麻倉怜士の大閻魔帳

第31回

テレビ買うならOLED! 麻倉怜士が解説、'20夏・最新OLED TV業界事情

6月下旬になると社会状況が変化し、各社の取材が少しずつ可能になってきたため、このタイミングで実機取材を敢行。画像は最新4K OLEDテレビ一斉比較テストの様子。麻倉氏が4Kリファレンス映像として愛用するビコム「宮古島 ~癒やしのビーチ~」で、色彩感や立体表現などを厳しくチェックしていた

残念ながらオリンピックは延期となったが、各社が気合MAXで製品開発をした結果、この夏のテレビはいずれのメーカーからも非常に気合の入った製品がズラリと並んだ。こんな状況、高画質大好き麻倉怜士が黙っているハズが無い。

という事で、今回の閻魔帳は最新OLEDテレビを大特集。各社製品の注目ポイントや、じっくりレビュー、業界の裏話に至るまで、ボリュームたっぷりのてんこ盛りでお届け。

麻倉:今回の閻魔帳は最新テレビ製品の話をしましょう、私としてもこの話題はとても語りたかったものなんです。

――今年に入ってから家電量販店へテレビを見に行った人、意外と多いのではないでしょうか。

麻倉:コロナの影響を受けた業界というのは世に数あれど、実はテレビはプラスの影響を受けています。と言うのも、ステイホームで何するかと言うと、やはりテレビを見る。そこで「どうせ見るなら画質の良い大画面の最新モデルを」ということで、テレビは今買い替え需要が盛んになっているんですね。

業界の視点からすると特に液晶からOLEDへという流れもあり、更にこれまで液晶の画を観てきたユーザーがそろそろ買い時と思う頃合が重なり、「次は液晶ではなくOLED」と考えている人も少なくない。更に更に、延期になったとはいえ、メーカーも五輪に向けたより大画面で高性能高品位のテレビ製品を開発してきています。良い物が出来たので売りたいというメーカーと、家でテレビをじっくり観たいというニーズが上手く噛み合い、関係者からはとても調子が良いと言う声が多数聞こえてきています。

新製品の出方からしても、今年前半に各社からラインナップが揃いました。この夏にあるはずだったオリンピック需要を盛り上げるべく、例年では秋に出ていたようなものが早めに出てきた、という今年ならではの状況変化もあります。ここへステイホーム需要が加わった、というのが2020年上期のテレビ市場概況なのです。

評論家としては実に良いタイミングなので「これらをバンバン取材し、視聴し、ガリガリ書くぞ!」と思っていたのですが……

――コロナのマイナスエフェクトがかかったことで、どこへも行くことが出来なかった、と。

麻倉:このマイナスエフェクトには2つの意味があります。ひとつはそもそもメーカーに取材できないというもの。正確に言うと、実製品を囲んで、顔を突き合わせた対談取材が出来ませんでした。

内情を少しお話すると、この春は我々の窓口役となっている各メーカーの広報部門が、外部への門戸を閉ざしてしまっていた状態でした。取材も自粛で、そもそもメーカーに人が居なかったんです。ソニーは8月になってやっと、大崎のテレビ事業部へ取材に入れるという状況で、3月くらいから考えると、試作機や新製品などの実物は全く視聴が出来ませんでした。

読者の皆様からすると「話を聞くだけならオンラインでも可能だろう?」と思われるかもしれませんが、テレビは実物を観ないと専門家として評価した事にはなりません。

――視聴者にとって本当に重要なものは“良い絵が与えてくれる豊かな体験”ですからね。そもそも技術解説などはカタログを読めばいい話で、技術的なアピールをいくら連ねたところで、それらが本当に良い絵につながっているかを自ら確かめないことには、専門家として仕事をしたことにはならない。これは先生と僕とで共通する、専門家としてのポリシーです。

麻倉:そういう訳ですから、ここ数カ月の自粛期間というのはレビュワーにとっても大変辛かった。とは言え、少しずつではありますが、ここに来て実物の視聴取材が可能になってきました。五輪は延期してしまいましたが、これをきっかけにホームエンターテイメントをもう一度考えなおすという業界の流れも出てきています。

今までの流れを言うと、例えば音はCDからライブ(生演奏・生配信)へリソースが移り、そのライブを家で愉しむという“おうちシアター”のスタイルが出てきました。映像ではテレビに来る信号も多様化し、従来的な放送波だけでなく、OTTやライブ配信など、非常に多彩な映像ソースを扱えるようになりました。今の時代に相応しい、よりリッチなライブ体験ができるという方向に変わってきている。そうであるならば、テレビが持つ役割も今までの延長ではダメなのです。

この点からしても、テレビに託された期待や憧れはより大きくなってきたと言えるでしょう。そこで。このタイミングで、無理に無理を重ねて視聴した製品を中心に、私のインプレッションを述べようと思います。

東芝

2020年の東芝レグザ、有機ELシリーズ

麻倉:テレビ製品における今年の特徴ですが、何と言ってもまずは8Kモデルの拡充でしょう。フロントランナーのシャープを筆頭に、複数のメーカーが8K化を果たしました。

もうひとつは高まるOLEDへの期待に応えるという流れです。こちらで大きなニュースはシャープのOLED参入が挙げられるでしょう。パナソニックや東芝の新製品も活性化しており、新しい機種でOLED市場を拡げるという動きが見て取れます。

まずはOLED情勢の話をしましょう。最初に取り上げるのは東芝映像ソリューションのレグザです。今回のおもしろポイントとして、技術的に言うと、インナープレートを自社生産するという流れが出てきました。

――インナープレートとは聞き慣れない単語ですね、どういうパーツですか?

麻倉:要するにOLEDパネルの熱を背後から逃がす放熱板のことです。OLEDは自発光素子なので、輝度を高めるために電流量を増やすと必ず熱が出ます。半導体の利点として省電力が挙げられますが、それでもHDRが出てきてからは、放熱処理が重要なポイントとして浮かび上がってきたのです。

液晶とOLEDを対比すると、メリット・デメリットが表裏一体の関係になっているのが判ります。つまり黒は液晶だと浮いてOLEDは沈む、白は液晶だと伸びてOLEDは伸び切らない、といった感じで、この点から両者は物性的な観点から性格の異なる画を出し、これまではある種の棲み分けが出来ていました。

ところがHDRが出ると、この棲み分けではどうにもならなくなったんです。HDRコンテンツ側からの要求として、平均輝度やピーク輝度など、白の伸びを重視する。コンテンツとしてピーク輝度が2,000nitsや3,000nitsといったところが出てくると、OLEDもその表現に応えないわけにはいかない。そもそもが高画質を売りにしているOLEDですから、たとえ自発光と言えど、この点に目をつむることは出来ません。

とは言えOLEDで1,000nits超えは超大変で、1,200nitsくらいのピーク輝度を目指すならば、何か工夫をしないといけません。高性能化のためにどの部分で自社開発ができるか。最も効率の良い改善パーツは何か。HDRという新しい難問を前にして、テレビ屋さん達はそんな模索をしていたんです。

これに対してOLED画質の雄であるパナソニックのはじき出した答えがインナープレートでした。従来は冷却部を含むOLEDユニットとしてパネルメーカーのLGディスプレイでワンパッケージにまとめられ、各セットメーカーへ出荷されていました。昨年のハイエンドモデル「GZ2000」でインナープレートを自社開発するという手に打って出たのです。

これはパナソニックとLGディスプレイの深い関係から出てきた方策です。パナソニックは2015年に、日本メーカーとしてはヨーロッパで初めて大型OLEDテレビを出しており(当時流行だった曲面ディスプレイタイプでした)、そこからパナソニックはOLEDにおいてLGディスプレイとの関係を深めてきたのです。

この連載でも度々話をしていますが、パナソニックは20世紀後半から2011年頃まで、自発光のプラズマを長いことやっていたため、自発光のツボをよく心得ています。ひとつは焼付き防止技術。パネル内で一定の同じエリアに高電圧を与え続けていたら、そこが焼き付いて斑点が出てしまいます。例えば電圧を減らしたり、あるいは高電圧部を動かしたり、分散させたりと、プラズマ時代にはこれを如何に克服するかに腐心していました。それと並ぶもうひとつのツボが、今回の論理と同じ放熱技術です。

プラズマが液晶に負けた大きな理由のひとつは明るさが挙げられます。際限なく電圧をかければ明るくはなりますが、熱と消費電力の問題から、民生用テレビだとそうはいきません。特に熱は、溜まれば焼付きも起きるし、熱暴走を防ぐためにリミッターをかければ明るさにも制限がかかるという厄介な問題です。

――物理学の世界では「熱はエネルギーの墓場」とまで言われますからね。

麻倉:自発光デバイスのマネジメント技術において同社は一日の長があり、こういうところが今、役に立っているわけです。このようなマネジメント術はLGとも技術を共有し、デバイス全体の長寿命化や高輝度化に大きく貢献しています。

実のところLGディスプレイとしては、各セットメーカーによるインナープレートのカスタム組み込みプログラムを標準的に走らせたい。そのためにもまずは発案元のパナソニックに冷却部レスのパネル本体を供給し、オリジナル放熱板でHDRに対応するピーク輝度を出してもらうのです。それがうまく行けば、次の年のパネルからカスタムインナープレートのプランを全メーカーに開放する。

つまりLGディスプレイからのOLED調達は、次の2つのパターンが考えられるわけです。ひとつはLGディスプレイによるインナープレートのリファレンスモデルが乗った、オールインワンパッケージの供給を受けるという選択肢。もうひとつはパナソニックのように、OLEDパネル単体の供給を受け、インナープレートは自社で組み込むという選択肢です。

現状では大型OLEDパネルを独占供給しているLGディスプレイがこのような新しいオプションを用意してきたのには、画質面だけでなく実利的な理由もあります。と言うのも今、OLEDはプレミアムテレビ用のデバイスとして世界中のメーカーからの需要が爆発的に伸びており、これを一手に引き受けるLGディスプレイとしては生産がとても大変なんです。OLEDパネルの生産だけは他社に任せることは出来ませんが、放熱板はまあ出来るでしょう。LGディスプレイとしても、パネルの出荷をもっと伸ばしたい。それで画質も良くなれば一石二鳥じゃあないか、と。そういうところがあるのです。

少々話は飛びますが、JOLEDに資本参加したTCLが、同社傘下のチャイナスター(CSOT)に印刷OLED技術を供給することで、近々OLED業界に殴り込みをかけるという業界筋の情報があります。加えてサムスンはOLEDの大本命技術である量子ドット有機EL(QD-OLED)を来年に出すべく大投資を仕掛けている真っ最中。更に次世代デバイスとしては、全画素が微細LEDのマイクロLEDディスプレイで、中国勢も虎視眈々と市場を狙っています。

製品レベルでこの5年間ほどを見てみると、執念で白色OLEDを開発したLGディスプレイの一人勝ち状態でした。ところが昨今の業界情勢を見るに、来年辺りから“ポストOLED大戦争”が始まる公算が非常に高まっているのです。今のビジネスを繰り広げているLGディスプレイとしても、これら新興勢力に対抗すべくOLEDとして多彩なオプションを用意しておきたい。その選択肢のひとつがカスタムインナープレートなのです。

このカスタムプランに東芝が乗った、というのが今回のレグザです。東芝としても、カスタムプレートを採用することでHDRへの対応力向上を狙えます。従来のテレビ市場で当てはめると、液晶では昔から液晶レイヤーとバックライトを部材として分離し、バックライトを自社開発する“オープンセル方式”が一般的です。バックライトもCCFLからLEDへ移り、エッジライトから全面制御になり、制御エリアもどんどん微細化しています。今回のカスタムバックパネルは、これのOLED版と考えればいいでしょう。そういう選択がセットメーカー側で選べるようになったのです。

東芝レグザ「X9400シリーズ」、65型と55型に採用されている自社開発専用設計の高放熱プレート

――セットメーカーとしては、より多くの設計が委ねられるようになったのですね。それだけメーカー間の設計技量も問われるようになった、と。

麻倉:このオプションを採用しているのは今のところ東芝とパナソニックだけで、ソニーやシャープ、その他のOLEDメーカーはまだやっていません。ですがこの業界は、どこかがやり出せば、それが効果的ならば自ずと他社も追従する流れは出てくるものです。加えて熱設計というものは、ある程度の技術力が無いと出来ません。指摘にあった様に、これからのOLEDテレビはメーカーとしての地力が試されることになるでしょう。

――インナープレートはOLEDテレビ業界全体の大きな流れですが、レグザ独自の魅力としては他に何があるのでしょうか?

麻倉:レグザのポイントその2、それは「クラウドAI」機能です。これは画質調整をクラウド上のAIがやる、という触れ込みの技術で、観ている絵に最適な調整データをネット経由で与える、なんとも東芝らしい切り口です。

日本のテレビメーカーの中でも、東芝は特にイコライジング研究に熱心で、入力信号をそのまま出すではなく、映画調、ビデオ調など、ユーザーが好みの画調に調整することへのこだわりを見せてきました。加えてセンサーを活用した、周囲の環境に対応する画調も同社の大きな研究テーマのひとつです。画質というのはユーザーがマニアか、一般かプロかでも、要求される(あるいは好みの)イコライジングは変わります。それだけの対応力を東芝は用意しています。

このように同社は、画質調整に対して力を入れているのです。その前提として、Dレンジの拡げ方、色相の振れ幅、シャープネスにおける超解像の適応範囲など、構成する基本技術の使いこなしに対する研究が同社では進んでおり、今回のものはその一端と言えるでしょう。

クラウドAI高画質テクノロジー

――名前から察するに、ニューラルネットワークで進化する画質調整エンジンをクラウド上に置き、ユーザーから映像データを集めつつ、イコライジングのメタデータを全自動で生成してリアルタイムで発信する、みたいなスーパー画質テクノロジーを連想しますが……

麻倉:目標はまさにそれですね。機械的に画質とその受容に関するビックデータをAI処理し、あらゆる番組をAIイコライジングする。そのトライがいま始まったと言えばいいでしょう。エキスパートシステムですから、人の専門家の知識をシステムに入れる。

将来的には入力信号を分析してユーザー好みのイコライジングを自動で当てるという、想像したような機能を目指すことでしょう。例えば映画トーンが好きな人は落ち着いた画質だったり、ハッキリクッキリが好きな人はビデオ的なパワフル画調だったり……。私が思うに、テレビ映像には伝送の歪を叩き直す、ディレクターズインテンションの追求、ユーザーインテンションの探求という、3通りのイコライジングがあります。これらを上手く乗り越えて全自動でイコライジングをかけるというのは、おそらくひとつのゴール地点なのでしょう。その到達点を目指すワンステップが今回のものです。クラウド配信というのも先進ポイントです。

――なるほど。本当にそこまでいったら、理想ですね。

麻倉:イコライジングの機微を機械に教えるのが、映像マイスターの住吉肇氏です。本機能について住吉さんに聞いたところ、「作品系コンテンツはやらない」としていました。映画における画質はディレクターズインテンションもユーザーズインテンションもあるわけで、画質でストーリーを語る映画という芸術と突き合わせると、妥当性に問題が出る。だから今回はやらないのだと。

映像マイスターの住吉肇氏

――画質が芸術へ昇華されるとするならば、数字では評価できない人間の感受性の部分が最も価値のある要素です。ユーザー的にはそこが欲しいと思うかもしれませんが、現状を認識した上であえてそこはやらずにユーザーへ画質解釈を委ねる。この姿勢は映像に携わる者としての誠実さを感じますし、尊敬の念をいだきます。

麻倉:実際には民放のいいかげん画質を糾す。と言うのも、NHKはほぼ正しい絵が流れてくるのですが、民放はなかなかの曲者で。特に深夜番組やバラエティ番組などは、黒がものすごく詰まっていたり、肌色が赤かったりと、画質の観点からすると明らかにおかしいコンテンツが多数あります。私が見た番組ではなんとか××7というのは、凄く赤かった。 こういった狂いを正す“必殺・画質仕置システム”、それが今回のクラウドAIです。

――うーん、発想がまずスゴい。これはもう一メーカーの高画質化機能という様な範疇を超えていますよ、言うなれば画質に対する啓蒙活動です。

麻倉:こういう人が居るから日本のテレビ市場・画質文化が成り立ち、ブランドとして世界中から尊敬を集めるのです。世界広しと言えど、こんな事をするのは日本だけ。住吉さんの目と頭脳がAIとなって、分散的に多彩なコンテンツを処理するというのなら素晴らしいことです。この分散的というのが重要で、NHKからYouTubeまで、ありとあらゆる画質の絵を機械の中の住吉AIで組み直す、というのが将来的な展望でしょう。これはかなり画期的な取り組みで、いかにも東芝らしいですね。より良い画質をつくる細かな仕掛けの集積。他のメーカーにはない眼差しで、東芝としてのレゾン・デートルがある。そんな事を感じました。

――今の一連の話で、僕は昔のCELL REGZAを思い出しました。当時としては異次元クラスの高性能エンジンだったCELLを積んで、超解像やローカルディミングなどで徹底的に画質を叩き直す、というものだったのですが、今回のクラウドAIも何となくCELL REGZAの姿勢に通じるものを感じます。

麻倉:CELL REGZAは有り余る演算能力をローカルディミングのコントローラーに使っていましたね。ローカルディミングの細分化は今でこそ液晶テレビ高画質化の手段として当たり前ですが、当時はものすごくパワーを要する処理だったんです。ではなぜローカルディミングを入れたかと言うと、オープンセル化の浸透によって既にパネルデバイスの外注が当たり前になっていた中で、液晶の大きな弱点として槍玉に上がっていた黒浮きを、バックライトの細密制御によって克服しようとしたから。デバイスの外注でコストを抑えるだけでなく、どこか別のところで必ず“東芝の絵”を表現する。その意味で東芝は、リソースを惜しげもなく画質へ注ぎ込んでいるという姿勢が見られますし、それは今も昔も変わっていません。

今シーズンの東芝にはまだ見どころがあります、そのひとつが48型OLEDの強力プッシュです。

48型「48X8400」

業界的に見て、これはなかなかおもしろい流れでしょう。と言うのも、現状において50型以下のOLEDは、JOLEDパネルを使ったEIZO「FORIS NOVA」の21.6型しかありません(しかもこれは限定生産品)。この上はLGパネルを使った各社の55型になってしまいます。

OLEDテレビは65型から88型までの大画面ラインナップが充実していますが、パーソナルルームに入れる20型後半から50型までのサイズが今はポッカリと空いています。LGパネル最小の55型は、パーソナルルームにはちょっと大きい。対して液晶には40型や32型などのバラエティがあり、安価な2Kモデルも選べる。この点からすると、パーソナルユースに対しての選択肢は液晶が圧倒的に有利なのです。

でもパーソナルユースは近接視聴が多く、OLEDの黒や発色の良さなど、自発光の利点が活きるニーズが多い。中・小型のOLEDテレビというのは、これからのテレビ市場において必ず必要とされるジャンルだと言えるでしょう。

実のところ私が48型OLEDの情報を最初に掴んだのは、昨年8月のLGディスプレイ杭州工場の竣工式に招かれた時でした。その次はIFAのLGディスプレイスイートで、この時は実物を見せてもらいました。40型ならばパーソナルルームでのメインテレビになるし、リビングに大きなテレビを持っている人の「寝室で少し小ぶりな高画質テレビを置きたい」というニーズにも対応できる。OLEDのパーソナルユースは40型クラスが是非欲しいということを私が確信したのはこの時です。

――加えて40型以下ならば、一人暮らしのワンルームや、デスクトップPCを使ったパーソナルシアターのモニター代わりなど、お一人様需要を大きく満たすことも出来ますね。あるいは先進的なシティホテルのテレビとしても採用されるかもしれません。

麻倉:ズバリその指摘の通りで、サイズのバラエティは使用シチュエーションを大きく拡げます。これは新しい需要を掘り起こすという事でもあり、その意味においても今回の48型や、それ以下のサイズは重要なのです。

48型のOLEDは今シーズンだとソニーも出してきました。実はこのタイミングで両者を観る機会を得たのですが、このサイズへの思いは東芝のほうが遥かに濃い様に感じます。どうもこのサイズの普及に対して、東芝は並々ならぬものがある様子。新しいOLEDの市場を拓く、そんな決意のようなものを新製品に見ました。

もうひとつの見方として、4K OLEDの小型化は8K OLEDの可能性も拓くというものがあります。と言うのも、このサイズを4倍すると96インチ8Kになる。因みにLGディスプレイによると、98型までならば今のマザーガラスで8Kを作ることが出来るとのこと。逆に8Kから換算すると、88インチ8Kからは44インチ、77インチ8Kからは37インチ、65インチ8Kからは32インチの4Kが、それぞれ取れるわけです。

こういった様子で、8Kを極めていけばあっという間に50インチ以下の4K OLEDが充実するでしょう。今は大画面志向のOLEDですが、中小の画面も出てくることでOLEDがより身近な存在になるに違いありません。そうなればより多くの人が「次にテレビを買うならOLEDだよね」となるでしょう。

――いやあ、今回は東芝についてかなり語っていますね。それだけメーカーの意欲が詰まっているということなのでしょうか。

麻倉:チャレンジングスピリットが旺盛で、今回はそういうところが目に見えるカタチで出てきたのは間違いありません。その東芝のテレビで見どころをもうひとつ。今シーズンの新製品には、一部モデルに外部スピーカー駆動用のパワーアンプが入りました。

液晶以降、テレビの音というのは常に問題になってきました。と言うのも、物理的な制約が極めて厳しい薄型テレビでは、どう頑張ったとて音の改良に限界があるのです。むしろ良いスピーカーがあれば、テレビ内蔵のアンプで駆動する方がずっと良い音になるし、当然ながらテレビのリモコンで音量調節できます。自明の理ではありますが、これは意外と穴場ですね。

外部スピーカー用のテレビ内蔵アンプと言うと、以前はパイオニア「KURO」がやっていました。流石にオーディオ志向なブランドだけあり、良いスピーカーを持っているならば音はそちらへお任せという思考で、この考えを東芝が踏襲したと見ることができます。特に48型などは近接視聴ユースが考えられますから、まさにうってつけの機能でしょう。DALIやELACなどオシャレなヨーロピアンブランドのブックシェルフスピーカーがあれば、あっという間に贅沢なパーソナルシアターになります。

タイムシフトマシン搭載4K有機ELレグザ「X9400シリーズ」は、外部スピーカー用のアンプを内蔵している

――それ、良いですね。もちろんELACなどならば望外の環境になるでしょうが、そこまでいかずとも、街の量販店では1万円少々でミニコンポ用のエントリースピーカーが手に入ります。もっと言うと、街の中古ショップへ行けばわずか数千円でスピーカーはいくらでも転がっています。ピュアオーディオの目線で見ると色々とこれらのスピーカーは粗は見えるかもしれないですが、それでも現状のテレビ内蔵スピーカーとは比べ物にならないほど良い音が出ますから(特に低音の量感が桁違い)。これをやるだけで、テレビは圧倒的に面白くなる。経験上、これは断言できます。

麻倉:確かに、中古のスピーカーなどは狙い目かもしないですね。あるいは昔のミニコンポ用スピーカーが眠っていたりするならば、まずはそれを使ってみてもいいかもしれません。

パナソニック

麻倉:そろそろ次のメーカーに移りましょう。パナソニックが今シーズン展開するOLEDテレビは、まず昨年出たハイエンドの「GZ2000」。これはフラッグシップモデルとして、今年も継続販売されます。対して夏にデビューする新モデルは、アッパーミドルにあたる「HZ1800」と「HZ1000」の2機種です。両者の違いはスピーカーをはじめとした音の装備で、画質機能は全く同一。これは同社が以前から取っているラインナップ戦略の継続です。

TH-65GZ2000
4K有機ELビエラ「HZ1800シリーズ」(写真左)と、「HZ1000シリーズ」(右)

――しっかりとした音響環境の中に導入するならばHZ1000の方が懐にやさしい、ということですね。

麻倉:パナソニックが先鞭をつけたカスタムインナープレートですが、これら2機種には搭載されません。GZ2000はハイエンドという事もあり、やはりあちらに搭載したものはコストがかかるのでしょう。代わりにと言っては何ですが、回路による画質調整で補っています。

技術的な見どころとしては、わかりやすいところだとHDR規格全部載せでしょう。HLGやHDR10といったベーシックなものはもちろん、最新規格の「Dolby Vision IQ」にも対応しています。ここまで対応するHDR全部載せテレビというのは、現状ではパナソニックだけですので、この点は後発組の利点を活かしていると言えます。

また、GZ2000で入れてなかなかの効果を発揮した上向きイネーブルドスピーカーを、HZ1800にも搭載しています。ここがHZ1000との違いですね。音で言うと、リモコンのマイクでルームアコースティックを集音し、全自動でイコライジングをかける「音質スペースチューニング」が面白いです。オーディオファンにはAVアンプなどでお馴染みの機能でしょう。同社内で言うと、元々テクニクスの「SC-C70」で同様のものが入っていました。因みにあちらは集音計測にスマホを使っていたのですが、こちらはそこまで高度なアルゴリズムではなく、簡易版のようなものだそうです。

この機能、実際にオンとオフを比較してみました。オフは内蔵スピーカーなので、音が奥に引っ込んでいる感じ。ですがオンにすると音が前に出てきて、明瞭度が上がりました。

HZ1800シリーズのスピーカーシステム構成
背面上部に搭載したイネーブルドスピーカー

――パナソニックのテレビはCMでも音について積極的にアピールしていますね。映像だけでなく音も併せてテレビの楽しみなのだ、というメッセージが伝わってきます。

麻倉:広告宣伝の戦略で言うと、パナソニックはオリンピックを強く意識した展開を仕掛けています。同社はワールドワイドでのIOCオフィシャルパートナーなだけあり、かなり力が入っているようです。カタログでも「TOKYO 2020」「Beautiful JAPAN 2020」などを前面的に押し出し、五輪ロゴを大々的に使用。イメージキャラクターの綾瀬はるかさんがスポーツ選手に扮した写真が掲げられ、“オリンピック公式テレビ”を大々的に謳っています。地元開催のオリンピックで大きく飛躍しようという狙いが明らかです。

これらは単なる広告宣伝だけに留まらず、テレビでのスポーツ観戦の質を向上させる様々な技術的アプローチとして見られます。先の指摘の通り、スペースチューニングやアップリンクスピーカーなどで音の臨場感を、大画面・ハイコントラスト・ハイカラーで絵の臨場感を高めるという、絵と音の両輪によるテレビの魅力アップを目指しているわけです。液晶と比べると動画性能が高いOLEDは、確かにスポーツ向け。イベントの中継においても、きっとカラフルで臨場感溢れる表現を見せてくれるでしょう。

パナソニックのカタログ(画像提供:パナソニック)

――応答速度も速いので、動きブレにも強い。スポーツをはじめとした大規模イベントにはもってこいですね。

麻倉:といったところを上手いこと使いたかったのでしょうが、肝心のオリンピックは何とも雲行きが怪しい……。そこで同社が取った方針が、ホームビューイングユースへの切り替えです。映画館にも気軽に行けない、スタジアムにもなかなか行けない、コンサートホールにも行けないという、ないないづくしの現状を、OLEDの画質音質性能で頑張って満たす。そういう新しい事態に対して、非常に明確なメッセージを社会に送っている様に映ります。

ホームビューイングユースをアピール(画像提供:パナソニック)

広告宣伝でもうひとつ感心したこととして、カタログのつくりがバツグンに良いという点を指摘しておきましょう。ステイホーム中のこの数カ月、私は各社カタログを徹底分析していました。例えば東芝の場合、担当者はあれだけ48型フルプッシュなのに、2020年春夏カタログはそれほど目立っていません。説明も並列的で、細かいところが解りづらい。技術解説もなかなか難しく、誰が読んでも何が良いのかすんなり理解できるとは言い辛いです。

シャープの場合、個々の技術がどの製品に入っているかイマイチ明確には判り難いですね。10年に1度テレビを買い換える時にしかテレビ製品のことを調べないような人達にも、もう少し明瞭に分かるとよいです。

ソニーはどうかと言うと、夏のカタログで「自分史上最大画面」なるキャッチコピーを掲げています。中身を見ると、OLEDと液晶の違いや、モデル毎、旧製品との違いが解り辛く、比較がしにくい様に感じます。コンセプトとしては明快でそれなりに分かるのですが、コレは流石に大画面に特化しすぎではないでしょうか。新しいテレビには多彩な魅力があり、折角頑張って色んな特徴のある製品を造り別けているのですから、「大きいことは良いことだ」みたいな大画面“以外”のアピールポイントを、もっと解りやすく説明してほしいと思いました。だからあまり48型には力を入れていないようにも。

――製品の魅力が伝わりきらない広告宣伝って多いですよね……。設計・製造と販売・宣伝の人達って、もっと互いに近づくべきではないか、と昔からよく感じます。

麻倉:ところがこの点において、今シーズンのパナソニックは凄く良いんです。カタログを開いてみると、例えばOLEDと液晶の違いがよくわかります。技術的な説明でも、大事なところは大きく、補佐的な部分は小さいという様に、紙面構成にメリハリが付いています。加えて写真説明が技術のところでもちゃんと見やすい。流石は松下電器と言うところでしょうか、やはりカタログづくりにおいても一日の長があるものだと感じました。

――デザインの基本ではありますが、重要なところを強調するというのはやはり大事ですね。そのためにはまず何が重要でどこがそうでないかという様に、カタログを組む人達が製品を深く理解をしている必要があるわけです。こういうところは結構ユーザーに伝わっちゃいますから、ブランディングという意味でも凄く重要だと思います。

パナソニックのテレビカタログ2020年夏号より。各モデル・各機能の要点と詳細を別ページに分割しており、一般ユーザーから画質趣味人までの幅広いユーザー層に“求められる情報がキチンと届く”ための工夫が見られる(画像提供:パナソニック)

麻倉:肝心の画質ですが、GZ2000で獲得した技術水準を上手く活かしていますね。レンジの広さやSN比の良さなどが効いていて、階調感やコントラストのワイドさなどはGZ2000にかなり近接したものが出ている。これにはなかなか感心しました。

技術的に言うと、今回は入力信号の分析を輝度と色で別けた。これがGZ2000を含む前世代より進んでいるポイントで、前述したカスタムインナープレートの代わりに回路による画質調整で補っている部分です。GZ2000はインナープレートの効果でピーク感が出ていましたが、今回のものはHLGの画が良くなっていました。従来の放送波は、HDRと言う割にはのっぺりしていたのが、このピーク感が立つように。

実はこれ、プレーヤー側でも見られた画調の変化と同類なんです。UB9000とJVC製プロジェクターの組み合わせにおいて、春のファームウェアアップデートでHLG → PQ変換機能が入り、これによってPQカーブ方式らしいメリハリの効いたピーク感が出てくるようになりました。HZ1800はPQ方式変換をしている訳ではないですが、やはり従来のHLGよりピーク感が出ていると感じます。

動画応答性も良好です。倍速駆動をかける際に1フレーム毎で黒を挿入しますが、これがなかなか難しくてタイミングが上手くいかないとジャダーが出てしまい、やりすぎると効いたり効かなかったりでギクシャクします。でもパナソニックは “オリンピック対応”を謳っただけあり、動画の滑らかさに対しては相当研究した様子が見て取れます。特に横に陸上競技をはじめとした横に動く被写体で、ブレの少ないとてもキレイな絵を見ることができました。

パナソニックの新モデルに関しては「マリアンヌ」と「宮古島」でバッチリ分析することが出来たので、ここからは具体的なインプレッションを挙げましょう。まずはマリアンヌから、チャプター2における夜のカサブランカのシーン。車の光り方やツヤ感、地面の土色の明るさ、車越しに見える建物のネオンのピーク感などが見どころですが、非常に力感があり、なおかつカラーバランスが赤や黒に傾いておらず、丁度いいバランス感覚があります。

この時は他社のOLEDテレビと同時比較をしたのですが、残念ながら赤や緑に転ぶ様が他社モデルでは散見されました。ところがそういった色のバランス崩壊がパナソニックにはない。GZ2000の時にも感じた事ですが、ワイドなコントラストの中での階調の隔たりのなさがよく出ていたのが印象的でした。

続くチャプター3、夫婦がビルの上で夜の会話を交わす場面。画質で物語を語る映像表現として、ここは難しいシーンです。色や階調の正確さが求められ、黒浮きや黒潰れは厳禁。危うい感じの階調感が元の絵にはあります。特にコントラストと階調のバランス感が難しく、コントラストを立て過ぎたり、階調を出しすぎてピークが失くなったりという様に、どちらが出すぎてもいけないんです。

ここでも他社モデルではディテールが少なかったり、赤や緑に転んだりと、結構苦戦していました。対してパナソニックは、ここがかなり良かった。こういった繊細な表現は実に見事です。

宮古島の方はどうでしょうか、今度は逆に明るい環境の中での階調やコントラスト、色の出方がポイントになります。こちらもパナソニックは良好で、このコンテンツが持っている透明感、ディテール感、奥行き感、色のクリアさといった再現性がグッドです。特にチャプター5のヤドカリと星砂では、色の階調感がよく判りました。珊瑚が砕けた砂の色のバラエティ感、自然さ、色の輝き。こういうところからすると、パナソニックは良い設定で臨場感を見せてくれました。

――マリアンヌの暗部表現と言い、宮古島のカラーバラエティと言い、パナソニックはOLEDの魅力に忠実な絵を見せてくれましたね。品と深みを追求する同社の絵作りの方針をキッチリと踏襲しており、とても好印象でした。

麻倉:名前を出してしまうと、ここでは一緒に並んでいたソニー製品にも感心しました。こちらはパナソニックよりも更にパワーがあり、なおかつ階調もしっかり。クリアな南国の太陽の力がハイテンションに出てきていたと思います。

パナソニックに話を戻すと、2Kからのアプコンもなかなか良好でした。私のリファレンス「きみに読む物語」をかけましたが、エモーショナルで同時に落ち着きがある肌色や、深く沈めど肝心な階調はきっちりある黒など、コンテンツが持っているクライテリアは2Kアプコンでもちゃんとフォローされていると感じました。これならば4Kだけでなく2Kのソースでも存分に高画質を愉しむことができるでしょう。

シャープ

麻倉:OLED最後の話題はシャープです。パナソニック、東芝、ソニーが先鞭をつけたOLEDですが、ヤマダ電機の専売で船井などもやっており、OLEDは高級テレビのメインストリームに君臨していると言って間違いではないでしょう。買い替え需要によって“さよなら液晶、こんにちはOLED”というこの状況。「ついにシャープもやりだした!」というくらい、OLEDの勢いは留まるところを知りません。

如何な「液晶のシャープ」と言えど、この動きはやはり見逃せません。経営的な面で見ても、価格下落率が液晶と比べてOLEDはなだらかで、同じ台数を売ると利益率はOLEDの方が高くなります。そういったところもOLED投入に踏み切った要因の一つでしょう。

実際問題、聞いた話によるとLGディスプレイのOLED導入はシャープの社内で何度も話題に上ったようです。が、そのたびに経営悪化などの外部要因でポシャったという経緯が。社風的に見てシャープは自社主義なところがあり、パネル製造から絵作りまで、全てを自社で賄うというのがひとつの売りにもなっています。そのために以前は亀山工場を大々的にアピール。「世界の亀山モデル」を武器に、強力なブランディングを張っていました。これは液晶の偉大な成功物語でもありますが、悲しいかなそこが足かせにもなっており、発展の機会を逸してしまったのも事実です。

よく比較に上がるソニーは「トリニトロン」ブランドで一時代を築いたブラウン管をやめた時から、他社デバイス購入にスイッチ(サムスンとの合弁製造パネルを経て)。そこで言ったのは「うちのエンジンはスゴいぞ」ということでした。液晶やOLEDといったデバイスの差を乗り越えて、映像エンジンが最良のパフォーマンスを出す。現代のソニーはエンジン至上主義で、「BRAVIA Engine Pro」、「X1 Ultimate」といったアグレッシブな名前をつけたエンジンを次々投入しています。この映像エンジンの下に様々なサブテクノロジーを置き、デバイスのパフォーマンスを最適化するという方針を取ってきました。なかなか上手いマーケティングの切り口と言えるでしょう。

――麻倉先生をして「デジタル映像の魔術師」と言わしめる鬼才・近藤哲二郎氏をはじめ、ソニーはエンジン回路の設計に長けたエンジニア人材を抱えていましたね。同社がテレビで苦しんだ時代からの方針転換に成功した大きな要因として、回路設計における技術力は見逃せない点でしょう。

「CQ1シリーズ」

麻倉:遅ればせながらシャープもこの流れに乗ってきた、ということになるでしょうか。ただOLEDテレビはまだ「CQ1」1シリーズだけで、液晶で見せるような緻密なマーケティングセグメンテーションは出来ていません。

それが最も感じられるのが、OLEDはまだ「AQUOS」ブランドを名乗っていないという点でしょう。テレビにおけるAQUOSはあくまで液晶のブランド、というのが同社の現状です。ここはソニーと対照的で、OLEDは採用したものの、まだポジショニングが不安定なようです。OLEDで新ブランドを立ち上げるか、あるいはAQUOSブランドに組み込むか。液晶とOLEDの立ち位置など、根本的な製品戦略がまだ練り上がっておらず、市場の要求に従っての対応という様が見えます。逆に言うとすごい勢いでの立ち上げで、その点は称賛されるべきでしょう。そういい状況ではありますが、それでもシャープらしい切り口はちゃんとあります。

他社と違うシャープのメリット、それはどこよりも早く8Kをやっていることです。磨いてきた8Kまでのアップコンバート技術をベースに4K OLEDをやればどうかという、なかなか面白い挑戦を同社のテレビは見せてくれています。もちろん4K液晶もあるので、液晶にもこの技術は入れる。OLEDにも与える。という具合です。

ただし液晶とOLEDでは発光特性が違うので、同じエンジンをそのままポン付けというものでは決してありません。バックライト光を透過させる液晶は、平均輝度とピーク輝度をどちらも高められるのに対して、OLEDは平均輝度を上げるとピークが下がる、ピークを上げると平均輝度が下がる、という反比例の関係にあります。こういう関係を活用した、パネル特性に合った制御エンジン「Medalist S1」を、OLEDには入れています。

新開発の4K画像処理エンジン「Medalist S1」

――ほお、CQ1に入っているエンジンは8K液晶の「BW1」と同じ「Medalist」の名前が与えられていますが、CQ1の“S1”とBW1の“Z1”ではそんな違いがあるんですね。

麻倉:絵におけるシャープの特徴は、液晶的な特性を持ったOLED、とでも言いましょうか。一般的に液晶は黒浮きが問題となるため、OLEDでは絵作りとして黒を沈めます。デバイス的に真っ黒が出せることもあり、これがメーカーから見たOLEDのアピールポイントにもなります。

しかしシャープとしては、長年会社を支えてくれた液晶は大事にしたい。と同時に、これからのテレビを担うであろうOLEDもしっかり育てたいという思いがあるのでしょうか、液晶とOLEDを完全な別物で扱うのではなく、OLEDの中に液晶の因子を入れてゆく、という方針を選択しました。

具体的に言うと、中間階調の明るさ、全体的な輝度感などで、強烈な黒の沈み込みによる重い進行ではなく、液晶的な軽やかさ、ギャロップ的な躍動を出しています。別の言い方をすれば、OLEDは黒が沈むローキーで、液晶は白が伸びるハイキーです。業界的に言うと、他社はローキー的なところがOLEDのメリットとして考えられており、それを主軸に据えた絵作りをしていました。対してシャープは液晶的な明るさ、朗らかさ、透明感など、これまでのOLEDとは違う明朗な画調を志向している感じがします。

今回初めてOLEDが入ってきましたが、これは決して“液晶キラー”のOLEDではなく、液晶に出来ないエリアを満たす“補完役”のOLED、というふうに、シャープのラインナップでは見ることができるのです。

――あるいはハイテンションな液晶、深さ重視のOLEDと言えるでしょう。今の話を聞くと、シャープの目指すOLEDの絵は、ヨーロッパよりもアメリカで評価されそうな気がします。それはそれでひとつ、OLEDの大きな可能性なのかもしれません。

画質の好みはあるでしょうが、電卓用のモノクロ時代から大事に育ててきた液晶を敬う同社の姿勢には、個人的に非常にとても好感が持てます。パナソニックにおけるプラズマの様に、液晶で培った様々な技術や思想が同社における画作りの礎となり、そのレガシーがやがてはシャープの画質哲学となって、“シャープの絵”という物語を紡ぐ根幹となる。そんな技術ロマン、画質ロマンを強く期待したいです。

麻倉:なかなか良いこと言うね。伝統という意味においても、今後シャープがOLEDをどう扱うかは注目ですね。ソニー以外の他社は「液晶よりOLED」に重みを置き、OLEDでイメージアップと市場制覇を狙っているのに対して、シャープは2本足をキープしつつ、液晶とOLEDのテイストを同時に出す、のでしょうか。他社のようにOLED至上主義に走ることは、今のシャープからは考えにくいですから、一番近いのはソニー的発想なのかもしれません。エンジンの優秀さを謳い、あらゆるデバイスの最適解を出す。それがシャープとしては良いのではないかと感じます。なぜかと言うと、この手法ならばOLED以外でも対応できるから。

今はたまたまOLEDが脚光を浴びていますが、今後出てくるデバイスを考えると、ミニLED液晶やマイクロLEDテレビ、サムスンのQD-OLEDなど、現状で既に有望なデバイスが多数あり、OLEDが唯一の未来というわけでは決してないのです。それを考えるとむしろ“エンジン・オリエンテッド”の体制を敷き、エンジンの開発を進めることでどんなデバイスでも最適な画質を出す、というところにテレビメーカーとして活きる道があるのではないでしょうか。

シャープが全力投球している8Kにも、近い将来に当然OLED化の波がやってきます。加えて言うならば、精密な陰影表現はよりリアルな立体感を生むので、4K以上に物理的に精細な8Kこそ、黒が沈む/色が深いといったOLEDのメリットがあります。そういう方向を考えると、やはりエンジン・オリエンテッドにメリットがある様に思います。その意味でもシャープの今後はしっかりと注視していきたいです。

――ところで先生、OLEDだけでもの凄い量を語りましたが、まだ全く触れていない8Kはどうしましょう……?

麻倉:事前に想定していた以上に語り過ぎちゃいましたね、これもレビュワーとしての取材欲の現れかもしれません(苦笑)。かと言って内容を削って薄い情報にしてしまうのは勿体無いですから……仕方ない、8Kは次回にじっくり語るとしましょう。というわけで、来月も倍旧でお楽しみに。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透