藤本健のDigital Audio Laboratory
第755回
USBオーディオ伝送の違いで音が良くなる? 「Bulk Pet」はどんな技術なのか
2018年2月19日 12:41
USBオーディオでは、通常Isochronous(アイソクロナス)転送という仕組みでPCとオーディオインターフェイスまたはUSB DAC間でのデータ通信が行なわれている。しかし、これとはまったく異なるバルク転送という仕組みを採用したUSBオーディオ転送技術「Bulk Pet(バルクペット)」が登場。これによって音に変化も生まれるとのことで、オーディオマニアの間でも注目されているのだが、Bulk Petとはいったいどんなもので、なぜ音が変わるというのだろうか? このBulk Pet(Bulk Pure Enhanced Technology)を開発したインターフェイス株式会社に話を聞いてみた。
国内外、数多くのメーカーがUSB DACやUSBオーディオインターフェイスを開発しているが、多くの日本メーカー製品の心臓部を担っている会社がある。それがUSB伝送回路やファームウェア、ドライバを開発するインターフェイス株式会社だ。このDigital Audio Laboratoryでも「第533回:続々登場のDSD対応USB DACを支える会社とは?~キー技術を各社に提供するシステムハウスに聞く最新事情」、「第644回:USBオーディオの超低遅延、DSDレコーディングも可能にするソフト開発の裏側」など、何度か取り上げてきた会社である。
そのインターフェイス株式会社が打ち出した新技術がBulk Pet。すでに、Sound Warriorの「SWD-DA20」、ティアックの「UD-505」、エソテリックの「K-01Xs」や「K-03Xs」、SOULNOTEの「D-1」、Nmodeの「X-DP10」といった製品がBulk Petに対応してきている。これがどんなものなのか、インターフェイス株式会社 技術部次長の根岸智明氏、第1営業部営業2課・課長の森拓也氏、第1営業部の川瀬健太氏の3名に話をうかがった。
開発当初の目的は音質向上ではなかった?
――Bulk Petが今、話題になっています。このBulk Petを開発した背景というか、キッカケについて教えていただけますか?
森氏(以下敬称略):最初のキッカケはZOOMさんのUAC-2、UAC-8用のドライバ開発です。このときのテーマは、いかにレイテンシーを抑えるかということにあったのですが、従来のIsochronous転送では限界があったので、Bulk転送を使わせてもらえないかと提案したところ、OKが出たので、そこで使ったのが最初です。
――改めて、Isochronous転送、Bulk転送とは何なのかを教えてください。
根岸:USBの規格では4つのデータ転送方式があります。具体的にはIsochronous、BulkそしてInterrupt、Controlの4つで、Isochronousはリアルタイム性が要求される転送方式で、Bulkは非周期的に大量データを扱う転送方式となっています。転送の優先順位においてもIsochronousが1番となっていることもあり、オーディオにはIsochronousを用いるというのが業界一般的なルールとなっているのです。そのため、どのメーカーも普通はIsochronousを用いています。
USB接続モードがhigh-Speed(480Mbps)なのか、full-Speed(12Mbps)なのかなどによっても少し違いはあるのですが、Isochronousでは1msecごとにデータを送ることが決められています。それに対し、Bulk転送の場合は、そうした決まりがありません。そのためやろうと思えば、1msecよりも細かなタイミングで転送することも可能なので、レイテンシーを縮められる可能性があると考え提案したのです。
――なるほど、もともとは音質改善といった目的ではなく、レイテンシーを縮めることが目的だったわけですね。実際、ZOOMのUAC-2、UAC-8のレイテンシーは、私がテストした中では、過去最高の数値を記録しました。
森:レイテンシーについては実測しても、いい結果が出ました。UAC-2、UAC-8にはクラスコンプライアントモードに切り替えるためのスイッチがありますが、これをオンにすると従来からのIsochronous転送に、オフにするとBulk転送になる形になっています。音はちょっとしたことでも変わる可能性があるので、音質的に問題がないか、違いはないかとZOOMさんにも確認をとりました。その結果、とくに変わりはないというお返事をいただけたので、これを実装していったのです。
――そのスイッチをオフにしたときのものがBulk Petというものだったのですか?
森:この時点では、まだBulk Petという規格になっていたわけではなく、あくまでもBulk転送をここで実現させた、というものでした。ただ、改めてこのスイッチを切り替えて、Isochronous転送とBulk転送で聴き比べてみたのです。この際、UACのアナログ出力の後段にHi-Fiなプリメインアンプを接続した上で、いろいろな方に評価していただいたところ、「やっぱり違うね」という声をいただいたのです。もちろん環境によって、楽曲によっては、違いがあったり、そうでもなかったり、良い悪いの評価はそれぞれですが、やはり違いはありそうだ、と。そこで、当社の既存のお客様にもテストさせてもらったのです。
川瀬:USB DACのメーカーさんに伺い、Bulk転送に対応したファームウェア、ドライバに差し替えたものを聴き比べていただきました。この際、複数の異なる手法をご提案させていただき、どの手法がいいかのフィードバックをいただいた上で、方式を固めていこうと考えておりました。具体的には4つの方式だったのですが、予想外に評価はバラバラで、どれがいいかを絞り切ることができませんでした。それならば、この4方式とも採用して、ユーザーが自由に選択できるようにしよう、という話になったのです。それがBulk Petに用意されている4つのモードなのです。
――なるほど、Blul Petには4つのモードというのがあるのですね。またBulk Petにするとういことは、従来の方式を捨てて、この新方式に切り替えるということになるのですか?
森:まず、Bulk PetはUSBのBulk転送を用いたものですが、これを実現するにはドライバおよびファームウェア側の両方がそれに対応する必要があります。ただ、ハードウェア本体を改造するといった必要はありません。現在、すでにいくつかのメーカーさんの製品がBulk Pet対応となっていますが、これに対応するためには各社さんのサイトなどからダウンロードできるアップデータを用いてファームウェアを更新してもらうとともに、新しいドライバを使うことで利用可能になります。このファームウェアおよびドライバはBulk Petだけでなく、Isochronousにも対応しているので、ユーザーがどれを使うかを選ぶことができるようになっています。
Bulk Petの4モードの違い
――UAC-2やUAC-8では、ハード的なスイッチで切り替えていましたが、これらのUSB DACの場合は、ソフトウェア的に切り替えられるわけですね。では、そのBulk Petの4つのモードについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
根岸:まず、先ほどお話した通り、Isochronousだと1msecごとに大きなパケットを間欠的送っていくことになり、処理負荷が1msecごとに大きく変動します。それに対してBulk Petでは、もっと細かく分けて転送するため、ホスト側、つまりPCの負荷が上がるのです。図を見ていただくとわかるとおり、常に細かくデータを転送し続ける場合と、少しまとめて送る形にした場合で、負荷が変わってきます。この高負荷と低負荷の2種類がある一方、転送するデータをパターンAとパターンBの2種類作ってみたので、その掛け合わせで4つのモードとなっています。
――パターンAとパターンBというのはどう違うのでしょうか?
根岸:そこは非公開にしていますが、簡単に言ってしまうと、受ける側、つまりオーディオ機器側の負荷が変わるような設定にしています。いずれにせよ、それぞれをソフトウェア的に簡単に切り替えられるようにしています
川瀬:この4つのパターンを各社さんに評価してもらった結果、「確かに音が変わるね」という意見をいただくとともに、最初に持って行ったメーカーさんからは「DACを変えたくらいに音が変わる」と言われたのです。必ずしもどれがいいというわけではありませんが、音の違いをユーザーさんが楽しめるのではないか、というのがBulk Petの考え方なのです。オーディオ好きの方であれば、ケーブルを交換してみたり、電源ケーブルを変えてみたりと、いろいろ試されていると思います。この場合、いろいろとお金がかかると思いますが、Bulk Petであれば、手軽に、そして無料でその音の違いをお楽しみいただけるという考え方なのです。
――でも、IsochronousからBulk Petに変更すること、さらにはモードを切り替えることで、どうして音が変化するのでしょうか?
森:Isochronousだと、1msecごとにデータを間欠的にデータをまとめて送るため、そこでCPU負荷の変動が出てきます。そのCPU負荷が消費電流の変動を引き起こし、それが電源系へ影響を与える可能性があるのではないでしょうか? それに対しBulk Petのほうがデータ量を平均的にこまめに転送するため処理負荷の変動が少なくなります。このことが結果的に音に対していい影響を与えるのではないかという仮定をしています。このノイズ発生源としてはホストコントローラ、CPU、デバイスコントローラ……といろいろありますので、それぞれ処理負荷を安定化させ、電流の変化などを小さくするのが音にとっていいのではないか、と考えています。
――なるほど、そのために音が変化するというわけなんですね。別の見方をすると、仮にDAC以降のアナログ回路部分が非常にしっかりしていて、電源などからのノイズの影響を一切受けないとしたら、Isochronousだろうが、Bulk Petだろうが、音に変化はないはず、ともいえるわけですよね。
森:理論的にはその通りだと思います。ただ、まったく影響を受けない製品というのは、現実的にはなかなか難しく、結果として音が違ってくるのだろうというのが我々の見立てなのです。
――ノイズの影響のほかに、クロックの精度、ジッターというのも音質における重要なポイントだと思います。そもそも、このクロックはどこにかかるのかという点についても確認させてください。通常はオーディオ機器側に水晶発振器=クロックジェネレーターが搭載されていて、これで動作するわけですよね?その点においてはIsochronousだろうと、Bulk Petだろうと関係ないという理解でいいですか?
根岸:そうですね。オーディオ機器がクロックを持っていて、ホスト側つまりPC側のクロックと非同期で動作することをAsyncronous(アシンクロナス)と言います。一方で、ホスト側からのクロックに同期して動作するものをSynchronous(シンクロナス)といいます。現在はほとんどの機器がAsyncronousとなっているので、IsochronousでもBulk Petでも基本的には変わらないはずですね。
森:このIsochronousとAsyncronousのカタカナにした名前がすごく似ていることから混乱している方も多く、ときどき雑誌でも混同して書かれている記事を見かけることがあります。しかし、これはまったく別の次元の話なので、ユーザーのみなさんも注意いただければと思います。
今後もっとBulk Petは普及する?
――せっかくなので、ASIOドライバなどでバッファサイズを設定することと、IsochronousやBulk Petの方式の違いがどのような関係になっているかについて整理させてください。
根岸:ASIOのバッファ設定というのはDAWやプレーヤーソフトなどのアプリケーションからドライバへ送るためのバッファサイズとなります。一方で、IsochronousやBulk Petというのは、ドライバからUSBを通じてオーディオ機器へ転送する方式となるので、別の部分を担うものですね。一般にレイテンシーはアプリケーションから見て、実際にオーディオ機器から音が出るまでの時間を意味しているので、これを小さくするのはバッファサイズを小さくするとともに、ドライバからハードへ転送する時間を短くすることが必要になるわけです。
――とてもよくわかりました。今後、インターフェイスさんから各社に提供するソリューションは、基本的にBulk Petに対応したものになっていくのでしょうか?
森:今後増えていくことになるとは思いますが、すべて対応するというわけではないと思います。というのも各社との契約において、Bulk Petに賛同いただいた企業様からは、ある意味ロゴの使用料のような感じで年間料金をいただく形になっています。つまり、そうした使用料をいただいた企業様の製品がBulk Petになる流れとなっています。
川瀬:ときどき、エンドユーザーのお客様から当社へ「Bulk Pet対応のドライバが欲しい」といったお問い合わせをいただくことがあります。しかし、当社はあくまでもメーカーさんへソリューションを提供しているのであり、一般にドライバなどを公開しているわけではないので、ぜひそうしたご要望は、各社さんへお問い合わせいただければと思います。
――Bulk Petはドライバだけで対応できるわけではなく、ファームウェア側の対応も必要となるので、やはり直接エンドユーザーへの提供というのはできないですよね。非常によくわかりました。今後、Bulk Petがどの程度普及していくのかなど、見守っていきたいと思います。