大河原克行のデジタル家電 -最前線-

ウォークマンのシェア50%獲得へのソニーの切り札とは?

~若い世代にこそ「いい音質」を知ってもらいたい~


ソニーマーケティング 栗田伸樹社長

 「年末商戦において、ウォークマンで50%以上のシェアを獲得する」。ソニーマーケティングの栗田伸樹社長は、ソニーの特約店を対象に開催した「ディーラーコンベンション2010」の会場において、こう宣言した。

 そのほかにも、薄型テレビでのシェア20%以上、デジカメおよびビデオカメラをあわせたカメラ総合シェアで30%以上、Blu-rayレコーダで30%以上、PC(VAIO)で15%以上というシェア目標も同時に掲げた。通期では、3Dテレビで50%以上のシェア獲得を目指すという計画もあわせて打ち出した。

 3Dテレビでシェア50%という目標は、あとから3D機能を追加できる「3Dレディ」モデルを国内メーカーで唯一投入。これが好調な売れ行きを見せているだけに、3Dレディモデルを加算するだけですでにシェアは50%を突破。最も達成しやすい数値ともいえるだろう。

 また、カメラ総合シェアではハンディカムの圧倒的な強みと、NEXによるミラーレスシリーズの好調ぶりなどが追い風となり、これも十分狙える距離。Blu-rayレコーダも目標到達点はそれほど遠くはない。

 一方で、大きな壁が立ちはだかっているのが、VAIOで打ち出した15%以上のシェア獲得と、ウォークマンでの50%以上のシェア獲得ということになろう。特にウォークマンは、アップルのiPodと2分される市場だけに、まさに「アップル越え」を狙うものとなる。


2010年度年末商戦シェア目標
ウォークマンはシェア50%を目指す

9月15日、ソニーはウォークマンの新製品として3シリーズ12機種を発表
 BCNの調べによると、2010年8月における携帯オーディオプレーヤーの市場シェアは、ソニーが47.8%となり、アップルの44.0%を上回った。ソニーが、この分野において、単月でトップシェアとなったのは、BCNが調査を開始して以来初めてのことだ。

 だが、ここではアップルのiPodが新製品への切り替え直前であったことや、iPhoneに需要の一部が流れている影響といった要因が指摘されている。だがその一方で、ソニーも新製品発売前であるという点では同じ条件だったこと、1万円以下の低価格モデルではソニーの人気が圧倒的であるといった要素も見逃せない。

 9月15日、ソニーはウォークマンの新製品として、3シリーズ12機種を発表。ソニーは、これによって50%以上のシェア獲得を狙いに行くことになる。

 「相手がいないところでトップになって満足しているわけにはいかない」。ソニーマーケティング コンスーマーAVマーケティング部門パーソナルAVマーケティング部の中牟田寿嗣統括部長は、両社の新製品が出揃ったこれからが本番であるとして、真っ向勝負を挑む。


■ 若年層にいかに取り込むか

ソニーマーケティング コンスーマーAVマーケティング部門パーソナルAVマーケティング部 中牟田寿嗣統括部長

 シェア50%獲得の切り札はなにか。それは、ひとことでいえば、若年層の取り込みである。そして、そこに向けた戦略的製品が、新Sシリーズの「S750」、および専用スピーカー付属の「S750K」となる。

 上位モデルにしか搭載していなかったデジタルノイズキャンセリング機能をSシリーズ全モデルに搭載したこと、さらに通常使用で従来モデル比20%増となる約50時間の連続再生を可能とするといったスタミナの強化も図っている。


戦略的製品の「S750」、専用スピーカー付属の「S750K」
 そして最大の特徴は、音楽の進行にあわせて歌詞を自動的にスクロール表示する歌詞表示機能「歌詞ピタ」を引き続き搭載。新たに同機能にカラオケモードを追加したことにある。

 カラオケモードでは、演奏部分の音量を維持したまま、ボーカル部分の音量のみを抑えることができるもので、カラオケを手軽に楽しむことができる。また、キーコントロール機能では音楽再生スピードを変えることなく、音楽のキーを高低それぞれ6段階まで調節できるため、歌いやすい音程にあわせることができる。

 実は、この機能は若い世代に受けている。ソニーによると、昨年発売したウォークマンSシリーズ購入者のうち、購入重視ポイントとして歌詞表示機能をあげた人は21.3%。これを10代だけに絞り込んでみると32.4%と一気に比率が跳ね上がっている。

 「歌詞ピタ機能は、日本の若い世代に受け入れられている機能であり、これを切り札に10代への浸透を図りたい」と、ソニーマーケティングの中牟田統括部長は語る。

 Sシリーズのターゲットを、高校生や中学生といった10代の新規ユーザー、20代の買い換えユーザーとしているのも、ウォークマン独自の歌詞ピタ機能が、この世代に評価されているからだ。そして、歌詞ピタ機能が、語学学習のツールとして活用できるという点で重宝されているとの声もある。


■ 若い世代にこそ「いい音質」を知ってもらいたい

S750

 さらに、「この若い世代の人たちにこそ、音質の良さを知ってもらいたい」と中牟田統括部長は語る。同社の調査によると、ウォークマンを購入する人は、iPodを購入する人よりも、音質やノイズキャンセリング機能を重視しているという傾向がはっきりと表れている。また同調査によると、iPod購入者のなかには、音質を重視して購入したとの回答はほとんどないようだ。

 一方でこんなデータもある。スマートフォンで音楽を聞いている人が61%いるものの、それらのユーザーのうち59.8%がバッテリの持ち時間が短いと回答。続いて、音質がよくないという回答が20.7%と2番目に多くなっていることが明らかになっている。

 「スマートフォンやPC搭載のスピーカー、低価格スピーカー、音漏れするようなイヤフォンで満足するのではなく、音楽を楽しむための音はこういうものだということを若い人たちにこそ提案したい。良い音は良い。このデジタルミュージックプレーヤーの基本ともいえる部分をしっかりと訴求したい」と、中牟田統括部長は強い口調で訴える。

 新ウォークマンは、ソニー独自の歌詞ピタ機能と、ソニーならではの音質の良さ、という2つのポイントを、若年層に対する訴求の切り札と位置づけ、年末商戦に挑むことになる。

 言い換えれば、これらの訴求によって、中学生、高校生にとっての「My first DMP(デジタルミュージックプレーヤー)」として、今回の新ウォークマンが認知されるかどうかが、シェア50%への道を左右するともいえるだろう。


■ 最初のソニー製品としての自信

 実はソニーは、この数年、若年層への認知度向上に力を注いできた。というのも、同社の調査では、若年層におけるソニーのイメージはPlayStationが先行し、ウォークマンやBRAVIAといったソニーのエレクトロニクス製品への認知度は大きく下がっていたからだ。

 若年層への認知度が下がるということは長期的視点でみて、決していい結果を生まない。若い時に使った、思い入れのある製品の存在こそが、将来のファンを生むという大きな流れを作れないからだ。

 ソニーにとってウォークマンは、若年層に直接訴求することが意味を持つ数少ない製品のひとつである。「My first DMP」は、同時に「My first SONY」でもあるのだ。

 「若い世代の人たちにとって、初めて自分が手にするソニー製品がウォークマンであるというケースは最も多いパターン。そうした人たちに対して、ソニーは最高の音質を提供したい。今年の新ウォークマンは、若い人たちに将来のソニーファンになっていただくための最初のソニー製品として、自信があるものに仕上がっている」と中牟田統括部長は胸を張る。

 新ウォークマンが、いかに若年層を取り込むことができるかが、ソニーのシェア50%への道筋である。そして、それは同時に、将来のソニーユーザーに対するマインドシェアを左右することにもつながる。

 この年末商戦で、ソニーが、ウォークマンでシェア50%以上という大きな目標をあえて掲げたのも、これ以上、若年層にウォークマンが浸透しない歳月が続けば、10年後のソニーはない、という危機感の裏返しなのだろう。

(2010年 9月 16日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、ケータイWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、Pcfan(毎日コミュニケーションズ)、月刊ビジネスアスキー(アスキー・メディアワークス)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器変革への挑戦」(宝島社)など