大河原克行のデジタル家電 -最前線-

シャープの中国市場における液晶テレビ戦略を読み解く

~2011年以降の本格需要を狙った一手とは~


シャープ亀山工場の模型。左側が亀山第1工場、右側が亀山第2工場

 シャープが8月31日に、液晶パネル事業に関する中国企業との協業を発表した。この発表リリースのなかには、3つの案件が含まれており、それぞれの対象となる企業が異なっている。

 シャープは、この案件に関しては、国内で会見を行わなかったため、一部には誤解を招くような形で記事になっているものもある。そこで、改めてシャープの中国における液晶パネル事業における現在のスタンスをまとめておきたい。

 まず前提として理解しておかなくてはならないのは、今回のリリースのなかでは、3つの中国企業の名前が出ていることだ。

 ひとつは、中国電子信息産業集団有限公司、略称でCECと呼ばれる。国務院国有資産監督管理委員会が直轄する中国最大級の電子情報通信企業集団であり、数多くの子会社を抱える。

 そして、2番目には、CECの子会社である南京中電熊猫信息産業集団有限公司。略称は、CECパンダとなる。CECが70%を出資し、江蘇省および南京市が各15%を出資。南京でシャープが稼働させているテレビの組立工場も、当初はCECパンダとの合弁で、ブラウン管テレビの組立からスタート。現在は、シャープが100%出資し、薄型テレビの組立を主力に行なっている。実は、この会社はリリース上には名前が出てくるものの、今回の協業には直接的な関係がない。主語をCECパンダとした報道は、この時点で理解が間違っていることになる。

 そして、最後に、CECパンダの子会社となる南京中電熊猫液晶顕示科技有限公司。南京市も出資して、新たに設立された会社であり、CECから見ると孫会社ということになる。

 


 

■ シャープが、技術支援やノウハウ提供も同時に行なう

シャープ亀山第1工場

 まず、今回発表したのは、南京市が推進している液晶パネル生産プロジェクトをシャープが受注し、その具体的な案件として、CECパンダの子会社となる南京中電熊猫液晶顕示科技有限公司に、シャープの第6世代液晶パネル生産設備を売却するというものだ。

 これは端的にいえば、亀山第1工場の液晶パネル生産設備を、南京中電熊猫液晶顕示科技有限公司に売却し、その施設を南京市にまるごとに移設し、そこで液晶パネルおよび液晶モジュールの生産を行なうというものだ。

 亀山第1工場は、今年1月に稼働を停止したものの、現時点でも施設はまだ残っている。南京では、2009年11月から新工場を着工。2011年3月までに稼動し、稼動当初は月6万枚、フル生産時には月8万枚の生産能力を持つことになる。

 ここではシャープが、技術支援やノウハウ提供も同時に行なうことになるのも大きなポイントだ。これにより、「日本品質」のパネル生産が維持できるようになるからだ。施設の売却金額については非公表だが、イタリアのエネル社など計画している薄膜太陽電池の生産工場については、工場設備を合弁で作るのではなく、生産技術などを提供する新たな「プラントを利用したエンジニアリングモデル」という手法に踏み出しているだけに、今回の売却費用のなかには、こうした技術支援、ノウハウ提供費用も含まれている可能性が高い。

 設備だけでは品質が維持できないため、技術支援は必要不可欠な要素。シャープは、この部分まで含めて売却するというわけだ。だが、ここで生産されたパネルの一定量をシャープが買い取るという条件は含まれていないようだ。つまり買い取り責任はない形での契約となる。

第10世代マザーガラス

 とはいえ、シャープが確立した日本品質の液晶パネルが中国で生産されるわけで、ここからパネルを調達して、南京市内のテレビ組立工場で製品化すれば、物流コストの削減や為替リスクがなくなり、これまで以上に競争力のある液晶テレビを中国市場に投入できるようになるだろう。

 もちろん、パネルサイズやタイミングによっては、コスト効率が高い第10世代の堺工場からパネルを調達した方が得策と判断できる場合もあるはずだ。いずれにしろ、中国市場の動向を踏まえながら、パネルの調達先を選択できる体制が、シャープには整ったといえる。

 なお、亀山第1工場の跡地の活用方法については、シャープは明らかにしていない。今年10月から稼働する第10世代パネル生産の堺工場には、テレビの組立ラインが併設されていないため、亀山に設置されているテレビ組立ラインの拡張に、このスペースを使うこともできよう。また、シャープが研究開発を進めている有機ELの生産ラインを設置するという使い方も可能だろう。

 ちなみに、シャープとしては、今年8月からは亀山第2工場の生産能力を強化。10月に稼働する堺工場の生産能力を加えれば、亀山第1工場の停止分を補ってあまりある生産規模を確保できる。

 


 

■ 第8世代の液晶パネル工場を新たに南京市内に作る

 2つめの案件は、シヤープとCEC、南京市が、第8世代の液晶パネル生産の合弁事業について、協議を進めることで合意したという内容だ。これは、あくまでも合弁事業について協議を開始するといった段階であり、まだ具体的なものはない。

 シャープは、今年7月に、ソニーと堺工場の液晶パネル生産の合弁会社設立で、正式な契約を行なったが、この協業スキームに当てはめれば、2008年2月に、シャープの片山幹雄社長と、当時のソニーの中鉢良治社長が会見した際の「合弁会社設立に合意した」という段階の話であり、その後の紆余曲折からもわかるように、正式契約まではまだ道のりは長い。

 親会社であるCECとの契約ということもわかるように、CEC傘下のどの会社との合弁になるかも現時点では明らかではない。ただ、この合意には、南京市が絡んでいるように、南京市の液晶パネル生産プロジェクトとの関連性が大きい。南京市としても、第6世代の生産設備よりも、当然、第8世代の生産設備を誘致する方に興味を持っているからだ。

 しかし、第6世代の液晶パネル生産設備の売却契約と異なるのは、第8世代の亀山第2工場の施設を売却するものではないということだ。亀山第2工場は、日本市場向けの「地産地消モデル」の生産拠点となり、継続的に液晶パネルおよび液晶モジュールが生産される。

 つまり、この合弁では、第8世代の液晶パネル工場を新たに南京市内に作るというのが基本となる。その際に、シャープがどういった形で参画するのかは現時点では未定だ。新工場の建設に直接関わるといった形のほかに、ライセンスモデルといった選択肢も出てくることになるだろう。

 


 

■ 2011年以降の本格需要を狙った一手

 そして、3つめの案件は、液晶パネルから液晶テレビに至る設計開発を行なう「液晶設計開発センター」を、2010年4月に、南京市に設立するというものだ。これはシャープの100%出資会社であり、直接的には今回の中国企業の企業とは関係がないように見えるが、第6世代施設を売却する南京中電熊猫液晶顕示科技有限公司への技術提供という観点でも役割を果たすことになる。

 主たる目的は、中国市場向けの液晶パネル、液晶モジュール、液晶テレビに関する設計開発であり、今後普及が見込まれる農村部を意識した製品づくりも行なわれることになる。

 実は、今回のリリースのなかで、「この度の液晶パネル生産、開発センターの設立により、中国において設計開発、液晶パネルおよびモジュールの生産、そして液晶テレビの組み立てまでを行う垂直統合体制を構築します。これに伴い、関連企業の進出が進み、『南京市クリスタルバレー』が構築されることを期待しています」という一文がある。

 これを素直に受け取ると、シャープは南京市に、製品開発から液晶パネル生産、テレビ組立、関連企業までを配備し、まるで亀山で実現した三重県クリスタルバレー構想と同じものを、南京市に移管するような様子にも見える。

 だがシャープでは、「現時点では、そうした計画について言及できる段階にない」とする。ではここでいう垂直統合体制とはなにか?

 シャープでは、「売却する第6世代の生産設備は、技術移転も同時に行なうことで、シャープがこれまで作ってきた液晶パネルの品質を維持できると考えている。これを活用するということは技術的には垂直統合型のモデルとなる。また、第8世代の液晶パネル生産の合弁については、仮に計画通りに進めば、垂直統合という形が実現することになる」とやや歯切れが悪い。

 いずれにしろ、液晶テレビ事業において、垂直統合モデルを中国で推進するという姿勢は、このリリースから明白ではある。そして、それは液晶パネル生産は国内に限定するという方針からの転換に向けた第一歩と受け取っていい。

 第6世代の液晶パネル生産工場は、2011年からの稼働とやや時間がかかるように推測される。また、第8世代の合弁会社の動きもこの調子だと、稼働は2011年以降となりそうだ。ところが、中国市場においては、2011年以降も引き続き旺盛な需要が期待されている。

 日本においては、地上アナログ放送の完全停波が2011年に予定されていること、2010年度も冬季オリンピック、サッカーワードカップが予定されていること、エコポイント制度の影響もあり、テレビの買い換え需要はいよいよピークを迎えようとしている。だが、中国では2011年以降も中間所得層への薄型テレビの需要拡大、農村部への広がりなどが期待できるのだ。なかには、むしろ2011年以降に需要のピークを迎えるのではないかとの見方がある。

 今回のシャープの中国企業との協業、そして、開発センターの設置は、2011年以降の本格需要を狙った一手であるのは明らかだ。

(2009年 9月 11日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、月刊ビジネスアスキー(アスキー・メディアワークス)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器変革への挑戦」(宝島社)など