストで魅せる作品です。
こういった作品テーマに、黒と白の間の階調のみで表現するモノクロ映画という表現技法、これらは4Kとの相性がピッタリ。ホリーの着古した安いコートの質感も、イギリスのキャラハン警部がまとう高級な皮のコートのぬめっとした反射感も刮目モノです。交通事故で死んだはずの闇社会の大物・ハリーの登場シーンでは、強烈な光に当たりながら突然姿を表します。この時における周囲と顔の明暗の対比にこそ、モノクロ映画の醍醐味はあると言えるでしょう。様々なコンテクストを重ね合わせた光と影のドラマを、4Kという器は強靭なコントラストと繊細な階調感で見事に描いています。
この意味においてコントラスト表現、階調表現というのは映画の本質であり、それが4Kによってよく出てくる。本作はまさに、モノクロ映像だからこその映像サスペンスなのです。
麻倉:次のテーマは“アニメにおける4Kのありがたみ”、ご紹介するのはフィンランドのガッツィ・アニメーションとフィンランド国営放送・YLE、およびイギリスのSkyの共同制作による3Dアニメ作品「ムーミン谷の仲間たち」です。本作はトーベ・ヤンソンの原作にないアニメオリジナルストーリー。ムーミンは今世界的に注目を浴びていて、日本では西武池袋線の終点である埼玉県飯能市にムーミンのテーマパークができたほどです。
アニメと言うと日本のものが注目されがちですが、はっきりとした輪郭線の内側を平面的な色で塗るという漫画基調の日本的なアニメは、実のところ私は4Kとの相性を少々懐疑的に見ています。その点で言うと3Dアニメの本作は、ムーミンに4Kならではの感触の柔らかさがあり、のっぺりとはせずに肌のうぶ毛まで繊細に表現されています。まさにやわらかくて手触りがいいぬいぐるみの触感です。
白いムーミンの体に壁や家具など回りのオブジェクトの色が微妙に映り込むところなどは、立体感や光の移ろい感などが凄くよく出ていて実に芸が細かい。3Dの絵の上から更に手描きで絵を加えてあり、筆跡を残した背景も暖かくヒューマニスティックな仕事ぶりです。リアルにして絵画のような温度感、これは4Kの描写力の賜物にほかなりません。
――アニメと4Kの相性については、僕も少々思うところがあります。“ジャパニメーション”と世界で呼ばれている日本のものは、先生が指摘したとおり漫画を動かすというような考え方で作られていて、場合によっては意図的に平面的に描いている部分もあるんです。このセルアニメ表現を日本が極めすぎた結果、ディズニーをはじめとする世界のアニメーターが白旗を揚げて3Dアニメへ傾倒してゆき、一方で日本勢は更に2Dアニメ表現の極地を突き進み、今に至る訳ですね。
元々セルアニメのベタ塗りは制作作業の省力化が目的だった面が大いにありますが、今ではこの部分の悪影響が出てしまっています。「省力化で作業をラクにしたからもっと作れるよね」と粗製乱造を繰り返した結果、日本ではほとんどのアニメーターがその仕事をあり得ないほど過小評価される環境になってしまったんです。先生が感じる4Kとの相性の懐疑性は、“動く漫画”というジャパニメーションの意識と、この様な日本のアニメ業界を取り巻く悲惨な状況が大きく影響していると僕は見ています。
ただ、日本でも4Kの精細さを活用できそうな芽はいっぱいあります。ご存知スタジオジブリがその雄ですが、他にも悲しい事件で全国的に有名になってしまった京都アニメーションや、テレビアニメに劇場版並みのクオリティをぶつけてくるufotable、富山にスタジオを置いて奮闘するP.A.WORKSなどのスタジオや、背景美術の職人集団である草薙などは、本当に精緻な仕事ぶりを見せてくれる。
また近年では2Dと3Dの融合も模索されており、「アイカツ!」「プリ☆チャン」シリーズといった女児アニメにおけるダンスシーンではトゥーンレンダリングとモーションキャプチャーを極限まで駆使して、漫画的表現のキャラクターがフル3Dでかなり違和感なく自然にダンスをする様を見せています。2Dシーンとの差による違和感が無いではないですが、こういったところは4Kの表現力がきっと活きてくると期待できるでしょう。なにせまだ日本の4Kアニメは、ほとんどが試されてすらないのですから。
麻倉:君はこの分野に凄く詳しいね。今の指摘にあったとおり、大事なのは4Kが表現に活用され、作品が深まるということです。本作では「かわいくて思わずハグしたくなるムーミン」を目指したとしていますが、4Kの描画力でムーミンの絵画的な質感が見事に伝えているのに加え、手書き的な感触はムーミンのヒューマンな世界観と感情に見事にシンクロしています。4Kがただのスペックではなく、ムーミンの世界に没入させてくれる重要な表現のファクターとなっているのです。4Kアニメは大いに可能性あり、です。
麻倉:風景ものでは昨年のmipcomリポートでのハイライトだった『8Kシリーズ ザ・シティ 生きている都市』が、やはり外せません。これもBS8Kでよく再放送をしていますが、8Kの魅力を“色の良さ”“階調の良さ”“コントラストの良さ”に象徴とさせ、タイムラプスによって見慣れた都市の視点を再編成する、そんなところが今見ても物凄く感動的で素晴らしいです。
――同じものが違って見えること。新たな視点による景色の再発見。これはまさに、映像技術による文化の深化そのものです。
麻倉:ドキュメンタリーでは「天に光 地に彩 中国四川省ガルゼチベット族自治州」などを以前にお話したが、前は取り上げなかったものをひとつ紹介しましょう。不毛の大地が一年のうち4か月だけ広大な湿原に変わるという、ボツワナのオカバンゴ・デルタを追った「オカバンゴ 水の魔法が生み出すアフリカの奇跡」です。
オカバンゴ・デルタは1,000km以上も離れた場所で降った雨が川を氾濫させることで生まれる、期間限定の生命の楽園。大地が水で満たされることで芽吹く草が、たくさんの草食動物を引き寄せ、そこへバッファローやゾウが群れをなして集まると、その生き物たちを狙ってライオンなどの肉食動物が狩りをはじめます。“アフリカの奇跡”と言われる絶景で繰り広げられる命の躍動を、8Kによる極上の映像で描き出した作品です。
NHKとの共同で本作を手掛けたのは、ボツワナをベースに活動するブラッド・べスリングさん。現地生まれの4世代目で、ボツワナの荒野で生涯を過ごしてきた博物学者にして、ドイツZDFやナショナルジオグラフィックチャンネルなどにも映像を提供するベテラン映画製作者です。現地の現象をよく知る人と一緒に自然の姿を捉えるというこの姿勢には、得も言われぬ圧倒的な説得力がある。それは映像からも強く感じられることで、適切な場所に適切なタイミングでロケーション・ハンティングをするブラッドさんの能力は驚異的の一言。彼の奥深くに染み込んだ感覚が、驚くほどパワフルで、それでいて親密な野生の物語を捕らえることに成功していますね。特に光と影のコントラストが大胆で、アフリカ大地のヴィヴットな情景、空気感を見事に伝えていますね。必見の8Kコンテンツです。
麻倉:自然ものと並んで映像美を最大限活かせるジャンルは美術ものでしょう。紹介するのは「オルセー美術館」、ルーヴルと並び、印象派のコレクションで有名なパリの美術館をテーマにした番組です。
印象派は写実的に描きこむではなく、画家の目に印象的に映った光や色の移ろいを捉える、という絵画運動。元々ターミナル駅舎だったオルセー美術館は天窓から太陽光が差し込み、人工光ではなく絵画を自然光の環境で鑑賞できるというのが大きな特徴です。本番組は「太陽の手触り」と題した“光の中における絵画”、「月の肌触り」と題した“夜の美術館”という2つの切り口で構成され、様な状況を体験しながら作品を観られます。
プロデューサーの長井倫子さんは「8Kと言えば従来は精細感や没入感といった技術的な観点で捉えられてきた傾向にあったけど、本作は映像技術的な観点ではなく、日曜美術館でも使えるような“普通の番組”として8Kを使いたい。外光が入る建物なので、外にいるのか、中にいるのか分からない空間の魅力を8Kで切り取りたいと思いました」と語っていました。番組制作のために1週間、朝から晩まで通い詰めてオルセーを体感したのだそうです。
8Kの良さで言うと、例えば昼の部で取り上げられているモネの「サン=ラザール駅」。プラットホームを囲うドームの中心に煙を吐く機関車が描かれており、一般的には中央に描かれた機関車や煙に目がいくところです。ところが長井さんは本作について「私は現場でこの絵をじっと見ていると、下の線路の部分に色がいくつにも重なっているのが分かりました」と語っており、この映像では一番下に描かれた線路の色の重なり方がよく出ています。
夜の部では、例えばモロー「ガラテイア」。巨人が海のニンフに言い寄る、ギリシア神話を題材とした作品です。中央に主題のニンフが大きく描かれ、周囲を海藻やサンゴなどが彩る作品で、この映像では周囲の水棲生物やイソギンチャクあるいはカエルの方に目が行きます。神話という幻想的なテーマとは対称的に、本作は自然生物の極めて精緻な観察と調査によって成り立っている。そういう画家の制作傾向までもが、8Kの描写によって読み取ることが出来るのです。
麻倉:民放ではBS-TBSの「RAKUEN 三好和義と巡る楽園の旅」が良かったです。民放はプアだ何だと言いましたが、その中でTBSは4Kに力を入れて作っている局でしょう。本作は楽園風景を専門とする写真家の三好和義さんとスリランカ/エジプト/八重山諸島/アブダビなどを巡り、で、現地で撮影する三好さんのカメラの目となって4K映像を撮るもの。もともとはAmazonプライムビデオのために全12話で制作した4K番組で、BS-TBS 4Kではオリジナルの1話40分を2話60分構成でまとめ、全6回(全12地域)で放送しています。
ひとくちに4K番組と言っても、その画調は実にさまざま。本作ははっきりくっきりの鮮明なトーンではなく、言ってみれば映画とビデオの中間的ポジションです。もちろん4Kだからディテールまで刻明ですが、強調感や人工感が感じられず景色の美しさをしっとりとしたファンタジーで包む調子が特徴的。テーマが楽園ならば、映像自体も楽園していて、「4Kだからクリア」ではなく、しなやかでふくよか、なだらか。そんな映像が捉えられています。「行ってみたい」と思わず視手に思わせるようなナチュラルな質感が、本作では愉しめるのです。5月16日(土)から5月29日(金)までに3回再放送が予定されています。見逃した方はこの機会に是非。
麻倉:民放でもうひとつ言うと、BSテレ東は4Kに意欲的です。同社の4Kスタジオは天王洲、神谷町、それに六本木本社の2つと、合計4つ。それにも増してBSテレ東の4Kドラマ画質が素晴らしいんです。
――この点は先生が以前から強調されていましたね。この機会に少し教えて下さい。
麻倉:4Kドラマは他局にもありますが、それらは2Kの延長にあるテレビ的な質感がほとんど。ところがBSテレ東4Kのドラマは実に映画的なんです。仕掛け人は同社制作局チーフ・プロデューサーの森田昇さん。BSテレ東では2016年から4K制作を開始しており、森田さんはこれを契機に“2Kドラマの常識”から訣別したのです。
――2Kドラマの常識?
麻倉:例えば暗い絵はだめ、単玉(固定焦点)レンズはだめ、望遠レンズはだめ、背景がぼけるのはだめ、手持ちカメラはだめ…… といった様にダメダメづくし。人物も背景も、すべてのオブジェクトにピントが合わなくてはならない、つまりもの凄く「テレビ的」でなければならなかったというのが、2Kドラマの常識です。
――うーん、スタジオ収録のバラエティー番組などでは情報量と画面の見やすさとして妥当なメソッドかもしれませんが、映像表現で物語を綴るドラマでそこまで縛ってしまうというのは、いくら表現力が有限な従来のフォーマットとは言えどうなんでしょう……?
麻倉:そう、まさに同じことを森田さんも思ったんです。「テレビ自体の画質が飛躍的に上がり、大画面化も進んでいるのに、制作側の意識は昔のままというのは、時代に合わないのではないか」と。そこで森田さんは、これら2Kドラマのタブーをすべて4Kで試してみることにしました。実験現場は2017年の土曜夜9時ドラマ「プリズンホテル」、まずカメラは映画のキャメラマンに託してレンズは単玉へ。色作りも現場エンジニアの調節をやめて、編集時のグレーディングに変えました。
するとどうでしょう、映画館で上映しても見劣りしないような、上質な映像作品に仕上がったではありませんか。当然ですよね、これらの手法は全て映画由来のものなのですから。森田さんもその出来を「もの凄い変化でした。出来映えがぜんぜん違う。シネレンズを使ったので被写界深度の浅い映像で奥行き感が出せ、映画のようなボケ感を表せたことで4Kドラマとしてまったく新しい魅力が表現できました」と語っています。
――なんだか先程のアニメにも通じる部分を感じます。今挙がった2Kドラマの常識って、要するに後編集の手間を極力回避するための安全策で、省力化のための妥協だったんだと思います。でもそんな事をしていると、リッチなフォーマットの4Kでは制作のプアさが悪目立ちしてしまう。
麻倉:4K化というパラダイムシフトにいち早く気づいた森田さんは、これからのテレビドラマ制作の規範となる存在でしょう。注意しなければならないのは、ここでの「4Kドラマ」はあくまでも「森田4Kドラマ」であること。4Kは単なるツールであって、それを2Kと同じスタイルで使うことももちろん可能です。そこを森田さんは、方法を根底から変えました。他局と比較しBSテレ東の4Kドラマだけが遙かに映画的であること、その理由がこれなのです。
テレ東の4Kドラマで言うと、メシ表現の秀逸さは外せません。刑務所で受刑者が「あの食い物は美味しかった」と、ノスタルジックな思い出に浸る「極道メシ」。カレーライスを4Kで撮ると、2Kでカタマリだった米の一粒一粒がツヤツヤしています。なんでも、撮影前に4Kでもっとも効果的に撮れるよう、実際に3品種を炊いて“お米のオーディション”をしたとか。ちなみに採用されたのは「あきたこまち」だそうです。
連続グルメドラマの「忘却のサチコ」は、ボケが前後ろ共にボケきれいに撮れています。鯖の煮込みの汁のオイリーさ、肉の切れみの肉感さ、白ごはん粒の精細さ、漆のお椀の黒の輝きがリアルで、超おいしそうに食べる顔のほほのふくらみの階調が美しいですね。やはりテレビ的な鮮鋭感ではなく、映画的な滑らかな精細感。こんなすべらか画調は2Kドラマになかったです。
――テレ東ドラマのメシは本当に美味そうで、観ているだけで腹立つほどお腹が空いてきます(苦笑)。4Kではなく2Kですが、僕も先日「ゆるキャン△」のドラマをじっくり視聴して、続々と出てくる美味しそうなキャンプメシに腹の虫を刺激され続けました。是非ともSeason 2を4K HDRで制作してもらいたい、きっと素晴らしい作品になるはずです。
麻倉:キャンプと高画質もきっと相性はバツグンでしょう。4K HDR制作での暁には、是非とも私も観たいです。
今回は冒頭に「民放4Kやめちまえ」なんて過激なことを言いましたが、BS-TBS 4Kの「RAKUEN 三好和義と巡る楽園の旅」や、BSテレ東4Kのピュア4Kドラマ……これらは世界にも誇れる4Kコンテンツです。私としてもこういう真摯な姿勢は応援したい。やめずに頑張って、真面目に作ってほしい。4K・8Kには面白い番組がいっぱいあるので、皆さんも是非観て、楽しんで、応援してください。