藤本健のDigital Audio Laboratory
第754回
大手だけじゃない、日本から世界へ発信する音楽関連企業をNAMMで見た
2018年2月5日 14:02
世界最大の楽器の展示会として、1月25日~28日までアメリカ・アナハイムのコンベンションセンターで行なわれた今年の「NAMM Show 2018」には、計2,193社(団体)が出展していた。
ヤマハ、ローランド、コルグ、カワイ、カシオ……といった日本メーカーは、NAMMを飾る代表的な大きなブースを構えていたわけだが、これら大手メーカーとは別に、数人規模や10人程度の小さな日本メーカー、日本ソフトハウスもNAMMに参戦していた。今回、会場内を回ってみて見つけた中小合わせて8つのブースについて紹介しよう。
MIDI関連やアプリのユニークな展示
NAMMの初日、広い会場全体を見渡そうと、歩いている中、すぐに見つけたのが中心部に並んだ小さな日本企業。キッコサウンド、しくみデザイン、クリムゾンテクノロジーの3社だ。いずれも米国MMA(MIDI Manufacturers Association)の関連企業が並ぶ中にあったのだが、順に紹介していこう。
「BluetoothでMIDI信号を飛ばし、CV/GATE信号に変換して2IN/6OUTでアナログのモジュラーシンセなどとやり取りするインターフェイス『mi.1e 2|6』が新製品です」と話すのはキッコサウンド代表取締役 CEOの廣井真氏。
キッコサウンドとしてNAMMに参加するのは今回で5年連続の5回目。いずれもBluetooth LE MIDI(BLE-MIDI)関連での出展とのことだが、このCV/GATEのインターフェイスは以前出していたmi.1e 0|8という0IN/8OUTの製品に続く第2弾。ユーロラックに収まるサイズとなっており、世界中で盛り上がっているユーロラックのシンセと接続して、ワイヤレスでiPadなどからコントロールできる、というのがポイントだ。
単にハードウェアを出しているだけでなく、iPad用アプリである強力なシーケンサも提供しているのが大きな特徴だ。ステップシーケンサに加え、グリッドシーケンサという機能を持っていたり、手描きで自由に設定できるLFOなど、なかなかユニークな機能を装備している。実は、このアプリを開発したのはDX7風のFM音源シンセ、DXiの開発者でもある水引孝至氏。キッコサウンドの社員というわけではないのだが、今回のNAMMでも助っ人としてブースに立っていた。BLE-MIDI関連製品をいち早く世の中に出し、その後も力強く押しているキッコサウンド。ようやくBLE-MIDIが一般にも使われるようになってきたところだが、今後どんな製品展開をしてくれるのか楽しみなところだ。
その隣のブースに立って、ずっと踊り(?)続けていたのが、しくみデザイン代表取締役/CEOで芸術工学博士である中村俊介氏。展示していたのは中村氏が開発したKAGURAという非常にユニークなソフトウェアだ。KAGURAはジェスチャーで操作するという楽器で、Intelが開発した3Dカメラを使い体を動かして音楽を作り出すことができるというもの。カメラで自分を映した映像を見ながら、そこに浮かんでいるアイテムに触ったり、動かすことで演奏することができ、楽器を弾いたことがない人でも、リズムや音程を外すことなく演奏できてしまうのが楽しいところ。
「ゲームではなく、あくまでも自発的に演奏していく楽器なんです。やらされるのではなく、自分で演奏する楽しさを味わうことができます」と中村氏。このKAGURAは2013年に米Intelの「Intel Perceptual Computing Challenge 2013」というコンテストで1位を獲得し、2016年にはヨーロッパ最大級のエレクトロニック・ミュージック・フェス「Sonar 2016」の「Startup Competition」でも優勝。そして同年クラウドファンディングのKickstarterで募集をかけて成功し、昨年3月についに製品として発売されたのだ。
「NAMMには今回が3年目になりますが、今年は初めて製品として発売したものを展示して、みなさんに見ていただいているので、やっぱり充実感が違いますね」と中村氏は嬉しそうに話す。さらに、このNAMMでの発表のタイミングでKAGURA Playerという無料版もリリース。これも製品版同様WindowsとMac対応になっていて、演奏できる曲を選択して選ぶというもの。製品版のKAGURAのような自由度はないが、KAGURAがどんなものかは十分に味わえる形になっているとのこと。このKAGURA Playerのリリースに伴い、KAGURAはKAGURA Proと名称を変更しており、国内では54,900円の価格でKAGURAサイトで購入可能となっている。
さらにその隣のクリムゾンテクノロジーが展示していたのはiPhoneアプリの「リアチェンvoice~ジュラ紀版」。これは昨年リリースされて大きく話題になったアプリで、iPhoneに向かってしゃべると、設定したキャラクタの声にリアルタイムに変換されるというもの。
アプリ自体は無料であり、無料で使える「くりむ蔵」というキャラクタがあるほかアプリ内課金によって利用可能になる「東北ずん子(CV.佐藤聡美)」、「声乃ツバサ(CV.小岩井ことり)」などがある。
「リアチェンボイスは基本的には言語によることなく、利用可能なため、英語でも使うことが可能です。また英語のiOSにインストールすれば英語の画面になるようになっています」と語るのはNAMM出展は2回目というクリムゾンテクノロジー株式会社 代表取締役の飛河和生氏。
「残念ながらアメリカの方々はあまり興味をしてしてくれず、ブースに寄ってくれるのは東南アジアや中国の方が多いようですね。また中国の方などはすでに使っている方も結構いらっしゃって驚きました。一方で『マドンナの声が欲しい』、『スティービー・ワンダーの声で歌ってみたい』といった要望も結構いただきました。技術的にはある程度可能なのですが、やはり許諾という面では難しいところですね。こうした要望を聞くと、今後もう少し歌を中心としたアプリにチューニングしていくというのもありかもしれません」と飛河氏。今後も利用可能なキャラクタを増やしていくとのことだが、より音楽系にシフトしていくとすれば、それも面白そうな展開だ。
Sound it! 8 Proや、ATVのエレクトリックドラムなど
アナハイムのコンベンションセンターのノースホールという、完成したばかりの建物では、デジタル系の製品が中心に展示されていたが、その一角を占めていたのがIMSTAという業界団体に加盟するソフトウェアメーカーのブース群。
IMSTAとはInternational Music Software Trade Associationの略で音楽ソフトウェア業界の著作権保護を推進する非営利団体なのだが、その中にSinger Song WriterやAbilityで知られる日本のソフトメーカー、インターネット社が出展していた。
今回NAMMは初出展という代表取締役の村上昇氏は「これまで日本市場向けのみに製品展開してきましたが、今後海外展開を図っていこうと、昨年10月にニューヨークで行なわれたAESに続き、今回NAMMに出ました。展示しているのは波形編集ソフトのSound it! 8のPro版とBasic版。機能的には日本語版とまったく同じ内容です」と語る。
実はインターネット社が海外へ製品展開したのはこれが初めてではなく19年ぶり。ローランドがGI-10というギターシンセサイザを出した際、ギタ次郎というソフトウェアの英語版を出したことがあったのだ。
「ギタ次郎のときは、すべてローランドが販売やサポートなどを行なってくれたので実現できましたが、われわれのような小さい会社だけで海外展開というのは現実的ではありませんでいた。しかし、今ならすべてネット上でできるので、当社の英語サイトからのダウンロード販売という形でスタートさせました」と村上氏。
「Sound it!の大きな特徴はDSDへの対応ですが、日本と違ってアメリカではDSDの関心は低いですね。とはいえ、ときどき立ち寄って興味を示してくれる人は、やはりDSDに興味を持っている人なんですけどね」と日米のDSDへの関心の違いについて村上氏は率直に語る。機能は同じとはいえ、日本語版としてできているソフトを英語版に変換するのは、結構な作業量だし、何よりヘルプやマニュアルの英訳が大変とのこと。しかし、このSound it!にとどまらず、現在はDAWであるAbilityの英語版リリースに向けて準備中なのだとか。ぜひ日本発のDAWが海外でも広く使われるようになることを期待したいところだ。
小さい会社と言い切ってしまうのは少し躊躇するが、従業員的には20人未満で設立後5年も経っていないということで取り上げるのは、電子楽器や映像機器を手掛けるATVだ。ブースに立ち寄ったのがNAMM最終日だったこともあり、代表取締役社長の室井誠氏はすでに帰国してしまったとのことで、取締役営業部長の渋谷達郎氏が対応してくれた。
「ドラムメーカーが並ぶところにブースを構えることができたため、ドラム目的の来場者のほぼすべての方の目に留まるという意味では、非常に大きなアピールができました。今回の新製品として出したのは、日本では発売していない練習用・教育用を目的としたエレクトリックドラムのEXS3とEXS5というものです。音源部にはメトロノーム機能やトレーニングアプリ機能を持たせるなど、国内で発売されているフルサイズのaDrumsとはやや異なるものです。ただし、多くのユーザーのみなさまから評価いただいている360度センサー対応のシンバルを採用している点では共通です」と渋谷氏は語る。
さらに新製品として注目を集めていたのは同じく360度センサーを搭載した10インチおよび12インチのスプラッシュシンバルおよび17インチのチャイナシンバル。
「とくにチャイナシンバルに関しては他社もこのサイズのものを出していないので、多くの方が注目してくれています。もちろん、当社の音源で使うのがベストではありますが、他社のエレクトリックドラム音源でも利用することは可能ですので、ぜひお試しください」と渋谷氏はアピールする。ATVの勢いはまだまだ加速していきそうだ。
注目のベンチャーも
初参加のベンチャー企業を中心に、掘り出し物がいっぱいありそうな、まさに玉石混交・有象無象のブースが集まっているのは、地下のホールEという会場。まったく聞いたことがない企業ばかりのブースが何百と並んでいるのだが、ここでも日本人が出しているブースを3つ発見した。
一つは、「Nintendo Labo」よりも早い17年1月19日に「KAMI-OTO」という段ボールのMIDI鍵盤を発表していたユードー。
同社では、当初アップルのキーボードの上に被せる形で段ボールの鍵盤を置くとMIDI鍵盤になるタイプのものを発表し、東京ゲームショーでも配布していたが、内部にスイッチ類と電子回路を入れて単体で使える新バージョンのKAMI-OTOを開発するとともに、NAMMスタートの前日よりクラウドファンディングのKickstarterでの販売をスタートさせている。
「今回のKAMI-OTOはUSB接続タイプのものと、さらにBluetoothにも対応させたものの2種類を用意し、前者が3,000円、後者が4,000円となっています(別途、送料が1,000円程度かかる)。もちろん、これで採算の合うようなプロジェクトではないのですが、今後こうしたツールを利用して教育分野に進出してみたいのです」と語るのは株式会社ユードーの代表取締役 南雲玲生氏。
実際のモノを見たところ、確かに段ボール製ではあるものの、キータッチもしっかりしており、これでBluetoothまで使えるなら、かなり楽しそうという印象だった。しかし、ユードーとしてのメインの展示は、このKAMI-OTOよりも、NEUMANNというシンセサイザのほうだった。
「基本的にはオーダーメイドによる、究極のシンセサイザキーボードを目指しているので、ご要望に応じて金型から作ると1,000万円を超えてしまうケースも出てくるかもしれません」と南雲氏。「ブースで試奏していただいた方からは、音色的に非常にいい感じがする一方、『弾いてみてなんとなく懐かしい雰囲気がする』と口々におっしゃっていただけたのは嬉しかったです。まさにそこが一つの狙いでしたから」と南雲氏は笑いながら話してうれたが、今回デモで使っていたピアノ音源はSteinwayのコンサートグランドを96kHzで自らサンプリングしたものなのだとか。また、いろいろな音色が入っているが、UIを大きく変えたこともあり、ディスプレイをタッチ操作することで音色間をモーフィングできるようになっている。
「なんとか、あと1、2年で完成させて、発売したいと考えています。一般的に見れば、とんでもない金額かもしれませんが、世界中には自分だけのオリジナルな最高の楽器が欲しいという人も多いはず。そんな方々にとって満足いただけるものができるはず、と開発を進めています」と南雲氏は自信を見せていた。
今回、NAMMへ出発する前から個人的に興味を持っていて、見てみたいと思っていたのがたのが、ソニックウェアという会社のELZ_1という小さなガジェット的なシンセサイザ。代表取締役の遠藤祐氏からも直接連絡をもらっていたので、初日に見に行ってきた。
「このELZ_1は、4オペレータのFM音源、グラニュラーシンセ、8BITウェーブメモリシンセなど5種類のシンセサイザエンジンを持つデジタルシンセサイザです。今回手作りで完成させてNAMMに持ってきましたが、5月~6月をメドに発売を開始する予定です」と遠藤氏は話す。399×130×47mmと小さなシンセサイザではあるが、中央にカラーディスプレイがあり、なかなか楽しく遊ぶことができる楽器になっているのだ。
「当社は、シンセサイザ開発が本業というわけではなく、楽器メーカーさんを中心とした製品検査を行なっている10人程度の会社なんです。ファームウェアのバグ出しなどのテストを行なう業務です。そうした業務を行なっていく中、われわれにもさまざまなノウハウが溜まってくるし、それを何かの形で凝縮できないだろうかと思って開発したのがELZ_1なのです」と遠藤氏。
気になる価格については「未定ですが、500ドル以下に抑えたいと思っています。個人的な目標としては399ドルなんて値段を付けられるといいな、と考えているところです。国内ではAmazonで発売を予定しているほか、小売店とも直接交渉して、何店舗かで販売できるようにする予定です」と話してくれた。その価格であれば、世界的に大ヒットになる可能性もありそうだ。
そして8社目。最後に紹介するのは日本人ではあるけれど、インドからの出展となるElga Guitar。
「NAMMには下見に来たこともなく、初めて申し込んでの出展。今回NAMMに来たこと自体初めてでしたが、初めて小さな会社が申し込むと、こんな奥のほうになっちゃうんですね」と笑って話すのはElga Guitarのファウンダー 仁科公男氏。インドに8年住んでいるという仁科氏は40歳まで日本の金融業界でバリバリに働き、40歳でセミリタイア。そのお金を持ってインドに移住すれば遊んで過ごせるということで、計画的に28歳からインドにホテルを作りはじめ、現在5つのホテルのオーナーとなっているのだとか。その人生設計に圧倒されてしまったが、今回出展していたのは、アコースティックギターにiPhoneが取り付けられた機材。
「マーティンのBACKPACKERというギターが好きなのですが、これをもっと弾きやすい形に改造したいという思いと、ここにiPhoneを接続すれば楽しいギターができるはず、という発想から作ってみました」という仁科氏だが、実際に出展していたのは改造ギターではなく、まさにそのためにオリジナルで作ったアコースティックギター。
「自分のBACKPACKERはAC/DCのサインがしてあるので、改造するわけにもいきません。一方、インドのカルカッタではこんなものを簡単に作っちゃう職人がいっぱいいるんですよ。このギターはベンガル語しか話すことができず、英語がまったく使えない職人さんと、図面のやりとりだけで作ったプロトタイプなんですよ」と仁科氏。そう、このほぼ手作りのギターにはピエゾマイクが内蔵されており、それでギターの音を拾いiPhoneに送る。その音をiOSアプリであるJamUp Proを通して外部に送る形になっているから、電気的・ソフトウェア的には既存のものの組み合わせ。つまりElga Guitarオリジナルなのは、ピエゾマイクを内蔵し、ギターと、そこにiPhoneを磁石で付けられるようにした構造だ。
「ギターアンプシミュレータなど、優秀なアプリは数多くありますが、ギタリストが手元で操作するのは難しいのが実情ですよね。それなら手元で自由にコントロールできるようにと、磁石でiPhoneを簡単に接続できるような工夫をしています。また、ギターにはステレオミニのヘッドホンジャックも取り付けており、ここからiPhoneの音楽も再生できるようにしています」と仁科氏。
仁科氏として楽器ビジネスは今回が完全に初めて。高校生のころからギターは好きで弾いていたので、セミリタイア後、趣味が高じてここまで来たようだ。ちなみにElga GuitarのElgaはベンガル語をもじった仁科氏の造語で「気ままに、自由にどこかへ行っちゃう」といったニュアンスの言葉らしい。このギターの発売は、近いうちにクラウドファンディングのIndiegogoで購入者を募るとのこと。なお、インドはプロトタイプを作るのは、非常に早くて安くていいが、大量生産には向かないため、中国での生産を予定しているとのことだった。
以上、NAMMで見つけた8社を紹介した。2,000社以上が出展していることを考えれば、日本のベンチャーももっともっとたくさんいてもいいような気もしたが、小さい日本メーカーが世界に向けて発信することで、大きく飛躍できるチャンスも広がりそうに感じられた。こうした企業の中から、将来世界的な大企業になるところも誕生することを期待したい。