藤本健のDigital Audio Laboratory

第818回

自作できるデジタルシンセ、多機能なテルミン!? Maker Faireで見た音モノ

8月3日、4日の2日間、東京ビッグサイトで、モノづくりの祭典「Maker Faire Tokyo 2019」が開催された。子供から大人まで、個人や小さなグループ単位でブースを出展し、各自が作ったオリジナル作品を展示したり、販売したりするイベントだ。主催はオライリー・ジャパン。

Maker Faire Tokyo 2019

会場は、キッズ&エデュケーションゾーン、グラフと&デザインゾーン、デジタルファブリケーション&FABコミュニケーションゾーン、ロボティクスゾーンとともに、今年もミュージックゾーンが設けられ、音楽や音、楽器などに関連するモノが数多く登場した。ミュージックゾーンにどんなものがあったのか、写真やビデオを交えつつ紹介していこう。

会場は東京ビッグサイト

以前、米Maker Mediaの経営危機が報道され、アメリカのMaker Faireが終了することが明らかになった。「国内で行なわれているMaker Faireは大丈夫なのか? 」と不安に思う人も多くいたようだが、今年もMaker Faire Tokyo 2019が盛大に開催され、来年も10月に行なわれることが発表されている。Maker Faire Tokyoを主催するオライリー・ジャパンによると、日本はあくまでもライセンスを受けて開催されているのであり、スポンサーも来場者数も数多くいるため、運営に問題はないとのことだ。では、実際どんなものがあったかを見ていこう。

コルグがデジタルシンセサイザのキットを発売予定

先に、個人のメーカーではなく、スポンサーの1社でもあるコルグが会場で披露した新製品「Nu:Tekt Synthesizer NTS-1 digital kit」から。まだ正式発表ではなく、参考出品とのことだが、今後コルグではモノづくりのためのシリーズとしてNu:Tektというものをスタートさせ、その第一弾として、年内をメドにNTS-1を発売する。正式な時期、価格は未定としつつ、1万円前後にしたい考えのようだ。

コルグの「Nu:Tekt Synthesizer NTS-1 digital kit」
年内発売を予定

これは、はんだ付けなしに組み立てができるデジタルシンセサイザ。目玉はマルチ・エンジンという中枢に搭載されたシンセサイザ音源で、同社のシンセサイザであるPrologueやminilogue xdに搭載されているものと同じもの。

シンセサイザ音源のマルチ・エンジンを搭載

そしてこれらは、GitHubで公開されているソフトウェア開発キット(SDK)を利用してオリジナルの音源をC言語ベースで開発できるようになっており、これがそのまま利用できるのだ。ちなみに、内部的にはARMチップが搭載されており、これでマルチ・エンジンが動作するようになっている。もちろん、開発に興味がない人でもライブラリをダウンロードして、さまざまな音源に変化させて使うことができるので、幅広い用途で活用できそうだ。

オリジナルの音源をC言語ベースで開発できる

テルミン風の楽器、肩たたきでドラム演奏?

最初に目に留まったのは、Yasuskiさんが演奏していたテルミンのような楽器「LaVoixski」。これはテルミンの検波機構を元に開発したデジタル楽器とのことで、Arduinoをプラットフォームにしたソフトウェア音源を動かしており、5つのオシレーターを鳴らしており、加算方式のシンセサイザとなっている。

LaVoixski

従来のテルミンと異なり、和音を鳴らすこともできれば、アルペジオを鳴らすこともできるなど、非常に多機能。この機材自体は完全にスタンドアロンで動作するものだが、内部にSDカードスロットがあり、PCで作成したデータを持っていることで音色を変えたり、和音構成を変えたり、アルペジオのパターンを変更することも可能だという。このシステム全体はオープンソースとして公開しているそうだが、機材一式を近いうちに13万円程度で販売することも予定しているようだ。

SDカードを使ってPCからのデータも利用可能
テルミンのような「LaVoixski」

西浅草音響開発の岩佐秋千さんが展示していたのも、やはりオープンソースで公開しているユーロラックモジュールのデジタルドラムシンセサイザ。

デジタルドラムシンセサイザ

ARMマイコンであるSTM32を核に開発したこの4chのドラムシンセサイザは、アナログモデリングを使ってすべての音をリアルタイムに合成している。MIDI入出力とともに、CV入力4系統、GATE入力4系統を装備しており、ほかのユーロラックなどとCV/GATE接続して使うことも可能となっている。

西浅草音響開発のデジタルドラムシンセサイザ
西浅草音響開発の岩佐秋千さん

慶応大学の学生である松橋百葉さん、Koheiさんなどが開発し、展示していたのが基板状の小さなアナログモジュラーシンセ「Qux」。これはVCOやVCA、VCFのほか、制御電圧を出すキーボードやアナログディレイなどを1つ1つ作ったというもの。

アナログモジュラーシンセ「Qux」

接続して組み合わせていくことで、さまざまな音作りが可能。それぞれモジュールについて、基板単体が500円~1,300円、基板と部品をセットにしたキットが1,700円~7,000円で販売されていた。

アナログモジュラーシンセ「Qux」
慶応大学の松橋百葉さん(手前左)、Kohei(手前右)さんらが開発

Maker Faireの常連でもある4人のチーム「WOSK」は、あるメーカーの社員のサークル。これまで電子ブロック風にボタンやフェーダーやツマミを並べると自由自在にMIDIコントローラを組み立てられるシステムなど、かなりマニアックな機材を開発してきたWOSKだが、今回はうって変わって「こどものお手伝いを遊びに変える、かたたたきドラム」を出品。

こどものお手伝いを遊びに変える、かたたたきドラム

最近4人ともお父さんになったとのことで、だいぶ趣向も変わってきたようだ。V-Drumsなどに搭載されているのと同様のピエゾセンサーを2つ搭載したパッドを子供が叩くと、コントローラボードからBluetooth MIDIが飛んでドラム音源を鳴らす仕組みで、叩くと数字がカウントされるゲーム風にもなっている。このゲーム画面や音を出す仕組みは教育用プログラミング言語のScratchが利用されている。

パッドを叩くとドラム音源を鳴らす
Scratchを使用
左から渡邊正和さん、白木顕介さん、古賀弘隆さん、岡村洋司さん

MIDI音源、楽器などユニークな発想の数々

木下研究所の斉田一樹さんが展示していたのは、「MIDI野郎」というとっても小さなワンボードのGM音源モジュール。会場で3,000円で販売していたMIDI野郎の中枢には、フランスのDream Sound Synthesis製のGM音源チップ、SAM2695というものが搭載されており、これを鳴らしているのだ。

ワンボードのGM音源モジュール「MIDI野郎」

斉田さんによるとこのチップは国内流通していないため中国で入手するとともに、同じく中国で基板製造およびアセンブリを行なった上で取り寄せているとのこと。スペック的にはエフェクトなしで64ボイスの同時発音で、エフェクトありの場合でも38ボイスと、十分なもの。microUSB端子から電源をとる形になっており、その端子のみ中国で入手できなかったことから、この部品を添付する半完成品(キット)という扱いになっていた。

キットの形になっていた
木下研究所の斉田一樹さん

かなり異様なエレキベースである「electro-bass」を展示していたのは、竹下勇馬さん。このベース自体はFenderのPrecision bassという市販品だが、ここにセンサーやシンセサイザ音源などを取り付けて、別の楽器にしてしまったというもの。

エレキベースのelectro-bass

実はそのままベースとしても使えるとのことだが、electro-bassとしてはまったく別の楽器がここに共存しているという形。そのシンセサイザの鳴らし方がユニークで、ちょうどテルミンのように弦に手を近づけるとそれを検知する。このビデオを見ると発振音のようにも思えるが、実はベース上に搭載されたAruduinoで動くグラニュラーシンセを鳴らしているのだとか。さらに歯車まで搭載されたこの機材、突飛すぎて、どうにも全体像を理解できなかったが、竹下さんはこれを使ってライブ活動なども行なっているそうだ。

エレキベース「electro-bass」
竹下勇馬さん

森口祥多さんと永澤拓さんによるTokyo DigiLogでは、ユニークな楽器がいろいろと展示されていた。1つ目は小さな基板状のベースマシン、ParipiDestroyer。

基板状のベースマシン、ParipiDestroyer

先日クラウドファンディングを行ない、300個程度が売れたというParipiDestroyerは「Ultra Tiny ACID Bass Maschine」と銘打ったもので、デジタルプロセッサでシンセサイザを合成するとともに小さなボタンで演奏したり、シーケンサで演奏することも可能になっている。音色エディットなどは最低限ではあるが、かなりぐっとくるサウンドとなっている。以下のビデオはTeenage Engineeringのドラムマシン、PO-32 Tonicと同期演奏させたものだ。

ベースマシン「ParipiDestroyer」をPO-32 Tonicと同期演奏

一方、永澤さんが開発したばかりの新アイテムとして会場で販売していたのがOCTAShield 2.0という機材。

OCTAShield 2.0

以前のMaker Faire Tokyo 2016で展示していたOCTAShieldをベースに大きくグレードアップしたシンセサイザ。8つのツマミと6つのスイッチで動かすこのシンセサイザも、中身はすべてデジタルによる信号処理で鳴らすもの。ウェーブテーブルやFM、ストリングシンセなど8種類のアルゴリズムを切り替えて演奏することが可能なもので、かなり多彩な音色が出せるようになっている。

シンセサイザ「OCTAShield 2.0」
森口祥多さん(右)、永澤拓さん(左)

今回はミュージックゾーンで出展していたブースを中心に紹介していったが、次回はミュージックゾーン以外も含め、音・音楽モノの作品を紹介していく。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto