麻倉怜士の大閻魔帳

第29回

麻倉怜士を唸らせた完全ワイヤレス!「ポイントは音楽性」注目の5機種

デジタルライフにおける様々な新常識を打ち立ててきたAppleによってもたらされた完全ワイヤレスイヤフォン(TWS)という製品ジャンルは、あっという間にオーディオ業界における中心的存在のひとつへと躍り出た。

Bluetoothで伝送するTWSは、音質を語る文脈で表に立つことがあまりなかった存在だが、ここへ来て利便性だけでなく音も良くなってきたと麻倉氏。TWS、いよいよオーディオ趣味的にも面白いことになってきた。

――5月をもって全国的な非常事態宣言も解除され、社会は日常を取り戻すフェーズへと移行し始めています。外歩きのお供に音楽をという事で、今回の閻魔帳では近年大流行している完全ワイヤレスイヤフォン(TWS)ジャンルを特集します。

麻倉:見返してみるとこのコーナーで完全ワイヤレス(TWS)そのものを取り上げたことはなかったですね。TWSは今市場で大きな存在感を示していますが、ポータブルオーディオは有線ヘッドフォンから有線イヤフォンへ小型化してきたという流れがあり、ここに来てワイヤレス、しかも“完全”ワイヤレスという進化を見せています。しかも街歩きを重視したと思しきノイズキャンセリング機能付きも多い。トレンドを重視する閻魔帳として、これを取り上げないわけにはいかないでしょう。という事で、今回は現在売れ筋のTWS製品を3メーカー5種類ほど取り寄せて、その音を聴きました。

まず確認しておかなければいけないのは「TWSは音的な条件が厳しい」ということ。小型で軽快な装着感が売りのジャンルなので、ダイヤフラム(振動板)の口径はおごるわけにいかず、大きくとも10mm径はなかなか使えません。この点が音の再現性に対して、根本的にどうなのか。

これに関連して、ハウジングもかなり詰め込まないとならず、チャンバー(空気室)の捉え方が従来とはかなり違います。バッテリー持続時間の問題から、音を成り立たせる重要なファクターである電源も、そう強化する訳にはいきません。そして最大の問題は、Bluetoothの圧縮フォーマットが標準となっていること。いくらaptXとは言え、基本的にソースを非可逆圧縮することに違いはないわけです。

この様にTWSというのは、オーディオ的な設計の困難が山程あるジャンルなのです。それらの問題を差し引いてもやはり便利なので、売れ筋となっています。イヤフォン/ヘッドフォンリスニングにおける最大の不満ポイントである「ワイヤーがからみつく」という事がない点は、特に大きいでしょう。

オーディオというものは常に、利便性と音は反比例し、二者択一しなければならないという歴史を辿ってきました。据え置きでもポータブルでも、便利さを追求するほど音は疎かになってしまうのは世の常です。そうした困難の中でも頑張っているメーカーが、あるかもしれない。そんな期待をもって、今回はオーディオの最新トレンドを特集しようという思いに至りました。

試聴環境について軽く触れましょう。私のプレイヤーは、ポータブル版のfoobar2000をインストールしたOLED AQUOSスマホを使っています。音源はいずれもハイレゾで(出音はハイレゾとはならないですが)、まずヴォーカルを聴くのにカーペンターズ「Yesterday Once More」。カレンとリチャードのハーモニー、そして楽器の質感と厚みといったポイントが聴きどころです。

私の標準リファレンス音源からもうひとつ、オイゲン・ヨッフム指揮/ボストン交響楽団の演奏による「モーツァルト;交響曲第41番ハ長調 “ジュピター”」も聴きました。昨年発表した『DSDで聴くドイツ・グラモフォン&デッカ selected by 麻倉怜士』というコンピレーションの中に選び、大変好評をいただいている音源です。純粋に音楽を聴いても、オーケストラのスケール感、ディテールの出方、弦の倍音感など、聴きどころは多い演奏です。

――TWSの試聴で注意したいのは、リファレンス音源にサブスクリプションサービスをはじめとした非可逆圧縮音源を使わない事でしょう。「どうせBluetooth伝送の段で圧縮するのだし、元から圧縮された音源を使っても出音は変わらないだろう」という考えは大間違い。同じ楽曲を聴き比べると「誰でも判る」レベルで圧縮音源(特にサブスクリプションのもの)にはノイズが乗っていることが聞き分けられます。純粋に楽曲を愉しむならばともかく、音質の聴き分けという用途において、これらの音源は適当とは言えません。

リファレンスにはやはり、CDからリッピングした非圧縮WAV音源や購入・ダウンロードしたハイレゾ音源を用意することをオススメします。

麻倉:そうだね、些細に思えるそういうところが違和感の正体だったりするというのはよくあることだから、見落とさないようにしましょう。

まず取り上げるのはパナソニックから発売されている「RZ-S30W」、「RZ-S50W」、「EAH-AZ70W」の3機種。これまでTWS市場を静観していたパナソニックですが、満を持して市場に殴り込みをかけてきました。という訳で、どことは言いませんが、市場で売れ行きの評価が高くリファレンス的に扱われている“某売れ筋製品”と比較してみました。

ちなみにノイキャン性能については、今回は評価の対象外としています。ですがパナソニックのTWSはここが優れていると評判。私は事前に今年初頭のCESで各モデルを聴いたのですが、その時もノイキャンの良さは感じ、確かにレベルが高いという感触でした。そういうことなので、今回はノイキャンONで聴いてみました。

パナソニックのキーワードは「ハッキリくっきり」。シャッキリと出して、細かいところまでグッと押し出す。この感じが全機種に共通しています。質感の違い、クオリティの違いで製品間のクラス分けをしているのですが、この型番違いによる差異化が見事で、ラインナップのグレードと音のグレードが見事に正比例しています。マーケッターと技術が融合しており、ものづくりとクオリティのレベル差付けが巧みで、市場セグメントが望む価格とのバランシングが上手いと言えるでしょう。

――ありていに言えば、「上位機になるほど音が良くなるよ」と。選びやすいと言えば選びやすいですね。

RZ-S30W

麻倉:では「RZ-S30W」から聴きましょう。これはエントリーモデルとしてブランドの裾野を広げる戦略機ですね。テクニクスブランドが与えられた「EAH-AZ70W」はパナソニックブランドとは一段違う高いところに居て、価格も当然それなりのものが与えられています。ですがコストとパフォーマンスの兼ね合いで言えば、売れ筋はやはりパナソニックブランドが付いた本製品と「RZ-S50W」の2機種でしょう。その意味でも、とてもマーケティング的な雰囲気がしました。

ズバリ、先程述べた“某売れ筋製品”とは全く違う音。これは非常に印象深いですね。あちらは解像感があるではなく、むしろフワッとした膨らみ感があり、どちらかと言えば低音の量感で聴かせる感じがします。一方のこちらは明らかに高音で聴かせている。逆説的に低音は控えめで、これを逆手に取ったハッキリくっきりの、強調感があるシャキシャキした感じ。ハキハキした物言い感、元気の良さを感じます。

一方で低音が少し足りないので、ハイキーでバランスが中高域寄りですね。低音の問題はあるにしろ結構情報が出ているように聴こえるので、このくらいの価格帯の「情報量が欲しい」という基本的なトレンドに対して、ハッキリくっきりで克明に聴かせてくれますね。

Yesterday once moreでは、クリアだけど少々ヴォーカルの薄さがあったり、音のハーモニーが硬かったり。ジュピターではハイ上がりでメタリックなところもありました。これも含めて市場での音傾向、しかも“某売れ筋製品”と比較すると「パナソニックならではの独自性を上手く取り入れた、市場を意識したモデルではないか」と判断できますね

麻倉氏が年初のCESで試聴した海外モデル。国内モデルと違い、型番が3ケタになっている

麻倉:続いてミドルモデルのRZ-S50Wです。これはパナソニックの音作りの上手さがありますね。グレーディングをちゃんとわきまえ、30から型番が上がってハイクラスになった有り難みが感じられます。ユーザーが購入を検討する際に、まずエントリーモデルの30を聴けば「まあこんなものかな」という印象を抱くでしょう。続いて50を聴けば「おお、結構良いじゃないか」となるわけです。この様に30との差を付け、店頭での自社内差別化をキチンと出している。そんな狙いとマーケティングの音作りが上手いこと融合している、それがパナソニックのTWSラインナップだと思います。

RZ-S50W

音的な事を言うと、まず30よりも見渡しが良くなり、音場の中のどういうところにどんな音があるのか、どう響いているのかがそれなりに判ります。カレンのヴォーカルというのはとても清涼感があり、クリアでのびのびとしているという特徴があり、先程の30ではこの点を「ハイキー」と表現しました。ですが50では強調感が薄まってスッキリ。こうした、のびのび感は高域のノビによって出ているのです。

シビアな意見を言うと、もう少し音の中身が欲しいと感じるところ。カレンの声は良いのですが、リチャードと一緒になった時のハーモニー感はさらにクリアさが欲しいところでした。その一方で音の表面がキレイに磨かれてきた印象で、このポリッシュ感は特筆点でしょう。30は粗目のワックスがかかっていた印象だったのが、こちらはワックスのキメが細かくなり、輝きもギラギラからピカピカと滑らかな感じがします。

もう1曲のジュピターには結構感心しました。この演奏は右チャンネルに低音と第2ヴァイオリンがあり、第1ヴァイオリンは左という古典的な両翼配置になっています。この左右の低音・高音の感じ、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの音の違いといったところが、30よりもよく出てきたと感じました。

ただしオケをこれで聴くのは少々難しいでしょう。“某売れ筋製品”は低音の量感を強調した感じでしたが、本製品の音はこれへのアンチテーゼの様に見受けます。その結果、低音の量感が若干足りない。カーペンターズくらいなら編成も小規模で、低音はバスドラとベースくらいですが、ジュピターの様なフルオケとなると、アコースティックな低音感の不足は否めません。

でも第1ヴァイオリンの倍音感などはよく出ています。この演奏はとても安定していて、アメリカのオケはヨーロッパより華麗な響きがしますが、そういう華やぎはまあそれなりに出ているのではと感じました。

こちらも3ケタ型番の海外モデル

麻倉:次はテクニクスブランドの「EAH-AZ70W」です。30、50と20ステップで型番が上がってきたラインナップですが、やはりテクニクスとなると格段にグレードが上がります。印象的には“70”ではなく“85”くらいでしょう。大衆ブランドのパナソニックに対して、テクニクスブランドはオーディオマニア向けとして厳然と別分野になっています。

テクニクスブランドの「EAH-AZ70W」

もちろん音もブランドコンセプトに従っており、パナソニックは大衆的な音を出すのに対して、テクニクスはマニアが感心する本格的な音を目指す。そこがまずもって違います。これまでの製品で言うならば、例えばラジカセの様な一体型オーディオをひとつ取ってみても、パナソニックブランドではOEMで音作りの点はさほど聴くほどではありませんでした。対してテクニクスが本腰を入れて作ったOTTAVA S「SC-C50」などでは、ベルリン・フィルからのアドバイスなどもあって格段に音が良い。その意味ではTWSも、量を売る30/50と、価格的にも技術的にも入れた70では、やはり格段に違います。

ただしひとつ、これには磁性流体ドライバーが入っていないのが残念です。ハイエンドイヤフォン「EAH-TZ700」で導入したこのドライバーは、低域再現性が高い評価を受けました。それが無いというのは何とも勿体無い。ですが逆に言えば「それを入れなくてもここまでの音を出した」というのは評価したいです。

本製品に関して言うと、CESでチェックした時の印象は「完成度がイマイチ」でした。ですが今回はプロダクトモデルを聴いて、かなり印象が変わりました。CESの時は「ノイキャンは良いけど音楽はどうなの?」みたいなところがあったのですが、今回は良くなったと思います

有線のハイエンドイヤフォン「EAH-TZ700」

まずカーペンターズ、透明感が高いですね。前2モデルに関しては中高域のパワーや輪郭こそあったものの、透明感というところまではいっていませんでした。テクニクスブランドの70では、それがあります。透明度というのはカレンの歌を聴く時に重要なポイントで、クリアな質感はカレンの歌声の特徴でもあります。

もうひとつ、粒立ちの細かさも良い。下位モデルはシャッキリくっきり聴かせる元気良さが売りなので、粗めの方が元気の良い印象に聴こえる。でもこちらは基本性能が上がっているので、ヴォーカルの粒立ちがより細かくなっても元気良さが失われない。パナソニックブランドと比べて、この点は明らかなアドバンテージでしょう。

更にもうひとつ、低音の安定感も良かった。この音源はバスドラとベースで低音感を作っていますが、下位モデルに対してバスドラを叩く響きやベースの動きと言った部分の音的な情報量が格段に出ています。音像、特にヴォーカルの音像がセンターに定位し、輪郭がハッキリ出てきた点も良かったですね。パナソニックブランドの2機種はそこまで気を使わず、基本的に「元気に行くぞ!」です。対してテクニクスブランドは細かな音の成り立ちや構成、音場における音像の位置感覚や安定感、それらが強調感なくクッキリと出ていました。その意味でボキャブラリーが増えた感じがします。これは解像度の高さというか、今の市場の命題に合っているでしょう。

ジュピターはどうでしょうか。これまでの音は、クラシックの音はまるでポール・モーリアかと言う様な、エレキが入った感じがしました。対して本製品はアコースティック感が出てきます。粒立ちもあり、電気仕掛けではない自然さがあります。単なる華やぎではなく、落ち着きとカラフルさがある。

注文をつけるならば、もっとディテールにまで切り込みたいところ。合奏になった時の、ハーモニーを構成するひとつひとつの音がさらに見えれば、より良かったでしょう。でもパナソニックブランドとは違う。格段に違います。そこは流石のテクニクスブランド。ハッキリクッキリは元から持っていますが、プラス粒立ち感、透明感と隔絶した音世界を創っています。質感もさらに上げられるとよい。

――うーん、正直言っていいですか。僕は「この音に“テクニクス”ブランドを付けるの?」と思ってしまったんです。決して悪い音だとは思わない、ですが「音からブランドが見えない」「テクニクスの音がしない」。僕はある意味におけるロマンチスト(物語主義者)な思想を持っていますが、その考えで言うとブランドとは凝縮された物語であり、テクニクスで言うならば日本のオーディオやDJの音楽文化を支えつつ、近年ではベルリン・フィルに指導を仰いだという、時間をかけて積み重ねてきたフィロソフィがあるはずです。

ところがこの音には、そういった“テクニクスの物語”が見えてこなかった。どこの馬の骨とも知らぬ有象無象ではなく、天下のテクニクスブランドです。名乗るには音からブランドヒストリーやバックグラウンドの音楽文化が見えて欲しい、そう感じました。

麻倉:なるほどね、天野くんがそう思ったところは理解できます。確かにテクニクスらしい風格や本物感、テクニクスならではのオーセンティックさ、ナチュラル感はあまり、感じられなかったけど、ある意味、これもテクニクスと思いました。TWSという新しい分野を取り込むためのブランドコンセプトの拡張ということではないでしょうか。頑張った感はあってパナソニックブランドよりは良いのですが、音楽がナチュラルにふっと浮いてくる、ハイエンド感とも言うべきそういうところがもう少し欲しいです。

これは先に触れた磁性流体ドライバーの得意なところで、本来のテクニクスの音はやはりこのドライバーを使ったワイヤードのTZ700でしょう。この辺はTWSの難しいところで、いくら頑張っても、アウトプットが少ないという状況は如何ともし難い。

麻倉氏がCESで試聴した試作機。テクニクスブランドでは海外モデルでも国内モデルと同様の型番を使用する模様
テクニクスブランドを統括する小川理子氏との記念写真

ゼンハイザー「MOMENTUM TRUE WIRELESS 2」

麻倉:次に取り上げるゼンハイザー「MOMENTUM TRUE WIRELESS 2」は本当に素晴らしい。やはりゼンハイザーを聴くと「音楽がここにある」感じがします、それがたとえTWSであっても、です。これが不思議なところ。これは決して海外ブランド礼賛などではなく、音作りというオーディオ文化の真髄なのです。

実のところ、これは某台湾メーカーのOEMですが、メインのところはちゃんとゼンハイザーの大元がやっています。既に出ているレビュー記事でも触れていましたがゼンハイザーというブランドが持っている、音に対する考え方や音作りのノウハウなどが(全てではないにしろ)ちゃんと入っていて、TWSでもその方向に向かっていると確実に言えます。何と言っても耳障りな音がしない、変な強調感が無い。マーケティングを考えると解像度志向でウケるサウンドにしたくて音を操作したくなるところですが、これはそういう事が全く感じられない生成りの音で、音楽が持っている根本的なところが虚飾なく出てきます。

――先程の話に繋がりますが、結局は音作りをどこまで誠実に追い込むかでしょう。物言わぬ製品の言葉を、音を通してどれだけ聴き取るか。音から滲み出る設計者や生産者の音楽的文化背景をどれだけ言葉にするか。それがオーディオ評論だと僕は考えています。その意味でゼンハイザーはちゃんとゼンハイザーの音がする、ここは非常に大きい。

麻倉:あるいはスペック志向の目線でこの音を聴くと「解像度が不足している」とか「高域が足りない」とか言えるかもしれません。ですがそんな些末な事はどうでもいい。音の安定感、しなやかさ、ゆったりと悠々と出てくる、そういう音がする。従来的なTWSの情報系の音とは違う、音楽を大事にした、音楽を音楽として聴いてほしいという、ブランドが持っている哲学が、こういうところで出てくるのです。

カーペンターズのYesterday Once Moreは悠々たるテンポ感で、音の進行がゆっくりしています。チリチリしたり強調感があったりすると音の進行がシャリシャリするように感じがちになるのですが、本製品にはそういうところが全くありません。余裕があり、ゆったりとしている。変な音作りをしていない素直な感じです。これを聴いて「くっきりハッキリしていない」という批判的な意見が出るかもしれないが、そんなものどこ吹く風。強調感ではなく、音源が持っている音楽らしさ、音楽のあり方が自然なカタチで出てくるのが良いのです。

モーツァルトもオケの音がしっかりとして、ビックリしました。強調感が無くてギラギラしていないというのがとても良い。楽器の質感、弦の質感、弦でも高弦/中弦/低弦それぞれの違った質感がとても良く出ており、木管もすべらかです。

TWSでは「音場なんてどこにあるの?」みたいなものが多いですが、これは音場も結構しっかりあり、音像の輪郭もしなやかです。さらに感心したのは響きの滞空時間が長いこと。音がパッと出たときに響きがすぐ消えるか長く留まるか、そんな観点で聴くと、この音は凄く良く流れています。アコースティックな臨場感と言うか、強調して場の臨場感をつくるのではなく、本当に自然に場が広がる感じがありました。これはとても音楽的な音、そういう印象を強くいだきました。

音に定評があるゼンハイザーブランドのTWS「MOMENTUM TRUEWIRELESS 2」。モデルチェンジでノイズキャンセリング機能を搭載してきた
ブランドの音を大切にするのがゼンハイザーの強み。本製品もドライバーはドイツ本社で開発された7mm径のものを使用している
実際に試聴してみるとしっかりとした音楽の雰囲気や存在感を出しているという印象を強く受けた。情報志向な従来のTWSとは一線を画するサウンドだ

final監修、防水なのに高音質、ag「TWS04K」

麻倉:最後に取り上げるのはag「TWS04K」です。ブランド名の“ag”は「ありがたし」の略。本当にそう、TWSに置いてこの音は“有り難い”。他に無いと断言してもいいでしょう。先程はゼンハイザーで盛り上がりましたが、あちらでちょっと不足に思ったのはディテールの綿密な描写。ここがもう少しあればもっと良かったです。agにはそれがあり、なおかつゼンハイザーとはちょっと違った気の効いた音楽性がある。これには驚嘆しました。

final擁するS’NEXTが本気で作り込んできたTWS「ag TWS04K」。サウンドに関して、このジャンルで現状これの右に出るものはない、というのが麻倉氏と筆者の一致する考えだ

「完全ワイヤレスは音が悪い」という事を冒頭に述べましたが、そんな制約をいかに乗り越えるかというところに日本のメーカーは執着するんですね。逆に言うと、制約が無いと目標が立てにくく、制約があるからこそ差別化が出来る。「誰が作ってもWAVの音は全部良い」では面白くありません。ハウジング、ダイヤフラム、バッテリー、Bluetoothなど、様々な制約があるのがオーディオにおけるTWSというジャンルで、そういうところを乗り越えてゆく様に燃えるんです。

これはカセットテープ時代のナカミチがまさにそうで、カセットデッキの銘機「Nakamichi 1000」を作った時、15kHzを出せるかという挑戦をしていたんです。当時を知らない人に説明をすると、元々フィリップスがカセットテープを作った時の用途は、音楽を聴くオーディオではなく、音声メモ・ボイスレコーダー用の録音メディアでした。つまり人の声が識別できれば機能として充分なので、音域は6kHzくらいしか出ていなかったんです。

それを日本のオーディオメーカー各社に居た技術者達が手にとって「これでハイファイ録音をしよう」と志した時に、ヘッドやメカ、テープ素材などを改良するという工夫が生まれました。その結果15kHzまで出すことに成功したんです。カセットテープは日本人の手によって、オーディオへと進化したと言っても決して過言ではありません。

――こちらも既にレビュー記事を書いていますが、僕はこの製品を「TWSにおけるマイルストーン」と感じました。音楽を聴くということに対する執着が、明らかに他のTWSとは違う。そういう音でした。

麻倉:そうなれば素晴らしいですね。そしてそのために乗り越えるべき過酷な環境における“匠のこだわり”みたいなものが、このTWS04Kでも確かに感じられます。

リファレンスで聴いているカーペンターズの良さは、非常に粒子が細かくしなやかな質感があるところ。それに加えて、本機で聴くと低域から高域まで情報量が多く、スケール感がリッチに出ていました。スケールと低域の情報という点は排他条件なことが多いですが、これは低域の情報もちゃんと出ており、その結果、音階が凄くハッキリ出ます。中域がとても明瞭で、カレンの声の暖かさや明瞭さ、透明さが出るのです。

音のつくりはしっかりとしたピラミッド構造で、中高域の倍音まで出てきます。これは周波数帯域における情報の多さに起因するもので、描写力もしっかりとあり、輪郭がしなやかで安定感もあり落ち着いています。ゼンハイザーには確かに感心しましたが、agには余裕感やゆったり感というところに感心。安定感がありつつ情報量が非常に多いところにビックリしました。

もう1曲のリファレンス音源であるジュピターは、解像度の高さとナチュラルさが高次元で両立していました。強調して楽器を前に出すではなく、生成りの感覚で強調なしに楽器が前に出てくる、聴こえてくる。臨場感を持った自然さがとても良かったです。

これに加えて本製品の良さとして、表現力が出ると感じます。ジュピターは親しみやすくノリの良いメロディーですが、オケが歌謡的メロディーをどう奏でるかと言う時に、そのノリが本当に良くなるんです。全奏(トゥッティ)になった時も質感がとてもしなやかで強調感が無いくて、でも全奏だから色んな楽器が出てくるのは良いですね。

本製品にはagというブランドが付いていますが、取り扱い元はS’NEXTで、イヤフォン/ヘッドフォンの秀作を次々と送り出しているfinalの会社です。そしてこの音は間違いなくfinal。D8000やA8000といったハイエンドで培った「音はこうあるべきだ」という、音に対するブランドの考えが凄く入っています。同ブランドにおけるTWSはこれで4機種目。かなりBluetoothの勘所を掴み、小さな6mmダイヤフラムでの音の出方のツボを押さえています。全てにわたるこだわりが、情報量が多くてしかも音楽性が高いという音に結実したと言えるでしょう。

――あえて弱点や注文をつけるところというのはありますか?

麻倉:やはりBluetoothが抱えている根本的な情報量の少なさは、どうしても感じるところです。そこが有線イヤフォンとの決定的な違いであり、有線はそれがないので、ハイレゾの音を享受できます。対してTWSは、Bluetoothを通した時にどうしても情報量が少なくなってしまう。どれだけ上手く情報を間引いたところで、人間の耳はそれを感じてしまう。これは基本的な泣きところです。それを逆手に取るではないですが、その欠点は可能な限り最小化しようという努力が見えました。

S’NEXTの細尾社長にもお話を伺った。今回の試聴モデルを並べて感想を述べつつ、TWS設計のツボや業界の裏話も聞かせていただいた

麻倉:では総括といきましょう。冒頭に述べた事は確かにありますが、その難しいところをどう乗り越えるかと言う時に、やはり「音楽をきちんと聴かせる」という考えがあるか否かは決定的な違いとなります。それが最終的なリスナーの感動・感受性につながる。条件の悪さは決して製品ジャンルの魅力そのものを阻害するものではないのです。

乗り越えるべき大きな目標があり、“良い”と感じる逸品からはその意欲がちゃんと伝わってくる。利便性だけでは決して到達できない、そういう深化がTWSにも見えたことは大きな収穫でした。この音楽性というフロンティアを色んな人が開拓することによって、TWSはもっともっと面白くなってゆくことでしょう。その時にはまた是非、この閻魔帳で取り上げたいと思います。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透