本田雅一のAVTrends

第193回

パナソニック有機EL“自社設計”パネルの独自構造とは? GZ2000高画質の理由

パナソニックが7月19日に発売する有機EL(OLED)テレビの新ラインナップは、昨年の2シリーズ構成から3シリーズへ拡大。いずれのモデルも同じ映像エンジン、信号処理が採用されており、今年から追加されたDolby Vision、Netflix画質モードの搭載に加え、AI技術を用いたHDRリマスター(SDRコンテンツのHDR復元処理)、より進化したカラー処理(ヘキサクロマドライブ プラス)など、数多くの機能面で注目ポイントがある。

有機EL VIERA最上位「GZ2000」シリーズの65型「TH-65GZ2000」

その中で画質面で最大のポイントは、GZ2000シリーズの「自社設計・製造 有機EL」という表現だ。しかし、この言葉は“LGディスプレイ製以外の有機ELパネルの採用”を意味しているわけではない。

パナソニックはLGから有機ELパネルを完成品ではなく“セル”の状態で調達し、自社工場内で組み立て、さらにパネルの独自制御を昨年よりも追い込むことで、高輝度かつ安定した階調表現を実現しているという。

しかし、OLEDセルを自社で組み立てることで高画質になる……という点に疑問を抱く読者もいることだろう。なぜ自社工場内で組み立てると、同じOLEDセルよりも高画質になるのだろうか?

新開発の「Dynamicハイコントラスト有機ELディスプレイ」を採用

パネルの実力を“健やかに”かつ“最大限に”引き出す2つのアプローチ

パナソニックは2つのアプローチで、GZ2000の高画質化に取り組んだ。

ひとつはパネル制御への積極的な関与だ。

以前、この連載で「有機ELの画質とパネル制御」の違いが、各社の画質差を生んでいるという話を紹介した。LGディスプレイ製のテレビ用有機ELパネルは、パネルとパネルを駆動するドライバ部、ドライバを制御するタイミングコントローラ部(T-CON)があり、それぞれ不可分な関係になっている。

しかし、T-CONはパネルの保護・信頼性確保のために画像処理も行なっている。表示する映像の分析と分析結果を反映した映像処理が、有機ELパネルの画質を大きく左右することは、以前のコラムでお伝えした通りだ。

そしてその映像処理を各メーカーの映像処理エンジンで置き換えることで、かなりコンサバティブかつシンプルに動作する標準T-CONよりも積極的にパネルの能力を引き出そうとするため、同じパネルを使っていてもメーカー間で画質差が生まれるわけだ。

ソニーがX1 Ultimate搭載有機ELテレビに「Pixel Contrast Booster」という機能を搭載しているが、その内容はパネル全体の消費電流制限や、映像全体の映像分析などから、局所コントラストが最大に見えるよう処理することで、有機ELパネルの制約内で可能な限りディテールが深く、“コントラスト感”を引き出した映像にする独自技術のことを指している。

別のテレビメーカーによると、LGディスプレイは以前からこうした機能解放をメーカーごと、個別に行なってきたが、今年はその範囲を拡大したという情報もある。いずれにしろ、パナソニックは新しい映像エンジンを搭載するにあたって、素材解像度に応じて適応的に復元する超解像やAI応用のHDR復元などに加え、有機ELパネルの能力を引き出す部分でかなり大きな手を加えているという。

しかし映像エンジンでのこうした処理は「様々な制約条件の中でテレビ用有機ELパネルを性能を引き出す」ものであり、メーカーごとの画質差・特徴を出してはいるものの、パネルそのものの性能を高めているわけではない。

そこでパナソニックがGZ2000で取ったアプローチが、自社設計による構造でのパネル組み立てということだ。具体的にはパネル全体の放熱を均一に行なえるよう機構設計した上で、パネルドライバ部分の制御にまで関与することで有機ELパネルの輝度(ピークだけでなくパネル全体の発光量)に余力を作るというもの。

ここで得た余力を含め、映像エンジンと組み合わせて余力分も含めたパネル性能を“より多く引き出す”ことでトータルの画質を上げた。

GZ2000の「Dynamicハイコントラスト有機ELディスプレイ」の効果説明イメージ

2018年モデル比で3割向上した明るさ

有機ELテレビの場合、パネル全体に真っ白を表示するとピーク輝度が下がる。これはプラズマテレビなどにもあった制約だが、全体の消費電流量による制約だ。有機ELを駆動するドライバ部の制約や有機ELパネルの信頼性・寿命などに余力を持たすために行なわれているが、放熱設計によって引き出せる範囲は変わるという。

パナソニックはこれまでも、明るい部分の面積が大きくなる際、局所的に温度が上がるなどの温度ムラが起きないようにするなどの工夫で、2018年モデルでも他社よりも明るい映像を引き出していたという。

しかし2019年モデルでは、業界トップの明るさを誇っていたFZ950/FZ1000と比較しても3割の輝度向上を実現した。

OLEDセルのまま購入し、熱伝導性シートを介して放熱性が高い軽金属パネルを接着・組み立て。こうすることで従来より明るい映像を出してもパネルの温度が上がりにくく、結果的に同じ有機ELパネルであっても“実力値としてのダイナミックレンジ”を拡大できる。

ただし単に放熱を改善しただけで画質が上がるわけではない。

詳細は答えられないとのことだが、パネルメーカーと協業しながら、パネルドライバの制御にもパナソニック独自の要素を盛り込んでもらい、全画面白はもちろん、さまざまなシーンでパネル性能をいっぱいまで引き出せるようになっているという。

そして、この独自構造+独自駆動で得られる性能・条件をもとに、それを引き出すための映像処理を行なっている。GZ1800/GZ1000シリーズでも、GZ2000シリーズと同じ映像エンジンは採用されているが、こうしたパネルレベルでの追い込みが異なることで高画質を得ている。

肌の豊かな質感や発色、暗部の滑らかな階調性にも注目

さて実際の画質だが、ここで紹介した“パネルそのものとその駆動に直接アプローチ”した結果で言えば、もちろん高輝度部がより伸びやかに表示でき、全体に明るい映像……たとえば雪山や白い砂浜の遺贈などでは、とりわけ立体的でディテールの深い映像を見せる。

これだけでも充分に大きな進化を確認できるが、筆者が驚いたのはHDR映像コンテンツにおける肌の表現だ。より深い色合いと細かな質感描写で、明るくライティングされた肌が平板にならず、質感、色彩ともに極めて豊かに再現できていたのだ。

“その理由”を探ってみることに意味があるかどうかはわからないが、全体の輝度が向上することで“白画素”(LGディスプレイの有機ELテレビはRGBW構成で明るい画素ではWが光り、色再現域が狭まる)が活躍する領域が狭まる。こうしたことも影響しているのだろうか。

また今年モデルのパネルは、いずれも低輝度部の階調表現が豊かになり、昨年モデルよりも滑らかな階調を引きだせるようになっている。これはパナソニックだけではなく、他社も含めて改善されている部分だが、映像エンジンの改良なども加わって、極めてクリアで伸びやかな映像だ。

一般の放送コンテンツなどではAI HDRリマスターの効果も確認できたが、こちらはより時間をかけて他社とも比べてみたいところだ。最終段階の製品をチェックはしたものの、短時間での視聴では細かな同世代モデルとの比較はできていない。

しかし、独自にOLEDセルを組み立てる設備を国内で揃えるという、思い切った決断をした成果は確実に出ており、その部分での差は明白に感じられたことはお伝えしておきたい。

イネーブルドスピーカー追加で立体音響も

最後に音質についても簡単に触れておきたい。

昨年モデルのFZ1000シリーズ相当の価格帯になるというGZ2000シリーズには、引き続きテクニクス(Technics)の開発チームがチューニングしたスピーカーシステムが搭載されている。

今年は3ウェイの3.2チャンネルシステムで、センタースピーカーと2つのサブウーファーを組み込むなどさらに豪華な構成になっているが、注目したいのは上向きに2つの指向性スピーカーを組み込み、天井反射を用いたサラウンド音場を実現していることだ。

GZ2000のオーディオシステム模型

今年は各社がテレビにDolby Atmosを組み込んでいるが、テレビ用Dolby Atmosは多チャンネル音声によるイマーシブオーディオではなく、仮想サラウンドによる表現(音響処理)だ。

テレビの真ん中正面に座ると、その効果は仮想サラウンドとはいえなかなかの質感なのだが、GZ2000ではセンタースピーカーを搭載することでオフセンターでのセリフ定位が安定するほか、イネーブルドスピーカーとの組み合わせでセリフ位置を上に引き上げる処理も行なわれている。

実際にはメインのスピーカーシステムとイネーブルドスピーカーの再生帯域が異なるため、思い切って上に上げるのではなく真ん中より少し下に定位するのだが、それでも映像を観ながらであれば充分なリフトアップ効果を感じられるはずだ。

また、イネーブルドスピーカーの活用で、仮想サラウンドの表現力はさらに高まり、音場もより大きくなる。店頭でこの効果を確認できるかどうかはやや気がかりだが、独自設計パネルに加え、スピーカーシステムにおいてもパナソニックは思い切った決断をしたようだ。

中央背面にイネーブルドスピーカーを搭載

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。