本田雅一のAVTrends |
~50年前のアニメはいかにして超高画質復活したか~
眠れる森の美女/プラチナ・エディション |
(C)Disney. |
なにしろ、50年前に撮影された映像である。テクニラマによる70mmフォーマットの豊かな情報量あっての事と言えばそれまでだが、新たにコマごとのスキャンをやり直したとはいえ、簡単に高品位な映像を得られるわけではない。
実際、これまでに何度もパッケージ化されてきたが、「眠れる森の美女」が高画質だったことはないと記憶している。それどころかオリジナルの70mmフィルムから作られたソフトはなく、両端が切られ、16:9あるいは4:3になっていた。余談だが、ディズニーの担当者によると、日本ではオリジナルのテクニラマと同じアスペクト比で上映されたことはなく(当時、配給されたフィルムはすでに両端がカットされていた35mmフォーマットだったようだ)、Blu-ray版で本邦初公開となったのだという。
それはともかく、この作品にかけたディズニーの情熱と愛情は相当なものだった。ディズニーのオリジンである古典キャラクターに対する敬愛の情と見ることもできる。
そんな話をディズニースタジオズの幹部としていたところ「うちの修復部門に取材してみないか?」と誘われ、カリフォルニア州バーバンクにあるディズニーホームエンターテイメントの本社を訪れた。
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■ 誰もが驚いた「眠れる森の美女」の画質
“50年”という言葉だけでは、さほど大きな数字には感じられないが、50年前の1959年1月と言えば40代の私は生まれてもいなかった。冒頭でも述べたように、本作品は日本での劇場公開時にもテクニラマでの上映はされておらず、そもそも当時のアニメーション作品として最高水準の映像だった、なんてことは、誰も知らなかった。
ライブアクションの映画で言えば、1959年は名作「ベン・ハー」やビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」といった作品がアカデミー賞を受賞していた。そんな時代の作品を大画面にキレイに映し出すというのは、民生用のBD版はもちろん、劇場公開用に作り直したとしても難しい。
ウォルトディズニースタジオズ・ワールドワイドポストプロダクションの上席副社長Sara Duran-Singer氏 |
ちなみに、この時がテクニラマ、オリジナルサイズで上映された、日本で初めての機会だったという。筆者自身はディズニーアニメの熱烈なファンというわけではないが、しかし、だれも50年前のアニメ映画に画質など期待していない上、当時はまだディーラーにもBD版の画質が劇場上映に匹敵すると知られていなかったため、多くの来場者が驚いていたのを覚えている。
70mmフィルムという大きなフォーマットでのアニメーション撮影は、この作品が最初で最後だったこともあって、ディズニーは相当な熱意をもって、この作品をディズニークラシック初のBD化作品として選んだのである。
どのようにしてBD版「眠れる森の美女」が生まれたのか。そして、今後、どのような作品で、これまでに培った修復技術を活かしていくのか、といった点について、ウォルトディズニースタジオズ・ワールドワイドポストプロダクションの上席副社長Sara Duran-Singer氏に尋ねてみた。
眠れる森の美女は、オリジナルネガを発掘して2.55:1のアスペクト比で制作が可能になった。同時にデジタルシネマ用のマスターも制作している | |
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■ セルアニメ用に作られた修復プロセス
ディズニーにとって、もっとも重要な資産は何かというと、それは何にも増して、世界中で愛されているキャラクターそのものだ。特にディズニークラシックと言われる、ウォルト自身が生み出した映像から生まれたキャラクターたちは、他のどんなキャラクターも敵わないブランド力を発揮している。
今世紀に入って、そのディズニークラシックを最新技術で復刻させようというプロジェクトが発足した。それがDuran-Singer氏の率いるレストレーション(修復)部門だった。最初の作品は2005年に発売されたDVD版「バンビ」だった。
レストレーション技術は、もちろんそれ以前から様々なところで活用されていた。DVDが空前の速度で普及したことで、過去のカタログタイトルから名作が拾い出され、コストを十分にかけてゴミやキズの修復、色の補正など、様々なデジタル処理を施してパッケージ化するノウハウが急速に溜まっていった。2000年以降、デジタル修復版のDVDを買ったことがあるというAVファンは少なくないはずだ。
特に高品位な修復を行なうとして評判だったのが、ローリー・デジタルという会社。実はこのローリー・デジタルにも2007年1月に取材したことがあったのだが、当時、500台以上のPowerMac G5を並べ、オリジナルで開発した修復フィルタの演算をさせるという凄まじい体制で作業をしていた。
ただしローリー・デジタルが修復を行なっていたのは、主にライブアクション、つまり実写映画が中心だった。たとえばしばらく前にリマスター版のDVDセットが発売され、最近はBD版も発売されている007シリーズや、DVD版のスターウォーズ初期3部作などがローリー・デジタルの修復によるものだ。そうしたライブアクションでの修復技術をディズニーが認め、ディズニーと共同で旧作アニメーションの修復を開始。その成果として生まれたのがバンビだったのである。
Duran-Singer氏によると、セルアニメーション作品とライブアクション作品では、レストレーションといっても、フィルタの設計や修復のアプローチが全く異なるのだという。「ライブアクションと同じように修復を試みました。確かにキレイにはなりますが、違和感が残りました。線画とベタ塗りのペイントで構成される部分が多いセルアニメーションでは、ライブアクション用の修復ノウハウが通用しないと判断しました」
そこでディズニー自身の考え方をローリー・デジタルにも導入してもらい、修復のアプローチを変えてセルアニメーション専用の修復プロセスを完成させたのだという。
■ 当時の絵の具の色を復元する
従来はリリースプリントと言われる、劇場公開用に編集されたポジフィルムからテレシネを行なってビデオソースを作っていたが、新しいプロセスではオリジナルのネガフィルムを探し出し、4K2Kの解像度でコマごとをスキャン。リリースプリントで使われたコマをつなぎ合わせて修復前のマスターを作った。加えてスキャンは一度にカラースキャンするのではなく、RGBごとに計3回スキャンしている。
ポジフィルムはCMYの減色系による色表現だが、ネガはRGBの加色系による色表現になる。このことを意識し、撮影に使われたフィルムの特性に合わせてスキャンに取り出す光の波長をチューニングして、RGB独立したデジタルデータにする。
RGB要素は、それぞれ経年変化の異なる劣化特性があるため、個々に独立したトーンカーブやゲインの調整を行なったあと、ネガ/ポジ反転処理をかけてCMYのカラー画像を得る。かなり工程数は多くなるが、このようにすることで、オリジナルのフィルムが持っていた色調を、かなり高い精度で復元できるようになったという。特にアニメーションの場合は、ペイント時に使われた絵の具の色を復元することが重要になるため、丁寧な処理が行なわれている。
オリジナルネガからRGBでスキャンした後、それぞれにフィルム劣化に応じた適切な処理を施した後、ネガポジ反転してCMY画像とし、最後に三つの映像を合成することで色を復元させている | |
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眠れる森の美女の場合、7.62マイルに及ぶオリジナルのネガフィルムが保管されていたため「画角もテクニラマのオリジナルになった上、シネスコに比べて圧倒的に多くの情報が含まれていました。何から何まで素晴らしい。私たちはこのことに興奮して、6カ月の時間をかけてゴミやキズの修復を行なったのです」とDuran-Singer氏。
同氏によると、詳細は秘密とのことだが、キズやゴミ、あるいはフィルムの汚れや染みに対する修復のアプローチも、ライブアクションとはかなり異なるそうだ。セルアニメーションで使われた1枚1枚の手書きのセルや背景は、すべて筆で描かれている。そこで筆の筆致を意識して、手書きの風合いを失わないよう、人間が絵を描くプロセスを真似て修復を行なうフィルタを開発した。
■ 修復技術は他の作品にも続々と活用
オーディオの修復も徹底して行い、高品位なサラウンド音声へと割り付け直した |
このように徹底したこだわりで生み出されたBD版「眠れる森の美女」だが、もちろん、この後に続く作品もすでに発売に向けた準備が進められている。まずはBD版の日本で5月20日に発売される「ピノキオ プラチナ・エディション」(4,935円)である。
ピノキオ プラチナ・エディション |
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こちらはスタンダードフォーマット(4:3)で、フィルムサイズも小さくなるため、眠れる森の美女ほどの迫力や圧倒的情報量ではないが、しかし修復のレベルは凄まじいと言いたくなるほど高い。予備知識無しでBD版を見たら、誰も71年前などとは思いもしないだろう。
Duran-Singer氏は音声に関しても、「一部、オリジナルの音声録音トラックが失われていたのですが、そちらはサウンドトラックから修復しました。おそらくほとんどの方が、どの部分がサウンドトラックからの修復なのか気付かないでしょう。修復の技術は経験を重ねるごとに進歩しています」と自信満々だ。
ピノキオは眠れる森の美女よりさらに古い作品。こちらも保存状態は良好で、古さを感じさせないものに仕上がったと話す |
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こうした徹底した修復が可能なのも、オリジナルネガや録音テープが残っているからこそであり、ディズニーの資産管理の徹底ぶりや修復にかける予算の多さに驚かされる。だが、それだけでここまでの徹底した仕事はできない。何よりディズニーの自社作品に対する情熱と愛情を感じるのだ。
日本の古いセルアニメーションは16mmフィルムが多いと聞いているが、中には劇場公開用に35mmで撮影されたものもある。これらも同様のプロセスを経れば、最新のBD映像として復活させることができるという感触も同時に持った。