麻倉怜士の大閻魔帳

第30回

麻倉怜士がグッときた! 魅惑の小型スピーカー3機種+CDプレーヤー

雨と湿気の交じる空気に夏の彩りが日々色を増す今日この頃、読者の皆様、如何お過ごしでしょうか。私どもライターはなかなか取材に出られない日々が続いています。湿度ともに陰鬱さも増す様な気さえしますが、有り難いことに麻倉シアターには最新オーディオの試聴機が続々とやって来ています。

麻倉怜士の大閻魔帳、今回は麻倉シアターに届いたこれらの機器から、印象深い音を聴かせてくれたスピーカーとCDプレーヤーのレビューをお届け。雨だれを眺めながらお部屋に居る時間、良い音と一緒に過ごしませんか。

麻倉:今回は、最近ホームオーディオ製品、特にブックシェルフタイプのスピーカーをいくつか聴く機会があったので、これらを中心に感心したものを紹介しましょう。英国ワーフェデール、イタリアaudel(オーデル)、同じくイタリアのソナス・ファベールといったブランドの新製品を聴いたのですが、いずれも性格の違いが実に興味深かったです。

――あと日本のトライオードから、CDプレーヤーも来ていましたね。なかなか興味深い構成の製品のようですので、これも後で一緒に聴いてみましょう。

麻倉:いいですね、是非そうしましょう。

ワーフェデール「EVO4.1」

麻倉:ではまず英国ワーフェデールから。今回聴いたのは「EVO4.1」(ペア108,000円)という製品です。ワーフェデールは1932年にGilbert Briggs(ギルバート・ブリックス)氏によって英国ヨークシャー州で設立されたブランドです。このブリックス氏自身がピアノの名手だったということもあり、スピーカーを楽器として、技術者を演奏家として捉えたオーディオづくりに取り組んできました。

「EVO4シリーズ」はそんなワーフェデールが一昨年発売したモデルで、ブックシェルフ型の「EVO4.1」、「EVO4.2」と、トールボーイ型の「EVO4.3」、「EVO4.4」の4機種をラインナップ。日本では昨年の東京インターナショナルオーディオショウで参考展示としてお披露目されました。

今回聴いたEVO4.1の形式は2-wayバスレフ式で、ウーファーはオーソドックスな130mケブラーコーンを使用しています。一方ツイーターには、高周波数の詳細を正確に再現するというハイルドライバー「AMT(Air Motion Transformer)」を採用しており、これがシリーズのハイライトとなっています。

「EVO4.1」

――ハイルドライバーというと、エラックの「JETツイーター」が有名ですね。蛇腹状のユニットを伸び縮みさせるツイーター方式で、一般的なソフトドーム式と比較すると移動する空気量が多く、それだけエネルギーを出せることが物理的な利点として挙げられます。

麻倉:エラックは繊細さと立体感のあるサウンドが特徴的なブランドとして知られていますが、こういった点はやはりJETツイーターによるところが大きいでしょう。ワーフェデールのAMTだと、ハイエネルギーで高圧な空気は、低歪み・高S/N比という利点をもたらすとしています。

ツイーターだけでなくバスレフポートにも一工夫あり、独自設計の整流板を置いているそうです。このスロット分散ポートシステムによってポート部に発生する空気量が最適化され、全域での歪み低減に加えて低域ではレスポンスが、中高域では明確な解像度が得られる、というのがメーカーの謳い文句です。

概要紹介はこの辺にして、実際の音を聴いてみましょう。かねてからワーフェデールのスピーカーは寝起きが今ひとつ悪いという噂があり、確かにつないですぐは少し鈍く、抜けも天井が低く感じました。ところが30分ほど鳴らすと本領を発揮し、しなやかできめ細かく安定した音が聴けたことがまず印象的でした。

まず鳴らしたのはアンドレ・クリュイタンス指揮/ベルリン・フィルの「ベートーヴェン 交響曲第6番 “田園”」です。しばらく前にこれの全集がe-onkyoで配信開始し、大変素晴らしい出来栄えでしたので今回聴くことにしました。60年代前半のベルリン・フィルには、カラヤンに染まり切る前のしなやかさ、キメの細かさ、力強さがあり、そういうものが上手く相まって、重厚にして軽妙洒脱な演奏に仕上がっています。

録音は59年から63年までの期間で、全部聴いてみると、例えば59年の演奏にあたる8番は少し硬い感じでほぐれきれていない様に感じます。一方3番や6番といった後期のものは、同じアナログ録音でもしなやかな感じがします。EVO4.1で聴くとそういったところがとても良い雰囲気になって、「田園」などのクラシックによく合うんです。

――ワーフェデールの音は以前から落ち着いたトーン、という印象があります。このEVO4.1でもその雰囲気は受け継いでいて、田園は良い空気感が出ていますね。それと同時に高音の速さが結構際立つ、というのが僕には印象的でした。

麻倉:派手すぎずキラキラしすぎず、でも鈍さはそんなに感じさせず、音の流れの質感を聴けた様に感じます。しなやかでしっとりしたキメの細かい弦や、闊達な木管との対比がとても綺麗です。

“意外”と言ってはなんですが、奥行き感が出ているのには驚きました。この時代の録音にしては奥行き感のある演奏で、木管や金管が奥から聴こえてくるんです。田園は木管と弦との対比がスコア的な聴きどころで、手前の弦と奥の木管という立体感のある音楽の構成になるんです。特にこの録音はベルリン・フィルの木管が黄金時代を迎えており、フルートのさえずりなどがとてもラブリーでした。低音は締りが若干いまいちですが、ゆったりとしてタイトすぎない低音と、端正な中高音のバランスが気持ち良かったです。

次はイリーナ・メジューエワによる「ベートーヴェン ピアノソナタ第8番 “悲愴”」。最近話題になっている『BIJIN CLASSICAL(ビジン・クラシカル)』レーベルの作品で、神戸の日本ピアノサービス社が所有する1925年製ニューヨーク・スタインウェイのレストア品で弾いたものです。

第1弾はワルトシュタインを中心としたベートーヴェンのソナタ集でしたが、第2弾は「悲愴」「月光」というベートヴェンピアノど真ん中のタイトルが並びました。

“アグレッシブ”と言うと語弊があるかもしれませんが、メジューエワの悲愴はとても思いのこもった、ピアノを力強くリードする演奏です。反応が弱い楽器だと、どれだけ一杯やってもせいぜい出て3割ほどに留まるところですが、名器ニューヨーク・スタインウェイの反応は非常に敏感で、音量と感情、双方のダイナミズムに非常に的確に応えています。

ハ短調冒頭にあるsfz(スフォルツァンド:特に強くの意味)の和音の受け止め方、鍵盤に与えた情報をリッチに表現しています。冒頭の衝撃的な低音の爆発的なところ、音の重層感などが、このスピーカーは上手いですね。スケールが豊かで、メジューエワのアタックの強さや衝撃的な迫真感が、小さな筐体から伝わってきました。

F特はかなりピラミッド的で、低音がリッチで安定して、その上にスッキリ伸びている高音が乗っかる印象です。先程の田園でも感じましたが、やはりクラシックは聴きやすいスピーカーだと思います。

――僕はハンマーアクションのタッチに耳が行きました。少し丸みを帯びていて、でもアクションが出ている、というのが印象的です。クラシックは確かに聴き心地が良いですが、他のジャンルはどうですか?

麻倉:では次は「情家みえ/チーク・トゥ・チーク」を聴きましょう。私のレーベルであるUAレコード第1弾、この連載でもおなじみの音源です。

ベースが若干膨らみ気味なのは少々気になりましたが、でもスケールが大きい演奏でした。とても感心したのはヴォーカルの端正さ。色気がありつつとても明瞭で、情家さんのなめらかな声質やふくよかさ、ウォーム感が良く伝わってきます。ディテールまでキチキチ出すのではなく、音を質感やコクで気持ちよく包み込むように聴かせる。心地よい音色でした。

松田聖子/瞳はダイアモンド」も歌わせてみました。スピーカーによってかなり再現性が異なる楽曲で、中にはグロッシーになり過ぎるスピーカーもありますが、EVO4.1は素直に聴けたと思います。聖子ちゃんのストレートでノビが良いところ、音の感情的なボキャブラリーが多いというところが、よく出ていました。

情家さんの場合はアコースティックベースが少々膨らみがちだったのですが、こちらはエレキベースの輪郭がしっかりしており、雄大でタイトです。ヴォーカルも高域が伸びていますが、耳につくほどの強調感ではありません。この辺の伸びの素直さは、やはりハイルドライバーならではでしょう。ヌケの良さ、高音のエネルギー感など耳に心地良く効いており、価格的にもかなりお手軽ながら、聴き応えあるスピーカーだと思いました。

オーデルのエントリーモデル「Nika mk2」

Nika mk2

麻倉:次はデザインが美しいイタリア・オーデルのスピーカーです。2008年にシチリア島で設立されたスピーカーブランドで、以前日本では“アウデル”の呼称で「フレッド&ジンジャー」という人型スピーカーが発売されていました。その後日本での輸入代理店も変わり、現地でも新製品が発売されています。

もともと同社の創業者・設計者は建築家で、音楽が好きで自分の理論をスピーカーに落とし込んでいるといいます。そういった建築的な発想やノウハウはスピーカーの断面モデルを見ることで伺えるでしょう。エンクロージャー素材は音響的に優れるというバーチ材で、加えて密度の違ういくつもの板を全モデルで使用しています。これによって、エンクロージャーの振動も抑制するとしています。

バーチ積層材のキャビネット内部にはリブを設けるという念の入れようが見られます。これは剛性の確保と定在波対策として同社が持つ特許技術のひとつ、IRS(Internal Rib Transmission Line)です。この様にとても手間のかかったキャビネットは、シチリア島の木工職人達によって全て手作業で作られているのだそうです。

――エンクロージャーに使われている集積材の曲げ板は、イタリアと言うようよりどことなく北欧家具を思わせる感じが僕はします。なかなかスタイリッシュで、シックなインテリア空間にも合うのではないかと感じます。

Nika mk2

麻倉:現行ラインナップは「Malika mk2」「Magika mk2」「Sonika mk2」「Nika mk2」の4種類。今回はブックシェルフスピーカのエントリーモデル「Nika mk2」(ペア13万円)を聴きました。ハイファイスピーカーとしてはおそらく最も小さいグループでしょう。チャーミングなキャビネットに搭載されるユニットは、竹繊維を使用したラビリンス設計採用の独特な3インチフルレンジドライバーです。

まずはベートーヴェン田園から聴きましょう。実に質感が高く、キメが細かい音というのがまず印象的でした。弦の音が練られており、倍音は豊潤で粒子がとても細かく、古典の最高傑作、最高の演奏団体が演奏している雰囲気をよく出しています。チェロの同一フレーズ反復の時に聴かれる低音感が意外なほどリッチで、その安定した低音に乗って中高域が活き活きと輝いています。

シンプルなフルレンジ1発構成なので発音は点音源であり、ホール的な音の粒子の飛び方も臨場感豊かです。全帯域に渡って音調が細やかで、抜けがとてもスッキリしており、このサイズでは望外な音の豊潤さと音楽性の豊かさを味わえました。

メジューエワの悲愴、第1楽章冒頭のどっしりとした音の衝撃感・安定感は、メジューエワの解釈をうまく表現しています。無音の部分のSN比が良く、全帯域の速いパッセージも明瞭、左手と右手のステレオ的な対比も実にダイナミックですね。

第2楽章では慈愛に満ちた変イ長調の優しさの表現がとても巧みです。一音一音から発するアンビエントは美しく、響きの減衰曲線は長く、リニアに終息する音は耳の快感です。中間部のクレッシェンドも、まさに音楽的に音量が大きくなりました。こうした音楽的な表現は第3楽章でも。まさにベートーヴェンとメジューエワの音楽が聴けるスピーカーだと言えるでしょう。

――田園は見た目から想像できないスケール感に驚かされました。生命感・エネルギー感のある音で雰囲気が良く、聴いていて元気になる感じです。悲愴は響きの良さが際立っていて、倍音の宝石箱のようなスタインウェイの特徴を良く捉えていたと思います。若干の寸詰まりも感じますが、ゆったり流せばとてもロマンチックで、人肌の音を感じます。

麻倉:「倍音の宝石箱」とは的確な表現だね、その様な印象はクラシック以外のジャンルでも聴かれました。チーク・トゥ・チークはスケールが大きいだけでなく、とても繊細な点が印象的でした。ベースは雄大さだけでなく、音階の正確さも聴けます。ヴォーカルは質感がとても良く、音の粒子が細かく、とてもキメも細かい。ニュアンスも実に豊かで、情家さんの表現の細やかさや歌詞への深い目配りが、その声から伝わってきました。

瞳はダイアモンドをかけると、柔らかくしなやかな聖子ちゃんが印象的でした。クールな調子で輪郭を強くひっぱりあげるでなく、キメが細やかで、暖色系で、クリアーにして、ヒューマンで繊細な味わいがある聖子ちゃん。キラキラではなく、しっとりした音調です。

このようにNika mk2は質感がすべらかでヒューマンなスピーカーでした。もう笑っちゃう程素晴らしい。ただしボリュームを上げるとベースの歪みが出るので、コンパクトな部屋やデスクトップでのニアフィールドリスニングが適しているでしょう。

シングルドライバーのNika mk2はピアノの広い音域でもよくまとまり、音のつながりも良くアグレッシブな連符なども存分に愉しめた。それにしても良い音のピアノは聴いていてワクワクする。それが良い演奏ならば、たちまち音楽の世界に惹き込まれる。メジューエワさんがオールドスタインウェイで奏でる「悲愴」には、音楽が描き出す美の世界があった

ソナス・ファベール「Minima Amator II」

ソナス・ファベール「Minima Amator II」

麻倉:スピーカーの最後はソナス・ファベール「Minima Amator II」(ペア52万円)です。昨年発売した設立35周年記念モデル「Electa Amator III」に次ぐ、“HERITAGE COLLECTION”第2弾モデルとして、またElecta Amator IIIのダウンサイジングモデルとして企画された、初代Minima Amatorのリバイバル作品です。

「Minima Amator」の名前が初めて冠されたのは1993年。初代「Minima」は創業者である故フランコ・セルブリン氏本人や、現ソナス・ファベールのチーフエンジニアであるパオロ・テッツォン氏が愛用していたモデルで、それだけにHERITAGE COLLECTIONは故フランコ・セルブリン氏の情熱と設計思想が色濃く残る記念碑的モデルとして仕上げられています。

――音の詳細は後ほど述べますが、確かにこの2モデルは近年のソナスとは明らかに音の雰囲気が異なります。故フランコ氏が会社を去ってから、同社は設計と音の近代化を推し進めてきましたが、この2つはそうなる前の古き良きソナスの色気がムンムンと感じるんです。端的に言うと僕みたいな昔のソナスファンが喜ぶ音、ですね。

麻倉:ユニットなどのパーツ群は専用設計で、28mmのツイーターは初代で表現されていた三脚のアロー・ポイント・デザインを踏襲したほか、近年の上位モデルに採用される独自技術「Damped Apex Dome(DAD)」を搭載しています。150mmのミッド・ウーファーは自然乾燥させた高品質セルロース・パルプ素材をブレンドしたカスタムメイドのダイヤフラムです。

クロスオーバーネットワークには同社のハイエンドモデル「Aida II」や “オマージュ・トラディションシリーズ” と同様の「パラクロス・トポロジー・テクノロジー」を採用し、ケーブルはバイワイヤ接続も可能。無垢ウォルナット材のエンクロージャーと革張りのバッフル面を見れば、このブランドが木工製品としての美しさが高く評価されている事も頷けます。細かい点で言えばElecta Amator IIIの底面部はイタリアの良質な大理石なのに対して、Minima Amator IIは底面部までウォルナットです。

カッラーラ産の白大理石を底面に採用した「Electa Amator III」
「Minima Amator II」

麻倉:実際の音を聴いてみましょう。まず田園ですが、とにかく素晴らしい。音楽が何のわだかまりもなく、スピーカーから自然に流れ出ています。ベルリン・フィルらしい音の安定さ、重層感に加えて、フレーズのあちこちで洒落た輝きが感じられました。クリュイタンスの音楽とソナスの表現が重なった形でしょう、実にしなやかで、同時にあでやかな、洒落た音色を聴けました。

低域は十分にボリューム感があると同時に、決して重くはなりません。スケールがあり、同時に適度なスピードを保っています。中高域の色気、暖かさ、艶艶した色あい…… などなど、本スピーカーならではの愉しい質感です。弦の類い希なる質感の色気、繊細さ、倍音の豊潤さなど、聴きどころは実に多岐にわたります。第1ヴァイオリンが奏でた響きが、長い残響(この中に色気がたっぷりと詰まっている)を伴いながら、ベルリンのグリューネヴァルト教会の中に拡がっていくのを聴く。これは大いなる音楽的快感でしょう。

メジューエワの悲愴では、スタインウェイの黄金時代だった1925年製ニューヨーク・スタインウェイの音色と響きが堪能できました。冒頭のハ短調和音はメジューエワのハイテンションで思いのたけが詰まった一発、というのは先に述べた通りですが、そんな奏者の業をしっかりと受け止めて、その思いの通りの音を出す。このピアノの凄さが、Minima Amatorでは存分に聴けます。

ピアノの音自体に歪みがたいへん少なく、剛力が強く、緊張する。だけどそこにすべらかさ・滑らかさの質感を持つ。それがMinima Amatorの悲愴の表現です。中味は非常にリジッドで緻密ですが、それをそのまま出すのでなく、表面に色気とスムーズさを撒いているのです。続く第2楽章は母性を感じさせる暖かで、律する感情感が素晴らしい。録音会場に拡がる響きのソノリティとクオリティの高さが聴けます。絹のような繊細で輝かしい音色を堪能しました。

――この音を聴いて、正直なところ僕は顔のほころびを抑えることが出来ませんでした。田園は出音から“そわっ”とした雰囲気があり、とても響きが多い、それでいて響きが整っていて聴きやすいんです。しかも音にはちゃんと芯があって締まっている。だからヴァイオリンにしてもオーボエにしても、とても遠くまで音が響きます。

印象的だったのは音数が多くなった時で、田園では多奏となった時の華やかさを、月光では主題の低音が出たところのスケール感を強く感じました。しかも細かなニュアンスも雰囲気で誤魔化さず、キッチリと繊細に表現する。ここが昔のソナスのとの違いでしょう。語りだせばキリが無いですが、現代の整ったソナスの中に、色気全開だった昔のソナスの残り香が心地よく薫る。そういう音に感じました。

麻倉:やっぱりソナスのユーザーは着眼点が違いますね、ブランドの縦軸比較というのはとても参考になります。

他ジャンルも聴いてみましょう。チーク・トゥ・チークはヴォーカルが優しくヒューマンなサウンドが心地良かったです。さわやかな色気を感じ、言葉の一音一音に込めた歌手の思いまで聴けるよう。アコースティックベースのスケール感、ピアノの玉のような輝き、ドラムスによる空気の振動感……などなど、臨場感はとても豊かで、そのすべてが、Minima Amatorのヒューマンで麗しい音となります。

瞳はダイアモンド、これはキレのよいシャープな聖子ちゃんでなく、ふくよかで暖かく、人間的な聖子ちゃんでした。繊細な音の襞の中に、聖子ちゃんでないと表現できないニュアンスの色気が再現される。サビの「泣かないでメモリー」の強靭な表現部分でも、Minima Amatorはとろけるような色気を振りまいていました。

ソナス・ファベールを使うならば、アコースティックな高音の美しさを堪能したい。中でもヴァイオリンと並んで聴き蕩けてしまうのが女性ヴォーカルだ。“頬を寄せ合って踊りましょう”という色っぽい歌「チーク・トゥ・チーク」を歌う情家みえさんの歌声はクラクラする程の艶やかさにあふれていた

――さてと、スピーカーはどれも良かったですが、ここに届いているCDプレーヤーも気になります。トライオードの新製品とのことですが、どういう内容なんですか?

真空管バッファ回路搭載のCDプレーヤー「TRV-CD6SE」

麻倉:これは真空管バッファ回路搭載のCDプレーヤー「TRV-CD6SE」(280,000円)です。同社が2017年まで発売していた「TRV-CD5SE」の後継機で “トライオードCDプレーヤーの集大成”を目指し開発されたというモデルだそうです。

6922真空管(6DJ8)を2本使用したバッファ回路を搭載しているのが大きな特徴で、RCAの真空管出力とRCA/XLRの半導体出力を別々に備えているので、繋ぎ変えによって2種類の音が楽しめます。そのほか2系統の外部クロック信号入力や、同軸RCA/光TOS Link/HDMI端子によるI2Sの、各デジタル出力も備えています。

DACチップにはESS社の「SABRE ES9038Q2M」を採用。アップコンバート機能も備えていて、内部でPCM 352.8kHz/32bitまたはDSD 5.6MHzに変換した出力もできます。対応ディスクはCD/CD-Rで、MQA-CDにも対応。MQAは最大352.8kHz/24bitでのフルデコード再生が可能です。

――なるほど、見たところデジタル入力やUSB端子は非搭載なので、PCのDACとしては使えないみたいですね。純然たるCDプレーヤーに徹しているところに、ある種の潔さを感じます。早速聴いてみましょう!

麻倉:ハイレゾファイルが使えないので音源はCDを使いましょう。ホリー・コール「I Can See Clearly Now」でアップコンバートを試し、ベーム/ベルリン・フィル「モーツァルト 交響曲第40番」でMQAを聴き比べます。

(試聴中……)

――良い音でしたねぇ。うん、これはなかなか面白い。

麻倉:確かに良い音でしたね、使いこなし甲斐もありそうな感じがしました。

各曲で見てみましょう。まずホリー・コールの半導体接続・CDストレート再生という組み合わせですが、冒頭のベースが柔らかく、弾力感もありました。ヴォーカルが明瞭でボディ感があり、音色がクリヤーで暖かい。ニュアンスも細部までよく出ており、ピアノの輪郭がよく、低域がしっかりとしています。

真空管ではなく半導体増幅ですが、ヒューマンで芳しい香りもキッチリ。細部までのキレも良好で音調は新鮮、間奏のピアノもとてもしっかりとした音色感を持ち、安定感が高いです。音楽の細部まで丁寧に情報を表出しており、ヴォーカルの後ろの響きも多く、滞空時間も長く、解像度がとても高い。おそらくしっかりと長時間試聴し、音を決めていったのでしょう。音楽再生機として完成度か高いと感じました。

次にPCM 352.8kHzアップコンバートですが、これはベースの音に質感が与えられ、ヴォーカルの線が細く繊細になりました。粒子サイズが細かくなり、全体にしなやかで滑らかな印象に。ハイレゾというわけではないですが、グラテーションの細かさと音進行の丁寧さは、やはり352.8kHzのテクスチャーです。

前に勢いよく向かってくるというスピード感と剛性感の強さは44.1kHz/16bitで、細やかで粒子の微細さ、密度の高さは352.8kHz。滑らかになるものの、彩度感がややのっぺりとし、油彩が水彩になる感じがしました。

ではDSD 5.6MHzコンバートはどうかと言うと、これまた凄く違う。SACD的な暖かみ、音調感、ヒューマンな香りがとても濃いです。グラテーションの滑らかさも、352.8kHzがフラットな感じで階調が増えるのに対し、DSD 5.6MHzはまさにDSD的なテクスチャー、潤いと優しさ、暖かさが加わり、グラテーションの色彩感が与えられる感覚です。

352.8kHzに比べ、サンプリング周波数とフォーマットそのものを変化させた変容感はとても大きく、CDの新しい聴き方と言えるでしょう。まさにDSD的としか形容できない雰囲気に変わりました。

――本当に分かりやすくフォーマットのキャラクターが出てきましたね。パワー感のストレート、繊細さのハイサンプリングPCM、熱量と滑らかさのDSDと言う感じで、リスナーの好みが大きく分かれるところでしょう。

麻倉:真空管出力もコンバート無しのストレートで聴きましたが、一言で「これぞ真空管」。暖かくしなやかで、強調感がなく、しかも濃度が高いです。ヴォーカルの温度感が高く、人の声がスピーカーから発しているというヒューマンな記号性がありました。

細かなニュアンスがストレートに表現されるというより、真空管的なフィルターを経由して、そことに味わいを与える感覚です。ピアノも輪郭でなく、内実と温度感の高さで心地好く聴かせてくる。言うなれば耳に気持ち良い音のエッセンスを与えるのが真空管出力であり、官能的で、快感的な響きが素敵だと感じました。

続いてモーツァルトの半導体接続です。MQA-CDを再生する際はアップコンバートが利かないので、純粋に再生をしましたが、これも解りやすくMQA-CDの音でした。非常に細やかで粒子が有機的に動き、艶艶した弦の輝き、弦からの倍音の多さ、ブリリアントな音進行……と、まさにMQA-CDの記号性的な音です。

半導体出力ですが、潤いと音の優しさ、溌剌としたヴィヴットな響きは、ある意味で真空管的と言えましょう。そもそもMQA-CDが真空管的なものですから、その魅力を余すところなく発揮しているとも言えます。ベームの悠々とした堂々たる音構築、安定感の高さ、伸びのリッチさ、低域の量感の雄大さ…… まさにMQA-CDでなければ出せない音の表情でした。

最後にMQA-CD+真空管接続です。「さらに真空管らしくなる」と言ってしまえば単純ですが、音の一粒一粒に真空管のフレーバーがまぶされ、非常に輝かしく、潤いに満ち、清々しさと暖かな温度感が加わったと感じました。音の進行は高速ですが、そこに微妙でこまかい時間軸的なニュアンスが加わり、耳の快感度が高い。低域のスケールが大きいと同時に、その中に細かなニュアンスが加わることが分かります。音の彩度感も実に高いです。

――本当にフォーマットや増幅素子のキャラクターが如実に出るプレーヤーですね。オーディオ趣味的な音の変化を愉しむのが捗りそうです。

麻倉:このプレーヤーを使って、CDをちょっと見直しました。サンプリング周波数変換は確かにそれぞれ新鮮な表情を与えており、特にDSDの潤いはまさにDSD的、MQA-CDはまさにショールーム的な、模範的なリッチな表現力が愉しめたと思います。真空管サウンドは綿密感と色彩感の楽しさがある、非常に音楽が濃い音がしていました。

でもそれらは総て、基本の半導体CD 44.1kHz/16bit再生から言えること。どんなものにおいても、やはり基本がしっかりしていることはとても大切なんだなという実感をもたせる、そういう体験だったと思います。

――自宅に居る時間が長い今だからこそ出来る事って結構多くて、音の面から音楽を深堀りすることもそのひとつだと思います。自分だけの音の追求はきっとオーディオ趣味の本質で、同じ音楽を違うカタチで何度も問いかけることができるオーディオならではの音楽体験なのではないか。今回は様々な音の物語を持ったオーディオを聴き、そんな事を改めて感じました。

古今東西様々なオーディオに触れて「自分の好きな音楽ってどんなものだろう」「好きな音楽をもっと好きになる音はどこにあるかな」という音楽世界の探検を、もっともっと進めていきたいですね。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透