藤本健のDigital Audio Laboratory
第852回
Windowsユーザにオススメの万能仮想ミキサー「VoiceMeeter Banana」が凄い
2020年6月1日 10:22
先月、声優の小岩井ことりさんと一緒にオンライン会議アプリの音質比較実験を行なった(前編、後編)が、その際に彼女から教えてもらったのがVB-Audio Softwareの「VoiceMeeter Banana」というツールだった。
使ってみると、非常に柔軟性があって便利なソフトだったので、ブラックマジックデザインのスイッチャー「ATEM Mini Pro」を使ってネット生配信した時にも利用させてもらった(第849回参照)。
その後、本ソフトをじっくりチェックしてみたら、機能の数も豊富で奥が深く、Windowsユーザーにとっては非常に強力なツールであることが分かった。今回は改めてこのVoiceMeeter Bananaに焦点を当てて、どんなことができるのか、紹介してみることにしよう。
ソフトでループバックを実現するVoiceMeeter Banana
VoiceMeeter Bananaは、1999年から事業を行なっているフランスのVB-Audio Softwareという会社が開発・販売するドネーションウェアだ。つまり、とりあえず誰でも無料でダウンロードして使うことができ、とくに制限もなく使用することが可能ではあるが、「実際に気に入って使う場合は寄付をしてね」というスタンスのソフトになっている。
同社はWindows用、Mac用、iOS用、Android用など、さまざまなプラットフォームに向けたソフトを開発しているようだが、このVoiceMeeter BananaはWindows専用のソフトだ。Windowsサウンドドライバのかなり深いところに入り込んで、普通はできない“トリッキーなこと”をいろいろと実現できるツールになっている。
小岩井ことりさんとの実験においては、オンライン会議ソフトから出てくる音を録音するためのループバック用途に本ソフトを利用していた。またATEM Mini Proを使ったネット配信の際は、オンライン会議ソフトの出力をATEM Mini ProへHDMIで送るのと、オーディオインターフェイスに送るのとに分岐するためにVoiceMeeter Bananaを使った。当時は、あまりしっかり使い方をチェックしていたわけではなく、急ぎだったこともあって、手さぐりでなんとなく使ったのだが、改めて使ってみると、非常にすごいソフトだった。
ネットで「VoiceMeeter Banana」と検索すると、その活用例などがいろいろと見つかる。日本語での活用例を見る限り、ゲーム実況など、ネット配信のための使い方が多い。つまり、オーディオのループバックをソフトだけで実現できるツールとして多くの人が利用しているようだ。
一般的にループバックはオーディオインターフェイス側が対応していないとできないのだが、VoiceMeeter Bananaはハードウェアの対応なしに、ソフトだけでループバックを実現できるのだ。VoiceMeeter Bananaはオーディオドライバとして見えるので、例えばゲームサウンドの出力先を通常のサウンドデバイスに設定するのではなく、VoiceMeeter Bananaに設定することで、そこを中継して、OBSなどの配信ソフトへ送ることができる。ただ、こうしたループバックはVoiceMeeter Bananaができることの1つに過ぎない。
Windowsドライバ、WDM/KS/MME/ASIOが自由に選択できる
改めて1つ1つ見ていこう。
VoiceMeeter Bananaをインストールすると、OSや各アプリケーションからオーディオドライバとして“VoiceMeeter Banana”が認識されるようになる。たとえば、Windows設定のサウンドの出力デバイスに……
・VoiceMeeter Input(VB-Audio VoiceMeeter VAIO)
・VoiceMeeter Aux Input(VB-Audio VoiceMeeter AUX VAIO)
……と2つが見え、設定できるようになる。設定すると、何が起きるか。この状態でWindows Media Playerをはじめとする各種アプリケーションを起動して音を出しても、どこからも出てこない。音はVoiceMeeter Bananaまで届くけど、そこで終わっているからだ。
ここで、Voicemeeter Bananaのアプリケーションを起動すると、まるでミキサーかカセットMTRのような画面が出てくる。これがVoiceMeeter Bananaの本体。デバイス選択でVoiceMeeter Inputを選ぶと赤く囲んだほうのチャンネルに、Aux Inputを選択すると緑で囲んだほうのチャンネルに音が立ち上がってくる。
例えばInputに送った場合、赤い枠内に信号が来るわけだが、ここを見てみるとA1とB1のボタンがオンになっている。これは、このチャンネルからの信号がA1バスとB1バスに信号が送られる設定になっていることを表している。A1~A3がハードウェアからの出力、B1とB2がバーチャルドライバへの出力で、ループバックさせるなど、ほかのソフトへと送り出すためのものだ。
なぜデフォルトの状態で音が出ないかというと、A1の出力先が設定されていないからである。左上のA1の出力設定部をクリックすると、出力先一覧が出てくるので、ここを選ぶことで、レベルメーターが動き出すとともに、設定した先から音が出てくるようになる。
出力一覧を見てもわかる通り、同じ機材名がいくつも表示されているが、機材名の左にWDM、KS、MME、ASIOとある。それぞれWDMドライバ、カーネルストリーミング、MMEドライバ、ASIOドライバとなっており、自由に選択可能。音を出すという意味ではどれもほぼ同じだが、KSやASIOを使えばカーネルミキサー(正式名称はAudio Engine)をバイパスすることができるし、レイテンシーを縮めることもできる。
またA2やA3の出力先も設定可能で、A2やA3をオンにすれば、それぞれに同じ音を出せる。つまりPC本体内蔵のスピーカーから音を出しながら、オーディオインターフェイスからも同じ音を出すといったことが可能になるわけだ。
一方、B1のほうはVoiceMeeter Bananaとしては単に出力するだけなので、これを受け取るのはソフトウェア側の設定。例えば、OBS Studioに送るなら、OBSの音声入力キャプチャのプロパティにおいて、VoiceMeeter Bananaを設定する。先ほどの出力と同様、入力もOutputとAUX Outputの2つがあるが、OutputがB1のほう、Aux OutputがB2のほうになる。
複数のDAWの出力をVoiceMeeter Bananaでまとめることができる
ここまでがVoiceMeeter Bananaの基本的な機能だ。
ミキサーなどの扱いに慣れている方なら、この説明だけでだいたい理解できると思うが、入力チャンネルのところで音量調整したり、出力部分で音量調整できるのはもちろん、入力の3バンドEQで音質調整したり、その下にあるPANでは左右バランスの調整ができる。
このPAN。よく見るとわかる通り、単純に左右だけでなくFront、Rearとありセンターも含め5.1ch、さらには7.1chのサラウンド設定が可能なのも面白い。Soloボタン、Muteボタンの操作ができるほか、サラウンド利用時にセンターをミュートするMCも備える。
面白いのは、先ほどの緑で囲んだAux Inputに信号を送った場合は、Kボタンをオンにできること。この“カラオケ”ボタンには、ボーカルを取り除くK-mモード、ボーカル以外をもっと積極的に取り除くK-1モード、K-1よりも低域・高域がしっかりあるK-2モード、さらに声の音域とされる200Hz~4kHzを下げるKvモードなどがあるので、いろいろと使えそうだ。
また出力する側にもフェーダーがあり、ここでも出力段のボリューム調整ができるほか、EQボタンを押して右クリックすると、6バンドのパラメトリックEQが細かく設定できる。
ドライバのレベルで自由に音を調整できるミキサーであることが理解できたかと思うが、音を送り出す場合もサウンド設定でのMMEドライバだけでなく、WDMやASIOなどが利用できる。
例えば、Cubaseから見た場合、ASIOドライバとして……
・Voicemeeter Virtual ASIO
・Voicemeeter AUX Virtual ASIO
・Voicemeeter Insert Virtual ASIO
……と、3つ見える。
基本的には先ほどと同様で、Virtual ASIOだと赤く囲んだチャンネル、AUX Virtual ASIOだと緑に囲んだチャンネルに立ち上がってくるのだが、面白いのは、ASIOだけで最大4つのアプリから同じところを指定できるようになっていることだ。つまり、マルチクライアントドライバとなっているので、複数のDAWの出力をVoiceMeeter Bananaでまとめることができるというわけ。ただし、同じチャンネルに信号を送った場合、VoiceMeeter Bananaで音量バランス調整をすることはできない。
ASIOの場合は、見えるInsert Virtual ASIOは外部エフェクトをインサーションして使う。細かく解説するとキリがなくなりそうだが、System Settingの画面下にあるPATCH INSERTというところを設定することで利用可能だ。
ハードウェアから直接信号を受けとる場合の設定
さて、ここまでプレイヤーソフトやDAWなどアプリケーションソフトからVoiceMeeter Bananaに信号を送る方法について見てきたわけだが、もちろん、ハードウェアから直接信号を受けとることもできる。それが、左側に並んだ3つのチャンネルだ。
ここも左上のSelect Input Deviceをクリックして、どこから信号を受け取るかを設定する。信号がミキサーに入ってきて、先ほどと同様にA1~A3、またバーチャルドライバのB1、B2へ出すことができ、アプリケーション側からの音とミックスすることも可能。例えば、先ほどのAUX Inputを使ってカラオケを作り、そこにボーカルをミックスして、配信するといったことができる。
この際、そのハードウェアからの入力にコンプレッサをかけたり、ゲートをかけることができるほか、上のINTELLIPANなるパネルを使って、声色を調整することも可能。ローカットしたり、ハイカットできるだけでなく、フィルターをかけた感じにもできる。
さらにこのパネルを右クリックするとモジュレーションの設定画面、3DPANの設定画面に切り替えることも可能。モジュレーションの場合だと、トレモロやコーラス、フランジャー効果を出せる一方、3DPANを使うと、バイノーラルサウンドにできる。
つまりヘッドホンで聴いていて左右バランスだけでなく、上下バランスまで作り出すことができるので、これだけでも十分導入する価値があるように思う。こうしたことからも、非常に機能豊富でマニアックなツールであることが分かるはずだ。
そんなハードウェア入力を3つ備える一方、ビジュアル的に気になるのが画面右上にあるカセットテープだろう。
これは想像通りのもので、録音ボタンをクリックすれば、ミキサーに入ってきた信号をそのままレコーディングできる。録音が終わったら、再生ボタンをクリックすれば、それがそのまま再生され、A1~A3、B1、B2へ出力できるようになっている。
加えて、カセットテープ部を右クリックして設定画面をひらくと、プリフェーダーで録音するのか、ポストフェーダーで録音するのかを選択したり、サンプリングレートやビット解像度、チャンネル数などを設定できるようになっている。
Windowsでオーディオを扱う人であれば、持っていて損のないツール
さらに、VoiceMeeter Bananaの奥深くへ入っていこう。
ここまで見てきた通り、Windowsに接続したさまざまなオーディオインターフェイスやサウンド機能、さまざまな音が関係するアプリケーションを自由自在につないでいくことができるわけだが、それ以外にもネットワークにつないでオーディオを流すことができる。いわゆるVoice over IP、Audio over IPというものを実現する機能だ。
画面右上のVBANというボタンをクリックすると、このような画面が開く。上がLANからの信号の受け取り側、下が送り出し側になっているので、A1の音をネットワークへ送る設定をしてみる。
一番上をオンにするとともに、送り出し先のIPアドレスを設定。そして、LAN上にある別のWindowsマシンにもVoiceMeeter Bananaをインストールし、上部の受け手側設定をオン、送り出し元のIPアドレスを設定すれば完成。これでLAN上でオーディオのやり取りができるようになる。
レイテンシーも極めて小さく、別のマシンからも音が出てくるのにはちょっと驚いた。しかも単純にプレイヤーの音を出すだけでなく、DAWからの音が出せるし、逆にDAWに対して音をレコーディングするということも可能なので、アイディア次第でいろいろなことができそうだ。
なお、このVBANの設定でMIDIを飛ばすこともできるようなのだが、どうもうまく動かすことができなかった。もしかしたらrtpMIDIなどのインストールが必要なのかもしれないが、この辺はまた改めて試してみようと思っている。
そのほかにもBUSに対してグラフィックイコライザを使う機能、各バスごとに入力と出力をマトリックスで調整していく機能、ボタンにマクロを設定する機能……と本当に機能が盛りだくさん。
MIDI機能を含め、まだ把握しきれていない機能もいろいろあるが、Windowsでオーディオを扱う人であれば、持っていて損のないツールだと思う。