麻倉怜士の大閻魔帳

第27回

サウンドバーで簡単イマーシブ! 天才が生んだ超画質、驚異の広がりDnote-LR+

2020年、令和2年が始まって早3カ月。右を向いても左を向いても「新型コロナ」の話題。元旦の初日の出を拝んでいたあの日、たったの90日でここまで世界が豹変すると、一体誰が想像しただろうか。しかし諦めてはいけない。我々人類には、磨き続けてきたオーディオビジュアルの力がある。

麻倉怜士、高音質衛星ラジオ『ミュージックバード』にて看板番組スタート。パーソナリティを務めるe-onkyoの祐成秀信氏と、記念すべき収録第1回の様子をパチリ

という事で、今回は麻倉怜士氏が最近体験した、オーディオとビジュアルの未来を拓く新技術をご紹介。加えて季節は春という事で、我々日本人らしい「高画質お花見」もご提案。暗い時代こそ、オーディオビジュアルの力で前を向きましょう。

麻倉:全世界が大変なことになっており、あらゆるイベントが中止に追い込まれています。かく言う私も例に漏れず、週末を中心としたイベントが全て吹き飛んでしまい、家にこもるしかない様な状況です。

――大型イベントを見ると、バルセロナのMWC、横浜のCP+と続き、この連載に関連するものを挙げると、マルタ島のIFA GPCやカンヌのMIPTV、ミュンヘンのHIGH ENDなどなど。まだアナウンスは出ていませんが、情勢によっては9月のIFAもどうなるか分かりません。

麻倉:その意味で言うと、今年の閻魔帳は例年とはかなり異なる年間スケジュールになるかもしれませんね。ですが、下ばっかり向いていたって仕方ありません。オーディオビジュアルの観点から言うと、自宅に居ることが推奨される今こそ、良い映像・いい音楽を愉しむ、またとない機会です。

このタイミングを図った訳ではないですが、4月5日から私のタイトル番組が放送開始するので、ご紹介します。放送媒体は音楽専門高音質衛星放送・ミュージックバードの124ch『The Audio』で、その名も「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」。毎月第1日曜午前11時からの2時間、第2週目からはリピート放送の月代わりで、皆さんと音楽を愉しむ番組をお送りします。

タイトルで分かる方も居るかもしれません、この番組は他媒体でやっている連載記事の音声版です。当初は共同通信で始まり、後に現在のASCII.jpへ移籍。通算5年間に渡って、ハイレゾ配信サイトのe-onkyoの新譜から高音質・名演奏なものを毎月10タイトル厳選して紹介しています。今回の新番組はこれを実音で聴こうというものです。e-onkyoには一応試聴音源がありますが、用意されているのは圧縮された非ハイレゾ音源で、聴ける時間もわずか30秒間だけ。オーディオ的に気になるフォーマット違いの比較も出来ません。

こういう番組形態を何故考えたかというと、記事媒体では音が出ないという、オーディオとして本質的な問題があるからなんです。とは言え連載媒体はWebサイトなので頑張れば音声を出すことは出来なくもないですが、それでも環境や権利問題などを整えるのはかなり大掛かりな仕事です。そうなると文字情報媒体ではなく、音が出る他のメディアでやらないといけない。こう思い立って今回番組が立ち上がりました。パーソナリティはe-onkyoの祐成秀信さん。紹介する音源は毎月私のシアターで祐成さんと取材していて、私がセレクトした音源を祐成さんが毎月用意し、シアターで実際に音を聴いてレビュー・記事化しています。

番組の基本スタイルとしては、前月10日前後に掲載される記事で紹介される楽曲をそのまま聴く、というもの。番組で流れるのは前月の新譜なので、記事を読みながら実際の音楽が聴けるようにしてあります。2時間で10タイトル紹介するということは、イントロ、アウトロパートを差し引いて内容に当てられるのがだいたい110分。1タイトルあたり11分の計算です。なのでアルバム全てをかけるのは当然不可能。ポップスは1曲まるっとかけられますが、例えばブルックナーの交響曲となるとお手上げで、どうやったってどこかでカットが必要です。

――この点は是非ご自分で楽曲をお求めになってお確かめ下さい、ということで。でも記事での指摘ポイントを実音で確かめられるというのは、嬉しい構成ですね。

麻倉:先日第1回目の収録をしてきたのですが、番組イントロ・アウトロの語り部分はだいたい5分くらいでした。なので楽曲紹介などは、残り5~6分で勝負です。放送で紹介される3月分は既にASCII.jpで掲載済みで、ポップスはだいたい2曲くらいでした。クラシックジャンルだと今回はクレンペラーのマーラー交響曲第4番がありました。これは第1楽章が素晴らしいのですが、トラック時間は17分(苦笑)。なので泣く泣く途中でのカットです。

音的に言うと、元々ミュージックバードは非圧縮PCMで開始したのですが、実は今は圧縮音声なんですね。ただし圧縮率が低い384kHzで、しかも24bitなので、音質は比較的良好です。私も色々と試してみましたが、外部に良いDACを使うとかなり良い音で聴けますね。これは工夫次第で音質は追い込めそう、そんな感触を持ちました。ただしミュージックバードの受信には、専用のアンテナとチューナーが必要です。この点でちょっとハードルがあるのですが、これを機会に是非お試し頂ければと思います。

124ch 「The Audio」は、私の番組の他にも実験コーナーやオーディオの歴史、オーディオと音楽、真空管ワンダーランドなどなど、実験精神にあふれたチャンネルでなかなか面白いですよ。特に「菅野幸彦のオーディオファイル」というアーカイブ番組はユニーク。菅野先生は一昨年に世を去った大評論家でしたが、彼が遺した番組のアーカイブを放送するというものです。

他にもプレミアムオーディオチャンネルがあり、ノンストップで音楽が流れ続けます。実際に聴いてみると「世の中には知らない曲が山ほどあるな」というラジオの面白さを感じます。ネットでのストリーミング配信も良いですが、サブスクリプションで如何にAIによるアルゴリズムセレクトをかけてみても、知らない曲、特に知らないジャンルの曲との出会いはなかなかありません。

――私事ですが、子供の頃の母の教えを思い出します。「好きなものばっかり食べてると変な人間になるよ!」って言われ続けて育ったんですが、今思い返すとあれは食生活だけでなく、あらゆる物事に言えることだったのだろうと。AIは確かに自分の好きそうな曲をレコメンドしてくれますが、自分の世界を大きく拡げる様な新しい提案はなかなかしてくれないものです。これってやっぱしAIが“好きなものばっかり”しか提案できないからなんだろう、そんなことを思います。

麻倉:その点ラジオはのべつまくなしで多彩なジャンルの曲がどんどん流れてきます。ラジオ文化と良いところはまさにこれで、楽曲やアーティスト、ジャンルの枠さえ飛び越えて多彩で豊かな音楽シーンの今をリスナーに問いかけていました。70年代の深夜FMで育った方ならば、思い当たるのではないでしょうか。新しい曲・新しいレパートリーとの出会い。ミュージックバードを聴くと、そんな事を感じました。新しいハイレゾ音源、新しい音楽の発掘に、是非ご活用ください。

サウンドバーで手軽にイマーシブサウンド

麻倉:私の宣伝枠はこの辺にしておいて。今回はこういう機会なので、最近体験したオーディオとビジュアルの新技術を紹介しようと思います。

まずはオーディオ枠から。最近のオーディオシーンはイマーシブオーディオをサウンドバーに入れる、というのがひとつトレンドになっていて、例えばソニーはAtmosを搭載し、評判を呼んでいます。ですがこれ、考えてみるとイマーシブ体験に対する物理的なハードルの高さの裏返しなんですね。今ではサラウンドのスタンダートになった5.1chでさえも、一般人からすると障壁と感じる向きは多い。なのにイマーシブは天井スピーカーが必要で「これが現実的なのか?」という意見は確かに頷けます。

その点サウンドバーのような1点に集まったマルチチャンネルスピーカーシステムで生々しいサラウンドのバーチャル体験ができるならば、これはユーザーにとっても福音でしょう。頑張ってイマーシブで作ったコンテンツにとっても良いことです。

イマーシブサウンドバーは本連載でも何度か取り上げていますが、現存しているシステムで素晴らしいのは、本連載でも2018年IFAで最初に紹介したゼンハイザー「AMBEO 3D Soundbar」です。ただしこれは未だに日本には入っておらず。オマケにヨーロッパでの価格を見てみると、ざっと25万円ほど。サウンドバーの相場からしてもなかなかお高いアイテムです。

ゼンハイザー「AMBEO 3D Soundbar」

――展示会やゼンハイザーの発表会なんかに行く度に「Ambeoはまだ日本に来ないの?」と聞いているんですが、なかなか上陸までこぎつけられない様子ですね。素晴らしいサウンドなだけに、残念です。

麻倉:そんな中でもうひとつ大いに期待したい流れが出てきました。Auro TechnologiesのAuro-3Dです。Auro-3Dと言えば、ベルギー・ギャラクシースタジオが開発したイマーシブサウンドの世界初の実用化技術。ドルビーAtmosもDTS:Xも、Auro-3Dの後に続いたもので、このジャンルを表現する「イマーシブサウンド」も会長のヴィルフリート・ファン・バーレンさんが提唱した言葉です(Auro-3Dではイマーシブサウンドという)。

そんなAuro-3D、これまではAVアンプを中心に普及を進めてきたのですが、ドルビーのように急激な普及というわけではなく、フランス・トリノフ、ストームオーディオ、日本・デノン/マランツあたり搭載しているに留まっています。ここからさらなる発展を考えて、なおかつ家庭でのイマーシブニーズに応えるならば、やはりサウンドバーが有望ジャンルでしょう。以前本社のギャラクシースタジオへ行った時に、その様にファン・バーレン会長に強く提案しました。

それが効いてかどうかは分からないですが、この2月にバーチャルスピーカーテクノロジー「Auro-Scene」が紹介されました。Auro-Sceneは2chに加えて5.1chもアップミックスし、立体音響にするAuro-3Dファミリーのひとつです。AtmosやDTS:Xなど、他形式のサラウンドもAuro-3D形式に変えて出力する、という点がユニークですね。今回はAuro-Sceneに加えてもうひとつ、「Auro-Space」という技術も紹介されていました。こちらはDSPやスピーカーのリソースが比較的少ない2ch環境向けの、いわば“普及版”です。

同社は広報発表に加えて実演デモの世界ツアーを実施し、日中韓などの採用期待メーカーを集めて披露しており、私もこれに出席してきました。Auro Technologiesの試作機サウンドバーで音を確かめたところ、これがなかなか凄い。何かと言うと、例えばヴォーカルものの場合、ヴォーカルは完璧にセンター、バックバンドやコーラスは所定のイマーシブ空間にバチッと定位するんです。

まずは普及版となるAuro-Spaceですが、これからしてなかなか感心です。サラウンド方向・イマーシブ方向の広がりがあるにも関わらず、センター定位もしっかりしている、これがひとつポイントです。元々アコースティックで録ったオケでもクリアな広がりが出ています。

上位版にあたるAuro-Sceneですが、Auro 9.1の3Dコンテンツを再生した場合、広がりの中に定位がきちっとあるのを感じます。例えば木管がステージ中列の左側にしっかり定位し、低弦は右・高弦は左でそれらがミックスされ、なおかつオケのホール音場がしっかり出る、といった感じです。この手のものは「どこを取っても満足!」というのがなかなか無くて、音のクオリティ面や定位、あるいは音像や音場など、どこかに不自然さを抱えていました。でもAuro-Sceneはそういった不都合なバーチャル性が払拭されていて、センター定位感があってなおかつ上方向も含めた広がりが出ています。試作機でも十分に高音質で楽器の質感や鳴りが良く、自然で明瞭度が高くて、なおかつバーチャルとは思えない定位の良さが同居しています。

イマーシブサウンドフォーマットのAuro-3Dがサウンドバーへ。キャンペーンの世界ツアーにも乗り出しており、積極的な展開を狙っている様子。イマーシブサウンドが手軽に体験できる選択肢が増えるのは、AVファンとしてとても喜ばしい

――従来の2chでは二者択一だった音質と音場が高レベルで同居する。この点はイマーシブサウンドの強みとして、閻魔帳でも何度も指摘をしていますね。

麻倉:Auro-Sceneにはフロントに置く5.1.2chのサウンドバーに加えて、サテライトスピーカーをフロントハイトやリアに置くといったオプションもあります。最終的にはAuro-3Dの配置に音を持ってくるのですが、これが面白いところで、縦方向の配置をしっかりとやることで奥行きが出るんですね。特に上にスピーカーを置いた場合、音の広がりは垂直成分がクリアになり、情報量が増えて音場の見通しが良くなるんです。

これはギャラクシースタジオの機材を使って諸々実験した結果です。ファン・バーレン会長はハイトスピーカーの効果を強調していましたが、考え方としては実スピーカーで構成するAuro 9.1フォーマットをバーチャルで再現するというもの。もっと言うと、AVアンプに入っていたプログラム「Auro-3D Engine」をサウンドバーで実行することで、サラウンドマニアが愉しんでいたイマーシブサウンドを一般ユーザーが手軽に体験出来るように、というのが目的です。

内部ではあるかも知れないですが、ドルビーにしろDTSにしろ“サウンドバー用のシステム”として大々的にパッケージング・ブランディングしたものはありません。先述のゼンハイザー・AMBEOなど、Atmos対応サウンドバーは確かにあるのですが、従来のフォーマットのアレンジ版でサウンドバー向けの専用プログラムではないんです。その点Auro-Sceneはフォーマットとしてサウンドバー用にアレンジした技術とブランディングというのが、従来と違うポイントです。

サラウンドバー単発の他に、Auro-Sceneにはサテライトスピーカーを使ったオプションセッティングが用意されている。オールインワンなサラウンドシステムからでも環境拡張が可能という、ユニークな提案だ(画像提供:Auro Technologies)

麻倉:また、Auro-3Dはホームオーディオに加えて、カーオーディオリスニング、ヘッドフォンリスニングも展開しており、環境に合わせて一気呵成のエコシステムを構成できます。同社としては2chからのアップミックスに力を入れている、というのも注目点で、これならば現状の音源資産を活用する事ができます。何せ始めからAuro 9.1の音源を制作するのはなかなか大変で、しかも対応環境でしか音楽を楽しめないですから。以前ギャラクシースタジオを訪ねたリポートをしましたが、あの時はファン・バーレン会長の愛車ポルシェ・パナメーラで、2chの衛星放送ラジオをアップミックスしていました。インストールも行き届いていて、驚きの体験だったのを覚えています。

これがどの様にCEメーカーへ採用されるかはまだ読めないですが、少なくとも日本を代表するほぼ全ての大手有名メーカーが注目しているようです。日本のメーカーは自社技術を持っているところも多々ありますが、その中で優秀なAuro-Sceneを採用するかはトップの思い切り次第。目的に合ったイマーシブの出方がしているので、是非実採用が増えてくれば。そう強く願います。

Auro Technologies社CTOのBert Van Daele氏と記念撮影。従来音源からのアップミックスで多様なイマーシブサウンドが楽しめるというのは、Auro-3Dならではの提案。普及を期待したい

小型スピーカーで驚異の広がり!「Dnote-LR+」

麻倉:次に紹介するのは、トライジェンスという企業の2chサラウンド技術「Dnote-LR+」です。2つのステレオスピーカーから非常に自然なサラウンド的広がりを出す技術で、サラウンドといってもリアまで音が来るのではなく、左右の広がり感が拡張される感じがします。特にポータブルモデルで採用されるような幅の狭い小型スピーカーでも、この技術を入れると非常に自然に音が広がります。

ポータブルスピーカーはステレオを謳っていていたとしても、ほぼモノラルと言っていいような聞こえ方がするものがほとんど。そういう音場のスピーカーであっても、横方向へ自然に音が広がり、なおかつ音像が正しい位置に出ます。例えばヴォーカル楽曲を聴くと、リードヴォーカルはちゃんとセンターに定位し、サブヴォーカルは右もしくは左で、ピアノは左に居て。そういう位置関係がしっかり出るのが、手に取るように判ります。

――早稲田大学で年二回開催されている『1bit研究会』で、この技術の発表が以前にありましたね。僕はそこで音を聴いたのですが、1万円以下で手のひらサイズのポータブルスピーカーを使ったデモで、驚くほど広がりのある音を出していました。

麻倉:これはモデリング技法を用いた、革新的なスピーカー技術です。つまりスピーカーがどう挙動するかを、ICで細かな動きをモデリング。ドライバーの位置や加速度などを常時測定し、それでスピーカーを自在に制御するというもの。AV Watch誌上では藤本健さんが詳細な技術解説をした記事を掲載していますので、そちらも併せて見ていただくと良いでしょう。

この技術のポイントはHRTF(頭部伝達関数)を使わないこと。HRTFはサラウンドバーやイマーシブサウンドヘッドフォンなど、サラウンド音響を仮想化する場面で活用されていますが、スピーカーでこれを使うとサラウンドのスイートスポットが限定されてしまうという弱点を抱えています。加えてHRTFは人の頭部の外形によっても変わるので、追い込んでゆくとサラウンドの正確な再現性はHRTFでは得られないんです。

――イヤフォンやヘッドフォン、あるいはスピーカーでもパーソナルユースならばHRTFでも許容できますが、それにしても頭のカタチを測定するなどの作業が必要になりますね。ポータブルサラウンドアプリケーションでよく見る、スマホのカッメラで頭を撮影して3Dスキャンするという、あの作業です。

麻倉:この様にトライジェンスでは、HRTFの不使用を前提としたスタンスで技術開発をしています。簡単に解説すると、ドライバーの挙動をリアルタイムでモデリングし精密に制御することで、左右のスピーカーから出てくる音が混ざらない様に音を出しているそうです。要するにクロストークを排除することで、右のスピーカーの音が左耳へ、左のスピーカーの音が右耳へ入る事を排除する。この仕組みによって音源を左右の耳へ正確に届けて、非常に透明感の高い広がり感のある音場を出しているのです。

加えてこのDnote技術はワンチップドライバーとしてパッケージングされており、汎用DSPで実装する場合でも割と安価なチップで動かせるという利点を持ち合わせています。実際に1bit研究会の時に披露されたデモでは、秋葉原のパーツ屋で2,000円ほどで買い集めた部材で回路を組んでいたんだとか。しかも入力ソースはデジタルだけでなく、アナログ音声入力からの処理も可能なので、音源も選びません。処理ユニットはポータブルアンプサイズに収まるので、現行のシステムへ組み込むことも容易に出来ます。

スタートアップ企業ゆえに情報発信で難儀しているそうですが、非常に有望な技術と言えるでしょう。是非色んなメーカーに採用してもらい、ポータブルスピーカーの底力をグッと上げてもらいたいです。

2chサラウンド技術「Dnote-LR+」のデモの様子。1万円でお釣りが来る様なお手軽ポータブルスピーカー1本から、驚くほど広がりのある音が出てくる
しかも演算ユニットは、乾電池で駆動できるほど小さなポータブルアンプサイズ。アナログ音声入力にも対応しているので、現状のシステムにそのまま追加することだって可能。このユニットだけでいいから、製品化してほしい(欲しい)

天才がたどり着いた異次元の高画質

麻倉:次はビジュアルの技術について紹介しましょう。主人公はソニーの中核的画質技術のひとつ「DRC(デジタル・リアリティー・クリエイション)」を生み出し、高画質技術を世に問うてきた「デジタル映像の魔術師」近藤哲二郎先生。その近藤先生が立ち上げた研究所・アイキューブド研究所が、最新技術「動絵画2」を開発しました。実採用の例はまだ出ていませんが、先日絵を見てきたところ実に画期的だったので、簡単にご報告します。

昨年2019年には先代バージョン「動絵画」を銀座の画廊で発表し、水槽の映像を処理して、光の状況や動きやコントラストなど、液晶とは思えない様な本物以上に生々しい絵を見せていました。そのココロは「デジタルディスプレイを使ってアナログで描く」というもの。デジタル処理の大家が、デジタルの先にあるアナログを採用したわけです。近藤先生に言わせると「究極のデジタルは無限の数値(階調・分解能)を持つアナログ。なら始めからアナログで映像を描く技法を開発しよう」と。これが動絵画の思想です。

――10年以上も前からデータベース型アップコンバートを実践していた人というのは、本当に凄まじい。既に常人の思想を超越しすぎていて、凡人たる我々には何を言っているかサッパリ解りません……。

鬼才・近藤哲二郎先生が取り組む「動絵画」。加色法の色を使って減色法の色を出す、アナログ技法によるデジタル描写の技術だと言う。ちょっと何言っているか解らないが、とにかく凄まじい絵であることは間違いない

麻倉:古代から続く芸術である絵画は、基本的に絵の具やパステルなどのアナログで描きます。ただしハリーポッターのような魔法が使えない我々には、これを動かすことは出来ません。それをエレキの力で動かそう、ということで“動”絵画というわけです。

昨年の段階では水槽と熱帯魚という題材を動かしていました。リアルな熱帯魚入り水槽をカメラで撮ったものを動絵画処理した映像で、この時のテーマは黒と色の再現性への挑戦。黒に挑戦して非常に深遠な階調再現を如何にローグレードな液晶で出すか、というところに焦点を当てていました。

映像技術の基本として押さえておきたいのが、光の三原色と色の三原色の関係。デジタルディスプレイはRGBを足して白を作る加法混色(色を足すと明るくなる)なのに対して、絵の具をはじめとしたアナログ画材はCYMを足して黒を作る減法混色(色を足すと暗くなる)です。近藤先生の動絵画技術は、加色法の色を使って減色法の色を出した、というのがポイント。アナログ絵画の技法をそのままデジタルに応用したわけです。ですが我々は「どんなトリックを使って可能にしたの?」と疑問に思ってはいけません、この理論は天才がたどり着いた異次元の境地なのですから(苦笑)。

――うーん…… 僕にはやっぱし、全然サッパリ分からない。

麻倉:まあまあ。それはさておき、今年の題材は桜。昨年は暗部の難しさに挑戦したので、今年のテーマは明部の難しさに挑戦したそうです。近藤先生曰く「桜は最も難しい題材。まず花びら1枚が非常に小さい。次に個々のオブジェクトが互いに光の影響を与えあっている。そして各オブジェクトが層になっていて、手前と奥の層の違いをちゃんと出さないといけない。更に枝ぶりも加わってくることで構図が複雑になる」。桜は画素的な小ささで発光するので難しいのに対して、逆に面で発光するバラなどは単純なんだそうです。しかも桜は日本人のDNAに組み込まれていて、色そのものが強い記憶として各人に残っています。嘘はつけない、インチキできないんですね。

ソニー時代のDRCも含めて、近藤先生は何度も桜に挑戦したのですが、それらは尽く失敗してきたと話していました。それが今回の動絵画2では、中間から白に関わる白階調をより細やかに出すことに成功したとしていました。65インチ液晶で実際の絵を見せてもらったのですが、その有様は1本の大きな桜の木がまさにそこに存在しているというもの。桜が手前から奥に、目の前で立体的に存在する、そういう奥行き感が確かに有りました。なおかつ風が吹いた時は完璧な動きがあるんです。

驚くべきは“画素があるのに画素が視えない”ということ。階段状のジャギーも、動きの断絶感も視えず、完璧に滑らかで実に不思議です。風が吹き、光の反射がその度に異なる情景であるとか、桜が重なる重層感とか、そういうものが近藤先生に言わせると「脳が安らぐ情景として、再現することが出来た」と。ただし繰り返しになりますが、その理論は頭が良すぎて理解できません。理解しようとすると理論の迷宮に迷い込む、これが「魔術師」の異名を取る真の天才の世界なのです。

バージョン2にあたる今年のテーマは、日本人のココロに刻み込まれた被写体である桜。デジタル特有の嘘っぽさが動絵画2の絵には無いという事だけは、一見しただけで深く感じる

麻倉:これからの問題は、この素晴らしい人類の技術財産をどう活用するか。信号処理によって、人が観たい映像を創ることができる。それが近藤先生の真骨頂で、その意味でアイキューブド研究所では毎年新しい技術が重なってゆきます。近藤先生は既に次の課題にも取り組んでいて、画質の未来を切り拓く意欲はまだまだ衰えを知らないご様子。これが最近私が感動した映像技術。ビジュアルの世界は今なお見果てぬ夢で満ち溢れていると、強く感じさせました。

最後に近藤先生の話でも出たということで、桜真っ盛りな今(かな?)にピッタリのお話をしましょう。残念なことに昨今の事情で、今年はなかなか大胆なお花見を出来そうにはありません。ということで、今回は家庭内で最高画質のお花見をご提案します。取り上げるのはビコムの「4K さくら【4K・HDR】Ultra HDブルーレイ」と、「彩(IRODORI)にっぽん 4K HDR紀行 Vol.2【4K UltraHDブルーレイ】」。いずれも2K/4Kの双方で出ています。

4K さくら【4K・HDR】Ultra HDブルーレイ

日本が誇る高画質志向映像プロダクション、ビコム。鉄道映像の大家としてその道では非常に有名ですが、同時にビジュアル業界の間では、4KもHDRも早くから手掛けてきたクオリティ志向のソフトハウスとしても知られています。特に沖縄や小笠原などをシューティングした『Relaxes リラクシーズ』シリーズは国内外で高い評価を受けており、何回とったか分からないくらいのブルーレイ大賞の常連です。

今回取り上げる4Kさくらは東京や京都、奈良など、全6都市の桜の名所各地を4K HDRで収録した美麗映像作品。さすがビコムの桜は違う、ディテールまで情報が出ていて先鋭ながら、もの凄くバランスが良くてナチュラルな映像の薫りがします。近藤先生も話していた通り、桜は繊細な中間色で人の感度に敏感な記憶色を持ち、形状も複雑で非常に難しい被写体。ですがやはりビコムの手にかかれば、実に素晴らしい絵となります。これを大画面で堪能しながら、ちびりちびりと酒をやる、実に現代的なオーディオビジュアル趣味のお花見でしょう。

彩(IRODORI)にっぽん 4K HDR紀行 Vol.2【4K UltraHDブルーレイ】

もう一方の彩(IRODORI)にっぽん最新作は、高藤城址公園、久留米の火祭り、白川郷合掌造り集落の、3パートで構成された風景映像作品です。

感心ポイントとして、火祭りの黒の描写が素晴らしいですね。若衆が火の粉を全身で浴びながら樫の棒で支え上げるというところの階調感や、炎の光のエネルギー感など、実に画質趣味的な見応えがあります。花火の場面では線香花火における黒の深淵感を感じ、吸い込まれてゆく様な感覚を覚えます。

そして今の季節にピッタリなのが、高藤城址公園の桜です。この絵の魅力はなんと言っても臨場感。細部まで解像しており、ディテールがよく出ています。高解像度にして、色の階調感も良い。ビコムが持つ構図・編集・画質そのもののハイクオリティな部分が出ていて、皆さんもついつい見入ってしまうことでしょう。高藤城址公園には昔行ったことがありますが、この映像を観ていると当時の感動の記憶が蘇ってきました。

本作を通して特に感心したのが、ドローン撮影の解像度が高いこと。桜に寄った絵の良さはもちろん、ドローン空撮における解像感は、以前の作品とは一線を画するものです。

――僕も観てみましたが、本作は確かに空撮映像が素晴らしいです。遠景の映像に心地良い精細さがあり、しっかりと情報は出ていて、それでいてジリジリしていない。自然で、観ていて落ち着く、そんな画調にとても癒やされました。

麻倉:2016年に発売された「宮古島 ~癒しのビーチ~」の頃は、ドローン映像の解像度がもうひとつでした。この時は30pの映像を60pにアップコンバートしていたんですが、今回は時間も経っているという事もあり、かなりレベルが上ったと感じました。

世間は暗いニュースばかりでふさぎ込みがちですが、こんな時こそオーディオビジュアルの出番です。むしろこういう時のために、我々は音と映像の技術と文化を育み、磨き続けてきたと言ってよいでしょう。いつでも好きな時に、好きな映像・音楽体験を。今年の春は是非オーディオビジュアルを堪能して、日々の活力を蓄えていただきたい。長年この業界に携わってきた者として、そう深く願います。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透