本田雅一のAVTrends

IFA総集編:クラウド時代の商品価値を模索する電機メーカー




 昨年に比べ展示面積が11%拡大し、出展社が1,441社を数えた今年のIFA。すでにベルリンの展示会場はすべてのフロアを使い切り、これ以上の規模拡大が難しくなってきているという。家電に関連したトレードショウとしてはもともと大きなイベントではあったが、まさに世界最大級と言うにふさわしい規模だ。


■ 商品の価値とは何かを模索する電機メーカー

 今年はパソコン関連でインテルが提唱するUltrabookの第1世代製品が出展され、薄型、軽量、長時間駆動、高速起動、高速レジュームなどUltrabookが持つ特徴を持つ製品が、1,000ユーロを下回る金額で発表された。Ultrabookが持つ特徴の多くはMacbook Airから拝借したコンセプトではあるが、次世代Windowsを待たずしてWindows 7の世代でもインスタント・オンに近い体験が得られるようになる。

 タブレット端末に関しても、もとより投入が予告されていたSony Tabletはもちろん、東芝REGZAタブレットAT200、サムスンGalaxy tab 7.7、Galaxy Noteなど多くの商品が展示された。タブレット市場は、まだiPad以外は“大ヒット中”とは言えない状況だが、多くのメーカーが参入していることを考えると、いずれこのカテゴリが定着することは間違いないだろう。

Sony Tablet SAT200Galaxy Note

 Android採用のタブレット端末が、まだ普及段階にないのではと質問された東芝デジタルプロダクツ&サービス社 社長の大角氏が「タブレットは用途ごとに、異なるサイズ、異なる機能、特徴を持つ多様な端末になっていくのでは」と話したように、スマートフォン程度のサイズから13インチ程度まで、使われる場面に応じて使い分けるような製品になるのかもしれない。

 今は目新しいスマートフォンやタブレット端末だが、早晩、低価格化や細分化が進んでいくと思うからだ。いや、これは筆者が”思う”だけでなく、多くの電機メーカーも予想していることだろう。

 スマートフォンやタブレット端末の世界では、端末に個人IDとパスワードを登録すれば、クラウドから自分の使っているアプリケーションやデータ、コンテンツが自動的に降り注いでくる。今は完全ではないかもしれないが、近い将来、こうした”スレート型”端末は、個人認証さえ取っておけば、その場に応じて異なる末を開いても、まったく同じアプリケーションとデータが利用可能になるだろう。

 たとえば情報端末を紛失したら、端末の無効化をインターネットか電話で指示し、近所のコンビニやスーパーで50ドル程度の低価格端末を購入。IDとパスワードを入れれば、紛失した端末に入っていたアプリケーション、各種設定、データ、コンテンツ(実際にはクラウドの中にある)で端末の中が埋められていき、途切れることなく情報を扱える。

 あるいは会社のPCで作成していた書類を帰宅途中のスマートフォンでレビューし、リビングに置いてあるタブレットで作業を継続。スマートフォンとタブレットの両方で入力していたレビュー結果をメールで送信する。

 そんなシームレスな端末の連携が当たり前になるはずだ。もちろん、AV機器で使うエンターテイメント系のコンテンツについても同じことだ。ハードウェアやメーカー独自の実装による機能、性能改善は、ユーザーインターフェイスやアプリケーション、OS自身が成熟することで平準化していくだろう。ハードウェア性能による差異化も、どこまで有意であり続けるかは未知数だ。

 そうなれば、高性能な500ドルの端末とコンビニで買える50ドル端末の差は、いったい何になるのだろうか。両者の機能の多くがクラウドの中で提供されようになれば、50ドル端末は(性能はともかく)機能面において、遜色ないものになる。

 IFA直前にはサムスン副会長のチェ・ジソン氏が、ハードウェアメーカーとしての厳しい立ち位置について語ったとされる複数の報道があった。このニュースはIFAが開催されたドイツ・ベルリンにも伝わっていたが、ハードウェアの改良や実装の工夫を行なっても、ハードウェアとソフトウェア、サービスを縫い合わせ、見事にひとつの作品として見えるよう統合しなければ、ユーザーに高い価値を届けることができないのが、スマートフォン、タブレット端末の時代でもある。

 3つの要素をすべて1社でまかなっているアップルは別格としても、Androidに内包されているアプリケーションのいくつかは、Google自身のサービスと直結している。さらにアプリケーション、音楽、映像などの流通は、Google自身が仕切っていくことになるだろう。アプリケーション、サービス、コンテンツなどをコントロールできないならば、機器メーカーには、差異化要素が少なく価格競争の激しいハードウェアしか残らない。


