藤本健のDigital Audio Laboratory

第993回

手のひら1台で超立体!? 独自サラウンド技術のスピーカー「pavé」って何だ

Bluetoothスピーカー「pavé」(第二世代)。写真は開発中のもの

日本の技術ベンチャー企業「Cear」(シーイヤー)から、革命的ともいえるユニークなスピーカーがクラウドファンディングの形で間もなく発売される。「pavé」(パヴェ)というコンパクトなスピーカーなのだが、再生させるとその音は目の前のスピーカーからではなく、50cm~1mほど左右に広がったあたりから聴こえてくるのだ。

リバーブがかかったような形で広がるのではなく、音像はしっかりした状態。目をつぶったら大きなスピーカーが左右にあるかのように音が聴こえてくる。実際、そのプロトタイプでサウンドを体験させてもらうとともに開発者に話を伺うことができたので、これがどんなものなのか紹介してみよう。

リアルタイム処理で臨場感を再現するpavé

「飛び出す絵本」ならぬ「飛び出すスピーカー」、と表現するのがいいのだろうか。Cearが開発した小さなスピーカーpavéは、そんな体験をさせてくれる不思議なスピーカーだ。

音が出ているのは目の前、テーブルの上に置かれた小さな立方体型ともいえるスピーカーなのに、音はそこから聴こえず、ちょうど自分の耳の高さ辺りの、左右から音が出ているように感じられる。もちろん、その位置にはスピーカーがあるわけではなく、音の発信源は小さなpavé。

まさにマジック、魔法のようなことだが、これはDSPを用いたリアルタイム信号処理でどんなステレオサウンドでも、こうした“飛び出すスピーカー”を実現できるというのだ。ただし、ステレオのオーディオ信号であることが重要で、モノラルのオーディオ信号の場合、音は真ん中から音が出てくる形となる。

このpavéの音を聴いたのは、本体から50cm程度離れた位置。多少頭の位置を動かしても、その立体感は変わらないが、1~2mほど左右にズレた位置で聴くと、急に音はpavéから聴こえてくるようになるのだ。まさに魔法が切れたような状況になる。

開発途中の「pavé」(第二世代)を聞く筆者

このように立体感を演出するスピーカーというのは、これまでもいろいろあったが、そのほとんどは、確かに広がるけれど、リバーブをかけたようなサウンドになるものであり、音を少し広げるエフェクトという類のものだった。

が、このpavéはリバーブのような反響音的なものではなく、スピーカーから音が飛び出すような形で聴こえるので、実際に音を聴いてみれば、従来の立体感を演出するスピーカーとはまったく種類が異なるものであることが分かるはずだ。

ただし、筆者にとってこうした飛び出すスピーカーの体験は今回が初めてというわけではない。4年前にTrigence Semiconductorという会社が開発した「Dnote-LR+」という技術で、そっくりな体験をしたことがあり、第823回、第824回の記事で紹介している(Trigence Semiconductorは2022年5月に解散してしまった)。

でも、今回体験したpavéは、そのDnote-LR+とはまったく別の技術を使っているようだし、Cearはそれよりはるか以前から立体音響に取り組んでいる。

実は、今回登場するpavéは2代目であり、初代のpavéは2016年に誕生し、製品化されていたのだ。現在はすでに生産完了しているとのことで、これから第2世代へと移行していくタイミングなのだ。またこの飛び出すスピーカーの技術はCear Fieldという名称で確立しており、他社からもCear Fieldを搭載したスピーカーが製品化されていたのだ。

そんなpavéについて、シーイヤー代表取締役の村山好孝氏、取締役の廣木洋介氏、そして音響事業情報部 戦略室室長の高岡仙氏の3人にお話しを伺ってみた。

第一世代は発売済み。キモの技術は特許のサラウンド再生「Cear Field」

――先日のQualcomm(クアルコム)のSnapdragon Soundの取材の際に、“音が飛び出すスピーカー”のデモを体験させていただきましたが、先日のポタフェス2023夏 秋葉原で出展されたという話を聞いて、今回伺いました。ポタフェス出展は今回が初だったのですか?

村山氏(以下敬称略):ポタフェスはコロナ前にクアルコムさんのブースの中で、aptX Adaptiveのプロトタイプ品を出展したということがありました。その後、製品を出そうと考えていたのですが、コロナ禍になって自社製品展開を大々的に行なうのが難しくなったことから、地道に受託開発を3年ほど続けていました。

ですが、当社もシーイヤーとして独立してから6年目。ようやくコロナも明けたので、いよいよ自分たちの製品も表に出していきたい、核となる事業を展開していきたいという思いから、先日のポタフェスで、シーイヤーとして初めて出展しました。

――この音が飛び出す技術、かなり画期的なものだと思いますが、今回突然誕生した、というわけではないんですね。

廣木:はい。第一世代のモデルは、2016年に「Cear pavé」という名前で、ギズモード・ジャパンを運営するメディアジーン社が立ち上げた「machi-ya」というクラウドファンディングで発表しています。

machi-ya自体は、その後CAMPFIREに吸収されましたが、pavéはmachi-yaの第1号案件としてスタートした形でした。7年前は、まだ今ほどクラウドファンディングがメジャーではない時代でしたが、目標の400%近く、具体的には470人、7,832,900円を集めて、大きな成功となりました。技術としてはCear Fieldを使っているということで当時から打ち出していました。

高岡:クラウドファンディング終了後は一般販売も行ない、流通にも乗せました。すでに生産は終了して在庫限りという形ですが、現在でも当社サイトからであれば購入いただける形となっています。

――全然知りませんでした……。音が飛び出すという意味では初代のpavéも、今回の新しいpavéも同じなのですか?

廣木:内部のDSPの処理パワーが、当時のものと現在とでは大きく異なるため、より高精度になっています。加えて、さまざまな機能を追加しているところですが、「Cear Field」という技術の基礎部分、基本的な考え方は同様です。またこうした立体音響技術については、長年取り組んできています。

村山:当社メンバーのほとんどは音響処理をバックグラウンドにしてきており、私自身も3D音響に関わってからそろそろ20年を超えようとしているところです。大学4年のころから研究を行っていて、大学院を経て、ずっとこうした研究開発を行なってきました。以前は、ガラケー時代に携帯に搭載されている小さなスピーカー2つを使って、音を立体的に飛び出させる……といった技術を開発したりもしていました。

その後、2011年に共栄エンジニアリングの中で研究開発をするようになり、当時の共栄エンジニアリングの社長から「自分たちの技術に名前を付けたほうがいいよ」と言われ、「Cear Field」という名前を付けるとともに、複数の特許も取得し、完全に我々のオリジナル技術として展開しています。

シーイヤー代表取締役の村山好孝氏

――「Cear Field」とは、どのような技術なのか、簡単に教えてもらえますか?

村山:HRTF(頭部伝達関数)を使って……という技術は昔からありますし、このCear Fieldもそれらの技術をベースにはしています。ただ、他にはない、さまざまな技術を盛り込んでいます。

大きく分けると2つの特許技術があります。1つは入ってきたオーディオ信号をリアルタイムに分析し、広げるべき成分と、そうではないものを瞬時に分ける音源分離です。ここでは左右の位相差や振幅差などに着目して音源を分離するのです。位相と振幅が揃っているものがセンターでありど真ん中の音。それ以外の音を、その後に位置をズラすのです。それぞれを適切な位置に分配する。もう1つは分離した音源をクッキリした形で成り立たせるための信号処理です。

――クッキリした形だからこそ、浮かび上がってくるわけですね。何をどうしているのですか?

村山:スタジオで音を聴いている方であれば、ご存じだと思いますが、スピーカーって設置場所をズラしただけで、周波数特性=f特性が変わってしまいます。そのため、この現象を真面目にシミュレーションしようとすると、正面にあるスピーカーの音を左右に広げると、音質が大きく変わってしまい、音がボケたり、にじんたりするのです。それをうまく補正する、というのがCear Fieldの技術なのです。

――いまいちピンと来ないのですが、もう少し優しく教えてもらってもいいですか?

村山:正面にあるスピーカーからの音をフラットと考えると、スピーカーの位置を10度ずらしただけでも、音の周波数特性は大きく変わり、高い周波数ほど大きく目立つ形になり、60度ズラすと7kHzあたりで10dBを超える形になります。

別の見方をすると、60度ズラした位置の音をフラットと考えると、10度とか正面に持っていくと、高域の音が大きく下がってしまうのです。そのため、同じ音を聴いていてもスピーカーの位置が変わると、聴こえ方が大きく変わってしまう。そこで、そうしたf特の変化が起きないように、元のイメージを保つように適切なイコライジングをしてやる、ということをしているのです。

Cear Fieldの「Sound Image Localization based Equalizing」

村山:この処理を強調して、ある意味、デフォルメしたサウンドにすることで、飛び出させたい場所からクッキリした音で出すことができるようになり、広がりを感じさせるような処理ができるのです。ただ、以前発売したpavéでは、プロセッサの処理量が大きくなかったため、この後処理のほうはやっていませんでした。AVアンプに入っているようなDSPであれば可能だったのですが……。今回は処理量が大幅に向上したので、実現できました。

――新しいpavéでは、音源をいくつに分離して処理しているのでしょう。

廣木:単純に、センターと左右のLCRの3つにしています。将来的にはサラウンドのように5つに分けたり、場合によっては高さ方向での分離をして処理をするなど、いろいろできそうですが、この辺はプロセッサの処理速度にもよると思います。

今回搭載したのはQualcommのQCC5181というチップで、かなりの処理能力を備えています。初代のpavéでもファームウェアを何度もアップデートしながら、新たな機能をいろいろ追加していきましたが、今回もクラウドファンディングを展開しながら、できる機能を拡大していきたいと思っています。

取締役の廣木洋介氏

pavéは、世界初のSnapdragon Soundスピーカーに?

――新しいpavéの、具体的なクラウドファンディングのスケジュール等は決まっているのでしょうか?

高岡:先日のポタフェスでも少し案内をさせていただきましたが、今年9月ごろにGREENFUNDINGを通じてスタートさせる予定です。価格は現在、検討している段階ですが、おそらく3万円前後になるかと思います。

3カ月の募集をかけた上で、12月には出荷したいと考えています。機材の大きさ的には、以前のpavéと比較して若干大きく、少し奥行きが長くなる形ですが、実際に持って比べてみると分かる通り、それほど変わらないと思います。

出力は大きくなっていて、初代が3W+3Wだったのに対し、今回のものは15W+15Wとかなり大音量まで出せるようにしています。またバッテリー内蔵で単体で使うことができ、USB Type-Cを使って充電する方式となっています。

写真の左側のモデルが、初代の「pavé」
音響事業情報部 戦略室室長の高岡仙氏

――オーディオの入力方式はどうなっているのでしょう。

廣木:QualcommのSnapdragon Soundのチップを搭載したBluetooth LE Audio対応なので、aptX Adaptiveの96kHz/24bitやaptX Losslessなどにも対応を予定しています。もちろんアナログのステレオミニでの入力も備えているほか、USBオーディオにも対応しています。

Snapdragon Soundに対応したスピーカーはまだ世の中に存在していないと思うので、できれば世界初になるよう進めていきたいと思っているところです。一方で、このpavéにはマイクも搭載しているのです。

「pavé」は、世界初のSnapdragon Sound対応スピーカーを目指しているという

――マイクを搭載しているとは、どういうことですか?

廣木:当社では、以前iPhone用のステレオマイクとして「Cear DOMINO/2 MIC」という製品を出しています。これもDSP処理をして狙った音を拾えるようにしたマイクなのですが、それを進化させたようなマイクを搭載します。

具体的には複数のマイクを埋め込んでそこから音を拾った上で、Snapdragon Soundで処理を行ないます。これによって周りの騒音を抑えて自分の声だけをキレイに抽出する……といったことが可能になります。たとえばZoomの会議などで利用することで快適にご利用いただくことが可能になります。

手にしているのが、iPhone用のステレオマイク「Cear DOMINO/2 MIC」。開発中の第二世代pavéは天面に複数のマイクを搭載するという

――音が飛び出すだけでもスゴイのに、いろいろな機能がありすぎて、ユーザーが理解できるのか心配になってしまうほどです。

廣木:ただ、もっともっといろんな機能を載せていきたいと思っているのです。クラウドファンディングスタート時にすぐに発表できるかは分かりませんが、複数のpavéを組み合わせて利用できるようにする……といったことも企画しています。

もともとpavéはフランス語で、石畳を意味する言葉です。「1個でも楽しめるけど、敷き詰めて使ってもらいたい」という思いで名づけました。もっとも初代のpavéではプロセッサの処理パワーがそこまでなかったため、複数台を連携して……という部分は実現させることができなかったのですが、今回はそんなことも実現させていく予定です。

――今回搭載するのはQualcommのQCC5181ということでしたが、以前のpavéではどんなチップを使っていたのでしょう。

村山:当時Bluetoothチップの広く使われていたCSR(Cambridge Silicon Radio)チップを使っています。CSRは2015年にQualcommに買収されており、現在のSnapdragon Soundのベースにもなっているチップではありますが、そんなCSRチップを使っていたことで、Qualcommから声がかかり、現在はSnapdragon Soundに関する国内唯一の認証試験サポーターとして、さまざまな測定ができるラボも備えるようになりました。

――Cear Fieldを中心とするシーイヤーの技術、大手メーカーからライセンスしてほしい、といったニーズも多くありそうですが、その辺はどのように展開するのですか?

村山:もちろん、これまでもお声がけいただいたりしていますし、2017年にはFOSTEXのカスタムオーディオブランド、KOTORIからリリースされた「KOTORI 501」というワイヤレススピーカーに搭載されたこともありました。

ただ、大手メーカーに採用してもらうには、いろいろなハードルがあることも事実です。とくに、製品化という意味では、ライセンスすればすぐに使えるというわけではなく、この音が出るようにするためには、一から開発していく必要があったため、ビジネスとして効率が悪すぎる……という面もあったのです。そこで、まずは自社製品を展開した上で、その次のステップとして効率いい形で社外への供給を、ということを考えているところです。

――今回のpavéをキッカケにオーディオメーカーとしてもシーイヤーの名前が広がっていきそうですし、オーディオ処理技術を持つ企業としても広く知られていきそうですね。

村山:実は当社の技術は再生系よりも、収音系のほうがニーズが高く、受託開発などを含めても収音系のほうで収益が上がっているというのも事実です。とくにビームフォーミングなどを活用し、狙った方向の音だけを収音するという技術は、補聴器・収音機器の世界でも求められており、補聴器メーカーとの共同研究なども進めているところです。

またAIが言葉を解釈できるようにするための収音のコンサルティングといったことを行なうなど、分野もいろいろ多岐にわたっています。こうした収音技術、そして今回のpavéに採用されるCear Fieldなど含め、幅広く展開していければと考えています。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto