藤本健のDigital Audio Laboratory
第982回
Bluetoothも“ロスレス”が当然に!? クアルコム「Snapdragon Sound」がやってくる
2023年4月24日 08:00
「Bluetoothオーディオ」はワイヤレスで便利ではあるけれど、オーディオ圧縮による音質が気になる人は少なくないはずだ。しかし、技術進化とともに状況は変わってきている。
例えば、Qualcomm(クアルコム)の技術「Snapdragon Sound」を使えば、44.1kHz/16bitのロスレス伝送に加え、ロッシーではあるがハイレゾ伝送も実現可能。その上、遅延もかなり小さく抑えられるようになっているという。
同技術を利用するには、プレーヤー側はもちろん、イヤフォンやヘッドフォン側もSnapdragon Soundをサポートすることが求められる。しかし、すでに対応機器も登場し始めており、2023年末までには、かなりの数の対応製品が登場してくる見込みだ。Snapdragon Soundとはどのような技術なのか、クアルコムに話を聞いてみた。
進化するBluetoothオーディオ
第943回の記事で、Bluetoothオーディオの次世代規格「LE Audio」について、ソニーの担当者に話を聞いたが、ひとことで“Bluetoothオーディオ”といっても、さまざまな規格があり、規格を利用するメーカーらが協調しあいながらも、競争を繰り広げている世界だ。
そのBluetoothオーディオの規格作りを主導するメーカーの1つが、クアルコムだ。高音質・低遅延として評価の高いコーデック「aptX」もクアルコムによるものである。
そんな彼らが、いま積極的に展開しているのがSnapdragon Soundと呼ぶ技術だ。Snapdragon Soundを採用したヘッドフォンやイヤフォンが少しずつ登場してきているが、これらとSnapdragon Sound対応スマホなどとを接続することで、より高音質、高機能、低遅延なオーディオが楽しめるようになる。
詳細を聞こうと取材を申し込んだところ、東京・台東区にオフィスを構えるシーイヤー株式会社でデモなどを実演しながら話を伺えることになった。シーイヤーはSnapdragon Soundに関する国内唯一の認証試験サポーターとして、各メーカーの開発を支える企業であり、様々な測定ができるラボを備える。
実は今回の取材時、シーイヤーが持つ非常に面白い技術を体験できた他、測定に使われてるラボも拝見する事が出来た。聞けば、新技術も披露すべく、現在鋭意開発中とのこと。それを含め、同社は別の機会に改めて紹介しようと思っている。
ついにBTでCDロスレスを実現した「Snapdragon Sound」
クアルコムの製品マーケティング・スタッフマネージャーの大島勉氏に話を聞いた。
――Snapdragon Soundとはどのようものなのか、概要を教えてください。
大島氏(以下敬称略):基本的な特徴として大きく4つが挙げられます。まずは低遅延であること、これによりゲームにおいてストレスのないプレイが可能になります。2つ目が今回のメインテーマだと思いますが、ロスレスおよびハイレゾでの音楽ストリーミングが可能であること。このロスレスとはCDロスレス、つまり44.1kHz/16bitでのロスレスを意味しています。
大島:そして3番目は低遅延で切れにくく、高音質であるということです。2.4GHz帯はさまざまな電波が飛び交っていますが、堅牢な接続性を維持できる技術も大きな特徴です。そして4番目はBluetoothクラシックやLE Audioとの互換性を保っていることです。Bluetooth SIGのLE Audioワーキンググループの中でクアルコムがリーダーシップを発揮してきましたし、当然ここをサポートしていく、ということです。
――Snapdragon Soundはいま、第2世代に入ったというニュースを見ました。ただ、まだ対応機器は少ないように思います。現状どのようになっているのでしょう。
大島:スライドにあるものがすべてではないのですが、75ブランドが参画し、94種類のデバイスが発売されています。
大島:モバイルフォンメーカーとしては、日本ではソニーやシャープ、アジアではASUSやoppo、Xiaomi。そしてアクセサリメーカーでは、オーディオテクニカ、ヤマハ、final、 Noble Audio、シーイヤーさんもここにあります。先日は、ボーズから対応製品の発表がありました。Snapリリースから間もないこともあり、多くの製品が開発中であるため、今後さまざまなものが一気に出そろってくると思います。
――Snapdragon Soundを使うことで、従来のBluetoothオーディオと比較してどんな違いがでてくるのですか?
大島:それを示すのが、下図になります。左から順番に見ていくと、まず音楽ストリーミングにおけるサンプリングレートは96kHzまで扱えるようになります。これによってハイレゾ対応となるわけです。
大島:そして、CDロスレスを実現できるようになったのも重要なポイントです。ご存じの通り、CDの44.1kHz/16bitを非圧縮で伝送すると1,411kbps(1.4Mbps)となります。これを少しロスレス圧縮して“1.1Mbps”で伝送することで、ロスレスを実現しているのです。
さらに、通話品質も向上しました。従来の16kHzのサンプリングレートでは、どうしても通話品質が落ちてしまいましたが、32kHzにすることでクリスタル・クリア・ボイスを実現しています。
大島:そして低遅延というのも大きな違いです。他社の場合、遅延は146msとなっています。モバイルフォンから、チップ・ソフトウェア開発、そしてイヤフォンまで幅広く展開していますが、それでも146msという数値です。ここに他社製品などが入ると、200ms、300ms、大きい場合は500msを超える遅延が出るケースもあり、これではさすがにゲームなどはできないような状況です。
大島:われわれのSnapdragon Soundの場合、特定のSnapdragonプロセッサが入っていることが条件とはなりますが、48msを実現できます。この技術がデビューしたのが2021年3月なので、もう2年経過している形ですが、ヘッドフォン・イヤフォン用のSoCとして、用途に合わせて数種類を用意しています。
大島:一番上の「QCC518x」「QCC308x」はつい最近アナウンスしたばかりのSoCですが、「QCC5171」「QCC3071」を含め、上位2つで、CDロスレスや48msの低遅延をサポートしています。今後手頃な価格で、こうしたものを実現するデバイスが登場してくると思います。
――従来Bluetoothでのオーディオ伝送スピードは、990kbpsくらいが最高といわれていたように思います。どのようにして1.1Mbpsまでいけるようになったのでしょうか。これは普通のBluetoothではない通信方式を使っているのですか?
大島:あくまでもBluetoothを使っていますが、トランスミッター側、レシーバー側それぞれにクアルコムのチップを使うことで、1.1Mbpsまで高速化できるようにしています。ここでは独自の技術 Qualcomm Bluetooth High Speed Linkを使っており、これによってスループットを上げることができ、さらに1,411kbpsのオーディオをロスレス圧縮することで1.1Mbpsで伝送できるようにしているのです。
――ついにBluetoothでロスレス再生ができるようになる、というのは感慨深いものがあります。
大島:Bluetoothで利用できるコーデックが進化してきたというのが大きいと思います。音質に関しては、いまもSBCの印象を持っている方も少なくないとは思いますが、SBCとAAC、ロスレスの音質の違いを示したグラフがあるので、これを見るとわかりやすいと思います。
大島:図の“白っぽい部分”が失ってしまった情報を示しています。ロスレスであれば、まったくデータ欠損がなく高音質である、ということになります。もっとも、常に1.1Mbpsでロスレスでの伝送が行なわれるというのではなく、通信環境に応じてビットレートを変えるテクノロジーを持っていますので、環境が悪くなっても音が途切れることなくスムーズに切り替えるようになっています。
大島:通信環境が良くない、と判断すると、1.1Mbpsのフルスループットを使わずに、ビットレートを下げるために圧縮率を高めていきます。例えば400kbpsにしようとか、一番低い通信速度では110kbpsとか120kbpsくらいまで落とすわけです。この際、サンプリングレートを変えずに圧縮率を高めていくので、ほとんど違和感なく聴いていることができるのが特徴です。
また、ユーザーが何を聴いているのか、プロセッサが状況を解析をしたうえで、それに合わせたコーデックを選択するようにもなっています。ハイレゾの音楽を聴いているのであれば、それに合わせたコーデックにするし、ゲームをしているユーザーに対しては、「低遅延を重要視しているな」とか、「YouTubeを見ているユーザーも低遅延が重要だな」とように判断し、状況に応じてコーデックタイプを切り替えていくようになっているのです。
――Bluetoothで1.1Mbpsを実現し、CDロスレスを伝送できるという技術はいつごろできていたのですか?
大島:もともとのロスレスの技術は、当社のR&D部門で研究を続けていました。Bluetoothという枠ではなく、研究を進めていて、かなり以前から実現していました。今回のキーポイントは“限られたスループットの中でロスレスを実現する”ということ。さまざまな知的財産を使い、CDロスレスを実現しています。これは比較的最近のことです。
――環境に応じて通信速度を切り替えるとともに、圧縮率も変える、とのことでしたが、ユーザー側で“現在ロスレスでつながっているかどうか”を知る手段はありますか?
大島:それは各アプリ側、イヤフォン・ヘッドフォンのデバイス側に委ねられています。つまり、アプリに現在どういうモードで動作しているかの表示機能を持たせれば確認できますし、イヤフォンなどの場合はインジケータを使ってモードを表せば確認できますが、そこは製品次第という形ですね。
ただ一番重要視しているのは、通信速度が変わっても音は途切れるにスムーズに聴けるという点です。CDロスレスだけれど、途中で音がブツブツと途切れてしまっては困りますから、“音途切れ回避”を一番のプライオリティーにしています。
空間オーディオや内蔵マイクを使ったバイノーラル録音も
――Snapdragon Soundに対応したスマートフォンを持っていないという方も少なくないと思います。そうしたユーザーがSnapdragon Soundを利用する方法はありますか?
大島:USB Type-Cのドングルを利用する方法があります。ドングルをPC、スマートフォンに取り付けることによって、Snapdragon Soundを実現することが可能です。この場合は、48msよりもさらに低遅延で、23msというところまで実現可能になっています。
――23msまでくると、なかなかスゴイと思いますが、48msや23msと言う数値は、どこをスタート地点と考え、どこまでのレンテンシーと定義しているのですか?
大島:Androidスマートフォンの場合、カーネル、HAL、ライブラリの部分とアプリケーションのレイヤーがありますが、実際の測定として私たちが行なっているのは、画面をタッチしてからイヤフォンで音が出るまでの“エンド to エンド”の遅延です。我々がコントロールできないような領域の遅延も含まれるので、現状48msですが、ドングルの場合、リアルタイムOSであるため、23msを実現することができます。
――ということは、アプリからイヤフォンまでではなく、ドングルからイヤフォンまでということですか? たとえばWindowsで動作させた場合、Windowsのアプリをクリックしてからドングルまでに短いとはいえ遅延があるので、23msとまではいかないですよね?
大島:そのとおりです。ただ、今後さらに遅延を短くできるよう、開発・研究を進めているところです。
一方、これらとはまったく別の話ですが、空間オーディオについてもクアルコムで進めています。
――空間オーディオとは、実際にどのようなことをしているのですか?
大島:仕組みに関しては非常にシンプルです。イヤフォン内にジャイロセンサーなど顔の動きを検知するセンサーが入っているので、この動きをスマートフォン側で吸い上げ、そこに合わせて音場をバイノーラルにレンダリングするものです。
大島:低遅延、高音質で切れにくいといった面も活かされていますね。それから、クアルコムからは新しい提案も行なっています。LE Audioのプロトコルを使った、イヤフォンマイクの活用です。例えば、演奏する音をイヤフォン内蔵のマイクを使ってレコーディングして、それをTikTokなどの動画とともにバイノーラルな音にすることができます。
――ロスレスで再生するといった場合、イヤフォンやヘッドフォン、またスマートフォン側のバッテリー消耗が大きくなるということはありますか?
大島:さまざまなコーデックが存在し、Androidに無償で寄贈しているものもあります。SBCもLDACもaptXもそうですが、これらを使ってエンコードする場合、通常はCPUで処理しています。ただ、CPUで処理すると電力消費の観点で、どうしてもバッテリーの持ちに効いてきます。
それに対し、Snapdragon Soundの場合は、Snapdragonプロセッサの中に入っている“ヘキサゴン”というDSPがエンコード処理を行ないます。これが超低消費電力で動作するようになっています。
「OK, Google」などもそうですが、ボイストリガーなどで使われる超低消費電力のDSPなので、ロスレスを利用するからといってバッテリーの持ちが悪くなることはありません。ぜひ、実際にSnapdragon Soundを使って、音質、低遅延、途切れにくさというところを確認いただければと思います。