■ アプリケーション、コンテンツがクラウドに溶ける中での電機メーカー

Sony TabletとSENを発表するソニー平井副社長

 アプリケーションやコンテンツがクラウドの中に溶けていき、ハードウェアは、クラウドの中を覗き見るようになるのか。思えばアップルはうまくやったもので、当初はハードウェアを売るために作ったデジタル配信の仕組みが、もともとバランスよくハードウェア+ソフトウェアを組み合わせていた同社製品に、サービスを自然に統合させるきっかけを作った。

 ハードウェアメーカーが採りうる策のひとつは、クラウドを通じたコンテンツ流通の世界に、自らすすんで取り組んでいくことだ。最初に手をつけたのはソニーだ。キュリオシティ改めソニー・エンターテイメント・ネットワーク(SEN)が、その役割の中心を担う。

 SENの中には映像や音楽だけでなく、異なるハードウェアプラットフォームでも、共通のゲーム(あるいは旧作のプレイステーション用ゲーム)を楽しめるPlayStation Suiteなども含まれる。これで家庭で個人が扱うデータタイプの大多数に対応し、ひとつのIDであらゆるコンテンツの手が届くようになっていれば、なるほどと納得したことだろう。しかしIFAの発表内容を確認してみたところ、欧州でもひとつのIDであらゆるコンテンツに……といった実装にはなっていないようだ。日本でも事情は同じである。

 SENの元になるコンセプトは2009年に生まれており、さらに言えば2000~2003年にはインターネット側のサーバに置かれたコンテンツを活用し、あらゆるデジタル家電の橋渡しをさせるコンセプトがソニー内で検討されていたこともある。そんな事情を考えれば、動きがあまりにも遅い。

Qriocityからソニー・エンターテイメント・ネットワークにAndroidウォークマンも

 2011年の今日、すでにAmazonやGoogleがアップルに加えて、この世界に入り込もうとしている。AmazonやGoogleがソニーより優れた機器を作ることはないかもしれないが、コンテンツの販売ではAmazon、より多くの端末への影響力という面ではGoogleが優位だ。これからの2~3年で、様々な企業の立ち位置は大きく変わっていくのだろう。

 コンシューマエレクトロニクスの会社として生き残るために、ハードウェアだけでなくコンテンツの流通に着目した点は前向きに評価したいが、現時点でソニーの挑戦がうまくいくかどうかはわからない。

 しかし、早急にアプリケーション、サービス、コンテンツをハードウェアと一体化させるよう改良をしなければ、せっかくのクラウドへの投資効果も薄れてしまう。Sony Tabletがまだ出荷されていないうちに叱咤というのも気が利かないかもしれないが、せっかくハードウェアの出来や独自開発によるサクサク度で優位にあるうちに、サクサクっとSENの世界を本来の理想に近づけなければ、せっかくの努力が無駄になるかもしれない。

東芝大角氏は開幕基調講演で社会インフラとクラウドサービスの連携を訴求

 そんな中で興味深く見たのが、東芝のBEMS(Building Energy Management System)とデジタル家電を融合し、エンターテイメントコンテンツのクラウド化だけでなく、理想的なHEMS(Home Energy Management Sysytem)を目指すというコンセプトだ。東芝は自社が提供するテレビ向けのサービスポータル「TOSHIBA PLACE」に、エネルギー関連のアイコンを追加し、クラウドを通じて電力関連の情報共有や自家発電設備や売電、蓄電などの管理を行なったり、人の動きに合わせた自動節電サービスなどを提供していくビジョンを明らかにした。

 ソニーがデジタルエンターテイメントなら、東芝は社会インフラの技術やノウハウを取り入れようというわけだ。同様の取り組みはパナソニックも、家庭向け電気設備を通じて提供しようと考えているという。

 変革期の今、はっきりとした答えはまだない。しかし、すべての電機メーカーが、クラウドとハードウェアを上手に組み合わせ、連動させ、新たな価値や提案、自社の強みを生かせる方法を模索しなければならなくなるだろう。

 本誌レポートにあるように、多くの素晴らしい製品が展示されたIFA 2011だったが、もう一方で時代の変節点にありがちな閉塞感や行き詰まり感もある。しかし、それもいつかきた道。どこかにブレークスルーはあるはずだ。

(2011年 9月 8日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]