藤本健のDigital Audio Laboratory

第819回

本格&おもしろシンセ集結! 空き缶のMIDI楽器、クマ型リズムマシンがMaker Faireに

お盆休みを挟んで少し間が空いたが、8月3日~4日の2日間、東京ビッグサイトで行なわれたモノづくりの祭典「Maker Faire Tokyo 2019」のレポートの2回目をお届けする。

東京ビッグサイトで開催された「Maker Faire Tokyo 2019」

Maker Faire Tokyoではロボットやドローン関連、またデザイン系、工作系……など、さまざまなモノづくり品が展示されているが、Digital Audio Laboratoryでチェックしているのは音モノ。前回はミュージックゾーンで展示されていたものを中心に見てきたが、今回はミュージックゾーン以外に出展していたものを含め、さまざまな展示品を紹介していこう。

Arduino Unoで動くシンセ、Raspberry PiでユニークなFM音源

まず紹介するのはISGK InstrumentsのRYO ISHIGAKIさんが開発するArduino Unoを使ったデジタルシンセサイザ「VRA8-N」。Arduino Unoという8bit CPUのマイコンのパワーをフルに使って動かしているとのことだが、このビデオを見ると、その表現力のすごさの一端を感じられるはず。

Arduino Uno使用のデジタルシンセサイザ「VRA8-N」デモ

弾いているのはUSB-MIDIキーボードだが、その先にはArduino Unoがいて、この上でモノフォニックのシンセサイザが動いているのだ。サウンドからもわかるとおり、これはアナログシンセをモデリングしたもので、オシレーター、サブオシレーター、LFO、フィルターなどから構成され、計36種類ものパラメータを装備。それをMIDIコントロールチェンジで操作できるようになっているのだ。ISHIGAKIさんは、これまでもArduino Unoの限界に挑戦するシンセサイザを数多く作ってきており、今回のが第6弾とのこと。そのすべてをGithubで公開しているので、誰でもダウンロードして、同じものを実現することは可能だという。ちなみにArduinoにはオーディオ出力がないのでPWM端子を利用し、1bitオーディオ的な出力をしている。

PWM端子を利用して1bitオーディオ的に出力
ISGK InstrumentsのRYO ISHIGAKIさん

奇楽堂の長谷部雅彦さんが展示していたのも、Arduinoを使った楽器で、こちらは電子吹奏楽器「SAXduino」。

電子吹奏楽器「SAXduino」

以前、長谷部さんは六角形が連なる(ハニカム型)光るタッチ型鍵盤、HoneycombBellを展示していたが、今回はそのハニカム型のタッチスイッチを縦に6つ配列し、サックス的なものにしている。長谷部さんが実際に演奏しているのを撮影した。

電子吹奏楽器「SAXduino」演奏

口の部分には気圧を測定するセンサーも設置されており、これで息の量を測定するとともに、それを元に音量をコントロールしている。また、AruduinoのマイコンとしてはATmega328Pを2つ搭載しており、片方をコントローラとして、片方をソフトシンセの音源として使っているとのこと。本体内に電池とスピーカーも搭載しているので、完全なスタンドアロンで動作するのも特徴。当日は12,000円で販売されていたが、すぐに完売してしまったようだ。

電池とスピーカーも内蔵
奇楽堂の長谷部雅彦さん

同じ奇楽堂の水引孝至さんが展示していたのは、Raspberry Pi 3を用いた4オペレータのFM音源。

Raspberry Pi 3を用いたFM音源

水引さんは、iOS用のFM音源、DXiの開発者でもあるが、そのDXiをRaspberry Piに移植するとともに、パラメータの視認性・操作性を向上させたという。その演奏をビデオ撮影した。

DXiをRaspberry Piに移植した4オペレータFM音源デモ

Raspberry Piで、これだけスムーズにFM音源サウンドが鳴らせるのであれば、この音源部だけでいいので欲しく思うところだが、ちょっとユニークだったのが左側のアルゴリズム表示部。4オペレータなのに、なんで、こんな構造になっているんだろう…と思ったら「これはヤマハのDX1をオマージュしてこんな設計をしてみました」とのこと。DX7などは、単にオペレータの並び順を示す図が描かれていただけだったが、初代のDX1はオペレータの接続状況を表示できるようにしており、それを踏襲したとのこと。そんな遊び心がMaker Faire Tokyoの面白さの一つかもしれない。

初代DX1の表示を踏襲
水引孝至さん

“チップチューンミュージック”や、Bluetooth-MIDIデバイス

チプ田チュン太郎というサークル名で出ていた山崎健太郎さんと松田暁さんは、かなりマニアックなデバイスのデモを行なっていた。

“チップチューンミュージック”のMIDIデバイス

これは、チップチューンミュージックを実現するためのMIDIデバイスなのだが、ソフト音源を鳴らすのではなく、あくまでも'80年代、'90年代のゲーム機に搭載されていたPSG/SSGチップで出す音にこだわり、そのチップを使って音を出しているのが特徴。

ただ、一言でPSG/SSGといってもいろいろなICがあり、どれを使うかによっても音色や発音数などが異なってくる。そこで、システムは同じものを使いつつ、好みによってICの載ったカートリッジ(ボード)を取り換えることができる設計にしているとのこと。

カートリッジを取り換えられる設計

具体的にはMicroChip製のAY-3-8910、Philips製のSAA1099、TI製のSN76489など。筆者がその昔使っていたのはGI製のAY-3-8910だったので、互換品があったのを初めて知った次第だが、そうした互換品も当然のことながら現在は製品として流通していない。そこで、中国から中古を探し出して取り寄せているのだとか。ちなみに上記ビデオで使っていたのはAbleton Live 10だが、MIDIデバイスなので、どのMIDIシーケンサでも使うことができるという。

各カートリッジ
山崎健太郎さん(右)と松田暁さん(左)

次に紹介するのは、空き缶などを叩いて鳴らすMIDI楽器「缶たたき機」。

MIDIの「缶たたき機」

これは小玉秀幸さん開発のデバイスなのだが、隣で展示していた桑田喜隆さんが作ったBluetooth-MIDIデバイス「BLE-MIDI on ESP32」と連携し、ワイヤレスで鳴る仕掛けになっている。

「缶たたき機」
「BLE-MIDI on ESP32」と連携

BLE-MIDI on ESP32はArduinoとESP32を組み合わせて作ったデバイスで、通常のMIDI信号と、Bluetooth MIDI(正確にはMIDI over Bluetooth Low Energy)を相互変換するもの。基本的にはQuicco Soundが発売しているmi.1やヤマハが発売しているMD-BT01と同等のことを行なう機材だが、入出力をより汎用的に扱える変換アダプタとなっている。

小玉秀幸さん
桑田喜隆さん

山本製作所の岡安啓幸さんが展示していたのはモジュラーシンセサイザーと組み合わせて使うミキサー「Performance Mixer for Modular Synth」。これはユーロラックのモジュラーシンセとEthernetケーブル1本で接続するというフルアナログの8chのミキサー。

Performance Mixer for Modular Synth
ユーロラックのモジュラーシンセとEthernetケーブル1本で接続

各チャンネルにはトリムと2バンドEQが搭載されており、VCAフェーダーを経由して、メイン出力、ヘッドフォン出力に出せるという構造。もうひとつ「Tale of Tales」というゲート信号をUSB-MIDIに変換するユーロラックのコンバータも展示。こちらは8chのゲート信号を受けるとこれをMIDIに変換し、USBで出力するというもの。各ゲート入力にあらかじめMIDIノート、コントロールチェンジを設定可能となっており、PCのソフトウェア音源はもちろん、PC経由でハードウェア音源をコントロールすることも可能になっている。

Tale of Tales

手作りアナログシンセ、“仙人”開発のデジタルシンセも!?

手作りのユーロラックのアナログシンセを展示・デモしていたのは、山下春生さん。山下さんは1977年1月~1978年3月まで月刊「初歩のラジオ」で「ミュージックシンセサイザーの回路から製作、徹底ガイド」という連載をしていたが、そこで作っていたシンセサイザを今の世の中に復活させるとともに、現代のユーロラックにマウントできるようにしたという。

山下さんが展示していた手作りのユーロラックのアナログシンセ

実は4年前に当時の連載をまとめる形で誠文堂新光社から「伝説のハンドメイドアナログシンセサイザー~1970年代の自作機が蘇る」という書籍を出版していたが、それをさらに進化された格好。筆者も4年前にこの本を買って読んでいたが、使われているトランジスタなどの部品が1970年代のもので古いな……と思っていた。そんなところ、いま入手できるもので置き換えた形のキットも頒布されていた。

キットが頒布されていた

また、今回の新アイテムとして、ランダムの度合いをコントロールして自動的にCV/Gate信号を発生させる「Free Note」という機材のデモも行なっていたので、そのデモをビデオで撮影した。

「Free Note」デモ
山下春生さん

そして、最後もMaker Faire Tokyoの常連でもある電子楽器メーカー、ローランドのモノづくり同好会、R-MONO Lab。今回も複数の作品が並んでいたが、毎年、冗談のようなモノに真剣に取り組んでいたのが面白いところ。その1つがはんだごてで演奏する「ねや楽器/ソルダリングシンセサイザー」。

「ねや楽器/ソルダリングシンセサイザー」

ワークショップ形式で来場者がハンダ付けを行なっていたので、そのビデオをご覧いただきたい。

R-MONO Labの「ねや楽器/ソルダリングシンセサイザー」ブース

お分かりいただけただろうか?これはリズムマシンなのだが、このはんだ付けは工作するのではなく、単なるスイッチ操作。はんだ付けする箇所によって、演奏内容が変わるという馬鹿馬鹿しさが楽しいところ。普通、はんだ付けする際には、通電させないのが常識だが、これはあえて通電させ、音を鳴らしながら、はんだ付けによる音の変化を楽しむという趣向。絶対に会社の企画としては社内会議を通らないであろう発想の楽器だ。ちなみに、回路的にはTR-808にインスパイアされたもので、4トラック16ステップのシーケンサになっているとのことだ。

R-MONO Lab

かわいいクマの人形が載っているのは、クマ型リズムマシン「TP-808」。

クマ型リズムマシン「TP-808」

市販されているクマのオモチャを改良し、笛と太鼓をたたく右手、鈴のついた左手の3つをバラバラに制御できるようにし、16ステップのシーケンサからコントロールするというもの。その動きをビデオに収録した。

「TP-808」デモ

もう一つは、うって変わって真面目(?)なシンセサイザー「S3-6R ver.5」というもの。

シンセサイザー「S3-6R ver.5」

シンセ仙人が独自開発しているというRaspberry Piを使った6音ポリのシンセなのだが、一般的なアナログモデリングシンセとは異なり、非常に独特な構成のデジタルシンセ。といってもPCMではなく、オシレーター1と2を元に特殊演算をさせて波形をジェネレートする「Bi-Wave Transmutator」(バイ・ウェーブ・トランスミューテーター)を装備したというもの。かなり破壊的なサウンドが出せる。R-MONO Labのサイトで公開されているビデオがこちらだ

「S3-6R ver.5」デモ

個人的には、そのまま製品としてローランドで発売してもいいのでは、と思うのだが、やはり大手楽器メーカーとしては、Raspberry Piを前面に打ち出した楽器というのは、許されないのだろうか…?ちなみに、ここに描かれているイラストは、人気イラストレーターのまつだひかりさんによるオリジナルで、シンセ仙女なのだとか…。ぜひ、いつか発売されることを楽しみに待ちたいところだ。

以上、2回にわたって、Maker Faire Tokyoをレポートしてみた。海外ではMaker Faireの運営会社の経営破綻によって、今後のMaker Faireの継続が危ぶまれているが、ぜひ日本は来年以降も続けて開催してほしい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto