藤本健のDigital Audio Laboratory

第971回

ヤマハ配信ミキサーにビッグな兄貴! 8ch入力+多機能「AG08」は買って間違いなし

ライブストリーミングミキサー「AG08」

1月26日、ヤマハからライブストリーミングミキサー「AG08」が発表され、2月2日に発売が開始された。本機はすでに発売されている「AG03mkII」「AG06mkII」など、AGシリーズのフラッグシップモデルとの位置づけの上位機種で、価格も96,800円というこの手の機材ではかなり高価なモデルだ。実際どのような製品なのか、音質チェックと合わせて、紹介していこう。

Yamaha Live Streaming Mixer: AG08

8ch入力になった「AG08」。CH1はボイチェンが利用可能

ヤマハのAGシリーズは、ネット配信用のミキサーとして、多くの実績と高い人気を誇る機材である。品薄気味だった初代「AG03」「AG06」は、コロナ禍が始まった当初はまったく手に入らない状況になり、ネットオークションなどではかなりの高値で売買が行なわれていたほどだ。

その後、先日紹介したAG03mkII、AG06mkIIという後継機が登場するとともに、マイク一体型の「AG01」が登場。これらもなかなか入手できない状況だったが、最近ようやく量販店や楽器店、ネット通販などで在庫を見かけるようになってきた。

そんな中、突然発表されたのが、今回取り上げるフラッグシップモデルのAG08だ。

AG03mkII、AG06mkIIなどと同様、ホワイトとブラックのカラーバリエーションを用意するが、手元にあるAG03mkIIと並べてみると、その大きさの違いが分かるだろう。3chの入力を持つAG03mkIIに対し、8chの入力を持つAG08は、チャンネル数が多い分、大きくなっているが、トップパネルの板面はほぼA4と同じサイズ。机の上に置いて、あまり邪魔にならない大きさではある。

「AG03mkII」(左)と「AG08」

では、AG08はAG03mkIIやAG06mkIIと入力が違うだけなのか? というと、そうではない。

入力数が増えているのはもちろんだが、それ以上に機能的な進化面が大きく、ほかのどのメーカーのミキサーにもないユニークな面を持った、まさにパソコン用、配信用のミキサーとなっているのだ。もともとAG03mkIIやAG06mkIIなども、非常に多くの機能を持っていたが、AG08はそれ以上に多くの機能があるので、順を追ってみていこう。

まずは、8chのミキサーとして見ていくと、CH1用、CH2用、CH3/4用、CH5/6用、CH7/8用の5つのフェーダーが並んでいる。

それに対応する形で、リアに入力ジャックが並んでいるわけだが、CH1およびCH2はコンボジャックとなっていて、それぞれにマイク接続ができる。またそれぞれに+48Vのファンタム電源スイッチがあるからコンデンサマイクの接続も可能だ。

背面の入力ジャック
コンボジャックのCH1とCH2。マイク接続が可能
コンデンサマイクの接続にも対応する

ただ、CH1とCH2は若干役割が異なる。

CH1は基本的にマイク専用であり(ライン入力も可能)、ここにCOMP/EQボタンをONにすることでコンプレッサ/EQがかけられることに加え、VOICE CHANGERボタンをONにすることで「ボイスチェンジャー」も利用できるのが大きな特徴だ。

ボイスチェンジャーも利用可能

左側には、PITCHとFORMANTのパラメーターがあるので、これらを使って、声を変化させることができる。FXボタンをONにすれば、リバーブおよびディレイも使える。

PITCHとFORMANTのパラメーター
FXボタンをONにすれば、リバーブ、ディレイもできる

この際、プッシュ式のノブを押すことで、リバーブ、ディレイ、リバーブ&ディレイとモード変更も可能で、加減をノブで調整できる。これらの設定はCH1 PRESETとして4つあるボタンでプリセット切り替えが可能。例えば、リバーブを深めにかけたボーカル用の設定や、ボイスチェンジャーを使った変声の設定などを一発で切り替えることが可能なのだ。

ノブを押すことで、モードが切り替えできる
プリセット切り替えボタン

CH2のほうもCH1同様マイク接続ができるし、EQ/COMPボタン、FXボタンも備え、各エフェクトはかけることは可能だが、CH2にはボイスチェンジャー機能は装備されていない。

一方で、コンボジャックにギターを接続するとともに、GUITAR(Hi-Z)ボタンをONにすることで、ギター入力用へと変わり、AMP SIMボタンをONにすることで、アンプシミュレーターをかけることが可能になっている。

CH2は、アンプシミュレーターをかけることができる

本体上ではアンプシミュレーターのON/OFFしか切り替えができないが、後述するAG08 Controllerというアプリを使うことで、より細かくアンプシミュレーターの調整が可能。なお、同アプリでは前述したCOMP/EQやボイスチェンジャー、リバーブやディレイの詳細設定も行なえるようになっている。

CH3~8には、LINE/USBボタンを装備

CH1・CH2には、各種エフェクトが標準で搭載されており、それらエフェクトはすべてDSP処理であるためPCに負荷がかからないというのもAG08の特徴なのだが、面白いのはここから。つまり、CH3/4、CH5/6、CH7/8こそがAG08の真価を発揮する部分なのだ。

まず外部からの入力端子を見ると、CH3/4は標準ジャックのライン入力、CH5/6はRCAピンジャックのライン入力または3.5mmのライン入力、CH7/8はスマホ接続を想定した4極入出力端子となっており、それぞれの入力が先ほどのフェーダーに立ち上がってくる。

背面の入力

と、ここまでは、ごく普通のミキサーなのだが、ユニークなのは、このCH3/4、CH5/6、CH7/8にLINE/USBというボタンが装備されているという点。LINE側に設定していれば、今のアナログの入力端子からの信号が立ち上がるのに対し、USBにするとPC側からの信号が立ち上がるようになっているのだ。

LINE/USBボタン(写真上)

ここで、Windowsのサウンド設定の出力部分を見てみると「Yamaha AG08」と書かれたものが3つあり、それぞれ「CH3/4」、「CH5/6」、「CH7/8」と独立して選択できるようになっている。

Windowsのサウンド出力設定

同様にMacのサウンド出力をみると「Yamaha AG08 Streaming/CH3-4」、「Yamaha AG08 Voice / CH5-6」、「Yamaha AG08 / CH7-8」とあり、さらに「Yamaha AG08 DAW」というものが選択できるようになっている。

つまり、アプリケーションごとにチャンネルを設定することで、AG08のフェーダーに別々に立ち上がってくるのだ。

Macのサウンド出力設定

もともとWindowsの場合は、マルチポートのオーディオインターフェイスのチャンネルが別々のドライバとして見えるものは多くあったが、Macの場合、あくまでも1つのオーディオインターフェイスとして見えるのが一般的。本機のように別々のオーディオインターフェイスのように設定できるのは便利な点だろう。

例えば、CH3/4には音楽プレーヤーからの音、CH5/6にはゲームからの音、CH7/8にはZOOMからの音、というように設定できるわけだ。

こうした割り振りは、Windowsの場合にはサウンド設定の音量ミキサーを使うことで、アプリごとに個別に設定していくことができるが、Macの場合にはそうした機能がないため、アプリのサウンド設定機能に頼るしかないのが実情。ZOOMのようなオンラインミーティングアプリやDAWなどであれば、そうした設定ができるはずだ。

Windowsのサウンド設定。アプリごとに個別設定できる
Mac版ZOOMの設定画面

配信に便利なSTREAMINGボタンと、6つのSOUND PAD

LINE/USBボタンとともに、注目すべきなのが、この3つのフェーダーの上にあるSTREAMINGのON/OFFスイッチだ。ここでいうSTREAMINGとは、OBSなどの配信でPCへ送る信号という意味。

その話の前に少し紹介しておきたいのが、AG08のミックスには様々な形がある、という点。まずは、一般的なミキサーとしてのメイン出力というかモニターアウト。

背面のモニターアウト

リアパネルの一番左にあった、キャノンおよびTRSフォン端子のL/Rがそれ。ここにモニタースピーカーなどを接続しておけば、AG08でミックスした音が出てくる。

これと同じ信号がトップパネル右上にある、ヘッドフォン端子の1番にも出てくる。このメインのモニターアウト用にはMONITOR、ヘッドフォン1用にはヘッドフォン1の音量調整ノブが別々に割り当てられている。

ヘッドフォン端子

そしてご覧いただくとわかる通り、ヘッドフォン1の左側には、ヘッドフォン2用の音量調整ノブがあるが、モニターアウト/ヘッドフォン1とは少し違う信号となっている。

何が違うのかというと、それぞれの音量調整ノブの下にあるMIX MINUSが関係してくる。

MIX MINUS

MIX MINUSとは、その名の通り「ミックスからマイナスする」というもので、CH1ボタンをONにすると、ミックスされた音からCH1の信号だけがオフになる。このボタンが効くのは、モニターアウトとヘッドフォン1だけなので、ヘッドフォン2には影響しない。逆に、MIX MINUSのCH2をオンにすると、ヘッドフォン2側だけCH2信号がオフになる。

これが本体から出る音のミックス結果だが、これとは別に、PCへ送られる信号が3種類ある。それがSTREAMING、AUX、VOICEのそれぞれであり、そのSTREAMINGに乗せるかどうかを決めるのが、STREAMINGのON/OFFスイッチ。それを現したのが下図だ。

要は、アプリ側でSTREAMING、VOICE、AUXのどのドライバを掴むかによって、アプリ側に入ってくる音が違ってくるというわけだ。例えば、OBSにはSTREAMINGを送りつつ、ZOOMではVOICEを割り当てておくことで、ZOOMで会話しているお互いの声をOBSで配信する一方で、ZOOM上には相手の声が乗らないので、フィードバックを起こさずスムーズな会話が可能になる、といった具合である。

もう一つ、AG08に搭載された便利な機能が、フロントパネル右下にあるSOUND PADだ。

SOUND PAD

6つのボタンにはデフォルトで、「ジャジャン!」「ピポピポン」「ブブー」といった効果音や拍手、歓声などが割り当てられている。それぞれのパッドに録音していくこともできるし、AG08 Controllerアプリを使うことでWAV、MP3、FLACファイルを割り当てることも可能。ただし時間的には最大5秒という制限があるようだ。

WAV、MP3、FLACファイルを割り当てることも可能

詳細設定には欠かせないアプリ「AG08 Controller」

AG08 Controllerについてもう少し見ていくと、これは従来のAGシリーズと同様で初心者にもわかりやすいSimpleモードと、エフェクトなどについて理解しているユーザー向けのDetailモードがある。

AG08 Controllerの「Simple」モード
「Detail」モード

Ditailモードでは、CH1およびCH2のCOMP/EQの設定ができるほか、VOICE CHANGERの設定画面、アンプシミュレータの設定画面、そしてリバーブ・ディレイの設定画面が用意されている。

VOICE CHANGERの設定画面
アンプシミュレータの設定画面
リバーブ・ディレイの設定画面

いずれも、本体だけではできない様々なパラメータ設定ができるようになっており、音を作り込む場合は、同アプリが必須だ。ただ、一度設定すれば、本体が設定をメモリーしてくれるので、設定後はアプリは閉じてしまってもいいし、PCとのUSB接続を切り離してしまってもOK。

また、このAG08 Controller画面を見るとわかる通り、CH3/4、CH5/6、CH7/8にはDUCKERというスイッチが搭載されている。スイッチをONにすると設定画面が現れるが、これはサイドチェインを利用した、いわゆるダッキング効果を得るためのもの。

ダッキング効果のソースとしてCH1、CH2、CH1&CH2の3種類を設定できるようになっているのだが、CH1のマイクからの声が入ってくると、CH3/4の音量を自動的に下げる、といったことが行なえる。

DUCKERの設定画面

最終段のSTREAMING部分にはマキシマイザーが搭載されている。設定画面を開くと、L・M・Hの3バンドのマキシマイザーになっており、音圧調整ができる。

マキシマイザーの設定

以上、ざっとAG08の機能を紹介してみたが、ブロックダイアグラムを見ると、各信号の流れが分かるはず。本機をWindowsで使うか、Macで使うかによって、ドライバ回りが少し異なるため、ブロックダイアグラムが分かれているのも面白いところ。

Windowsの場合
Macの場合

サンプルレートは48kHz限定。レイテンシー性能は優秀

最後にオーディオインターフェイスとしての入出力性能についてもチェックしてみた。

いつものようにRMAA Proを使って測定したのだが、この際メイン出力であるモニターアウトをCH3/4にループ接続させる形で試してみた。その結果が、下の画像。

テストを行なって気づいたのだが、AG03mkIIやAG06mKIIは44.1kHz~192kHzまでのサンプリングレートに対応しているが、AG08の場合は48kHz限定。配信目的であればこれで問題ないはずだが、ハイサンプリングレートでの使用が必須の場合には対応できないので、その点のみは注意が必要だ。

もうひとつ行なった実験がレイテンシーのテスト。

いつも使っているASIO Latency Test Ulitilityだと、細かな設定が行なえず、内部で音がループしてしまうため、以前取り上げたRTL Utilityを使って試してみた。

AG08はUR22Cなどと同様にYamaha Steinberg USB Driverを使うが、ドライバモードをStedy、Standard、Low Latencyの3つから選択できるようになってるので、ここでは一番レイテンシーが小さいLow Latencyを選択した。

その上で一般的な128 Samplesと、一番小さい32 Samplesのそれぞれでテストした結果がこちら。これももちろん48kHzのみでのテストではあるが、3.833msecという結果は、優秀な結果といっていいのではないだろうか?

128 Samplesの場合
32 Samplesの場合

96,800円という価格は安くはないけれど、配信用として圧倒的に使いやすいミキサーであり、セッティングや運用における効率が非常に上がる機材であることは間違いなさそう。

音質面でも申し分のない性能なので、ネット配信における音回りの改善を考えているのであれば、買って間違いない機材だと思う。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto