藤本健のDigital Audio Laboratory
第1008回
約2万円のライブ配信向けミキサー・テクニカ「AT-UMX3」。ヤマハAGとの違いは?
2024年3月25日 09:00
先月、オーディオテクニカからライブ配信向けUSBオーディオミキサー「AT-UMX3」(直販19,800円)なるものが発売された。PCやスマホに接続して手軽に高音質にライブ配信を行なうことを目的とした機材で、軽量・コンパクトな筐体も特徴。最高192kHz/24bitにまで対応し、コンデンサマイク接続もギターや電子楽器にも接続可能だ。
最大のポイントは、ライブ配信用のマイクとして圧倒的なシェアを持つ同社コンデンサマイク「AT2020」(直販12,980円)に最適化された機材であるという点。音楽制作用のオーディオインターフェイスとは方向性がやや異なる機材ではあるが、あえてオーディオインターフェイスとして見て性能チェックなども行なってみた。
打倒ヤマハAGシリーズ!? テクニカがライブ配信ミキサーに殴り込み
ライブ配信用のUSBオーディオミキサーとして、これまで圧倒的な人気を誇ってきたのがヤマハのAGシリーズだ。本連載でも2015年に登場した「AG03」と「AG06」、またその後継機として2022年に登場した「AG03MK2」および「AG06MK2」、さらにはそのフラグシップモデルとして昨年登場した「AG08」を取り上げてきたが、それらと真っ向勝負する形で同じく国産メーカーであるオーディオテクニカが製品をぶつけてきた。
そのAGシリーズの現行モデルであり、一番エントリー機種となるのがAG03MK2なわけだが、それと今回のAT-UMX3を並べると以下のような感じで、大きさがだいぶ異なることが分かるだろう。
ちなみに税込実売価格で比較してみると、AG03MKIIが18,700円前後、AT-UMX3が19,800円前後とだいたい同じ価格帯になっていて、やはりぶつけてきたのだろうな、と感じられる価格設定だ。
しかし、機能面で比較してみると、かなり違った製品であることも見えてくる。機能的にはAG03MK2のほうが圧倒的に高機能であり、様々なことができる。
AG03MK2は内部にDSPを搭載し、EQ、コンプ、リバーブ、さらにはギターアンプシミュレータまで搭載しており、DTM用途でも即使えるパワフルなシステム。そのため、幅広くいろいろな使い方が可能となっているが、ではそれが万人向けかというと、そうではないのも実際のところ。
機能が豊富すぎるため、何をどうつかっていいかわからない人も多く、実際ライブ配信をしているユーザーの中で、EQやコンプ、リバーブをしっかり使いこなしている人は30%もいないのでは……とも感じる。
そうした状況の中、オーディオテクニカのAT-UMX3は、エフェクトやオーディオ機器のルーティングなどあまりよくわからない人でも、より簡単に使えるようにした“エントリー向け”で、よりコンパクトに持ち歩きやすくした機材と言えるだろう。
AT-UMX3の入出力をチェック。2種類のミュートの意味とは
それでは、AT-UMX3の入出力部分からチェックしていこう。
リアを見てみると、左側にUSB Type-Cの端子が2つ並んでいるのが分かる。左側がWindowsやMac、またiPhone/iPad、Androidなどと接続するための端子だ。
WindowsやMacなどのPCと接続する場合は、USB-Cからの電力供給だけで動作するが、iPhoneやAndoroidスマホなどだとパワー不足で動作しない。そうしたときに右側のUSB Type-C端子にACアダプタなどを接続することで動作させることができるようになっている。
一方、一番右にあるのがXLR(キャノン)、またはTRS(フォーン)接続のどちらにも対応しているマイク入力用のコンボジャック。ここはトップパネル左上の+48Vをオンにすることで、ファンタム電源供給を行なうコンデンサマイクの利用が可能になっている。
この部分についてはまた後程詳しく紹介するが、さらに左を見ると3つのフォン入力が並んでいる。このうち右2つがキーボード接続となっているが、いわゆるライン入力で、キーボードに限らず各種オーディオ機器と接続可能だ。
ただし、ここはTRSの3接点によるバランス接続ではなく、TSの2設定のアンバランスのステレオ入力であり、右側のみに接続する場合はモノラルでセンター定位という形での入力が行なえるようになっている。
さらに一番左が、TSフォンのハイインピーダンス入力。つまりギターと直接接続できるモノラル入力の端子だ。キーボード入力にするのか、ギター入力にするのかは、先ほどの+48Vスイッチの右にある切り替えスイッチを使って選択する。
出力端子はフロントにあるステレオミニのヘッドフォン用のみ。AGシリーズのようにモニタースピーカー接続を前提とした設計ではなく、ヘッドフォンのみでモニターすることを前提とした機材だから、とてもシンプルで分かりやすくなっている。
トップパネルに並ぶ各種ノブについても見てみよう。一番左側にある2つのノブがマイク入力を司る部分。AT-UMX3でもっとも重要なのだが、上がマイクゲイン設定、下がその入力レベル設定だ。
つまり、上のノブを用いてマイクから入ってきた信号をプリアンプで持ち上げたのち、下のノブでちょうどいい音量に設定する形になっている。
しかし初心者にとって難しいのがゲイン設定。ここをうまく設定できないといい音質でマイクからの声を配信できなくなる。音がこもったり、割れてしまったり、ハッキリしないものとなってしまうのだ。
そしてどのマイクを使うかによって、ゲイン調整はそれぞれなのだが、そこでオーディオテクニカがとったのが前述のベストセラーマイク「AT2020」と組み合わせた使い方。このノブのメモリを見てみると、2時~3時あたりが白くマークされている。ここがまさにAT2020でのスイートスポット。難しいことを考えなくてもここに設定しておけば、AT2020からいい感じの音が入ってくるようになっている。
なお、その下にあるボタンを押して赤く点灯させると、マイクからの入力がミュートされるようになっている。このミュートは配信に対してミュートされるのに加え、ヘッドフォンからのモニター音もミュートされる仕様だ。
トップパネル右上を見ると、ここにも「MONITOR MUTE」と書かれた黒いミュートボタンがある。この2つがどう違うのか、試してみるとわかるのだが、黒いミュートボタンのほうは配信へはミュートされず、ヘッドフォンだけがミュートされる設計になっているのだ。
これがどのような意味を持つのか、先日DTMステーションの記事で、AT-UMX3の開発者にインタビューする機会があった。
開発者によれば、「例えば、配信中にくしゃみをしそうになったとか、宅配便の荷物が届いてピンポンが鳴った……といった場合は、左下のボタンで配信へ音が行かないようにミュートします。一方で、ゲームをしながら配信するといった場合、マイクからの自分の声がヘッドフォンに入ってきたら、ゲームの邪魔になってしまいます。そういうときは右上のボタンで自分の声がフィードバックしないようにミュートできる、というわけです。それから、通話アプリで友達と話をしている際なども自分の声が邪魔になるので、右上のボタンでミュートできるわけです」とのこと。それぞれのミュートの意味合いが少し異なるというわけだ。
さて、トップパネルの左から2番目の列に並ぶのはキーボード、もしくはギター入力に対するゲイン設定とレベル設定だ。ここは先ほどのAT2020のような最適な設定エリアが示されているわけではないが、音割れしない範囲である程度の音量になるあたりを探ってみるとよさそう。
さらに右側はループバックの設定。PCやスマホ、タブレットなどと接続していて、PCなどで鳴らしているゲーム音などを配信したい場合は、LOOPBACKをONにするとともに、LEVELノブを上げていくことでその音量を調整できる。
そして、一番右の大きなノブがヘッドフォンへの音量レベル設定。最大まで回すと、ヘッドフォンアンプとしてかなりの音量を出すことができるのも本機の特徴だ。
このようにシンプルな機材だから、初心者でUSBオーディオデバイスなどあまり触ったことない人でもライブ配信用としてすぐに使えるのが大きなポイントとなっている。
また、WindowsでもMacでも、USB接続すればドライバ不要ですぐに使えるのも初心者用という面では大きなポイント。DTM的な観点からすると、とくにWindowsにおいてはASIOドライバがないのがネックにも見えるが、OBSで配信するということであれば、ASIOドライバなど不要だし、難しいことを考えずにすぐに使えるのは便利だろう。
「ASIOドライバがないと、DAW経由でプラグインエフェクトをかけてモニターするのにレイテンシーが大きくなってしまう」という懸念もあるが、前述の通り、マイク入力やライン入力された音はヘッドフォンへもアナログ的にそのままレイテンシーゼロで流れるダイレクトモニタリングが可能なので、レイテンシーを気にする必要もないわけだ。
入出力の音質とレイテンシーを検証
ここからは、恒例のオーディオ性能を検証していこう。
ただ、本機はそもそもオーディオインターフェイスではないため、ライン出力がなく、ヘッドフォン出力しかない。またライン入力もTRSのバランス入力ではないので、音質的には不利になるという側面もあろう。さらにASIOドライバがないため、いつも使っている測定ツール・RMAA Proがしっかり機能しない問題もある。
そこで、本来の使い方ではないが、無理やりASIO4ALLをインストールし、ヘッドフォン出力とライン入力をループさせた上で、ASIO対応デバイスとして測定してみた。
スペック上は、サンプリングレート192kHzまでサポートしており、実際192kHzの楽曲の再生なども問題なく動作した。ただ、RMAA Proを使ってASIO4ALLで試してみたところ、192kHzだけはうまく測定することができなかったため、ここでは44.1kHz、48kHz、96kHzの3パターンを測定している。
オーディオインターフェイスと比較すると不利な状況ではあるものの、そこそこの結果が得られ、こうした機材としては十分高音質を実現できているといえそうだ。
ついでに、このASIO4ALLを使いながらレイテンシーチェックしてみたのが以下の結果だ。これは、さすがに無理があったようで、各サンプリングレートで50msec以上となってしまった。スペック通り、ダイレクトモニタリングで利用するのが正しいと言えるだろう。
前述したように本機はそもそもオーディオインターフェイスではないため、測定結果は多少見劣りする面はあったが、そもそも正しい使い方ではないので目くじらを立てなくてもよいだろう。とにかく誰でもすぐに、簡単に使えるというのがAT-UMX3の大きなメリットだ。
AG-03MK2と比較すると、リバーブが使えないのがライブ配信時に物足りなさを感じるが、AT2020と組み合わせていい音で配信したい人にとっては今後非常に重宝する機材として広まっていきそうだ。